第百七十六話 変わる立場、変わらない距離
女性陣がなんとなく和やかになるのと反比例するかのように、浩太とニーザが蒼褪めてからおよそ三十分。
「……それで? 結局どうするのさ?」
コーヒーブレイク――まあ、手元にあるのはエミリお手製の紅茶だが――挟みつつ、クッキーを口に放り込んだ綾乃がそう言葉を発した。
「……方法として『なし』では無いと思っております。その……皆様には申し訳ございませんが」
綾乃の言葉に、少しばかり申し訳なそうに眼を伏せながらソニアがそう口にする。そんなソニアの態度に、慌てた様に綾乃が右手を左右に振って見せた。
「ご、ごめん! 別に責めるとか、そういうつもりじゃ無くて……ただまあ、その……なんていうのかな? こう……若干、『もにょ』っとすると言いましょうか……」
綾乃だってこの方法が悪くない方法だとは分かっている。成功するかどうかはともかく、試してみる価値は十分にあるのだ。何が一番良いって、『これ』をした所で誰も傷つかないというのが良い。言ってみれば、ノーリスクハイリターンなのだ。
「……はあ。そうなんだよね。悪くはないんだよね、悪くは」
女性陣――綾乃を筆頭に、シオン、エミリ、それにソニアの感情を考えなければ、という話だが。
まあ、考えても見て欲しい。今ここに集う女性陣は全員が全員、浩太に憧れ以上の感情を抱いて――まあ、言ってみれば浩太ラバーズな訳だ。そんな女性陣が『わたくし、コータ様と結婚しますわ』と言われて冷静で有る筈がない。
「……そうなのです。悪くはないのです、悪くは」
そして、それはソニアだって同じことだ。なまじ、才能がある子である。『エリカ様救出の為にコータ様と結婚しました~』なんてなし崩し的に浩太を手に入れたとしても、それは彼女が望む形では有り得ないのだ。
「少し、いいか?」
「シオンさん? どうぞ」
「あまり良い方法では無いだろうが……『偽装』と言うのはどうだ?」
「偽装?」
「そう、偽装だ。ソニア姫がコータに輿入れして……その、なんだ? えーっと……アレだ」
「何が言いたいのよ、シオン?」
何時になく言い淀むシオンに綾乃がジト目を向ける。そんな視線を受けて『うっ』と言葉に詰まりながら、それでも溜息交じりにシオンが言葉を続ける。
「……さっきソニア姫も言っていただろう? ソルバニア王家には皇女エレノアの血が流れているんだ。ならば、『偽装』も伝統では無いのか?」
シオンの言葉に、全員が頭の上に疑問符を浮かべる。そんな中、何かに気付いたかの様にニーザが声を上げた。
「……離縁、ですか?」
「……そうだ――って、おい! なんだ、アヤノ嬢! その目は!」
苦々し気に肯定の言葉を吐き出したシオンを、綾乃が冷たい眼差しで見つめつつ、口を開いた。
「……流石にそれは無いんじゃない、シオン?」
「ぐっ! だ、だが! 方法論としては悪く無かろう!? ソニア姫が納得しているならともかく、ソニア姫だって納得していないのだろう!? なら、その……エリカ嬢救出作戦という事でだな!」
「まあ、言いたいことは分からんではないけど……流石に十歳児にバツ付ける様なアイデアを躊躇いなく出されるとちょっと引くわ~」
「躊躇ったよ!? 私、ちゃんと躊躇ったからな! だが、これしか方法が無い以上、仕方ないだろう!?」
羞恥やらなんやらで顔から火が出そうなほどに真っ赤にしてシオンが叫ぶ。そんなシオンをはいはい、と軽くいなし、綾乃は視線をソニアに向けた。
「……とまあ、あんな意見があの人でなしから出ているけど……どう思う、ソニアちゃん?」
「おい! 人でなしってなんだ!」
「アイデアとしては悪くはありませんわ。わたくしとしても、流石にこれで皆様を出し抜くのは少しばかり気が引けますし。まあ、流石に酷いな~とは思いましたが」
「誤解だ! 誤解があるぞ、ソニア姫!」
「おろ? それじゃソニアちゃんは賛成なの?」
「話を聞け! 無視するな!」
「諸手を挙げて、とは申しませんが」
「だから――」
「「――うるさい!!」」
「――はい」
抗議の声を上げ続けたシオン、沈黙。項垂れるシオンの肩を、なんだか悟りきった表情でポンポンと叩くエミリに、少しばかりシオンが涙ぐむもそんな事はお構いなしにソニアは言葉を続けた。
「……まあ、シオンさんのお話は現実的な判断だとは思います。皆が納得する最良の方法ではあるでしょう」
「……んじゃ、そうする?」
窺う様な綾乃の言葉。しかしながら、話の流れ的には縦に振られるであろうその首が横に振られた事に、綾乃がピクリと眉を跳ね上げた。
「……しないって事?」
「確かに現実的で最良の方針ではあるとは思います。実行できない、という一点を除けば、ですが」
「実行できない?」
綾乃の言葉に、ええ、っと小さく頷き。
「お父様が許しません」
「……ああ」
「そもそも、わたくしがコータ様の下に参ったのは……最初は、ですよ? 最初はお父様の命による『婚約者』としてです。そして、元を正せばそれはお父様がコータ様に興味を抱いて……まあ、有体に言えばソルバニアに『取り込む』為の、いわば政治的行為です。で、あるのであれば」
「……わざわざ籠の中に入った鳥を手放すワケはない、か」
「そうです」
「可愛い娘の幸せの為に認める、とかは……」
「……」
「……」
「……あると思いますか、アヤノさん?」
「……ないと思います」
ソニアの乾いた笑みに、綾乃が首をガクッと下げる。その姿に溜息を吐きつつ、ソニアは言葉を続けた。
「お父様がそれ程甘い訳が無いです。皆様には申し訳御座いませんが、離縁、という選択肢は最初からないと言っても過言ではありませんわ」
「……まあ、あの人ならそうでしょうね。これ幸いと浩太を利用するでしょう」
テラで出逢ったカルロス一世の――綾乃視点では――底意地の悪い笑みを思い浮かべながら、吐き捨てる様にそう言って見せる綾乃。その姿に少しばかり呆れつつも、ソニアは肯定の言を紡ぐ。
「自身の父を悪く言うのはなんですが、お父様的にはもっけの幸いとばかりに利用しつくすでしょうね。なんと言っても『義理の息子』ですから。お父様、タダで使えるモノは大好きですし」
「「「……」」」
室内の空気が重くなる。そんな、息苦しくなる様な空気の中でエミリが小さく手を挙げた。
「その……ソニア様とコータ様の婚儀がなったとして……エリカ様には……その……どう、ご説明申し上げれば……」
「……そうね。そこも頭が痛いとこなのよ」
エミリの言葉に、綾乃の渋面がより一層渋くなる。そんな綾乃に、シオンが遠慮がちに声を掛けた。
「だが……まあ、仕方ないのではないか? 今回はエリカ嬢を救う為の話ではあるし……その、話が通っていなくても、りか――」
「女子力低い人は黙ってて」
「――いしてって、女子力低いって、なんだ、女子力低いって!」
「……はあ。あんね、シオン? そりゃ、エリカだって理解はするでしょうよ? 他ならぬエリカを助ける為に、最もベターである方法だってのは。でも、それって理解は出来ても納得は出来ないでしょ? そもそも、エリカが今、囚われの身なのは私達をあの場から逃がすために自ら捕まってくれた様なモンなのよ? 言ってみれば命の恩人に対して、後ろから機関銃浴びせる様な行為じゃない、これ」
綾乃やシオン、それにエミリはまだ納得も出来る。皆で相談して、その上で決まった事として、そこに自らの意思が介入しているのだから。だが、エリカは違う。皆を助ける為にわざわざ人質になったにも関わらず、自身の知らない所で勝手に自分の想い人が結婚してたら、エリカで無くとも納得できないだろう。人質になり損、とまでは言わないが、『しこり』が残るであろう事は容易に想像でき。
「それに……エリカ、浩太の正妻面だし」
……まあ、こういう事情もある。そんな綾乃の言葉に、エミリが慌てた様に異を唱えた。
「せいさ――……コホン。エリカ様はコータ様がこのフレイム王国に来られて以来、最も長くご一緒に過ごされた仲に御座います。ですので、その……こ、コータ様の事を一番ご理解されていると申しましょうか……」
「その言い訳はちょっと苦しいでしょうよ、エミリちゃん? エミリちゃんだってそうでしょ?」
綾乃の言葉にエミリ、沈黙。そんなエミリの姿に小さく溜息を吐きながら、綾乃は肩を竦めて見せる。
「……まあ、こっちに来てからのエリカが浩太に一番近しい人間であるのは間違いないでしょうね。んでまあ、そういう事情を踏まえた上で……」
そこまで喋り言葉を切ると、綾乃は視線を浩太に向ける。
「……どうする、浩太?」
「いや……どうするって言われても」
不意に話を振られた浩太、困り顔で眉根を下げる。まあ、そりゃそうだ。エリカ救出作戦がいつの間にか嫁取話になっているのである。だが、そんな浩太を見つめながら、綾乃は少しばかり呆れた様な溜息を吐いて見せた。
「まあ、アンタの立場じゃ色々思う所はあるんでしょうけどね? それでも現実的に選べる方法は少なくて、その中じゃ完璧……とまでは行かなくてもまあ合格点な方法なワケよ?」
「そりゃ……そうかも知れないけど……」
「私は今まで散々、アンタの事を浮気者って言わんばかりに詰ってきたけどさ? 今回に限っては覚悟を決めようかな~とは思ってる」
そう言って、綾乃は小さく微笑み。
「――ソニアちゃんと結婚しなよ、浩太。それが……きっと、皆が幸せになる方法だから」
室内の空気が、止まった。
「――っ! あ、アヤノ様! な、なにを!」
「そ、そうだ! アヤノ嬢、気は確かなのか! け、結婚を認めるなんて!」
それも一瞬、エミリとシオンが責める様に――まあ、実際責めてはいるのだが、ともかく綾乃に向かって機関銃の様な勢いで捲し立てる。そんな二人にめんどくさそうに手を振って、綾乃は言葉を継いだ。
「五月蠅いな~、二人とも。だって仕方ないでしょうが? これしか方法が無いんだから。そこまで言うんだったら対案を出しなさいよ、対案を。言っとくけどね? なんのアイデアも無い癖に『気に入らない』って考えで否定するのはお子ちゃまのする事よ? いい年でしょうが、アンタら」
「それは……」
「そうですが……」
「ほら? なんかいいアイデア、あんの?」
攻守交替、今度は一転して攻めに回る綾乃に言い倦むようにシオンがパクパクと口を開閉させる。
「ほら、ないでしょ? ならば、現状で取れる最良の方法を選択するしか無いってわけ。そして、現状で取れる最良の方法は『ソニアちゃんと浩太の結婚』だってだけの話よ」
そう言って、テーブルの上にあった紅茶のカップに口を付ける。
「……よろしいのでしょうか?」
すっかり温くなった紅茶に渋面を浮かべる綾乃に、ソニアが遠慮がちに、でもしっかりと声を掛けた。
「なにが?」
「その……わたくしが……」
言葉に詰まる。
「……わたくしが、コータ様を……頂いてしまって」
それでも、何とか吐き出したソニアの言葉に、綾乃は肩を竦める事で応えた。
「……まあ、思いっきり納得出来るわけじゃないけどね? でもまあ、さっきも言った通り現状で取れる最良の手段である事は間違いないのよね」
「で、ですが!」
「色々言ったけど、今最優先されるのはエリカの救出なワケよ。エリカ的には色々納得いかないのも理解できるけど……まあ、そこは思いっきり頭を下げて許してもらうしか無いかな~って思ってるわ。言い方悪いけど、エリカを救う為に皆我慢したから、痛み分けって事でね?」
「……わたくしは……」
「ソニアちゃんだって決して納得の行く展開じゃない。結果だけ見てらっきー、と思える子じゃないでしょ、ソニアちゃん?」
「……はい」
「なら、仕方ない。ソニアちゃんが浩太を……婿取り? っていうのかな? ともかく、浩太の正妻ポジに納まるのは誰も納得していない、それでも最良の方法だって事で無理やり納得しておきましょう。でもね、ソニアちゃん? ソニアちゃんは一つ勘違いをしてるわ」
「……勘違い、ですか?」
首を捻るソニアに『そう、勘違い』と言って、綾乃はすっかり温くなった紅茶をぐいっと一息で飲み干して。
「……正妻ポジションはソニアちゃんに譲ってあげるわよ。でもまあ、一番『愛される』側室ポジションは私が貰っといてあげる」
「「「…………は?」」」
エミリ、シオン、そしてソニアの目が点になる。そんな三人を面白そうに見つめ、綾乃は言葉を続けた。
「あれ? 私、そんな変な事言ってる? っていうか、エミリちゃん? 貴方、昔は『側室でも構いません』とかなんとか言って無かった?」
「そ、それは……そ、そうに御座いますが……」
「シオンは? 貴方、浩太が結婚したら涙を呑んでそっと身を引くタイプ? んな訳ないでしょ? 欲しいものはどんな事してでも手に入れるタイプじゃないの?」
「そ、それは……その……た、確かにそう――」
「っていうか、シオンは浩太に貰って貰わなきゃもう次が無いんじゃない? 年齢的にも」
「――だがって、おい! 失礼な事を言うな、同い年!」
「ソニアちゃんは? 私達が浩太の側に居たら邪魔?」
「そ、そんな事はありませんわ! わ、わたくしは……出来れば皆様とずっと一緒に、楽しく暮らせれば……で、ですが」
「まあ、流石に新婚早々お妾さんが居るのはちょっと、ってのは分かるわよ。でもね? ソニアちゃんに取ってこれは『リベンジ』も兼ねているのよ? 此処で手に入れた浩太を、本当に自分の虜に出来るのかの。それともなに? 不戦勝に甘んじるつもり? まあ、私達が相手じゃ勝てな~いって泣き言を言って逃げるならそれでもいいけど?」
挑戦的な綾乃の視線。その視線を受け、最初は唖然と、そして徐々に不敵な笑みをソニアは浮かべて見せた。
「……構いませんわ、アヤノさん。ただ……わたくしも、コータ様を渡すつもりはありませんわよ?」
「上等。後でほえ面かかせてあげるわよ。ぎゃふんっていう練習しときなさい?」
そう言って睨みあいながら笑い合う二人。そんな二人に、慌てた様にエミリが割って入った。
「わ、私も! 私も負けません!」
「……ふん。知らないのか? 学術院は負けず嫌いの集団だぞ? 『立場』という花は譲っても、実利は譲るつもりは毛頭ないな」
四者四様、バチバチと火花が散る女性陣を眺めて。
「……ねえ、コータさん?」
「……なんでしょうか?」
「……モテモテですね。ご愁傷様です」
「……モテモテの後に言う言葉じゃないですよね、それ」
憐憫の情を浮かべるニーザにそっと浩太は肩を落として。
――綾乃のその『優しさ』に、心から感謝した。
浩太さんが空気ですが、次回からガンバリマス!




