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第百六十五話 『鬼ごっこ』の終焉

今回、ちょっと短いです。


「……お前も大概格好つけたがりだな?」

「……五月蠅いですよ。黙って歩いて下さい」

「歩くと云うより這う、だがな」

 大人一人が屈んでようやく通れる様な狭い通路を歩く――というより、這って歩くシオンと浩太。二人が並んで這える程の横幅のない道、複雑という程入り組んでもいないが、それでもある程度は枝道があり、加えて明かりが殆どない真っ黒な通路、本来であれば道に詳しいシオンが先導すべきところである。あるが。

「『入口に『敵』がいないとも限りません。私が先導します』とはな。決して得意ではないだろうが、運動は。前から敵が来れば、お前の方が危ないと思うが、どう思うさ?」

「……得手不得手は関係なくないですか? こういう時は男性が先を行くものでしょう? 少なくとも、時間稼ぎくらいは出来ますよ」

 こういう事だ。頑として譲らなかった浩太の態度を思い出し、シオンが面白そうに口の端を歪めて見せた。

「レディーファーストはどうした? 女性を先に行かせるべきではないか? アレックス帝から続く、フレイム王国の伝統だぞ?」

「先に女性を行かすのは、女性を犠牲にして暗殺から逃れる為、という説もありますし。そもそもアレだって、案内が付かない時は男性が先導するんですよ」

「他ならぬ私が案内役だが?」

「……後ろからでも出来るでしょう、案内ぐらい」

 少しだけ拗ねた様な浩太の態度。その姿がなんだかおかしくて、シオンが喉奥を小さくクックと鳴らして見せる。

「まあいい。コータの矜持もあるだろうし、これ以上は突っ込みを入れるのはよそうか。それより詳しいな? なんだ? 経験豊富か?」

「残念ながら本で得た知識ですよ。ファーストをして喜んで下さるレディとはあまり関わり合いが無かったので」

「ほう? そうなのか?」

「綾乃とか見てたら分かりませんか? 私の周り、概ねあんな感じの女性ばかりでしたから」

「……目に浮かぶようだな。女性が強いのか」

「男性が弱いだけですが。そういうシオンさんこそ、経験があるのでは? 社交界なんて私より参加していらっしゃるでしょう?」

「好き勝手して来たからな、社交界でも。あまり経験はない」

「……相変わらず、シオンさんはシオンさんですね」

 呆れた様に肩を竦めて見せる浩太。その背中を見つめていたシオンが、何を思ったかその背中にぴょんと自分の豊満な胸を押し付けながらのしかかる。『むぎゅ』と音がなりそう、シオンのその双丘がマシュマロの様に形を変え、その柔らかい感触に浩太は。


「ちょ、シオンさん! 重い!」


 台無しだった。そんな浩太に、色々と――具体的には乙女の尊厳的な何かを傷つけられたシオンが声を大にして抗議の声を上げる。

「失礼な事を言うな! 軽い!」

「いや、人一人の自重が乗るんですよ? 軽い訳ないでしょうが!」

「お、お前と云う奴は……残念なヤツだな、本当に!」

 ブツブツと文句を言いながら、それでも浩太の背中に乗った『親ガメの上に子ガメ状態』を解除する。わざとらしく腰をトントンと叩いて見せる浩太に若干むっとしながら、それでも暗闇に慣れた目が浩太の耳が赤く染まっている事を捉え、その事実に少しばかり気分を良くしてシオンは口を開いた。

「……まあ、それでも『お姫様扱い』というのも悪くはないぞ? 少しばかり『きゅん』とした」

「……さいですか」

「お前だってそう思わないか? 『お姫様扱い? 慣れているな。むしろお前のソレは程度が低い!』という女よりは、此処で胸をドキドキさせている女の方が初々しくてよかろう?」

 ん~? と言わんばかりのシオンの言葉。その言葉に、浩太は体ごと視線をシオンに向けて呆れ返った表情を浮かべて見せた。

「……なんだ?」

「……どっちでも良いです、結構マジで」

「……失礼な奴だな? なんだ? まさか興味が無いとでもいうつもりか? それは些か不愉快なんだが?」

「いや、興味がないという訳ではないですが……まあ、別にシオンさんがお姫様扱いに慣れていようが慣れていまいが、やる事は一緒、という意味です。別に誰と比べて頂いても構いませんし、それはつまりシオンさんがどうこうではなく……そうですね」

 ただ、私がしたいだけですよ、と。

「……」

「……」

「……」

「……シオンさん?」

「……やい、コータ」

「や、やい? ええっと……はい?」

「……なんだ、お前は? アレか? 私を惚れ直させるつもりか? 嬉しくなるだろうが、おい」

「そういうつもりでは無いのですが……というかシオンさん、失礼ながらグイグイ来ますね?」

「スタートが皆より遅いからな、私は。行くさ、グイグイ」

「……行くんですね、グイグイ」

「当たり前だ。私は我儘だからな。欲しいモノは必ず手に入れたいんだよ」

 そう言って二カッと笑って見せるシオン。その姿に溜息を一つ、体を進行方向に戻して歩みを進める。

「……と、コータ。その通路は右だ。後は真っ直ぐ進めば直ぐに王城の外に辿り着く」

「了解です」

 先程までの『おふざけ』は何処へやら、真剣な声音のシオンに浩太も小さく頷き通路を右へ。しばし歩いた後、天井から小さな明かりが漏れている場所に辿り着いた。

「……此処ですか?」

「そうだ」

「……シオンさんは後ろに下がっていてください。何かあれば、私の事は気にせず来た通路を戻って下さいね?」

 真剣な浩太の表情にシオンが小さくコクリと頷いて見せる。その行動にぎこちなく浩太は笑みを浮かべて、ゆっくり、だが確実に光の漏れる天井を押す。

「――っ!」

 恐らく長い事使われていなかったのであろう、中々動かない天井が少しずつその口を開ける。暗闇に慣れていたその瞳が不意に入って来た光に驚いた様に瞳孔を狭め、浩太は思わず目をぎゅっと瞑る。そのまま、二、三度瞬きをしてゆっくりと瞳を開け、そうして入って来た光景に。



「………………へ?」



「こ、コータ?」

 身構えたまま、視線をこちらに向けて来るエリカの姿に、思わず間抜けな声を上げた。なんとも情けない姿ではあるが、それはあちらも同じ。体の前で両手をあわあわと振って見せてエリカが口を開いた。

「ど、どうしたのよ、コータ!」

「い、いえ、どうしたのはこっちの台詞ですが……え? エリカさん? なんで逃げてないんですか!」

「なんで逃げて無いって、それは――」

 喋れたのはそこまで。まるでエリカの言葉を遮る様、弾丸が駆け抜ける。


「――――コータさまっ!」


「ソニ――ごぶっ!」

 否、弾丸ではなくソニア。そのままの勢いでコータに飛び込んだ事で、コータの体が『く』の字に折れ曲がった。

「けほっ……そ、ソニアさん? 御無事で?」

「はい!」

 コータを押し倒さんばかりの勢いで抱き付いたソニアがにこやかな笑みを浮かべて見せる。そんなソニアの頭を撫でる浩太に、ソニアは猫の様に目を細め――そんな浩太を、まるでゴミを見る様な視線で綾乃が見つめていた。

「……なんだよ?」

「……べっつに~。ただ、そんなちっちゃい子にぎゅって抱き付かれてデレデレしている浩太って端的に言ってキモイな、って」

「おい! キモイはないだろう、キモイは!」

「ああ、ごめん。気持ち悪い」

「気持ち悪いの方がもっと傷付くんだが! っていうか、ちょ、え? あ、綾乃? ソニアさんまで……え?」

 自身でも何を言っているのか分からない。そんなパニック状態のまま、視線を左右に睥睨させた浩太の視界に。

「だから! 何を考えているんですか、お姉様は!」

「い、いや~。その……な、なんだ? この、アレイア文書をだな?」

「そんなモノと命、一体どちらが大切だと思っているんですか!」

「そ、そんなモノとはなんだ! これはコータとアヤノを――」

「言い訳しない!」

「そうです! 私もシオンには怒っているのですよ! そもそもですね! どちらかと言えば運動に難があるアリアを一人残して学術院に戻るとはどういう事ですか! 姉として、妹の面倒を見るのは当然でしょう!」

「運動に難がありと言われるのは微妙にアレなのですが……ですが! 陛下の仰る通りです! 何を考えているんですか、お姉様は!」

 いつの間にか穴から這い出して来たシオンが、リズとアリアに正座で怒られている風景が飛び込んで来た。

「あ……あはは」

 浩太、もう下を向いて笑うしかない。色んな所でタイムラグがあったにも関わらず、終わってみれば全員集合である。誰一人欠ける事無くこの場所に集まっている事を喜ぶべきか、それともタイムラグがあったにも関わらず全員集合している事を悲しむべきか、なんてしょうもない事を考えながら上げた視線の先に、一つの影を見つけた。

「……?」

 遠方から見えるその影に瞳を細くして目を凝らす。最初こそ『敵か』と警戒した浩太であったが、その影が徐々に近くなり、そしてそれが見慣れた人物である事に小さく安堵の吐息を漏らした。

「……ご無事でしたか、殿下」

「おー! 皆揃っとる様じゃの? 御無事、御無事、御無事じゃで~」

 肩口で切りそろえた金髪を揺らしながら、いつも通りの中世的な柔和な笑顔を浮かべるクリスティアン・ウェストリア――クリスの元気な姿に、浩太のみならずエリカまでほっとした様に口の端を上げた。

「……良かった。貴方も無事だったのね、クリス殿下」

「私はちょっと所用で外出しとったからの~。エリカ様とか陛下、それにシオン達は王城内に居るじゃろうと思っての。心配になって様子を見に来たんじゃ」

「……呑気な話ね、貴方。まあイイわ。っていうかよく此処が分かったわね?」

「よく此処って……ホレ、陛下やラルキアのジェシカ姫とかウチん所のマリーとか、皆で鬼ごっこしとったじゃろ? 私は良く鬼役で付き合わされたけんの。逃げるんじゃったら此処に来るじゃろうと思っての~」

 何でもない様にそう言って肩を竦めて見せるクリス。その姿に、エリカが気まずそうに眼を逸らした。

「……なんか、ごめん」

「ん? ……ああ、気にせんでええよ、エリカ様。エリカ様が『鬼ごっこなんて……』って殆ど付き合わんかったの恨んどるわけじゃないし」

「つ、付き合わなかった訳じゃないじゃない!」

「直ぐに飽きるんじゃけん、エリカ様は。ホンマに王族言うのは我儘じゃの~」

「あ、貴方だって王族でしょ!」

 楽しそうにエリカをイジるクリス。最初こそその姿をポカンと呆れた様に見つめていた浩太だったが、『いやいや、それどころじゃないでしょう』と思い直して口を開いた。

「いや……その、エリカさんもクリス殿下もそれぐらいで。そんな悠長な事をしている場合じゃないでしょう?」

「……? ……! そ、そうよ! クリス殿下、さっさと逃げるわよ! こんな呑気に昔語りをしている場合じゃないの!」

「……いや、それはエリカ様には言われとう無いんじゃけど」

「と、ともかく! さあ、クリス殿下! さっさと――」

「それに、焦る必要はないで」

「――逃げる……え?」

 慌てるエリカとは対称的、落ち着き払ったクリスの態度に、思わずエリカが言葉を止める。その姿を面白そうに眺め、クリスはゆっくりと右手を挙げて。


「――後ろからの『敵』は追ってこんけん」


 それが、合図。


「……え?」


 建物の陰から。


 草むらの中から。


 木の後ろから。


 剣、槍、弓矢、思い思いの武具を携えた集団が一斉にその姿を現した。


「……く……りす……でんか?」

 掠れた声はエリカから。その声に、クリスは肩を竦めて見せて。

「鬼ごっこ、お疲れさんじゃったな。取り敢えず、これで鬼ごっこは終わりじゃ。皆、よう逃げ切ったの~。流石じゃと思うで、ホンマに。ほいでもな?」

 そう言って、拍手。そのまま、クリスは視線を睥睨させて。




「……今度の『敵』は、前からじゃで?」




 飛び出した兵士の一人一人に満足そうに視線を這わせ、その後クリスは楽しそうに『嗤っ』た。


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