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第百三十三話 経過報告、或いは幕間

タイトル通りです。今回は一息回かと。

来週忘年会がガンガン詰まってるんで更新が微妙かも……

 ラルキア王城から東に延びる、『東通り』。ひねりも何もない、そのままの名称のその通りを、一台の馬車が駆けていた。華美では無いも決して粗末な作りではないその馬車に腰掛けていた老人はいつも通り、『その場所』に差し掛かる手前で小さく手を上げた。

「……止まれ」

 御者台に続く小窓を開けて御者にそう言った後、老人の対面に座る年若い――と云っても十分壮年だが――男が顔を顰めて老人を見やる。その視線に苦笑を浮かべて、老人は小さくひらひらと手を振った。

「そんな責める様な顔をせんでくれ」

「……ならば責められる様な事をしないで頂きたいのですが? ラルキアは治安が良いと言っても東通りは下町です。閣下の御威光も届かないと存じますが?」

「分かっている」

「分かっていません」

 頑として意見を曲げない――この男にしては珍しいその態度に一瞬面喰った後、老人は静かに苦笑して見せた。

「……分かっているよ、マーシャル君。一人で出歩く事が危険だろうという事も、私の立場では出歩く事はしない方が良いことも……そして、そんな事をする必要が無いこともな?」

「でしたら!」

「だがな?」

 マーシャル、と呼ばれた男を遮り、老人は言葉を続ける。

「……それでも『コレ』は止められんのだ。老い先短い老人の楽しみと、見逃してくれ。なに、心配するな。直ぐに王城に戻る。先に『仕事』を片付けておいてくれ」

 そう言って、矍鑠とした動きのまま馬車の扉を開けるとスタっと地面に降り立つ。『閣下!』という車内の声に再度ひらひらと手を振って見せ、老人は東通りの雑踏に消えた。

「……宜しいのですか?」

 御者台とゴンドラを繋ぐ小窓から聞こえる声に、マーシャルは先程の老人同様にひらひらと手を振って溜息を一つ。

「……良いも悪いもない。出せ」

「その……本当に宜しいのですか?」

「構わん。閣下の『あの』癖は何時まで経っても治らんからな。あのお年であの身のこなしは称賛に値するし、何より閣下自身も武芸の嗜みもあるお方だ。恐らく、暴漢程度ならなんとかなるとお考えなのだろう。まあ、お気持ちは分からんではない。分からんではないが……それでも、ご自身の立場を少し考えて頂きたい。なにかあってからでは遅いのだからな、全く!」

 そう言ってマーシャルは深々と椅子に腰を掛ける。その姿を気の毒そうに御者は見やった後、前を向いて口を開いた。

「それでは……本当に宜しいのですね。出します」

「ああ、頼む」

「了解しました」

 ――マーシャル内務局長、と。

「……本当に、『全く』だ」

 やれやれと言った風に首を左右に振った後、フレイム王国王府内政部門、その事務方のトップを務めるマーシャルは少しだけ疲れた様に肩を落とした。

「……仮にも私も内務局の長を務める年齢になったと言うのに……何時まで経っても閣下にとっては『小僧扱い』ですか?」

 マーシャル、思いを馳せる。かつて、ラルキア大学法学科を首席で卒業し、『自分以外は皆バカ』と思って王府に奉職した日にプライドとか、尊厳とか、今まで築き上げて来た諸々と、続くと信じて疑わなかった光り輝く道を、これ以上ないぐらい粉々に砕いてくれやがったあの『先輩』の。

「……そろそろいい加減にして貰えませんかね、ロッテ先輩? 別に私は貴方の小間使いでは無いのですが?」

フレイム王国宰相ロッテ・バウムガルデンの、その若かりし頃と変わらない『自分に対してのぞんざいな取扱い』に。

「……先輩、温厚で慎重な癖に意外に無茶苦茶するし。っていうか、人に注意をするなら御自身を省みてから注意をして欲しいよな。典型的な『お前が言うな』だ」

 貴方は決してアンジェリカ様の事を悪し様に言う資格はありませんと――本人を目の前にしては絶対に言えないが――口の中で呪詛の様に唱えた後、マーシャルは大きな、本当に大きな溜息を吐いた。

「……今日、終わったらユリウスと飲もう」

 ロッテの消えた雑踏を恨めし気に見つめ、マーシャルは自分同様ロッテの『被害者』である同期の外交局長の疲れ切った顔を思い浮かべていた。


◆◇◆◇◆


 聖王通りやアレックス通り程整備をされていない、良く言えば下町情緒の残る、悪く言えばゴミゴミした東通りを一本裏の筋に入って北へ。東通りが『表通り』だとしたら、更に雑多な印象の残る通称『裏通り』は昼夜の逆転した飲み屋街となっており、何時だって酒の匂いと、生ゴミの香り、それに少しの吐瀉物の『芳香』が香る。普通であれば思わず鼻を摘まんでソッポを向いてしまう様なそんな空気を、ロッテは少しだけ慈しむ様に胸いっぱいに吸い込んだ。

「……何時まで経っても変わらんな、此処は」

 オルケナ大陸の中心にして千年続く都、ラルキア。帝国から王国へと看板を、帝都から王都へその衣を、そして政治・経済・文化の中心から帝国の遺都として変わったこの街は何時だって流動的にその姿を変化させ続ける。

「……」

 無論、この『裏通り』だって例外ではない。若い時から此処に通うロッテに取って、例えば今、目の前に見える店は何度も店主と店名が変わった。視線を睥睨して見れば殆どの店は既に立ち寄った事の無い店であり、見知った店と云えば精々『帝国時代から千年続く』と嘯く酒場ぐらいのモノだ。若い頃はロッテも良く通った店だが、既に二十年以上出入りしていない。看板だけは当時のままだが、外装も綺麗にリフォームしている以上内装も、それに料理の方も随分変わっているだろう事は容易に想像が付く。

「……年を取る筈だ」

 そんな変化を少しだけ寂しく思い、それでも変わらない空気を名残惜しむ様にロッテはもう一度、胸いっぱいに空気を吸い込み目を閉じる。反芻するかの様にその空気を噛み締めて、ゆっくりと閉じていた瞳を開けて。

「……」

「……」


 ――目の前の酒場、その店の前に積まれた空の酒樽の一つからミーアキャットの様に顔だけを出す浩太と眼があった。


「……」

「……」

「……こんな所でお逢いするとは……どうされたのですか、ロッテさん?」

「……いや、それはこちらの台詞ですが? どうされたのですか、松代殿?」

 仰る通りである。そんなロッテの言葉にバツの悪そうな顔をした後、浩太は頬を掻いてソッポを向いた。

「いや……その、少々事情がありまして」

「事情? こんな『裏通り』で酒樽に入る事情ですか? まさか、その御年で『かくれんぼ』ですかな?」

 少しだけ小馬鹿にした様なロッテの言葉。ロッテの、その過去との邂逅の時間をある意味ではこれ以上ない程の無粋さで邪魔された事に対する少しの苛立ちと憤りがロッテをしてそう言わしめたのだが。

「……えっと……まあ、正解です」

「…………は?」

「『かくれんぼ』では無いですが、少しだけ……そうですね、追われていまして」

「穏当ではありませんな。追われている?」

「ええ。ですのでロッテさん、私が此処にいる事は――っ! ヤバい!」

 喋りかけ、言葉を遮って浩太が樽の中にその身を沈める。その行動に訝し気に眉を顰めるロッテの下に、『ドドドドッ!』という音と『コータぁーーーー!』という声が聞こえて来た。

「コーターーーー! 何処に行ったぁっ! 隠れても無駄だぞ!」

 やがて、足音と声の主がその姿をロッテの前に表す。その姿はロッテの良く見知った姿であり。

「……ノーツフィルト卿?」

「ん? おお! これはロッテ閣下! いや、奇遇ですな! まさかこの様な所でお逢いするとは!」

「……いや、それはこちらの台詞ですが? どうされたのですか、ノーツフィルト卿?」

 図らずも、二度目。先程浩太に喋った台詞と同じ言葉を掛けるロッテに、ちっちっちと指を振って見せる。

「ロッテ閣下。私は既に隠居の身です。ノーツフィルトの爵位は既に子に譲っておりますので、『ノーツフィルト卿』はおやめ下され」

「……それではフランツ殿。どうされたのですか?」

「そうでした! 閣下、閣下はこの辺りで私の『ムスコ』を見ませんでしたかな?」

「……息子、と申されますと……アロイス殿ですか?」

 フランツの息子は現ノーツフィルト子爵である長男と、ベッカー家に婿入りしたアロイスだけだった筈。長男はノーツフィルト領にいるであろうし、ラルキア在住のアロイスだとアタリを付けたロッテに、フランツは首を左右に振って見せた。

「アレも不詳の息子ではありますが、そうではありません。私が探している『ムスコ』は『義息子』、コータ・マツシロです!」


「………………は?」


 ロッテ、呆然。痛む頭を抑える様に手を置いて首を左右に振り、言葉を続けた。

「……済みません、理解が追い付かないのですが。松代殿が息子……とは?」

「なに! あの若者は昨今の軟弱な若者と違って見どころのある男です! 是非、我が娘エミリと婚儀を結ばせようと思いましてな!」

「ええっと……」

 どう言えばいいのか。それはおめでとうございます、と言い掛けてロッテは何かに気付いたかの様に言葉を止め、その後おずおずと口を開いた。

「その……失礼ながら、フランツ殿。エミリ殿とは……」

「……そうですな。あれ程社交界で有名な話、当然ロッテ殿もご存じでしょうが、私とエミリには悲しいすれ違いが――」

 一息。

「……失礼、すれ違いではありませんでしたな。私の狭量な心でエミリには随分寂しい思いも、悲しい思いもさせてしまいました」

「……『事情』の方はお伺いしております。その……」

「ありがとうございます。ですが、お気を使って頂かなくても結構。私自身、後悔もしておりますし……それに、大事なのは『これから』だと思っておりますから」

「……」

「……コータのお陰でそれを、もう一度取り戻す機会を貰えたのですから。私は幸せ者ですよ」

 そう言って、小さく微笑むフランツ。その姿が、なんだかとても儚く、まるで幻の様に消えてしまいそうに見えてロッテは思わず口を開きかけて。


「――だからこそ! 今こそ、私はエミリに幸せを掴んで貰いたいのです! その為には良き伴侶こそあの子には必要! 私とエミリの仲を取り持ってくれたコータこそ、エミリの連れ合いに相応しい!」


 拳を握ってそういうフランツに、ロッテは思う。幻だったら良かったのに、と。

「……そうですか」

「そうですとも! 私の可愛い娘の好いた男、私自身もコータを気に入っておりますし、是非とも我が家に来てもらいたいと思っているのです。しかし……コータの周りには色々と女性の影がチラチラとしておりますから、さっさとクビに縄を付けて――失礼。エミリと華燭の典を上げさせたいと思って、こうやって探しておるのです。ああ、いえ、別にそれを責めるつもりは毛頭ありません。彼は中々の傑物ですし、英雄は色を好むとも申しますしな。ですが! それでもエミリに叶う女性など早々いないのです!」

「……」

 心底どうでもいい。そう思い、胡乱な目を向けるロッテに構わずフランツは熱弁を振るう。

「大体、コータの周りの女性がどうだろうとウチのエミリに敵う筈が無いのです! 整った容姿、気配りの出来る性格、心根の優しさ! 打てば響くような頭の回転の速さに加えて、炊事、洗濯、掃除、料理の全てが完璧ですぞ! どうです、ロッテかっ――ロッテ閣下! 聞いておられるのですか!」

「……失礼、何の話でしたかな?」

「ウチの娘はとっても可愛いという話ですよっ!!」

「……そうですね。確かに見目麗しいと思います」

「ロッテ閣下もそう思われますか! いや~、そうでしょう! そうでしょう! しかし……惜しむらくは控え目な性格が故、どうしても一歩引いてしまう所があるのです。いえ、勿論女性としての奥ゆかしさという点ではエミリの美点ではありますが……周りの女性が『ああ』でしょう? 少しばかりウチのエミリでは押しが弱いかと思いましてな。特にあの……なんでしたかな? ラルキアの……仔狸?」

「……聖女です。ラルキアの聖女様です」

「何処の世界に『浩太に膝枕をする権利は渡さない!』とか言いながら拳を振るう聖女がいるのですか! 閣下も一度見れば分かりますぞ? あの俊敏な動き、まさに野性!」

「……怒られますぞ? 主に、ラルキア王国から」

 むしろ狸サイドからも一緒にするなと抗議が来そうではある。

「ソニア殿下もそうです。二言目には『おとーさまがー』と。何を言っているのだ、と。恋は戦争だろう、と! 親の庇護が無ければ戦えない人間が口を出すな、と!」

「……国際問題だけは避けて下さい、お願いですから」

「まあ……百歩譲ってエリカ様は良いです。確かに、私も幼い頃より存じ上げておりますし、憚りながら娘の様な気もしております。おりますが……ですが! それでもエミリには変えられません! 申し訳ない、エリカ様! そもそも! 立てば平たい座れば薄い、歩く姿は物悲しいエリカ様ではウチのエミリにはとてもとても……」

「何処を指しているかは敢えて申しませんが……その様な方でしたかな、フランツ殿?」

 王国宰相としてロッテの知るフランツ・ノーツフィルトとは、温厚でいながらそれでも頭の回転の早い優秀な領主のイメージでしかない。こんな風に燥ぐ姿は見た事が無いし、むしろ例の『社交界の噂』の影響もあり、何処か影のある人物の印象すらある。そう思い問いかけたロッテに、フランツはサムズアップをしてにかっと笑い。


「生まれ変わったのです! 私は、『新フランツ』です!」


「……そうですか」

 ロッテは思う。幻の様に消えればいいのに、と。

「……まあ、そういう事ならそれで良いでしょう。それで、松代殿でしたな」

「そうです! コータを見ませんでしたかな!」

「松代殿でしたら先程、表通りの方に向けて走っておられましたよ。何やら随分焦っておられる様でしたが?」

「なに!? コータ、まだこの『義父』から逃げるか! いや、閣下、助かりました!」

 そう言って頭を下げるが早いか、『コータぁーーー!』とドップラー効果を付けながらフランツが走りぬける。その姿が裏通りから完全に消えた事を見届けて、ロッテが空の酒樽の側面をこんこんと二度程叩いた。

「……これで宜しいか?」

「……ありがとうございます」

 先程のミーアキャット浩太よろしくぴょこっと顔だけ出す浩太。恐る恐る左右を睥睨し、そこにフランツの姿が無い事を確認すると大きく溜息を吐いた後、疲れた様な笑みを浮かべて見せた。

「……助かりました、ロッテさん」

「……流石にあそこでバカ親……ではなく、フランツ殿に差し出すのは不憫過ぎると思いましてな」

「バカ親って……いえ、何も言いません。ともかく、本当に助かりました。あのままでは危うく軟禁された上に、ノーツフィルト領に連行される所でしたから」

「……軟禁?」

「ええ。先日、ベッカー家の別宅でちょっとした食事会を催したのですよ」

「ほう」

 結構な事じゃないか、とそう思い視線だけで続きを促すロッテに、浩太は引き攣った笑みを浮かべて見せる。

「催したのですが…………」

「……溜めますな。なんですか?」

「…………三日ほど、帰して貰えませんでした」

「……」

「その間、アロイスさんとフランツさん、それにビアンカさんの三人から延々『どれだけエミリ・ノーツフィルトという女性が素晴らしいか』を聞かされ続けました。いえ、エミリさんが素晴らしい女性であるのは間違いないのですよ? 間違いないのですが……」

「……やり口が殆ど洗脳ですな」

「です。それで、見るに見かねたのか、エミリさんが三人の隙をついて逃がして下さったんですよ」

 そう言って、ふっとニヒルな笑みを浮かべて浩太が建物の間から覗く青空を見上げる。

「……人生って分からないモノですね。まさかカールさんとの『特訓』がこんな所で生きるとは思いませんでした」

「カールとの特訓と言うと……ああ、あの『逃げる事に特化する』ですか?」

「ええ。万事塞翁が馬とはよく言ったものです。仮に私に武術の才能があったら……逆の意味でこの苦境を乗り切る事は出来なかったんでしょうね」

「……流石にフランツ殿を斬り伏せる訳には行きませんからな」

「その通りです」

 そう言ってアハハと笑った後、がっくりと項垂れて見せる。なんだか背中の煤けたそんな浩太の姿に少しだけ同情の念を禁じ得ず、ロッテはポンッと肩を叩いた。

「……ご愁傷さまです」

「……ありがとうございます。ですが、此処でロッテさんにお逢い出来たのは僥倖です。ご報告しようと思っていた事がありましたので」

「報告?」

 ええ、と頷き。


「ベッカー貿易商会が『こちら側』について下さるそうです」


「……ほう」

「これでロート商会、ベッカー貿易商会の二つに」

「バウムガルデンとリッツで四つ、がこちら側ですか。九人委員会で過半数を取るまで後一つですな」

 ふむ、と頷き顎に手を当てた後、何かに気付いた様にロッテが視線を浩太に向ける。

「失礼、松代殿。お礼を言うのが先でしたな。ありがとうございます、よくベッカー貿易商会を説得して下さいました」

「説得、という程たいした事はしていませんが……まあ、ラッキーでしょうね」

「ご謙遜を。ですが本当に助かりましたよ、松代殿。正直、ベッカーが一番『口説き難い』と思っていましたから」

「……そうなのですか?」

 ロッテの言葉に、浩太が首を捻る。確かにベッカー貿易商会――と云うよりビアンカに首を縦に振って貰うのが簡単であったとは言わない。言わないが。

「……では、他の商会であれば……『楽勝』と?」

 ベッカー貿易商会が味方に付いた今、他の商会は簡単に転ぶのかという浩太の問いに、ロッテは笑って首を左右に振った。

「なに。他の商会など、はなから話も聞いてくれませんからな。立ち止まって貰わなければ口説く事など出来ますまい」

「……」

「バウムガルデンは我が甥が会長を務める商会ですので何とでもなります。リッツも同様、少しの名誉を与えてやれば簡単に転ぶ。ロート商会はごたごたがありましたので名誉回復は必至です」

「ベッカーは?」

「だてに千年続いた商会ではありませんからな。機を見るに敏な俊英ですぞ、ビアンカ殿もアロイス殿も。乗る可能性は高い、と踏んではおりましたが、あそこはあそこで色々としがらみも多い」

「千年続いているから?」

「そうです」

「……今の話を聞くと私の所ばかり苦労をしている気がしますが?」

「ロート商会はシオンの伝手がありますし、ベッカーにはエミリ殿の伝手がありましたからな。適材適所、というやつですよ」

 全く悪びれる様子のないロッテに浩太も肩を竦めて見せる。

「……では、最後の伝手は?」

「こちらもシオン……いや、松代殿独自の伝手ですかな? 思い当たる所はあるでしょう?」

「……そうですね。『頼む』ならあそこしか無いでしょう」

「そう」


「「ホテル・ラルキア」」


「……シオンさんもお連れしますが?」

「構いません。それと……あと一歩の所まで来ましたので出し惜しみはしたくありません。情報規制の解除を」

「解除?」

「ホテル・ラルキアのエリーゼ殿、それにクラウス殿にまでは今回のお話をして頂いても良いです。あのお二方は口も堅い様ですし、シオンも交えるのなら四人で協力しながら事に当たった方が良いでしょう」

 そう言ってロッテは頭を下げる。

「……私が出張るよりもあなた方に赴いて頂いた方が成功率が高い。どうか松代殿」

 よろしくお願いします、と。

「……頭を上げてください、ロッテさん。乗りかかった船ですし……此処で頑張らないと頑張る時はありませんから」

「そう言って頂けると助かります」

 頭を上げるロッテに、浩太も笑みを浮かべる。と、何かに気付いた様に浩太が言葉を継いだ。

「そう言えば……ロッテさん、なぜこんな所に? しかも、拝見するにお一人の様ですが……護衛の方などは?」

「居ませんな。私一人です」

「……大丈夫なのですか、それ?」

『王国宰相』ともあろう人物であれば、SP的な人間がぞろぞろ居ても良いはず。そう思う浩太にロッテは笑って首を左右に振った。

「先程も怒られた所ですな。『何を考えているのですか』と」

「では……」

「まあ、あまり褒められた事ではないでしょうが……年を取るとたまには昔を思い出したくなったりするのですよ」

 そう言って。

「――約束の場所ですからな、此処は」

 まるで何かを懐かしむように、慈しむ様に目を細めるロッテ。何時にないその表情に、思わず浩太が息を呑む。

「ろ――」

が、それも一瞬、いつも通りの『王国宰相』のソレに表情を戻し、ロッテは浩太に視線を向けた。

「さて、それでは私はそろそろ行きましょう。王城で部下も待っていますしな。松代殿も王城に戻られた方が宜しいのでは?」

「え、ええ。そうですね」

「フランツ殿に見つかる前に王城へお帰り下さいませ。それでは、失礼」

 そう言って、ロッテは浩太に背を向けて歩き出す。その背中を、少しだけ呆然と浩太は見つめて。

「――ああ、そうそう」

「っ! な、なんでしょう!」

「いえ、大したことではないのですが」

 なんとなく、先程までの自分の行動がやましい事であった様な気がし、居心地悪そうに身を硬くする浩太の姿をマジマジとロッテは見つめる。息が詰まりそうな、まるで蛇に睨まれた様な感覚に、浩太が溜まらず口を開きかけて。


「――いつまで酒樽に入っておられるのですかな、松代殿? まさか、気に入ったのですか?」


 どんがらがっしゃーん、という酒樽のひっくり返る音と、気の抜けた猫のにゃーという鳴き声が裏通りに響いた。


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