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第百五十八話 助けてくれる人々

 ラルキア王城内に用意されたエリカの私室。部屋の中央と壁際に机が一つずつとベッドと椅子、それにお義理程度に飾られた絵画のあるその部屋は、今は東通り火災の対策本部になっている。エリカ来訪以来、紅茶と茶菓子しか置かれる事の無かったテーブルは、今では所狭しと地図や人口動向を記した書類が所狭しと並べられているそれを囲むよう、エリカ、浩太、綾乃の三人が座っていた。

「……東通りに衛士を派遣するわ。現状、聖王通りの衛士を取り敢えず向かわしたけど……災害時は治安が悪化する事はよくあるわ。聖王通りが手薄になるから、何とかしなければいけないと思うんだけど……」

 どうかな? と首を捻るエリカ。その姿に浩太と綾乃は眼を見合わせ、『どうぞ』と言わんばかりに手を差し出す浩太に頷いて、綾乃が口を開いた。

「えっと、ラルキアの……人口って言葉、分かる? 何人ぐらいがラルキアに住んでいるかって事なんだけど」

「エミリ?」

「正確な人口の把握は出来かねますが……聖王通りを例に取りますと、概ね十区画に分かれており、更にその十区画が十の地区に分かれております」

「聖王通り全体で百個の町内会があるって事ね。それで?」

「その『町内会』の意味は分かりかねますが……そうですね、百の単位に分かれております。道沿い、或いは裏通り沿いで違いはありますが、平均すると一つの地区に概ね五百から千人程度が住んでおります。平均、と言いながら随分と差がありますが……」

「台帳も無いんじゃ仕方ないわよ。中を取って七百五十人って所かしら? ざっくりとした計算だけど、七百五十人が百個で七万五千人、大きな通りが四つあるから概ね三十万人って所か」

 そう言って綾乃は視線を浩太に向ける。

「浩太、高校の時って世界史?」

「センターは現代社会で受けた。でもまあ、そういうゲームは嫌いじゃない」

 綾乃の言わんとしている事を悟り、浩太は言葉を続ける。

「中世ヨーロッパで最大の人口を誇るのはパリ……ロンドン? まあ、その辺りだよな? 十五世紀から十八世紀で三十万から五十万って所だろう? 妥当な線じゃないか?」

「変遷があるから一概には言えないけど、そうね。この街は衛生状態も良いし、もしかしたらもっと多いかも知れないわ。大江戸八百八町は百万人都市だったらしいしね。まあ、街の大きさも正確には分からないから……そうね、ざっくり四十万人と仮定。エミリ、元々東通り詰めの衛士ってどれくらいいたの?」

「東通りに限らず、各通りの衛士の定数は二百と定められています。王城内、後詰、後はラルキアへの通行門に幾人か配置しておりますが、それらの総数で二百といった所でしょうか?」

「全部で千人ぐらい、人口四百人に対して一人か。おお、優秀優秀」

「そうなのですか、アヤノ様?」

「私や浩太の居た世界がざっくり五百人に一人ぐらいの割合だったからね。首都はもうちょっと多いんだけど……でもまあ、十分な数字だと思うわよ」

 そう言ってうんうんと頷く綾乃。その姿に、浩太が少しだけ意外な表情を浮かべて見せた。

「人口比なんてよく覚えてんのな?」

「ゼミの友達やら先輩やらが何人か行ってるしね、警察。よく愚痴ってたから。『警察官の人数が足りない!』って。ネズミ捕りとか止めれば良いのにって言ったら、渋い顔してた」

「……なんだか悪意が見え隠れするんだけど。捕まった事あんのか?」

「あくまで一般論よ。他にやるべき仕事は腐る程あるでしょうとは思うけど」

 そう言って浩太から視線を切り、今度はエリカにその視線を向ける。

「んで? 質問の意図は?」

「さっきので大体分かったからもうイイわ。やっぱり、ある程度の人員を街の方に回さなければいけないって事ね。後詰の衛士を回すのは出来ても、門番なんかを回す訳には行かないし……やっぱり、近衛に街の警護をお願いするしかないわね」

「王城内の近衛の人数ってどれくらい?」

「今は二百人くらいかな? 招集かければもうちょっと集まるかも知れないけど……ウェストリア方面軍に随分人数を割いているらしいから、集まっても後百人ぐらいのモノかしら? ただ……」

「近衛を回せるか、って事?」

「ああは言ったけど、近衛は貴族の子弟の集まりでプライドも高いから。『俺達が街の警備なんか出来るか!』って意見が出ても可笑しくないわ」

「おうふ。悩ましい所ね。でもまあ、そうなったら強権を発動したら? 言ってたじゃん、全責任は私が取る! って」

 そう言ってニヤニヤとした笑いを浮かべる綾乃に、エリカはジト目を浮かべて睨む。

「……ねえ、アヤノ? もしかしてバカにしてる?」

 そんなエリカの視線を受けて、ゆっくりと綾乃が肩を竦めて見せた。

「尊敬してるわよ?」

「…………へ?」

「前例は作るモノだ! って意見はその通りだと思うけど、だからって言って前例を作るのは怖い事だからね。しかも、全責任を取るなんて中々言えない事よ? 貴方は王族として、人の上に立つ者としての器を正しく示したと思う。法制度上では色々と問題のある行動かも知れないけど、私個人としては貴方のその『器』に敬意を表する事は吝かではないわね」

「あ、え……あ、あう……」

 バカにされているのかと思えばさにあらず、殆ど手放しの賞賛。どちらかと言えば『喧嘩友達』のこの女性の意見に、エリカは頬を赤く染める。

「そ、その……あ、ありが――」

「まあ、その器の大きさの一部でも特定の部位に回れば良かったのにね~とは思うけど」

「――とうって、アヤノ! 貴方ね!」

 にゃははと笑って見せる綾乃に溜息を吐きつつ、少しだけエリカの表情が緩む。知らず知らずの内に自身が気を張っており、それが綾乃とのこの会話で解れた事に感謝の念を浮かべつつ、常ならば『綾乃!』と注意をするであろう浩太に、チラリと視線を送る。

「……おい」

「あによ? アンタもそう思わない、浩太? 胸に回れば良かったのに~って」

「どんな巻き込み事故だ、それは。まあ、お前のその辺りのバランス感覚……っていうか人の顔色の読み方はすげーと思うけどな? もうちょっと穏当な方法を取れ」

「顔色の読み方って、言い方が悪過ぎない?」

「褒めてるんだけどな、これでも」

「いや、分からんではないんだけども!」

 そんな事を言って二人でじゃれる姿に、内心で『むかっ』としながら、それでもなんだか落ち着く雰囲気を覚えてもう一度、エリカは頬を緩ます。場を和ませてくれる綾乃と、それをしっかり分かってくれる浩太。

「……その様に気を張られなくても大丈夫です、エリカ様」

「……エミリ」

「アヤノ様も、コータ様も居て下さいます。きっと、巧く行きます」

 そして、そうやって、気を回してくれるエミリ。

そっと肩に手を置くエミリの手に自身の右手を重ね、私には『仲間』がいると、胸の奥を温かくした所で。


「エリカの嬢ちゃん!」


 ノックの音もせずに、バーンと扉が開いた。肩で息をした大男の姿に目を丸くしたのは一瞬、エリカは嫋やかに笑んでその来客を迎え入れた。

「……カール・ローザン近衛騎士団長。お待ちしておりました」

 席を立ち、スカートの端をちょんと摘まんで一礼。そんなエリカの姿にポカンとした様に口を開けた後、カールも慌てて膝を折って臣下の礼を取る。

「――失礼いたしました、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム殿下。カール・ローザン近衛騎士団長、殿下の命に従い御前に」

「頭を上げてください、カール閣下……カール。いつも通りで行きましょう?」

 畏まれたままでは話し難い。そう思ったエリカに、返って来たのは固い言葉だった。

「いえ……宰相であるロッテ閣下を裏通り沿いに誘い、その命を奪ったのは私です。如何なる罰をも受ける所存です」

「貴方のせいじゃないわよ。そもそもロッテ、裏通りには良く遊びに行ってたんでしょ? だったら、あの日じゃなくても何時か命を落としていた可能性は十分あるわ。たまたま、それが貴方が誘った時だっただけよ。悪いのは貴方じゃなく、ロッテの命を奪った犯人なんだから」

 そう言って、カールの肩にそっと手を置く。

「……それに、辛いのは貴方も一緒でしょ? 親友じゃない、貴方達」

「……この年になって『親友』もへったくれもねーけどな。悪友であり、戦友であり……腐れ縁って所だ」

 そう言ってカールは視線をあげる。

「……さっき、マーシャルから聞いた。嬢ちゃんが指揮を執るんだって?」

「ええ。勝手に、だけど」

「いや、勝手じゃない。実はロッテから預かってる『遺言』があるんだ」

「……『遺言』?」

「ああ」

 一つ、頷いて見せて。


「――『陛下にもしもの事があった場合、エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイムを摂政とし、後見役としてカール・ローザン近衛騎士団長をこれに充てる』」


「……え?」

「これよりエリカの嬢ちゃん……エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム摂政閣下、貴方様を主と崇め、摂政閣下の命に服します」

 そう言って、もう一度頭を下げて臣下の礼を取るカール。その姿にポカンとしたのは一瞬、エリカは慌てた様に言葉を継いだ。

「ちょ、ちょっと!? ろ、ロッテの遺言?」

「書面って形じゃないけどな。口頭で俺に伝えてたんだよ」

「そんなもの、聞いた事ないわよ!」

「そうだろうな。陛下も知らねーだろうし。陛下、ロッテが『死んだとき』の話は頑なに聞こうとしなかったから」

「そ、それって……で、でも……」

 カールとロッテの仲は王城内でも有名だ。貴族と平民、武官と文官の違いはあれど、互いに国政を補佐し続けた両輪。そんなカールであれば、確かにロッテが遺言を託していても可笑しくない。

「そ、その……ほ、本当?」

 恐る恐る、そう問いかけるエリカにカールは大きく胸を張って。




「――嘘に決まってんだろう、そんなもん」




 エリカがずっこけた。そんなエリカを面白そうに見やり、カールは言葉を続ける。

「あのロッテだぞ? 自分が死んだときの事を……まあ、考えて無かった事はねーだろうけど、それでもその後の国家の大事を、口頭で残すと思うか? それも、俺に。逆にぜってー俺にはねーだろうが」

「か、カール! 貴方、言って良い冗談と悪い冗談があるわよ!」

「分かってる。だがな? 嬢ちゃんも思ったんじゃねーか? 『ひょっとしたら、ロッテはカールに遺言を残しているかも知れない』って」

「そ、それは……」

 それはそうだ。確かに、思った。

「憚りながら俺は近衛の騎士団長で、王家の連枝たるローザン侯爵家の当主でもある。その上、ロッテと……まあ、今、生きている人間の中では一番仲が良かっただろうっていう自負もある。地位も名誉も、それに亡きロッテの信頼もあるであろう『俺』の、『カール・ローザン』の言葉だぞ? どれだけの人間が正面切って疑問を唱えられる?」

「……そう、ね」

「役職ってのは、あるのとないのじゃ大違いだからな。俺だってロッテだって、皆『役職』に泣かされて……そんで、救われた事があるんだよ。だから、『摂政』っていう地位についていた方が絶対いい。陛下から委任を受けた、ってだけじゃ弱いからな」

 地位が人を作る、とまでは言わないが、地位によって発言権が増したりすることは往々にしてある。カールの言う様に、確かに『摂政』の位に就いた方がやり易い事はある。あるが。

「……でも……それじゃ、カールが」

 結局、それはカールに『嘘』を吐かせる事になる。そして、それはカールの立場を悪くする事になるのだ。その事実に、躊躇した様に二、三度顔を上げ下げするエリカの頭を、カールはぐりぐりと撫でる。

「バッカ、お前。エリカの嬢ちゃんに全部全部責任押し付けて見ろ? あの世でロッテに何言われるか分かんねーだろうが」

「……でも」

「イイんだよ。こういうのはな? 年寄りから責任を取って行くもんなんだ」

 そう言って少しだけ照れ臭そうに笑うカールに、万感の感謝を込めてエリカは頭を下げる。余程照れ臭いのか、顔を真っ赤にしてカールがヒラヒラと手を振って見せた。

「だから、良いんだって。これは罪滅ぼしでもあるんだからな。それで、摂政殿下? ラルキアの警護だろ? それは俺ら近衛が引き受ける。だから、東通りの火災に衛士を思いっきり振り分けて良いぞ?」

「……良いの?」

「勿論だ。摂政殿下のお言葉だし……それに」


 東通りは、『思い出』の場所だからな、と。


「燃え尽きて無くなっちまうのはまっぴらごめんなんだよ」

「……」

「エリカの嬢ちゃん?」

「……ねえ、カール?」

「あん? どうした?」

「その……『東通り』って、なにか特別なモノでもあるの?」

「……どういう意味だよ、それ?」

「アンジェリカ様も良く仰ってたのよ。『東通りには良い思い出も……それに、悪い思い出もあるんだ。だから、大好き!』って。今の話じゃ、カールに取っても思い出の場所なんでしょ? ロッテも東通りには通ってたって聞いた事があるし、フレイム王国の首脳陣がこぞって出掛ける様なモノがあるのかな~って……」

 そんなエリカの言葉に、カールは苦笑とも微笑ともつかない笑顔を浮かべて見せる。

「……そっか。アンジェリカ様は東通りが大好きって言ってたか」

「うん? そうだけど……どうしたの?」

「なんでもねーよ。ちょっとだけ、救われた気がしただけだ」

「意味が分からないんだけど……」

「まあ、なんだ? 折角、アンジェリカ様のくれたチャンスなんだからよ、エリカの嬢ちゃん。あんまり意地張らずに素直になれよ?」

「は? 意地?」

 頭に疑問符を浮かべるエリカ。その姿を面白そうに見つめ、カールは視線を浩太に向ける。

「……さっさとこの朴念仁をオトせよ? じゃねーと、後悔するぜ?」

 時間が止まったのは、一瞬。

「かかかかかかかかかカール!」

 顔を『ボン』と真っ赤にさせて、エリカが下手くそなディスク・ジョッキーの様にどもるのに、大した時間は掛からなかった。

「かっはははは! まあ、そういう事だ」

「どういう事よ! 意味が分からないんだけど!?」

「エリカの嬢ちゃんは幸せ者だって事だよ。ま、取り敢えず? 近衛の方は任せて置けや。ええっと……そうだな。おい、エミリの嬢ちゃん」

 テンパったまま、顔を真っ赤にしたエリカから視線を切り、カールはその目をエミリに向ける。

「私、ですか?」

「そうそう。お前さん、テラで細かい数字の計算とかしてたんだろ? んじゃ、書類仕事とか得意だよな? ちょっと手伝ってくれや」

「手伝う、に御座いますか?」

「『冷静な第三者の視点』ってヤツが欲しいんだよ。こっちにも何人か残して置かなきゃいけねーからな。勤務査定はあるちゃあるが、あんなもん、家柄重視だからよ。今城の中にいる近衛の連中の向き不向きは分かるから、それで良いぐらいに按分出来る様に手伝ってくれって事」

「その……それは吝かではありませんが、私は近衛の方々の正確な力量は把握しておりません。二つに分ける事は理解できますが、流石に偏りが……」

「その辺は大丈夫だよ。俺の頭の中に大体入ってるから」

「では、私は必要ないのではないですか?」

「アレだ。俺、そういう細かい書類仕事苦手なんだよ。ハンコを押す仕事は得意なんだけどよ。近衛の連中にさせても良いんだけど、団長である俺の評価がモロに分かるのはちょっと角が立つだろう?」

「……エリカ様?」

 窺う様にエリカを見るエミリ。そんな視線に、頬を赤く染めたままエリカは小さく頷いて見せた。

「……いいわ。こっちはこっちでやっておくから、エミリはカールを手伝って上げて」

「分かりました。それでは閣下、どちらで?」

「近衛の詰め所に名簿があるから、詰め所の方でやろうぜ」

「はい。それではエリカ様、失礼致します」

 そう言って腰を折るエミリに手を振るエリカ。エミリとカールが室内を出ると同時、入れ違いに室内に飛び込んで来る影があった。

「エリカ様!」

「……ソニア?」

 カール同様、肩で息をしながらそれでも飛び込んで来た影――ソニアは息を整えると、スカートの端を摘まんで一礼をして見せる。

「――エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム殿下。ロッテ・バウムガルデン宰相閣下の御逝去に対しまして、ソルバニア王国を代表して謹んでお見舞い申し上げます」

「……お心遣い、痛み入ります。ソニア・ソルバニア殿下」

「この度、わたくしはソルバニア王国国王、カルロス・ソルバニアより全権を委任されました。カルロスより、『フレイム王国の国難に対し、謹んで哀悼の意を示し、我らがオルケナ大陸の盟主たるフレイム王国の安寧の為に、助力を惜しむな』と賜っております。エリカ様、我がソルバニア王国に出来る事があれば、なんなりとお申し付け下さいませ。可能な限り、対処させて頂きます」

 そんなソニアの言葉に、エリカは嬉しそうに頬を緩ませて。

「ありが――」

 そこまで喋り、エリカは言葉を切る。ソニアの言葉に、なんとも言えない違和感を覚えたからだ。

「……待って? カルロス一世から全権を委任された? え? ロッテが逝ったの、今日よ? なんでソルバニアにその報が届いているのよ?」

 ソルバニアとラルキアの距離は、高速馬車で十三日掛かる。電話やインターネットの無いオルケナ大陸で、こんなに素早く情報の伝達が行われる訳がない。そんな疑問を浮かべたエリカに、ソニアは気まずそうに視線を逸らした。

「ロッテ閣下が暴漢に襲われた情報は既にラルキア中を駆け巡っています。当然、我がソルバニア外務局のラルキア分局もその情報を掴んでおりますので、いち早く本国に一報を届けております。申し訳御座いませんが……」

「気にしないで。何処だってそれはやっているわ」

 大使館の仕事の一つに現地での情報収集がある。当たり前と言えば当たり前の事、ソニアが謝る事ではない。

「その……高速馬車では十三日掛かりますが、ソルバニア王国で所有している早馬であればもう少し、時間の短縮が可能です。何か緊急事態があった場合に備え、ソルバニア外務局ラルキア分局で飼育している馬であれば」

 そんなソニアの言葉に、エリカが小さく頷く。元々、高速馬車は移動用の手段である。引く馬にも、それに乗っている人間にも休憩が必要な為、ある程度の時間が掛かるのだ。ただ情報を伝達する、という目的であれば、ソルバニアとラルキアの間に十三日も掛ける必要はない。必要は無いのだが。

「……それにしても、早過ぎない?」

 一切の休憩を取らなかったとしても精々半分、片道七日は掛かるだろう。事実、ソルバニア出張中の警保局長からの返信はまだ届いていない。訝しむエリカに、気まずそうに逸らした視線をゆっくりとエリカに戻してソニアは大きく溜息を吐いた。

「……エリカ様、確かにラルキアとソルバニアは十三日掛かります」

ですが……ラルキアと『テラ』だったら? と。

「……は? て、テラ? なんでテラが出て来るの?」

「ラルキアとテラの距離は三日。加えて距離も近いので一昼夜走りっぱなしでも何とかなります」

 言いながら、ソニアはプルプルと震える拳を握りしめる。

「…………まあ、今回は不問に致します。『もしかしたら』と思って一応、外務局には連絡を入れてはいましたが、まだあのバカ父、テラでマリアの所に厄介になっているとは……いえ、良かったんですよ? そのお陰でこれ程早く情報のやり取りが出来たのですから。良かったのですが……」

 ソニアの言葉に、エリカ、ポカン。その後、ゆっくりと綾乃に視線を向ける。

「……えっと……え?」

「……うん。こないだテラに行った時に確かにカルロス一世陛下とはお逢いしたけど……あの人、まだテラに居たんだ」

「……何しに来られているの、カルロス一世陛下は?」

「……娘に逢いに来たんじゃないかな~?」

 なんとも言えない『もにょ』とした表情を浮かべる綾乃に、エリカも返す言葉がない。自身の不在時に、自身の領地に他国の国家元首が訪ねてきている、という、もう何とも言い様のない事態にエリカは考える事を放棄した。考えても仕方ないし。

「……まあ、いいわ。ソニア、お申し出、有り難くお請けします。この恩は必ず」

「お互い様ですのでお気になされず。ただ、それでも幾つかの書類上の手続きがありますので……」

「……まあ、そうね」

「ロッテ閣下の御逝去もそうですが、今回の火災もそうです。復興には人手も要りましょうし、人材の派遣に関しての協定も必要でしょう。無条件で受け入れ、という訳にも行かないでしょうし」

「……そうね」

「その様な顔をしないで下さい、エリカ様。当たり前の事ですから」

 自国の、それも王都に他国の災害復興の人材を受け入れる。ある程度力仕事にはなるし、それに派遣された人員の統率も必要だ。そうなれば当然、訓練された軍人か、それに近しい人間を招き入れる事になる。他国の災害に対して、自衛隊が復興支援の名目で派遣されるのと理屈は一緒である。

「……信用していない訳じゃないのよ、本当に」

 有り難い話ではあるが、それでも無条件に受け入れる訳にも行かない。唯でさえ、国家の事務方のトップであるロッテがいないのだ。復興支援という名目で来た軍隊が、そのままなんだかんだと理由を付けて居座る可能性だってゼロではないし、海千山千のカルロス一世を前にして、エリカは堂々と渡り合える自信もない。国家の中枢部に他国の軍隊が駐留し続けると言うのは穏やかではなく、そして、そんな風に人の好意を素直に受け取れない、『訓練された王族』である自身を情けなく思い、エリカが辛そうに顔を歪める。そんなエリカに、ソニアは苦笑をして見せた。

「お人好しですわね、エリカ様は。むしろ無条件で信用される方が戸惑ってしまいます。ですので本当にお気になされず。それに……『あの』お父様の事です。復興支援という名目である程度の資材の購入なども目論むでしょうから。本当に、お互い様ですよ?」

「……ありがと、ソニア。ごめんね、気まで使わせちゃって」

「構いませんわ。まあ、どうしてもお礼がしたいと言うのであれば、コータ様から手を引いて下さっても構いませんけど?」

 そう言って茶目っ気たっぷりに笑った後、ソニアは綾乃に視線を向けた。

「……なに?」

「私も慣れない案件になります。アヤノさん、少しお力をお貸し頂けませんか? 私の部屋で少し会議を行いたいのですが」

「条約締結の、って事? それ、その辺のプロがいるんじゃないの、ソルバニアの大使館……外務局の分局? とか、フレイムの外務局とかに」

「勿論、詳細に関してはそちらで詰める必要がありますが、全権委任を受けて全く内容を理解していないというのも困ります。そうなれば、わたくしはわたくしの信用のおける方にお手伝いをお願いしたいです」

「……へえ。信用されているんだ、私」

「ええ。少なくとも、テラの人達の中では一番。それはつまり、オルケナ大陸の中で、最も信用している人、と言っても過言ではありませんわ」

「……浩太は? あと、カルロス一世とか」

「コータ様は別のカテゴリーですから。お父様に関しては、むしろこの世界で一番信用していないまであります」

「……哀れ、カルロス一世」

「まあ、『信用していない』から嫌いな訳ではありませんよ?」

「それって、逆説的に『信用しているけど、嫌い』って事?」

「嫌いではないです。無いですが……まあ、その辺りはご想像にお任せします。分かるでしょう、アヤノさんなら? それに、『ラルキアの聖女』であるアヤノさんにご署名して頂ければ『箔』も付きますし……なにより、お父様が喜びそうですので」

 含んだ笑みを浮かべるソニアに、慌てた様に綾乃が視線を逸らし……逸らした先、ジト目を向ける浩太と目が合った。

「……何したんだよ、お前?」

「あ……あはははは~。ま、まあともかく! そういう事なら仕方ないわね! 浩太、ちょっと行って来るけど、いい?」

「俺はいいけど……エリカさん?」

「……そうね。アヤノが目を通してくれるのなら、その方が私も良いわ。アヤノ、お願いできる?」

「おっけ。んじゃソニアちゃん、行きましょうか?」

「はいっ!」

 元気よく返事をするソニアの頭を軽く撫でて、綾乃はソニアと連れ立って室外へ。そんな背中をエリカと浩太が二人で見送り――

「……あ、そうそう。エリカ?」

「なによ、アヤノ?」

「今から浩太と二人きりだけど……」


 変な事しちゃ、ダメよ? と。


「あ、アヤノ!」

「んじゃね~」

 ヒラヒラと手を振る綾乃を、浩太とエリカは顔を真っ赤にして見送った。


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