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フレイム王国興亡記  作者: 疎陀 陽


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第百七十四話 ソニアの作戦

熱が下がらん……


 ソニアの発言に静寂が室内を満たす。呆気に取られた様な、驚いた様な、或いは期待が込められた視線を泰然と流し、ソニアは言葉を続けた。

「……そもそも、前提条件が違うのですよコータ様」

「……前提条件、ですか?」

「そうです。まあ、別にコータ様に限った話ではありませんが……」

 そう言って、こくん、と首を傾げて。

「――エリカ様を、囚われのお姫様かなにかと考え違いをしておりませんか?」

 その言葉に、少しだけ驚いた様に綾乃が目を見開く。それも一瞬、少しだけ疲れた様に苦笑を含ませて頭を二、三度左右に振った。

「……まあ、そりゃね。確かに、エリカのイメージで『囚われのお姫様』なんて似合わないかも知れないわよね。でもね、ソニアちゃん? 事実、エリカは囚われの身で――」

「違います。何を仰っているのですか、アヤノさん」

「――あるのは……違う?」

「ええ。エリカ様のご気性やご性格は――まあ、確かに『囚われの姫』というよりも『荒ぶる獣』と云った方が正しいでしょうが」

「……酷い」

「正しいでしょうが! わたくしが言っているのはそういう事では御座いません。いいですか、皆様? エリカ様は囚われの姫ではないですし、一人幽閉される哀れな姫でもありません。まかり間違っても人質などで有る筈が御座いません」

「……ソニア、さま?」

 何を言っているのか分からない。そんな不安な瞳を浮かべるエミリにソニアは笑顔を浮かべて。


「――『フレイム王国女王陛下』なのですよ、エリカ様は。アレックス帝爾来、このオルケナ大陸の実質的な盟主で有り続けた、フレイム王国の正統なる後継者にして、この国――いえ、このオルケナ大陸で最も尊いお方なのですよ?」


 言い切る。

「その様に尊いお方が逃げるだの抜け道を使うのだの、そんな事を許される筈がありません。フレイム王城はエリカ様の『家』であり、クリス殿下の家ではないのです。緊急事態でもない限り、自分の家から抜け道を使って逃げる王族が何処にありますか」

「いや、そりゃ建前はそうでしょうけど……でも、実際にエリカは幽閉……というか、あの城で囚われの身じゃん」

「ええ。確かに『実際』はそうでしょう。ですが、『建前』上、この国の最高権力者はエリカ様です。それは事実であり、真実なのです」

「……貴方が何を言いたいか分かりかねるのだが、ソニア姫殿下」

「あら? シオンさんなら分かると思いましたが?」

「私には分かる、だと?」

「ええ。学術院の主任研究員という要職に就かれておられるシオンさんであれば」

「……?」

 シオンの頭に浮かんだのは、疑問符。そんなシオンを見やり、ソニアは口を開く。

「有史以来、『フレイム王家』は特別な家系です。オルケナ大陸を統一したアレックス帝の正統なる後継者であり、今でこそ幾つかの国に分かれているとはいえそれでもフレイム王家が特別な家である事は……この大陸の人間ではない、コータ様もアヤノさんもご存知でしょう?」

「……ええ」

「……まあ」

「ライムとラルキアの戦争にしてもそうですが、オルケナ大陸での諍い事の仲裁を頼むのであれば、フレイム王国に依頼するのが尤も正当な行為に当たります。我がソルバニア王家も実質的な国力はともかく、『家格』という点ではフレイム王家に劣ります。我が父であるソルバニア王カルロス一世も、公式の場ではフレイム王国国王に上座を譲るのです。そこにあるのは『実際』の国の勢いでは無いのです。『建前』の序列です」

「……ええっと……ソニアちゃん? それって結局、何が言いたいの?」

「分かりませんか?」

 そう言って、ソニアは素晴らしい笑みを浮かべて。

「わたくしが言っているのは『現実』を『虚構』に落とそうと、そういう事に御座います。ああ、この言い方は正しく無いかも知れません。正確には……そうですね、現実と虚構の垣根を取っ払う、という話ですが」

「現実を、虚構に落とす?」

 先程のシオンの焼き直し、今度は綾乃が首を捻って見せる。そんな綾乃にチラリと視線を這わせ、ソニアはこくりと頷いて見せた。

「はい。どれほどクリス殿下の方が『現実』に力を持っていたとしても、『虚構』の世界ではエリカ様がこの国の最高権力者です。そして、『最高権力者』であるエリカ様の言葉をクリス殿下が覆す様な事は認められません。『摂政』とは『陛下』の代理であり、部下に過ぎないのですから」

「……ああ、なるほど」

「……分かりましたか、シオンさん?」

「……ウチの所でもあるからな。実際に優秀なのはアリアではあるが、それでも『主任研究員』という肩書は何かと便利だからな」

「シオンさんとアリアさん、どちらが優秀かは置いておいて……まあ、そういうことですわね。公の『場』では、実力がどうのこうのではなく、『建前』こそが優先される事は儘あることですわ。実際の実務はしたの研究員がやっていても、実際に成果を発表するときは役職に就いた方がされるように」

「箔付け、と言い換えても良いな」

 シオンの声に、ソニアが満面の笑みで頷いて見せる。

「はい。そして、それは今のフレイム王国にも言えることですわ。実際はどうであれ、『建前』上のこの国のトップはエリカ様なのです。であれば、国事行事やそれに準ずる行事がある以上、エリカ様か――エリカ様の名代に準ずる方でないといけないのです。つまり、国事行事やそれに類する行事を行って仕舞えばいいのですわ。ロンド・デ・テラで、エリカ様が出席しなければならない、そんな行事を」


『現実』では到底勝ち得ない、最大級の『建前』が必要とされる、そんな。


「――そんな舞台を作って差し上げれば宜しいのです」

 ソニアの言葉に、再び沈黙が室内を満たす。どれぐらいそうしていたか、やがておずおずと綾乃が手を挙げた。

「……はーい」

「どうぞ、アヤノさん」

「えっと……まあ、ソニアちゃんの言わんとしている事は分かったわよ? 要は、エリカがテラに来なくてはいけない理由を作ろうって……まあ、そんな所でしょう?」

「理解が早くて助かりますわ」

「ありがと。でもね? 簡単に言うけどそんな行事、ほいほいある訳じゃないでしょ? ましてや『作って差し上げれば宜しいのです』って……それ、言うは易し、行うは難しの典型みたいなモノじゃない」

 少しばかりの呆れを含めた表情で肩を竦めて見せる綾乃。そんな彼女に笑顔を浮かべたまま、ソニアはトテトテと浩太の前に走り寄った。

「……ソニアさん?」

 浩太の疑問交じりの言葉に応える事はせず、ソニアはスカートの端をちょんと摘まんで。

「――コータ・マツシロ様」

 軽く一礼。後、浮かべた顔に満面の笑みを浮かべて。




「――どうかわたくしを、娶って下さいませ?」




 本日一番の爆弾を、落とした。


◆◇◆◇


 先程とは別の意味で訪れた、三度目の静寂。言われた浩太も絶句する中、頬を少しだけ朱に染めてソニアは言葉を継いだ。

「自分で言うのもなんですが、わたくしはソルバニア王国カルロス一世の第十一子ソニア・ソルバニアです。継承権こそ低いものの、それでもソルバニア王国の直系の姫である事は間違いありません」

「……」

「加えて、わたくしは我が父カルロス一世より最も可愛がられている娘です。この認識は我が国だけではなく、オルケナ大陸の各国で共有される認識でもあります。幾多のパーティーの席上で父はわたくしを連れまわしておりましたし、そんな私の婚儀である以上、国王か……少なくとも、王位継承権を持つ王子、或いは王女の『格』が無ければ参加する資格はないのです」

 そう言ってもう一度視線を室内に睥睨させるソニア。

「……当然、フレイム王家にも招待状を送らせて頂きます。先程も申しましたが、仮にも『直系』の王族の婚儀、半端な王族の出席など認めるつもりは御座いませんわ」

「……あ」

 ソニアの言葉に、何かに気付いたようにエミリが声をあげる。そんなエミリに小さく頷くソニア。

「お気づきですね? そうです。フレイム王家に招待状を送れば、国王陛下であるエリカ様か、それに近しい……直系のお方しか『名代』は務められません」

 名代とは、ある人の代理で参加する人の事である。別段、法的な縛りなどがある訳ではないが、一般的に会社の社長の名代として会議やパーティーに参加する場合、その名代を務めるのは副社長や専務といった役員が務めるのが通例ではある。例が無い訳ではないだろうが、少なくとも平社員が社長の名代で出るケースは少ないだろう。参加者同士の『格』もあるので、あまりにつり合いが取れないのはどちらにとっても不幸だからだ。

「現状、フレイム王家の直系のお方はエリカ様お一人だけです。名代に遣わして下さる様な王族はおられませんから……おやおや、それではわたくしとコータ様の婚儀、どうやらエリカ様がご出席くださるみたいですわね」

 そう言って、作ったような笑顔を浮かべるソニア。

「式の会場ですが……身分差はあるとはいえ、わたくしはコータ様に嫁ぐ身ですし? ならば此処はコータ様の活動の拠点である『テラ』で行うのが正しい形だと思いませんか? 加えて、エリカ様は即位なされる前はテラ公爵、わたくしがエリカ様の下でお世話になっているのも知られておりますし、コータ様? これはもう、テラで式を行うしかないですわね?」

 まるで、マシンガン。ニコニコと笑いながら、ピンと立てた右手の人差し指を振り振りソニアは言葉を続ける。

「どうですか、コータ様? とても良い方法だと思いませんか?」

「いや……ソニアさん? その……良い方法って……」

「これなら、エリカ様を合法的にテラに連れ出す事も可能ですわよ?」

「いえ……それは……まあ……」

 各国の王族の結婚式の際、他国の王族や皇族、或いは貴族が招待される事は別段に珍しい事ではない。問題は『格』であり、王位継承権こそ低いモノの、ソルバニア王であるカルロス一世の寵児たるソニアの婚姻であればそこそこに格の高い王族を出さなければいけない、という話である。ウェストリアの姫であるマリーの婚儀に、リズの名代として王姉でありフレイム王国王位継承権第一位であるエリカが参列する予定だったのと、理屈としては一緒だ。今回はエリカに近しい王族がいない以上、参加はエリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムがするのが筋である、という理論である。

「まあ、今はフレイム王国もお忙しい時期でしょうが……そのために摂政が居る訳ですしね? まさか、エリカ様御自ら『出席する』と言った言葉を、摂政風情が取り消すなんて事は出来ませんし」

 加えて、『建前』としてはエリカは国王なのだ。どれ程傀儡の王であるとはいえ、エリカの言葉を軽々と摂政『風情』が覆していい筈がない。それは、自分で担いだピカピカの神輿を自ら汚す行為に他ならないからだ。

「……ふむ。なるほどな? 中々巧い手ではあるな、ソニア姫」

 ソニアの言葉を部屋の隅で聞いていたシオンが、白衣のポケットから煙草を取り出しながら声を上げる。その声に、ソニアはシオンに向かって頭を下げた。

「お褒めに預かり光栄ですわ、シオンさん」

「だが、その方法には三つほど問題点があるな」

「拝聴します」

「まず、一つ。君の話の前提として、ソルバニア王カルロス一世の許諾が必要となろう? その問題はどう解決する?」

「父であるカルロス一世の命により、わたくしはコータ様の……まあ、ロンド・デ・テラに、ですが、ロンド・デ・テラに滞在しております。加えてわたくしの身分はコータ様の『婚約者候補』ですよ? 候補が正妻になった事に何か問題がありますか?」

「それは『建前』だ、という論法はどうだ?」

「推測でモノを喋るのはお良し下さい、シオンさん。わたくしは正真正銘、『現実』にコータ様の婚約者ですわよ? まあ、『説得』は必要でしょうが、それはこの案を採用しない理由にはならないでしょう? 試してもいませんのに」

「まあな。それでは二点目。コータは平民とはいえソニア姫、貴方は紛う事なき本物の王族だ。その王族の婚儀、一体如何ほどの時間が掛かる? 通常、王族の婚儀であれば一年や二年、準備に時間を掛けてもおかしくなかろう?」

「建帝記をご存じないのですか? かのアレックス帝とエレノア様のご婚儀は十日程度で全ての段取りを終わらせていましたよ?」

「緊急事態だろう、それは」

「今回だって十分、『緊急事態』だと思いますが? 『前例』もありますし、それほど問題ではありませんでしょう。それに……皇女エレノアは、チタン帝国時代のソルバニア伯爵家に嫁入りをしているのです。言ってみれば、『早支度』はお家芸ですわよ?」

「可愛い娘を早支度で結婚させるのは、父の理論としてどうだろうな?」

「それも踏まえた説得です。それに、シオンさん? そんなものは後付けの理由でしょう? さあ、貴方が本当に言いたい、『三つめ』の理由を言って下さいまし?」

 楽しそうに笑いながらそう言って見せるソニア。その姿を忌々し気に眺めて煙草を一服、シオンは先端から紫煙を燻らせるソレでソニアを指した。



「――あなたが、コータの『嫁』になるのが気に食わない」



そんなシオンの言葉に、ソニアは今日一番の微笑みを浮かべて見せ。




「……ですから、申したでしょう? 『覚悟』があるのであれば、と」

 





ソニアのフォローは次回で!

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