第百八十話 トップ会談
今回はちょっとつなぎ回。
何時になく焦った顔を浮かべるエドワードなどはなっから眼中に入っていないのか、満面の笑みを浮かべたまま海上帝国の主、カルロス・ソルバニアは親指を立てて見せる。その姿を呆気に取られた様な表情で見つめていたエリカだったが、突然の闖入者の姿を認識したか、慌ててスカートの端をちょんと摘まんで頭を下げる。
「……こ……これは、カルロス一世陛下、ご無沙汰しております」
「ん、久しぶりやな。前に逢うた時はホレ、エリカ陛下がこーんなちっさい頃やったろ?」
「……陛下、私の人生で豆粒の様なサイズだった事はありません」
親指と人差し指で小さく隙間を作って見せるカルロス一世に呆れた様にエリカがそう突っ込む。が、顔に浮かんだそんな表情も一瞬、エリカの視線が鋭さを増した。
「……それで? 幾ら他国の元首と言えども、我がフレイム王国の、それも王の間であるこの部屋に許可なく入る事は許されませんが?」
腐ってもフレイム国王。その肩にはフレイム千年の歴史が乗っているのだ。幾ら海上帝国として、オルケナ中の富を集め、そして再分配しているソルバニア国王であろうと――言い方は悪いが、『辺境の田舎国王』にそんな無礼を許すほど、フレイム王国の看板は安くはない。否、仮にエリカがフレイム国王で無かったとしても、淑女の寝室に勝手に上がり込むなど、良識を疑われても可笑しくない。
「そないな怖い顔しなさんなって、エリカ陛下。折角、幸運の使者としてやって来たんや。まあ非礼なのは十分承知しとるさかい、ちょっとだけ堪忍してくれへんやろか?」
エリカの視線を軽くいなし、カルロス一世は机の上のクッキーを目敏く見つけると『いただきまーす』と口に放り込む。そんなカルロス一世に、エリカの視線はさらに冷たさを増し。
「……幸運の、使者?」
――増さ、ない。訝し気なそれに変わった事に少しだけ気を良くしながら、カルロス一世はチラリと戸口で渋面を浮かべるエドワードに視線をやった。
「せや。幸運の使者や。ま、色々と問題事案が多いやろ、自分んとこ。せやから、一遍その辺の所相談できたらエエな、とは思うてるんよ。どや? ちょっと話、せーへんか?」
そう言って、エドワードを見つめたままニヤリと口角を持ち上げて。
「――トップ会談と行こうや、エリカ陛下。『宰相』風情が参加出来へん、ほんまもんのトップ会談、せーへん?」
エドワードの顔がますます苦くなった事に気を良くしたように笑い、カルロス一世はますます笑みを深くする。そんなカルロス一世を見つめる事しばし、エリカは少しだけ呆れた様に溜息を吐いて見せた。
「……分かりました。それではエドワード? 席を外して下さい」
「し、しかし!」
「聞こえませんでしたか、エドワード?」
「……」
「これは勅命です、エドワード。カルロス一世陛下としばし歓談をしたいと思います。席を外しなさい」
「……かしこまりました、陛下。それではウェイト殿? 申し訳ありませんが、席を外して頂けませんか?」
『勅命』と言われれば宰相であるエドワードに逆らう術はない。諦めた様に肩を落としたエドワードのそんな言葉を、カルロス一世が手で制した。
「ああ、ウェイトはエエわ。そのまま居って貰って構わへんで? たかが商人が聞いたところでどうこうなる話やないし。それにエリカ陛下? まだ、アクセサリーの話、終わってへんのやろ?」
「そうですね。ウェイトとはもう少し、お話をしたいと思っています」
「ほな決まりや。二度手間になるやろうし、ウェイトは居ってもエエよ」
「し、しかし!」
「……エドワード。カルロス一世陛下がこう仰っているのです」
「っ! ……わかり、ました」
歪めた表情を戻すことなく、それでも一礼をして部屋を出るエドワード。そんなエドワードにひらひらと手を振っていたカルロス一世は、バタンと音を立てて扉が閉まるのを確認するとエリカに向き直り、そのまま頭を下げた。
「……ほんまにすまんかった、エリカ陛下」
不意なカルロス一世の行動に呆気に取られていたのは一瞬、『海上帝国の主が頭を下げている』とその一事を知覚したエリカは慌てた様に椅子から立ち上がった。
「あ、頭をお上げください、カルロス一世陛下! そ、その、あ、謝られる様な――」
「可愛い娘、ソニア・ソルバニアの命を救って下さった御恩、このカルロス一世は生涯忘れる事はありません。そして、その為に貴方にこの様な仕打ちを受けさせている事、誠に慚愧に堪えません」
「――あ」
「これは、ソルバニア国王としてではなく……一人の娘の親としての謝罪です。どうか、お受け取り下さい」
真摯に頭を下げ続けるカルロス一世。その姿を呆然と見つめる事しばし。ゆるゆると、苦笑交じりでエリカは小さな溜息を吐いた。
「……頭をあげて下さい、陛下」
「……では」
「ですが、謝罪は受け取れません」
「……」
「ソニア殿下は貴方に取って可愛い娘でしょう。ですが、陛下? ソニア殿下は――ソニアは、私に取っても可愛い妹分で、得難い友人だと思っています。その友人を救う為ならば、私の……そうですね、苦労など厭うつもりはありません」
「……エリカ陛下」
「それに、貴方の謝罪を受けてしまえばソニアが気を使うでしょう? ですので、陛下? 謝罪ではなく、『感謝』を頂戴出来れば幸いですわ」
そう言って、花が開くような笑みを浮かべるエリカ。その笑顔に、少しだけ強張っていたカルロス一世の表情が徐々に、だが確実に弛緩していく。
「……ほんまにおおきに、エリカ陛下」
「はい。それでしたら、私も受け取りますわ」
「……エエ女やな~、ジブン。あーあ、もう少し俺が若かったら一発で惚れてたわ」
「……『エエ女』とは穏当な言葉とは思えませんが? 女性に対して失礼では?」
じとっとした目を向けるエリカの視線に、カルロス一世は肩を竦めて見せる。
「俺の最大限の賛辞やさかい、言葉使いと言葉選びは目瞑ってや。いや、それにしても果報者やな、コータ。こんなエエ女が自分に惚れてるなんて、エエ気分やないの?」
そう言ってバシバシと浩太の肩を叩くカルロス一世。年齢を感じさせないパワフルなそれに、浩太は顔を顰めて抗議の声を上げかけて。
「……あれ?」
違和感に気付く。
「……陛下? その……もしかして」
「ん? ああ、変装の事かいな? いや、最初はびっくりしたんよ? もの凄い変装テクニックやと掛け値なしに思う。ほいでもホレ、俺、変装得意やし! さすらいの商人、カルロ=ヘイカとは俺の事やっ! あれや! 一流は一流を知る、ちゅう奴やな!」
マリア辺りが聞いたら火を噴いて怒りそうな事を言いながら、親指をぐいっと上げて見せるカルロス一世。
「……良く分かりませんが……ともかくバレている、と」
「そういう事や。まあ、それならコータにも居ってもろうた方が話が早い思うてな。俺がこうやって出張った、ちゅう訳や」
「……ソニアさんからはフィリップ閣下にご出馬を願うとお聞きしていたのですが……まさか、陛下直々に来られるとは」
浩太の言葉にカルロス一世は『やれやれ』と言いたげに肩を竦めて見せる。
「アホかいな。フィリップだけやったらきっとエドワードの所で止められてオチや。失敗出来へん時は最強のカードを最初から切るべきやで、コータ?」
「……」
「フィリップ以外にカードが無いんやったらフィリップでもエエねんけどな。まあ、折角使えるカードがあるんやったら後生大事に抱える必要はあらへんよ」
なんでもない様にそう言って、一笑い。その後、カルロス一世は真剣な瞳をエリカに向けた。
「ソニアから聞いたけど、ウチのソニアとコータ、結婚する言うてはる。まあ、可愛い娘の為やし、しゃーない。式典はロンド・デ・テラで盛大に行う予定や。エリカ様も参加、してくれはるか?」
「……コータに聞きました。私も、ぜひ華燭の典に参加させて頂きたいと思ってます」
「おおきに。手間取らせて申し訳ないけどな?」
「……いえ。おめでたい席ですので、招待頂いて嬉しく――」
「めでたい席? 何言うてんねん、エリカ様。めでたい事なんかあらへんで?」
「――思って……え?」
エリカの言葉を遮る様な、カルロス一世の言葉。何を言われているか分からない、そんなエリカに、カルロス一世はこの日最高の笑顔を向けた。
「――俺、一遍言うて見たかってん。『娘はやらん!』ってな?」
◆◇◆◇◆
カルロス一世の良い笑顔と、それに伴った爆弾発言。止まった空気を最初に動かしたのは浩太だった。
「え、えっと……へ、陛下?」
「おいおい、コータ? お前、何勝手にソニアを娶るちゅうてんねん? そういうのはフツー、親である俺の許可取ってからやろ? ちゃうんかいな? んんん?」
何を言われているのか分からない。そんな浩太に向けて、カルロス一世は難しい表情を浮かべて見せる。
「まあ、そうは言ってもソニアが認めた男や。俺かて娘の幸せを願う一人の父親として、ソニアに悲しい思いはさせとうない。せやから、大筋で認める方向やけど……ほいでもな? 流石に十歳の子供を娶るとか、ありえへんやろ? ちゃうか、コータ?」
そもそもアンタが最初に結婚しろって言ったんじゃなかったでしたっけ!? という言葉を意思の力で飲み込み、浩太は愛想笑いを浮かべて見せる。
「あ、あははは……そ、そうでしたね? まず、ご両親の許可を取るのが先決でしたね?」
「せや。ほんで、その上でコータ・マツシロとソニア・ソルバニアの結婚を認める訳にはいかへんねんな? それでもどうしても結婚したい、ちゅうんやったら勝手に結婚したらエエやん。カルロス・ソルバニアとしては認められへんけどな?」
「え……ええっと……」
今度こそ完全に意味が分からなくなってきた。そんな浩太に、カルロス一世はニヤリとした笑みを浮かべて見せる。
「……せやから、ソニアは『ソルバニア家』を去って別家を立てたらエエ。せやな……フレイム・ソルバニア家、ちゅうところか?」
「……フレイム・ソルバニア家、ですか?」
「せや。フレイム・ソルバニア家はソルバニア家とは完全に別家になる。そして、ソニアはソルバニア王家を出た身やから別に王女でもなんでもない。ソルバニア王家の臣下やな。エリカ陛下? 貴方が、エリザベート元女王陛下のご親族でありながら、『公爵』の……エリザベート陛下の『臣下』であるのと同じですわ」
言ってみればそれは、書類上の手続きに過ぎない。過ぎないが。
「……ソニアはソルバニア王家の『王女』やないんや。確かにソルバニア王家の血を引く娘ではあるけど、それでも『王族』ではない」
一息。
「――せやったら、俺の口から『正室』にせーとは言われへんわな? 王女を娶るんならともかく、臣下になった人間やし。まあ、今のところは『婚約記念』ちゅう所が妥当や無いか? 正室は……コータ、もうちょっと後から、ゆっくり選べばエエやん?」
「――あ」
カルロス一世の言葉に、エリカが口元に手を当てて驚きに目を見張る。そんなエリカを優しい眼差しで見つめ、カルロス一世は言葉を続けた。
「……ま、流石にこれで決着が付くのはどうか、と思うたしな。なんの解決にもなってへんやろうけど……少しぐらいは先延ばしても罰は当たらへんやろ?」
そこまで喋り、カルロス一世は水差しからコップに一杯水を注ぐ。
「ほんでも、幾ら『ロンド・デ・テラの魔王』や言うたところで、別にほんまもんの『王様』な訳やない。コータは平民の出である……かどうかしらへんけど、決してどっかの王族に連なる人間や! みたいな事はないやろ?」
「……そうですね。由緒正しき平民の出ですよ」
「なんやねん、由緒正しき平民って。まあ、いくら臣下の身と言えど、ソニアがソルバニア王家の人間であった事実はかわらへん。そうなったら、平民の『正室』の資格は十分やな」
そう言って、カルロス一世はピンと指を立てる。
「現状のまんま、コータの立場とソニアの立場やったら、ソニアの方が立場が上や。ああ、これは能力的な話やないで? いわゆる貴族社会の序列やったら、ちゅう話や」
「……お気遣いありがとうございます。大丈夫ですので、続けて頂いても?」
「これ以上、ソニアの貴族社会の序列を落とす訳にはいかへん……ちゅうか、後は犯罪でもせーへん限り、ソニアの序列は落ちん。流石に娘に犯罪行為に手を染めさす訳にはいかへんしな」
「そうですね」
「せやったら、今度はコータの序列を上げるしかあらへん」
「私の序列をあげる、ですか?」
「せや。まあ、前置きが長くなったけど、こっからが本題や」
そう言って、カルロス一世はエリカに視線を移して。
「なあ、エリカ陛下? 『皇帝陛下』に、ならへん?」
この日一番の爆弾を落とした。




