第百八十二話 蛇の作戦、王の考え、父親の想い
先週はお休みいただきました。楽しみにして下さった方、申し訳ございません……めっちゃ仕事、忙しいんや……
息抜きも兼ねて短編を投稿しました。タイトルは『何度生まれ変わっても、きっと君に逢いに行く』ですアレです。某宰相閣下のIFモノです。少しでも興味がある方は是非読んで頂ければ……!
本日一番の爆弾であろう、『退位』を口にしたカルロス一世に、エリカは驚いた表情を浮かべて――そして、浩太はその視線を厳しいものに変える。そんな浩太の視線を知ってか知らずか、遠慮の塊になっていたクッキーを口に運ぶとカルロス一世はペロリと舌で指を舐めとった。
「退位、ですか?」
『このクッキー、美味いな~』なんて楽しそうなカルロス一世に胡乱な目を向ける浩太。そんな視線にカルロス一世はヒラヒラと手を振り。
「せやで? 『退位』や。ソルバニア国王カルロス一世は退位し、カルロス・ソルバニアに戻る。次代はアロンソ・ソルバニアがカルロス二世として即位。ソルバニア王国は円満に譲位が行われる、ちゅう寸法や」
なんでもない様にそう言って、カルロス一世は面白そうに浩太を見やる。
「なんや? 不満かいの?」
「……そうですね。不満、と言えば不満でしょうか?」
「ちょ、コータ!?」
そんな浩太の言葉に、慌てた様にエリカが浩太の口を塞ごうと爪先を立てる。そんなエリカをゆっくり押し留めると、浩太は視線をカルロス一世に向けた。
「――何が狙いですか、陛下?」
「狙い? さっきも言ったやん。娘の嫁ぎ先で無職とか感じ悪いやん。せやから、ちょっくら就職活動でもしてみようかな~って。マリアの所で商人やってもエエんやけど、マリアが心労で倒れたらイケんし」
カラカラと笑ってみせるカルロス一世。が、それも束の間、浩太の刺すような視線を受け、肩を竦めて見せた。
「……素直に言うと思うんか、コータ? 俺に裏があったとして」
「いいえ、思いません。ですから私はこう言います」
にこやかな笑みを浮かべて。
「どうぞ、お引き取り下さい」
「……ええんかい? このままやったら、エリカ陛下は籠の鳥やで?」
「貴方の力を借りて、貴方の庇護の下で暮らせばどちらにせよエリカさんは籠の中ですので同じこと――ああ、違いますね。此処は竹籠ですか、貴方の所では鉄籠でしょう? 窮屈さは段違いですよ」
「……酷い言われよう様やな?」
「褒めているんですよ? 貴方の方がやり難いと……能力が上だ、と」
片や地盤も何もない『簒奪者』、片や世界に名立たる海上帝国の主。どちらを敵に回したくないか、そんなものは自明の理である。
「……エリカ陛下はどないや? 俺の『チカラ』、いらへんのかいの?」
「わ、私ですか? わ、私は……」
カルロス一世、それに浩太。両方の顔をチラチラとせわしなく見つめた後、エリカは小さく息を吐く。溜息、ではなく、何かを決意したかのような息を。
「……私は、コータの意見に賛成です」
「……へー」
「いいえ。コータなら、きっと私を此処から救い出してくれると『信じて』いるからですわ。ですから、私はコータの意見に賛成するのです」
「……へー。丸投げちゅうことかいな?」
少しばかり、イヤらしいカルロス一世の聞き方に。
「何も、全てを自分でする必要はありません。得意な分野は得意な人に任せ、私はそれらを巧くまとめ上げるのが『仕事』ですので。まあ……人の上に立ち慣れた貴方に、今更言う事では無いかも知れませんが?」
そう言って、エリカは素晴らしい笑顔を見せる。
「……随分な皮肉やね? 俺かて信じてるんやで? フィリップとか」
両手を挙げて降参の意を示すカルロス一世。その姿に若干の含み笑いをしながら、浩太が口を開いた。
「……エリカさんに其処まで言われては、私も頑張らない訳には行きませんね? カルロス一世陛下? 確かに貴方のご提案は魅力的なカードだ。ですが、所詮それは降って湧いたカードです。最初からそのカードを織り込み済みで計画を考えていたわけではありませんので」
「状況を一気に楽にするカードやで?」
「否定はしません。ですが、リスクが高すぎますので」
浩太とカルロス一世の視線が交差する。一瞬とも、永遠とも取れる時間の後、先に目を逸らしたのはカルロス一世の方だった。
「……はぁ。信用無いな~、俺」
「……申し訳ございません。ですが、陛下? いきなり『退位します』と言われて裏を疑わない方がおかしいと思いませんか?」
「ま、そりゃそうやけどな? はぁ、しゃーない。こっちが『職』を頼んでる身やしな? 雇い主が事情を話せ、言うんなら話すかいの」
そう言って疲れた様に肩を落とした後、カルロス一世は苦笑交じりに言葉を継いだ。
「まあ、大体理解しているやろうけど、別に『フレイム王国の為!』とか『エリカ陛下の為に!』とか思うてる訳ちゃうわ。無論、完全無欠に善意の上で話してる訳でもない。俺には俺の考えがあり、その考えに則った上での話や」
「……それが『退位』だと?」
「俺な、コータ? 先代のソルバニア王の三男やってん」
「……」
「三男坊ちゅうことは、上に二人の兄ちゃんがおった。ほいでも『家』を、『ソルバニア王国』を継いだのは俺や。コータ、これ、どういう意味か分かるか?」
「……あまり言葉に出し難い感じですかね?」
「暗殺や、暗殺。親父が死んだあと、上の二人の兄ちゃんと俺の間でドンパチが起きて、ほんで俺が勝った。まあ、別に俺かて王様に成りたかった訳やないけどな? ほら、俺って優秀やん? こう、担ぎ上げられてもうてな?」
冗談めかしてそう言うも、カルロス一世の顔は晴れない。何も言えずに押し黙る浩太に、カルロス一世がその表情を苦笑に変えた。
「そないな顔せんといてや。同情なんかまっぴら御免や。王家……ちゃうか。権力っちゅうんは何時だって血塗れなモンやしな。せやから、それ自体はそないに気にするモンでもない」
「……気にしますよ。だって、そんなの……」
良くも悪くも、浩太はサラリーマンの息子だ。フレイム王国に来てからだって、権力者と言えどどちらかと言えば『幸せ』な部類の人々しか見ていない。言葉に詰まりながら顔を顰めて見せるそんな浩太の優しさに気付き、カルロス一世は苦笑とも微笑ともとれる笑顔を浮かべて見せた。
「……おおきに。まあ、ともかく! せやから俺は悟ったんや。王位自体は俺が生きてる内に渡そってな? アロンソは出来の悪い息子やけど、ほいでも国王としてはまずまずやる男やろと思う。今以上に領土を広げようとか思わず、手元の領地と今の収支を維持しようと努力すればまあ、何とかやっていける程度の器はある」
「守成、という事ですか?」
「ま、せやね。ほいでも守成の才が生きるんは平時の場合や。今はこんな乱世やし、アロンソの出来ではちょっとばかし懸念が残るんは残る。ボンクラやしな」
「……実の息子に酷い言いぐさですね?」
「実の息子やからやけどな。ほんで、そんな時代にアロンソとソニアが同じソルバニア王国内におったら、これはソニアの方に分がある。あの子は俺の子供の中でもピカ一やし、これはちょっとよろしく無いのは……まあ、経験上分かる」
「……」
「俺がさっさと退位してアロンソがカルロス二世として即位すれば、この問題は片付く……とまではいかへんでも、大きく前進するやろ。誰が国王か決定して無ければ揉める問題も、国王がきちんと決まっていれば揉めへんやろ?」
「……そうですか? 即位した後でも揉める時は揉めると思いますが? ああ、別に不安にさせる訳ではなく」
「まあ、せやろな。でもな? 俺の親父んときとあからさまに違うのは、アロンソが即位しても俺が生きてる、ちゅう事や」
「……元国王として権限を振るう、と?」
院政、或いは大御所政治。歴代の上皇や、江戸幕府の将軍が使って来た手法だ。そんな浩太の問いに、カルロス一世は苦笑して手を左右に振った。
「それはそれで別の問題が起きるやろ? せやから、俺に出来るんは……そうやな、『目を光らせる』ちゅう事ぐらいやろか?」
「目を光らせる、ですか?」
「アロンソが好きな様にやったらエエ。ほいでも、なんや下手打ちそうになったら助けてやり、ちーっとばかし自分に自信が付いて鼻っ柱が伸びて来たら一つ叩いて折ってやる。それぐらいの距離感がエエんよ、俺は」
「……米内総理ですか」
「は? 誰やねん、ヨナイって?」
「いえ、なんでも。それでは……その為にフレイム帝国の建国と『相談役』の就任ですか?」
「さっきも言ったけど退位しました、ほいでもソルバニアに居りますわ! ちゅうんやったらアロンソかて気も使うやろし……それに、『甘え』るやろ? 他の皆も俺にばっかり気を使ってアロンソを蔑ろにしたら、それこそ本末転倒やしな。ソルバニアに居る限り、どないな辺鄙な所に居っても俺の『ご威光』ちゅうんは轟いてまうんよ」
「……まあ、そうでしょうね」
会社だってそうだ。幾ら引退したとはいえ、元社長や元会長が相談役や顧問で会社に残れば気も使う。いっそ、思い切って外に出て他所の企業の顧問にでもなってくれた方が……まあ、それでもある程度気を使わなければいけないから『天下り』はなくならないのだが、それでも四六時中顔色を窺う必要が無い分、気も楽というモノだ。
「そうや言うて、元とは言え国王陛下を食客で置いてくれる国なんてオルケナには無いしな。パルセナ辺りでギャンブルで飯を食う、ちゅうんも考えたけどあんまりイメージもよう無いやろし。そういう意味では終の棲家としては中々手ごろやん、フレイム帝国」
実際問題、カルロス一世の立場は中々に難しい。国内では退位したと言っても元国王陛下を蔑ろにする訳には行かず、さりとて余所の国だって『元国王陛下』というだけでも重荷なのに『カルロス・ソルバニア』なんて、歩く爆弾みたいな人間を抱えておきたくはないのだ。パルセナでギャンブルに興じるか、それこそ『海上帝国』らしく航海に出て一旗揚げるぐらいしか無いのだ。
「オルケナ大陸ではギャンブルは忌避されるものでは無いのでは?」
「偶に遊べ、とは言うてるけど、何時も遊べ、とは言うてへんで? ましてや、それを生業にしろともな。息抜きやからエエねん、ギャンブルは」
「……陛下の勝手ばかりですね?」
「否定はせーへんよ? 明るい家族計画の為や」
「……それは意味が違いますが」
「冗談や。まあ、確かに俺の勝手な事ばっかり言ってるわな。ほいでもな、コータ? 俺は俺の家族を守るためやったら全力を尽くす男やで? そんな男、味方に付けといた方がエエと思わへん?」
「……否定はしません。否定はしませんが……」
なんとなく、違和感。その違和感の正体を探るべく、浩太は思考を巡らせて、そして気付く。
「……なんとなく、陛下『らしく』ないですね?」
「俺『らしく』ってなんやねん?」
「なんでしょう? 陛下はこう……失礼、家族ですら踏み台にして国家の安寧を考えているのかと思いましたが?」
そんな浩太の言葉に、『うへー』と言いながら嫌そうに舌を出して見せるカルロス一世。
「フィリップも『蛇』とか言うて似たような事言うてたけどな? 俺やって家族は大事やで、普通に。アロンソかてソニアかて、他の息子や娘やって幸せになって欲しいやん。ただ、俺ん家はソルバニア王家やからな? 幸せに生きる為にはある程度、『資格』ちゅうもんがいるんよ。その分、エエ生活させてもろうてるんさかい」
「高貴な者の責務、ですか?」
「そないにエエもんちゃうわ。今と同じ生活したかったら、努力しーや、ちゅう所やね。その過程で国民も幸せになるんやったら文句ないやろ?」
「……まあ、確かに」
「もう一個、ついでやから言うとく。さっきも言うたけど、アロンソの『王』としての器、俺はそないに信用してへん。こういう言い方は感じ悪いけど、俺に比べたらまだまだや」
「まだお若いからでは? 陛下に比べて」
「それもあるけど、ほいでもソニアに関しては『俺を超える』と思う器やしね。そんな大器を、どっかのボンクラ王子にやるのは勿体ないとも思うんや。フレイム帝国内でしかるべき領土と地位があれば、それこそ一大帝国を築く事も可能ちゃうか、とは思う。そこまでいかへんでも……少なくとも、『ソルバニア家』の血筋は残してくれるやろうとは思ってる。仮に、ソルバニア本国が滅びてもな?」
「……血筋云々はともかく、一大帝国って。それ、今為政者側である私達に言います?」
「言うわ。ほんまにごっつい腹立つけど、ソニアはコータにベタ惚れやから、コータがちゃんとあの子を見ておけば、そないな心配無いからな」
「……どうも、と言っておきましょうか」
「何がどうもやねん。それと、エリカ陛下? その眼は怖いから止めてくれへん? コータ恋しは分かるけど、嫉妬深いオンナはもてへんで?」
「べ、別に睨んでないわよ! あ! に、睨んでません!」
「言い直さんでもエエよ。心配しなんな、エリカ陛下。あの子はエリカ陛下の事も大好きやさかい。あんだけお姉ちゃんもお兄ちゃんもおって、懐いてるのはエリカ陛下ってどないやねんと思うけど……ま、ウマがあったんやろうね?」
「……あ、あう」
少しだけ照れくさそうに頬を染めて俯くエリカを、優しい瞳でカルロス一世は見つめる。そんな二人をしり目に、浩太を顎に手を当てて瞑目。浩太のその仕草に気付き、心持ち心配げに見つめるエリカの視線に気付いたか、浩太は目を開けてゆったりとエリカに微笑んで見せた。
「……ごくごく個人的には悪い提案では無いと思います、エリカさん」
「……問題ない?」
「いえ、問題が全く無い、という訳ではありませんが……カルロス一世陛下ですし」
『ひどっ! 傷ついたわ~!』と大袈裟に胸に手をやって見せるカルロス一世を苦笑を浮かべて見やり、浩太は言葉を続けた。
「……まあ、それでもある程度はリスクを取る必要もありますし。今のお話を伺う限り、カルロス一世陛下にも目的がある様ですしね。基本、目的がある人間は信じるものなんです、私。その目的は裏切らないでしょうから。そして、カルロス一世陛下の目的は私達の狙いとも合致します。ならば、此処で毒を呑むのも一興でしょう」
「毒って!」
「失礼。もしかしたら、本当にこれが陛下の全てかも知れませんし……もっと言えば、これが全てでなくても構いません」
「……へえ? 俺に、裏があってもエエ、ちゅうんかい?」
「ええ。だって、陛下? 私達はこれから、国を一個相手取って大喧嘩しようとしているんですよ? そんな大それた事をするのに、引退した子煩悩な元国王陛下の一人や二人――」
――手の中で扱えなくて、どうするんですか? と。
「……くっくくく……あーっはははは!」
驚いた表情は一瞬。
「くっくっくく……そ、そうやな? これからフレイム王国相手におっきな花火、あげようとしてんねんもんな? それで、俺の一人や二人、扱えんようやったら勝てへんわな?」
「ええ。ただ、これだけは言っておきますよ? 私は基本、身内には甘いと自認しています。ですが、これだけの大きなディールです。申し訳ございませんが、陛下?」
にっこりと笑い。
「生半可な仕事ぶりなら即、叩き出しますよ?」
その言葉に、大きな笑い声がカルロス一世の口から零れた。




