第百四十四話 イミテーション・ラブ
なんとか日曜日中だ……
「……さて」
聖王通りの南端を流れるラルキア川。二人掛けのベンチに腰を掛け、眼前に流れるラルキア川を眺めながらシオンは口を開く。朝からずっと二人を見守っていた太陽は既にその姿を隠し、月明かりと星々、それに対岸に見える街の明かりと後ろから照らす街の明かりが二人を包んでいた。
「……終わったな」
「……そうですね」
返答を求めての言葉ではない、シオンの言葉に浩太はそう返して倣うように視線を対岸の街に向ける。
「終わりましたね、『デート』」
そう言って、『んー』と背筋を伸ばす浩太。その拍子にボキボキと鳴る関節の音が、シオンの胸をチクリと刺す。
「……なあ、コータ?」
「はい?」
「その……なんだ? 楽しく無かったか?」
「…………はい? え? なんでです?」
「だ、だって! その……まだ、デートは終わってないんだぞ? にもかかわらず、その……『私、疲れました』と言わんばかりに背筋を伸ばされたらだな……その……」
徐々に小さくなるシオンの言葉。
「……私は……楽しかった」
そう。
「お昼御飯も楽しかった。ロート商会に行き、アクセサリーを冷かしたのも楽しかった。疲れたと言ってもう一度喫茶店でお茶をしたのも楽しかった。全部、全部……楽しかった」
シオンは、楽しかったのだ。
「……すごく……すごく、楽しかったんだ」
まるで、消え入りそうなシオンの、その言葉に合わせる様、浩太の表情が『しまった』と言わんばかりの表情に変わる。
「あー……申し訳ありません。楽しく無かった訳では無いんですよ?」
「じゃ、じゃあ!」
「ええ。シオンさんの仰る通りです。これは私の配慮不足ですね。デートが終わってもないのに、疲れた、と言わんばかりの態度をするのは失礼です。いや、済みません」
そう言って頭を下げる浩太。その仕草に、慌てた様にシオンが両手をわたわたと振って見せた。
「ち、違うんだ! 別に謝って貰おうとか、そんな事を考えて居た訳じゃ無いんだ! た、ただ……」
そこまで喋り、気付く。
「その……」
デートが終わってないのに、という事は。
「はい?」
デートが終わり、自室に帰って部屋着に着替えたら。
「……デートが終わっていないのに、と言ったな? じゃあ……なにか? デートが終わったら『疲れた~』という態度をするのか?」
「……」
「……な、なんだ?」
下げていた頭をあげて、不審げな視線を見せる浩太。その姿に、思わずシオンが口籠る。そんなシオンに『いえ』と曖昧な返答をし、浩太は続けて口を開いた。
「その……なんだか、『ぐいぐい』来るな、と」
図星。自分で自分の感情が巧くコントロールできないという初めての感情に戸惑い、シオンは再び慌てた様に口を開き。
「~~っ!? そ、そんな事はない! そ、そんな事はないから! そんな事よりコータ! さあ、デートも終わりだ! だから――」
――だから?
「……シオンさん?」
不意に口を閉じるシオンに、訝しげな表情を浮かべる浩太。その視線にさらされながら、シオンは口を二、三度開閉させる。
「そ、その……だ、だから!」
だから?
だから、なんだと言えばいいのだろうか?
「……」
自分の中で渦巻く感情に翻弄されながら、それでもシオンは必死に考える。
「……だ、だから……」
解答は出ているんだ。
解答は出ているのに、それを口に出す程の勇気は、今のシオンにはない。
「……シオンさん?」
――だって、本当に今日のデートは楽しかったのだ。
浩太と並んで歩き、浩太の隣で演劇を見て、浩太と一緒に本屋に行き、浩太と共に食事をし、浩太と二人で買い物をした。浩太の言動に呆れ、浩太の言葉の一つ一つに一喜一憂し、まるで甘酸っぱいアイスを食べているかの様な、そんな、優しくて、でも冷たくて、でもでも幸福感に溢れ、でもでもでも切ない、その『感情』を、そんな『想い』を経験し、経験してしまったのだ。
「…………そ、その……」
試験の前でも、こんな気持ちは経験した事がない。
研究成果の発表でも、こんな気持ちは経験した事がない。
リズの、この国の最高権力者の前ですら、こんな気持ちは経験した事がない。
「シオンさん? その……大丈夫ですか?」
今、間違いなく。
「……あ……こ、こーたぁ」
――シオン・バウムガルデンは、『恐怖』を覚えていた。
「え? し、シオンさん? ど、どうしたんですか、そんな情けない声だして!」
何時にない、困った様な、泣き出しそうな表情を浮かべるシオンのその姿に、慌てて浩太が声を掛ける。
「わ、分からないんだ」
「わ、分からない?」
「違う!」
「え? し、シオンさん? その、い、意味が……わ、分からないんですか? それとも、分かるんですか?」
「分かっているんだ! 分かっているんだが……分からないんだ! なんだ、この気持ちは! なんだ、この感情は!」
「お、落ち着いて! シオンさん、落ち着いて下さい!」
「分かっているんだ! 今日のデート、最後は『フッてくれ』と言ったのは私だ! だから、このデートの終わりで、私はコータ、お前にフッて貰ってはい、ちゃんちゃんで終わりだ! 明日から、普段通り『シオン・バウムガルデン』として、学術院主任研究員として生きて行けばそれでイイんだ。いつも通り、面白おかしく、好きな事だけをして、我儘放題に生きて行けばそれでイイんだ! それで良くて、それで良い筈なのに!」
シオンの瞳から、一筋の涙が零れる。
「――お前にフラれたら……私は、明日からも面白おかしく生きて行く自信が、ない……」
「……」
「……この気持ちがなんなのか、私には分からない。分からないんだ……」
涙を零したまま、浩太を見つめるシオン。その姿に一瞬息を呑み……そして、浩太はゆるゆると息を吐き出した。
「……その、シオンさん?」
「ひっぐ……えぐ……ん……な、なんだ……」
「ええっと……その、なんでしょう? そう言って貰えるのは、その、非常に有り難いと申しましょうか、ええっと……」
朴念仁で、若年寄で、女性関係のエキスパートではないが、浩太は別に鈍感ではない。少なくとも、ここまでシオンに言われて、それが自身に対する好意に起因すると思えない程人生経験が少ない訳ではないのだ。無いのだが。
「……どう言いましょうか?」
これだ。いや、そう言われても……というヤツである。そんな浩太の困った仕草と表情に、シオンは涙を流したままで首を左右に振った。
「……ひっぐ……違うんだ」
「……違う?」
「……ああ」
そう言って、しばし言い淀む様にシオンが視線を宙に彷徨わす。急かす事をせず、そんなシオンを見守る浩太の視線に意を決した様にシオンは言葉を続けた。
「……認めよう、コータ。私は今日のデートが楽しかった。とても、とても、楽しかった。ずっとこんな時間が続けばいいと、そう思った。認めよう、コータ。私は――」
――私は、お前に『好意』を抱いている、と。
「……ありがとうございます、と言わせて頂きます」
ぎこちない、それでも嬉しそうな浩太の笑顔に、シオンの心臓が高鳴り。
「だがな?」
その心臓が、急速に冷えていく。
「……分からないんだ、コータ」
シオン・バウムガルデンは、理論を求める人間である。
「私は……シオン・バウムガルデンの、この『好意』の源がなんなのか、私には……私には分からないんだ」
だから、シオン・バウムガルデンは考えるのだ。好意を抱いているという『結果』があるのであれば、果たしてその『原因』は何か、を。
「……えっと……?」
そして――シオン・バウムガルデンは行きつくのである。自身のこの『気持ち』の源は、果たして目の前の『コータ』という男に抱く好意の原因は何か、を。
「確かに、私はお前に好意を抱いている。抱いているが、この気持ちは……本当に、純粋に、ただの好意なのか、私には分からないんだ」
シオン・バウムガルデンは、我儘な人間である。天上天下唯我独尊、自分のしたい事を、したい様に生きて来た女性ではある。あるがしかし、それを以ってシオンが『無責任』な人間だと断じる事は出来ないだろう。
「……私は、お前を『召喚』した人間だ」
シオンは、自身の行動に『責任』を取る人間ではある。浩太を召喚し、彼の人生を……一種、無茶苦茶にしてしまった事に間違いなく責任は感じているのだ。
「そんな私が、お前に『好意』を抱いて良いのか、それが分からない。エリカ様やソニア様、エミリ嬢やアヤノ嬢の様に、ただ、お前を必要とし、お前を必要としていいのか……そんな『資格』が私にあるのか、それが、私には分からない。分からないんだ」
エリカの気持ちは、きっと『本物』だ。
エミリの気持ちは、きっと『本物』だ。
ソニアの気持ちは、きっと『本物』だ。
綾乃の気持ちだって、きっと『本物』だ。
「……分からないんだ。この気持ちは『本物』なのか、『偽物』なのか。この感情の動きは、純粋にお前を必要としているのか、それが分からないんだ。お前に必要とされる事で……」
唇を噛み締めて。
「……それを以って、『贖罪』としているんじゃないかって……そう、思うんだ」
求めているから、許されたいのか。
許されたいから、求めているのか。
「……そして……それが、とても『怖い』」
「……シオン、さん」
「こんなに、今日は楽しかったのに。こんなに、今日は素晴らしかったのに。こんなに、こんなに、幸せな気持ちなのに。なのに、だって言うのに……言うのにっ!」
混じりの無い、純度の高い感情じゃないから。
他の子達の様に、ただただ純粋に、浩太を、コータを慕えないから。
「……この気持ちは……『偽物』なのだろうか?」
もし、この感情の揺れ動きが、この高ぶる感情が、甘酸っぱい、切ないこの感情が。
その全てが『偽物』だとしたら。
「……私は……怖い」
そんなの、怖くて、怖くて――仕方がない。
「……はあ」
シオンのその言葉をゆっくりと、まるで咀嚼する様に噛み砕いて理解をした後、浩太はゆっくりと――だが、少し以上の『呆れ』を込めて溜息を吐いて見せる。
「な、なんだ、その溜息は!」
呆れの混じった溜息である事を直ぐに理解したシオンから抗議の声が飛んだ。痛む頭を抑えるかのように、軽く二、三度と首を振って浩太は口を開いた。
「あー……なんでしょう? その……なんとなく、『アホ』らしいと思いまして」
「あ、アホ!? 私の事を、『アホ』だと!」
「いや、アホは言い方が……ああ、あんまり悪くないですかね? ともかく、そんなしょうもない事を気にしていたんだな~って」
「き、気にするに決まってるじゃないか!」
「そうですか? シオンさん、いっつも『私はやりたい事をやっただけだ』みたいな事言っていませんでしたっけ? なんです? 心境の変化でもあったんですか?」
「そ、それは……そ、その……だ、だって……」
そんな浩太の言葉に、シオンは徐々に言葉を小さくして行き。
「……し、仕方ないじゃないか」
「仕方ない?」
「そ、その……」
おずおずと、でもはっきりと。
「その……き、嫌われたくないって……思ったんだから」
顔を真っ赤に染めて、そう言い切るシオン。その姿に、浩太が肩を竦めて見せた。
「もう一度、『ありがとう』と言っておきます。ですが……まあ、そうですね。先程も申した通り、それは『しょうもない』事なんですよ」
「だ、だが! その……私は、ズルいんだ」
「ズルい?」
「だ、だってそうだろう! そ、そりゃ、私はお前を召喚してしまった事に責任は感じていたさ! それは神に誓って嘘じゃない! 嘘じゃないが……で、でも……」
シオンにしては珍しく、自身の言いたい事が言語化出来ない。もどかしい気持ちのまま、それを言い募ろうとするシオンを手で制し、浩太が口を開いた。
「……自分で言うのは些か照れ臭いですが……私に好意を抱いて下さってから、自身のしでかした事に対して『罪』の意識を感じたって事ですか?」
「……そ、その……本当に、責任を感じていなかった訳ではないんだ」
「はい」
「で、でも……その、最悪、お前を養って行くぐらいの責任でもイイか、とは思っていたんだ。衣食住、何も不自由する事の無い生活を送らせてやろうと、そう思ってはいたんだ」
「そうですね……まあ、現実的にはそれで十分かと思いますね」
「で、でも……今は、それじゃイヤなんだ。それ『だけ』じゃイヤなんだ。私は、お前に嫌われたくないんだ。私の隣を歩いて欲しくて、私も隣を歩きたいんだ。お前が、私の事なんて見向きもしなくなるのが……本当に、心の底から、イヤなんだ」
「……」
「だ、だが……一体、この気持ちがなんなのか、整理が付かない。コータ、私は確かにお前に好意を抱いている。抱いているが……先程も言った通り、この気持ちが……」
自分で、自分自身で、偽物と、ダミーと、レプリカと――イミテーションと言ってしまうのが躊躇われ、言い淀む。
「……私はシオンさんではありませんので、シオンさんの気持ち全ては分かりかねます」
「……」
「ですが……そうですね、まあ、別にその気持ちが『偽物』なら『偽物』でもいいんじゃないか、とは思います」
まるで突き放した様な浩太の言葉に、シオンの瞳が潤む。その変化に敏感に気付いた浩太が、慌てた様に言葉を付けたした。
「ああ、済みません! そうじゃなくて……ええっと……どう言えば好いんですかね? その、別にそれはそれで構わないんじゃないかと思うんです。ああ、いえ、そうではなくて……」
少しばかり、考える様に。
「その……そもそも、シオンさんは何を指して『偽物』って言ってるんですかね?」
そう言って、おずおずと口を開く浩太にシオンがきょとんとした表情をして見せる。が、それも一瞬、直ぐに口を開いて言葉を発した。
「な、なにを指してって……そ、その……エリカ様やソニア様、それに……エミリ嬢やアヤノ嬢は、その……じゅ、純粋にお前の事が……」
一息。
「……まさかお前、好意を寄せて貰って無いとか言うつもりじゃ無いだろうな?」
一転してジト目を向けて来るシオンに、浩太を苦笑を浮かべて肩を竦める。
「あー……非常に有り難い事に、恐らく好意を寄せて頂いているとは思います。思いますが……その……綾乃は昔、私によく言ってたんですよ。『いい、浩太? アンタの彼女は、アンタの肩書しか見てないんだから!』って」
「……」
「シオンさんの言葉を借りるのなら、それって『偽物』って事ですよね?」
「……そう、だな」
「でもね? それは別にそれでいいんじゃないかって思うんですよ、私。最初は肩書だけかも知れなくても、徐々に知り合って、分かり合って、それで仲が深まればいいんじゃないかって……って、何をクサい事言ってるんでしょうかね、私」
照れた様に頬を掻き、苦笑の色を強くする。
「……エミリさんとは最初、結構『バチバチ』やり合いましたし……エリカさんだって、決して納得はしてなかった。言い方は悪いですが、『結果』を残して初めて認めて貰った様なモンです。綾乃は……まあ、仲は良かったですけど私の事なんて歯牙にも掛けてなかったし……ソニアさんに至っては政略結婚ですよ? しかも、『退屈な男にはならないで下さい』ですからね」
「……本当に?」
「嘘吐いても仕方ありませんし、全部本当ですよ。でね? それって、シオンさんの言う『偽物』と何が違うんですかね?」
「そ、それは……」
「結局、皆は……私を何らかの形で『利用』したんですよね? シオンさんの言葉を借りると」
「……だ、だが! 今は!」
「ですね。流石に今は……あー、利用する為に好意を抱いていると思って……無いといいな~とは思っています」
「……心配するな。皆、お前にベタ惚れだ」
「そう言って頂けると非常に嬉しいです。と、話が逸れましたね。確かに、シオンさんが抱いて下さるその好意の中に、『贖罪』って気持ちはあるのかも知れないですが……ですが、それがきっかけだとしても、『好意』を持って貰えるって言うのは純粋に嬉しいものです」
「……そう、なのか?」
「はい」
「その……私の気持ちは偽物かも知れないんだぞ? もしかしたら、本当はお前の事なんか好きでもなんでもなくて……ただ、自分が『居心地』の良い場所に居たいから、こんな事を言ってるだけかも知れないんだぞ?」
「そもそも恋愛なんて、自分の居心地の良い場所求めるもんですし」
「だ、だが……だが!」
「良いんですよ。そんなに難しく考えなくて。シオンさんが、どうしたいか、それを教えて下さいますか?」
そう言って、ふんわりと、優しく微笑む浩太に。
「…………あ」
満たされる様な、そんな感覚を、シオンは覚える。
「そ、その……」
だから。
「そ、その! こ、コータ!」
この笑顔を、失いたくないから。
この笑顔の、その隣に居たいから。
この笑顔を――独り占め、したいから。
「――私は……シオン・バウムガルデンは……コータを、コータ・マツシロを」
――慕っています、と。
「出来れば……私と、その……こ、恋人として、付き合って欲しい」
「……ありがとうございます、シオンさん。とても、とても嬉しいですよ」
そう言って、本当に嬉しそうに微笑む浩太に、シオンの胸の奥が温かくなって――
「――っ! ま、待て! コータ、待ってくれ!」
そして、思い出す。
「……ですが、シオンさん」
――『フッてくれ』なんて言った、事実を。
「頼む、コータ! 待ってくれ! 取り消す! 昨日の言葉は取り消す! だから、だから! どうか、コータ! 待ってく――」
「――ごめんなさい、シオンさん」
「――――……あ」
「私は、貴方と恋人として付き合う訳には行きません」
温かかった胸の奥が、急速に冷えていく様な、そんな感覚。
「あ……ああ……」
「貴方の言葉はとても嬉しかったですが……済みません。お約束ですし……貴方と、恋人にはなれません」
世界中から。
シオン・バウムガルデンを包む、その世界から――彼女が愛してやまなかったその世界から、色が失われて行くような感覚。
目の前が、急に暗くなった様な、眩暈の様な感覚に、シオンが震える足でなんとか地面を踏みしめる。それでも、辛くて辛くて、本当に辛いから……でも、涙を見せたくなんてないから、シオンは俯きかけて。
「ですから――」
そんな色を失った、シオンの世界に。
「――お友達から、始めませんか?」
色を取り戻させたのも、やっぱり浩太の言葉。
「…………え? お、『お友達』?」
俯きかけた顔を上げた先。少しだけ、照れたようにソッポを向く浩太の姿が視界に入る。
「……その……なんでしょう? こう、一応の『けじめ』もありますし、フッては見たんですが……で、ですが、こう……ね、ねえ? 本当に昨日まで、その、『悪友』って感じだったのに、こう……なんでしょう? いきなり『恋人』と云うのはその、私にも心の準備がありますし……こ、こう……ねえ?」
なんとも煮え切らない、浩太のそんな言葉に。
「――ぷっ」
なんだか、とってもおかしくなって来た。
「く……ククク……な、なんだソレ。私に都合の良いオンナになれ、とでも言うつもりか?」
「そ、そういうつもりじゃ無いですよ! そ、そういうつもりじゃ無いんですが……」
「ふむ。だがまあ……そうだな、『贖罪』として都合の良いオンナになってやろうか。ほーれ、コータ? どうだ? キープだぞ、キープ。こーんな美女で才女な私をキープに出来るなんて……ふむ、偉くなったな~、コータ」
「……うわー。カンジ悪い。流石シオンさん、カンジ悪い」
「ふふふ。そうだよ。私はカンジが悪いオンナなんだ」
「料理の腕も、掃除の腕も、洗濯の腕も悪いじゃないですか。ああ、良い所ありませんね、シオンさん?」
「ははは! そうだな。しかも、つまらない事で悩んで見たりと……面倒くさい女だよ、私は」
少しだけ吹っ切れた様にそう言って笑うシオン。その姿に、浩太は少しだけ驚いた様な表情を浮かべる。そんな表情の変化に気付いたシオンが苦笑を浮かべて見せた。
「……偽物か、本物か、そんなモノを気にする必要などないかな、とな。仮にこの『気持ち』が偽物だとしても……今は、それでイイさ」
そう。
今はそれで良い。
「……まだまだ……そうだな、『友達』としてお前の事を徐々に知って行き、そして私の事を徐々に知って行ってもらえばいいさ」
その間に、なにかが変わるかも知れないし、もしかしたら何も変わらないかも知れない。でも、それで良いとシオンはそう思う。
「……コータ」
「……はい?」
「友達になった記念だ。どうだ? 手でも繋いで見ないか?」
悪戯っ子の様な笑顔を浮かべている自身に対し、心底嫌そうな顔を見せる浩太がなんだか心地よい。
「どうした、コータ? なに、友達同士で手を繋ぐ事など、珍しい事ではないさ。ほれ、ほーれ」
「……テンション高過ぎですよ、シオンさん。ぶっちゃけ、ちょっとウザい」
「ウザくて結構。ホレ! 意地を張らずに手を出せ!」
『ちょ、ちょっと!』なんて抵抗する浩太の右手を強引に掴む。そこから伝わる温かな体温と、ぎゅっと握った手を、不承不承握り返してくる浩太のその態度にシオンの頬が緩んだ。
「……ふふふ!」
「……なんですか、気持ちの悪い」
「いや……そうだな。さっきは偽物かと思ったが」
ただ、手を握り返してくれただけ。
たったそれだけの事で、まるで歌い出した様な、踊り出したい様な、そんな気持ちにさせてくれる、この気持ちが。この想いが。この感情が。
「……これが偽物なのだとしたら」
――きっと、この世界に『本物』なんて、ない。
そう思い、シオンは浩太の手を心持強く、握りしめた。




