第百七十一話 それぞれの戦い方
先週は資格試験で一週空いた事をお詫びします。
さて、第百七十一話です。今回も主人公登場しない話になりますが……これから、これから。
あと、十一月半ばにもう一個試験があるので若干更新が不定期になるかもです。まあ、ずっと勉強ばっかりしてる訳ではないので大丈夫だと思いますが、予告なく更新が無かったら『ああ、疎陀、頑張ってるんやな……』と生暖かい目で見守って頂ければ幸いです。ではでは。
ニーザ・ロートはロート商会の後継ぎであり、貴族社会ではちょっとは名の知れた――少なくとも、次代の貴族世代には名の知れた商人である。綾乃がお茶会を開いた貴族の令嬢は片や手放し、片やツンデレ気味にニーザを褒めてはいたし、男性にしても『ニーザから薦められたアクセサリー』と云うのはそれだけで女性の興味を引くのには十分な価値を持つのだ。まあ、何が言いたいかと言うと。
「……なんつうか……すげーな、お前」
「……は? なにが?」
ロート商会会長、アントニオの工房である小屋で勝手に書類を捲っていた手を止めて、ニーザは視線を上げて首を捻る。
「それだよ、それ。なんつうか……お前って遊んでばっかりのイメージだったけどよ? ちゃんと仕事もしてたんだな」
アントニオの視線が手元の書類に注がれている事に気付いたニーザが、『ああ』と小さく頷き――その後、少しばかり不満そうに首をやれやれと左右に振って見せた。
「ひでーな、親父」
「ばっかお前、何が酷いんだよ? 駆け落ちして散々迷惑掛けたバカ息子だぞ? 遊んでるくらいにしか思って無かったが……そんな隠し玉があんのかよ」
「隠し玉って。そんな大したものじゃねーよ。ほれ、貴族って噂話大好きだろ? だからまあ、ある程度はな? 自分で言うのもなんだけど、俺ってそこそこ顔が広いし」
そう言って手に持った書類――この『反乱』からこっち、ニーザが足で掻き集めた『噂話』の全てが乗った書類をひらひらと振って見せた。
「……にしても凄すぎだろう?」
「そっか? 貴族社会なんて広い様で狭い社会だからな。知り合いの知り合いのそのまた知り合いが王府の人間だ、なんて腐る程ある話なんだよ。俺らぐらいの年代なら王府の下っ端でも、それこそ親父世代が近衛だったり王府の重役だったりする事はままあるからな。そこから情報集めれば、これぐらいは大したことねーよ」
それだけ言って再び書類に目を落とすニーザに、アントニオは内心舌を巻き――後、不謹慎とは知りながら少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせる。その表情の変化を目敏く見つけたニーザが、嫌そうに顔を顰めて見せた。
「……なんだよ親父、ニヤニヤして。気持ち悪い」
「へへへ、そう言うな。バカだバカだと思ってた息子がいっぱしの仕事してるんだと思うとついつい嬉しくてな。すわ、王国崩壊かって時に不謹慎だとは思うけどよ?」
「だから、これぐらいは大した事ねーって。俺はただ、噂話集めただけだぞ? 何褒めてたんだよ、親父。ボケたか?」
「でも、そんな事は俺にはできねーぞ?」
「そりゃ……まあ、親父はこういうの向いて無さそうだけどよ? でもな? これぐらい――」
「ストップ」
「――誰でも……なんだよ?」
「話は変わるけどニーザ? お前、俺のアクセサリーの事、どう思うよ? ああ、茶化すなよ? マジな話だ」
「……すげーと思ってるよ。掛け値なしに」
「そりゃどうも。でもな? 前も言ったけど、別に俺からしたら大した事はしてねーんだよ。単純に好きで作ってるだけだからよ? んで? お前の集めたその噂話――まあ、もうそこまで行くと『情報』だな。情報の仕入先は、貴族社会とのパイプは、お前が苦労して作ったもんか? 苦労して作ったモンだったらお前、『大した事』あるだろうが? 違うんだろ? 好きでやってたんじゃねーのかよ?」
「……まあ……そりゃ、な。単純に女の子が似合うアクセサリー付けてる姿見るのは楽しいし……男だって、俺が薦めたアクセサリーがきっかけで巧く行ったって言われれば嬉しいからな。そう思えば自然と話も出来るし……まあ、仲良くもなるさ」
「それってのはお前が持ってる『才能』だろ? 俺がアクセサリーを作るのが好きで好きでたまらねーよーに、お前は貴族の娘っ子やボンと話したり、そいつらに似合いそうなアクセサリー見繕うのが大好きって話だろう?」
「……」
「ロート商会はアクセサリーを作るのが仕事だ。でもな? 売るのだって大事な仕事なんだよ。俺ら技術屋は確かに作るのは好きだが、売るのは苦手だからよ? お前のその『才能』ってのは、これからのロート商会に無くてはならねーもんだよ」
「……そりゃどうも」
少しだけ照れたようにそっぽを向くニーザ。その姿を目を細めて見つめ、アントニオは言葉を続けた。
「ま、そんな事に今更気付くようじゃ俺も大概バカ親って感じだけどよ? まあ、仕方ねーよな。俺は石を見る目はあっても人を見る目はあんまりねーからよ?」
「……胸張っていう事じゃねーよ、バカ親父」
「まあな。だからおめー、このバカ親父にも分かる様に説明しろ。今、王城で……違うな、この国で何が起こってるんだよ? エリカ様が女王陛下に即位なされて、この国は……フレイム王国はどうなるんだ?」
アントニオの言葉に、しばしの躊躇。やがて、長めの息を吐いてゆるゆると言葉を続けた。
「……エリザベート陛下に代わって即位されたエリカ様は、現状ではクリス殿下の居た部屋に殆ど軟禁されているらしい」
「軟禁? なんだよ、それ? 俺はてっきり、エリカ様の簒奪かと思ったんだけど。そうじゃねーのか?」
「最初は俺もそうかと思ったんだけど……どうも違うっぽいな。まあ、よく考えれば陛下もエリカ様も仲良かったし……そもそも、クリス殿下にしたって何したいかさっぱり分かんねーしよ」
「どういう意味だよ?」
「クリス殿下も殆ど表舞台にはでねーらしい。主に国政を取り仕切ってるのはエドワード様だって。王府に対する指示も、エドワード様が概ね出しているってさ」
「……クリス殿下も傀儡ってか?」
「……」
「ニーザ?」
「……俺、駆け落ち騒動の時クリス殿下の所に匿って貰ってただろ? だから、たぶん他の人よりあの二人を近くで見てると思うんだけど……その……エドワード様がクリス殿下を傀儡にするってのがどうもピンと来なくてよ?」
「は? ピンとこないって……でも、そうじゃねーのか?」
「事実だけ見りゃそうなんだろうけど……でも、あの人がクリス殿下をコマに使うなんて想像もできねーんだよな。言葉の端々に『クリス様命』みたいなのが見える人だったから」
「……」
「それに、仮に傀儡だったとしたらおかしい事も多いんだよな。最近、王城に運ばれてる商品は……まあ、必需品が多いのは当然だけど、次いで甘いお菓子や女性物の服や靴が多いらしいんだよ。『神輿』なら、機嫌を損ねないようにある程度モノで釣るってのは分かるけど……それでも、この量は異常だぞ? クリス殿下が摂政に就任して数日で、白金貨で五千枚以上が服や菓子、それに本とかに支出されてるんだ。尋常じゃねーよ」
「……そいつは剛毅な話だな」
「だろ? 今でこそちょっと落ち着いたけど、それこそラルキア中の服を買い漁ってるんじゃねーかって勢いらしいからな。フレイム王国の財政だってそんなに隆々な訳じゃねーし、傀儡にそこまで使うって事は有り得るのかな、とは思う」
「……まあな」
「裏付けじゃねーけど、その買った服を着てニコニコしてるクリス殿下を見たって話もあるし……そうなると、殿下自身も別に今の状況を苦じゃねーって考えてるんじゃねーか?」
「じゃあ、どういう事だよ?」
ニーザの言葉にますます意味が分からないといった風に首を捻るアントニオ。その姿に、しばし躊躇して、それでもニーザは口を開く。
「……こっからは俺の推論だけど、黒幕はエドワード様じゃねーかと思ってる」
その言葉に思わずアントニオが息を呑んだ。その姿を見ながら、ニーザが自身の言葉を否定するように小さく首を左右に振る。
「ああ、いや、黒幕ってのは違うか。エドワード様はきっと、クリス殿下が『望む事』をして差し上げてるんじゃねーかって……そう思う」
「望む事? なんだよ、それ?」
「甘いお菓子に女性物の服や靴だぞ? それに、こないだ来たろ? アクセサリー持って王城に来いって」
「……すまん、分からん。分かる様に言ってくれ」
「突拍子もない事言うようだけど……その……クリス殿下って『女性』って告白したろ? だから……『女性』として生きて行けるようにしてるんじゃねーかってな?」
「……おい」
流石に突拍子も無さすぎる。そう思い、鼻で笑うアントニオにニーザが差して怒ることもなく言葉を続けた。
「一応、辻褄は合うと思うんだよな。ウェストリアは男尊女卑の国だし、女性が政治に関わる事を良しとしねーだろ? だからエドワード様が前面に立って政治をし、クリス殿下にはただ『女性』として生きて貰う、ってのはまあ、理屈は合うと思う。違うかな?」
「いや……そう言われりゃ……そうかも知れねーけどよ」
仮にそうだとしよう。クリス殿下に『女性』として生きて貰う為に、エドワードがリズを追放し、傀儡としてエリカを立て、その上でフレイム王国を乗っ取ったとしよう。
「……なんでだよ? なんでそんな事をエドワード様がする必要があるんだ?」
理由がない。そう問いかけるアントニオに、ニーザは黙って首を左右に振った。
「わかんねえ」
「おいっ! 何だったんだよ、今までのは!」
「推論だって言ったろ? わかんねーよ、そんなもん。ひょっとしたら何かしら密約があるかも知れねーしな。今回の件でウェストリアに好待遇で帰れる、とか」
「……普通そっちじゃねーか? そっちのが『女として生きて貰う』ってのより納得できるぞ?」
「まあな。でもそうだったら、なんであんなに服やら菓子やら靴やらを買い求めてるのか分かんねーしよ? 外交局の話じゃ、ウェストリアが戦争の準備をしているらしいって話もある。自分の所に併合するって事になりゃ、わざわざ無駄に金使う必要も、戦争まで起こす必要もないだろ? となると、今回のこの『反乱』はクリス殿下の独断専行の可能性が強いけど、それでも自分で政治的な動きを見せてないとなると、黒幕……つうか、絵図を書いたのはエドワード様じゃねーかって推論はあながち大外れでも無いかな、って気もしてるんだよな」
自身でも纏まりが付かないのか、そう言いながら眉をへの字に曲げるニーザ。そんなニーザとは対照的、ポカンとした表情を見せるアントニオにニーザが訝し気な表情を浮かべた。
「……なんだよ?」
「いや……お前、そんなに色々考える奴だったか? つうか、そこまで考えれる奴がなんで軽々と駆け落ちなんかするんだよ?」
「駆け落ちの事を言われると辛いけど……まあ、アレだ。海上保険ってあったろ? アレの過去の情報を纏めたり、分析したりする仕事をしてたから……ただ集めるってこと以外の仕事も身に付いたかな、とは思う」
「……コータ様様だな、そりゃ」
「ぶっちゃけ、死ぬほどきつかったけどな? あの人、全然容赦してくれねーし」
思い出したかの様にぶるりと身震い一つ。そんな実子の姿に苦笑を浮かべた後、アントニオは真剣な目をニーザに向けた。
「……で? その大恩人の『情報』はあるのかよ?」
「『反乱』のあった日に、王城内からホテル・ラルキアの馬車が逃げる様に走り去ったって情報がある。コータさんやシオンさんはクラウス先輩のツレだから……クラウス先輩が助けに来たんじゃ無いかって睨んでる」
「……クラ坊が、か? そんな冒険する奴か、アイツ?」
「面倒見が良い人だし、友達を大事にする人だから。じゃねーと、シオンさんとかベロア先輩の友人を何時までもやってねーよ。元々尊敬する所の多い先輩だけど、その一点だけでも相当すげーと思う」
「……なんというか……色々不憫だな」
誰が、とは言わない。アントニオも良い大人である。
「加えて、ホテル・ラルキアの最上階のスイートが当分予約不可になってるらしい。あの反乱の時に王城内に居たのは陛下、シオンさん、コータさん、アヤノさんに……後はエミリさんとアリアちゃんぐらいか? その人数なら、最上階のスイート一室で十分賄える所かお釣りがくるだろう?」
「ソニア殿下は?」
「あー……ソニア殿下も居たのかな? ちょっとその辺りは微妙かな? わかんねーけど。ただ、あの『蛇』の娘だからな。逃げ切ってる気はしてる」
「……まあな。親父の方は殺しても死ななそうだしな」
「そういう事。ま、取りあえずホテル・ラルキアにはこれから顔を出して見ようと思う。クラウス先輩なら他の情報もあるかも知んねーし」
「……意外だな?」
「なにが?」
「それならまず、クラウスの所に顔出すんじゃねーか? 『コータは無事か』って」
「恐らく全員無事だろうって思ってるしな。何かあったらむしろクラウス先輩の方から連絡があると思うし。よく言うだろう? 便りの無いのは良い便りって」
「……そういうもんか?」
「そういうもんだよ。それに……」
そこまで喋り、少しだけ言い淀む。それでも少しだけ呆れ気味にニーザは口の端を苦笑の形に歪めて見せた。
「……なんにも目新しい『情報』を持って行かないなんて、合わせる顔がねーじゃねーか。ある程度、自分の中で整理して持っていかねーと格好も付かねーよ」
「……」
「心配するだけなら俺じゃなくても出来る。なら、俺は俺の出来る事をやるんだよ」
「なんつうか……お前、変わったな?」
「……まあな。恥ずかしながら、ようやく気付いたんだよ」
「気付いた? 何に?」
「……ファーバー様の言ってた事だよ」
「……ファーバーの?」
「アイシャ様はファーバー様が亡くなられた事を聞いても毅然としておられたんだ。『あの人は、陛下と国家を守るために戦い、散ったのです。誇り高きフレイム貴族として立派なお働き、何を悲しむことがありましょう』って」
「……強がりだろう、それ」
「そう思う。アイリスの話じゃ一人でずっと泣いてたらしいし」
でも、と。
「ファーバー様が言ってた、『国家に貢献する』ってのは多分、そういう事なんだと思うんだよ。フレイム王国の女王を守る最後の砦としてファーバー様達近衛は戦った。アイシャ様は、そんなファーバー様の死を悲しまないように気丈に振る舞っておられる。きっと、エリカ様はエリカ様で王城内で頑張ってるんだろうし……わかんないけど、無事だったらコータさんとかアヤノさんが黙ってるとは思えない。皆、何かしらの方法でこの国の為に『戦ってる』と、そう思うんだよ」
「……」
「……居なくなってから分かる様じゃダメなんだろうけどよ? それでもやっぱり、俺はこの国が好きだ。だから、俺は俺の出来る方法でこの国を守りたい。ファーバー様が……『義父』が命を懸けて守ろうとしたこの国を、俺だって守りたいんだ」
「……はん。実の親父の前で『オヤジ』呼ばわりかよ?」
「妬くなよ?」
「妬くかよ、気持ちわりぃ」
「ま、そういう訳で俺は俺の出来る戦いをするさ。親父の前で言うのもなんだけどさ? いつかファーバー様が誇れる『息子』になれる様にな」
そう言って、ニーザは机の上に広げた書類を手早く纏めると、机の下に置いてあった鞄にしまい込み、席を立った。
「行くのか?」
「取りあえず、ホテル・ラルキアへ。今後の事もあるし、打ち合わせと情報交換にな。折角王城に入るチャンスが回って来たんだから、有効活用しないと。親父は、アクセサリーを見繕っておいてくれ。王城には俺が行くから」
頼んだぞ、というニーザの声に返答をしないアントニオ。その姿に、ニーザが首を傾げた。
「……親父?」
「王城に来いって言われてるのって……八日後だったか?」
「そうだけど……それが?」
「ウチの店で出してる商品なんか、既に見飽きるぐらいにクリス殿下も見てるだろ?」
「……クリス殿下も足を運んでくださった事もあるからな。まあ、その可能性もあるんじゃねーか?」
「アクセサリー持って行っても既に見飽きた奴じゃ『置いて帰れ』って言われるかもしれねーな、折角王城に入るチャンスなのに、それじゃつまんねーと思わねーか?」
「……親父? 何が言いたいんだよ?」
そういって首を捻るニーザに、アントニオはニヤリと悪い笑みを浮かべて。
「新作を、10個ほど作る」
「…………は?」
「新作を作る。見慣れないデザインの新作をつくりゃ、殿下の興味も引けるだろうし、デザインとかコンセプトの説明をする時間も稼げる。会話の量が増えれば、得られる情報も多いんじゃねーのか?」
「そりゃそーだけど……つうか、八日だぞ? 八日で出来るのかよ、新作なんて!」
「ウチの技術屋フル稼働させりゃ、今から新作のアクセサリーも10個ぐらいは作れるからな。よし、そうと決まればこんなところでのんびりなんかしてらんねー! 俺もちょっくら工房行ってくる! お前もホテル・ラルキアから帰ってきたら直ぐに工房に来い! 俺らの作ったアクセサリーの『神話』込みで、しっかり『商売』してこいや!」
アントニオは親指を立てて。
「お前だけにエエ格好はさせねーよ? 俺らロート商会は、フレイム王国の祭典を彩って来た栄誉ある商会だ。なら――これが、俺らの戦い方だ!」
そういってニヤリと笑って見せた。




