↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フレイム王国興亡記  作者: 疎陀 陽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
131/265

第百三十話 Please give me another chance

「……どんな感じよ、エリカ?」

「……ダメね。出てくる気配すらないわ」

 王城に与えられたエミリの私室。その私室の前で、エリカと綾乃が小さく肩を落とす。その姿を心配そうに見守っていたソニアが視線を自身の背後に向けて。

「……コータ様……」

 疲れ切った様にエミリの部屋の向かい側、廊下に置かれた椅子に腰を掛けた浩太を気遣う様にそっと肩に手を置いた。

「……ありがとうございます、ソニアさん。大丈夫です」

 ベッカー邸で行われた会食から、丸二日。

「……まあ、きちんと部屋に帰ってくれてるのが救いと言えば救いよね」

 天岩戸よろしく、開く事の無い扉を見つめながらエリカが呟く。エリカの言う通り、部屋に帰っている――行方不明になっていないのが救いと言えば救いではあるが、それがそれ程浩太を慰める材料となる訳では無いのはエリカとて承知の事実。少しだけ言いあぐね、それでも小さく溜息を吐いて浩太に視線を向けた。

「コータ? そ、その……」

 何を言えばいいか、分からない。そう思い口を二、三度開閉するエリカの姿に苦笑を返し、浩太は無理やりに笑顔を浮かべて見せた。

「ありがとうございます、エリカさん。気を使って頂いて」

「き、気を使っている訳じゃなくて! そ、その……べ、別に……こ、コータが悪い訳じゃないんだから!」

「あー……いえ、これは私の失敗ですね。少し焦り過ぎました。もう少し、時間をかけるべきだったのでしょう」

 エミリをデートに誘い、皆を動かしてのホームパーティーの開催、そしてベッカー邸での邂逅に至るそのすべてのプロデュースは浩太。それはつまり、その失敗の『責任』は全て浩太にあるという事だ。

「誰の責任か、って言うと私の責任が大きいわよ?」

「綾乃?」

「言ったでしょ? 『私のせいにしなさい』って。だから別にアンタが悪い訳じゃ無いわよ」

「……さんきゅ。でもまあ……動いたのは俺だからさ」

「……まあ、此処で『そっか! それじゃ綾乃、後はよろしく~』って言えたらそりゃもう浩太じゃないわよね?」

 そう言って苦笑を浮かべて、溜息。そんな綾乃に浩太も薄く笑って、そのまま視線をソニアに向けて。

「……ソニアさん?」

 口をポカンと開けて廊下の向こう側、端を見るソニアの顔を見た。浩太に言葉を掛けられ、常ならば笑顔を見せるソニアだが、なぜか廊下の一点を震える指先で指し示したまま動こうとしない。その姿に訝し気な表情を浮かべ、耳に入るズリズリと、まるで何かを引き摺るような音に――


「…………ん?」


 急激な違和感に襲われ、浩太は視線をソニアの指先に向ける。飾り気のあまりないシンプルな廊下。ラルキア城滞在も長くなり、ある程度見慣れたその廊下に。

「――シオンさん?」

 自身の肩まである、大きな『木槌』を引き摺って歩くシオン、という、いつもとは違った見慣れない光景があった。

「……ふう。意外に重いな、コレ」

 ズリズリと引き摺ったまま歩みを進めたシオンが浩太達の居るエミリの部屋の前まで辿り着く。そのまま白衣のポケットに手を突っ込み『一仕事終わりました!』と言わんばかりに煙草を吸おうとして。

「……どうした、皆?」

 全員から寄せられる『ポカン』とした視線に訝し気に眉を顰めて見せる。そんなシオンの態度に、最初に反応したのはエリカだった。

「ど、どうしたって……いや、シオン? 貴方こそどうしたのよ!」

「質問が曖昧だな。私が『どうした?』とは? なにかおかしい所があるか?」

 エリカの当然の疑問に、こちらも当然と言わんばかりに答えるシオン。

「……え? な、なに? 私が変なの?」

 余りにも堂々とした態度に、動揺して左右を睥睨するエリカ。その視線と言葉を、綾乃が引き取った。

「むしろ突っ込み所しかない気がするんだけど? なに? 突っ込んだら負けなゲーム?」

「なんの話だ?」

「だから! その『木槌』よ! そんなモノ持ってきてどうするつもりよ!」

 殆ど絶叫に近い綾乃の言葉に、『ふむ』と頷いて見せて。

「見れば大体分かると思うが……陛下から許可を頂いて来た」

「は? へ、陛下から?」

「『エミリ・ノーツフィルトが部屋に籠って出て来ないから、ドアを壊して連れ出しても良いか?』とな。二つ返事で了承だったぞ?」

「待って、理解が付いていかない。ちょ、え? ど、ドア? ドアを壊す?」

「このまま閉じ籠ってばかりいても体に毒だ。食事も取っていないんだろう? いつまでもそんなモノを肯定は出来んからな。荒療治ではあるが、方法はこれしか無かろう?」

 そう言って、取り出した煙草に火を付ける事なくそのまま仕舞い『むん!』と可愛らしく掛け声を上げて木槌を担ぐ。重量に耐え兼ねたか、右に左にふらふらと揺れるシオンの体を慌てて浩太が支えた。

「し、シオンさん!」

「丁度良い、コータ。そのままドアの前まで歩いてくれるか? 如何に非力なお前でもそれぐらいは出来るだろう?」

「非力って――って、そうじゃなくて! 何をするつもりですか!」

「何をするって……この状態を見れば分かるだろうが? このまま木槌を振り下ろすんだよ。ああ、もういい。出来ないならそこで見てろ」

 そう言ってよたよたと歩みを進めるシオン。余りにも危なっかしいその姿に、浩太は意に沿わぬ形ではあるも、シオンの体を支える仕事を続行しながら言葉を続けた。

「振り下ろすのぐらいは分かりますよ! でも、そうじゃなくて! そうやってドアを壊して無理やりエミリさんを引き出してどうするつもりですか! 精神的な問題ですよ、これは! 出せばイイってモンじゃないんですって、出せばイイってもんじゃ!」

 そんな浩太の台詞に。

「どうするつもりか、だと? そんなもの、決まってるだろう?」

シオンはふんと一つ鼻を鳴らし。


「――我儘娘に、説教するんだよ」


 言葉と同時、ドアの前に辿り着いたシオンが木槌を思いっきり振り下ろした。


◆◇◆◇


「……一体、何事ですか」

 シオンが木槌を三度振り下ろし、四度目を振り上げたと同時、今まで開かずの間宜しく開く事の無かったエミリの部屋のドアが開き、エミリが顔を覗かせた。目の前で木槌を振り被っているシオンに少しだけぎょっとして見せるも、努めて冷静な仕草にシオンが口の端を上げる。

「ようやく出て来たか、エミリ嬢。どうだ? 少しは頭が冷えたか?」

 ニヤリと形容したくなる様なシオンの笑顔に少しだけカチンと来るものを覚えたか、口を開きかけてエミリはその口を閉じ、代わりに小さく溜息を漏らして見せる。

「……別段、冷やさなければならない頭などありませんが?」

「よく言うな、エミリ嬢。これだけ周りに迷惑を掛けておいて」

「……そうですか。それは申し訳御座いませんでした。ですが、少しばかり気分が優れないので部屋で横になっていただけです。仕事自体は終わらせてありますし、別段問題がないでしょう? エリカ様? どうでしょうか?」

「あ……う、うん。エミリにして貰う仕事は終わってるけど……」

 およそ、見た事のない様なエミリの素っ気ない態度にエリカがたじろいで見せる。そんなエリカを見ない様に視線を切って、そのままエミリはその視線をシオンに向けた。

「……どうでしょうか、シオン様? これで問題は無いのでは?」

「……なるほどな。確かに問題は無さそうだ」

「それではこれでお話は終わりですか? でしたら……失礼ですが、もう少し横になっていても宜しいでしょうか?」

 木で鼻を括った様なエミリの態度。その態度にシオンは苦笑を浮かべて。

「まあ、待て。折角久しぶりに顔を見たんだ。少し私に『話』をさせろ」

「……話、ですか?」

 ああ、と頷き。


「――なに、大した話じゃないさ。少しばかり『悲劇のヒロイン』を気取って小芝居しているイイ大人に説教をしてやろうかと思っただけだからな」


 抱えていた木槌を降ろし、白衣のポケットから煙草を取り出すとそれを口に咥えるシオン。そんなシオンを親の仇を見る様な目で見つめながら、エミリは口を開いた。

「……別に、悲劇のヒロインを気取っている訳ではありませんが? なにかお考え違いをなさっているのでは?」

「そうか? それは済まなかったな。私には『両親と仲良くできなーい』という、みみっちく、とても、とても下らない事で随分悩んで、傷ついて、悲しんで、寂しがって、同情を買っている様に見えたのでな。そうか、そうか。そんなつもりは無かったか。コレは失礼した」

 そう言って、呵々と笑うシオンにエミリの視線の温度が低くなる。その視線に気付いたか、先程煙草を取り出したポケットの反対側から携帯灰皿を取り出して口に咥えた煙草の火を消すと、鷹揚にエミリに視線を向けた。

「……なんだ、その眼は?」

「……貴方に……貴方に……何が分かるのですか……っ!」

「ん? 分かる、とは?」

「……親に捨てられ、忌子として避けられ、不要な存在と嫌われる私の気持ちが……貴方に、分かるのですか!」

 エミリの絶叫が王城内の廊下に響く。まるで血を吐くようなエミリの絶叫を聞き流し、シオンは木槌の柄に顎を置き、下からエミリを見上げる。


「――分からんな」


「っ! では!」

「ああ、失礼。それでは話が終わってしまうな。これっぽちも分からんから、エミリ・ノーツフィルト、百歩譲って『想像』はしてやろう。そうだな、エミリ嬢。君は辛かっただろう。実の親に捨てられ、哀しい思いをしただろう。幼い頃は涙を流した事もあっただろうな? なるほど、なるほど、君は確かに同情に値すべき、可哀想な人間だ。哀れで、哀しい人間だ。君の今までの人生に心から同情し、その上で君の身の上に『幸福』な生活が降りたつ事を、心の底から望んでやろう、哀れで悲しく醜い――エミリ・ノーツフィルト」

 そう言って。

「……さて」

 そのまま、木槌の上から置いていた顎を上げて正対でエミリに向き合って。


「……これで満足か、『愚かな』エミリ・ノーツフィルト?」


 小馬鹿にした様に、エミリにそういうシオン。その姿に、エミリの顔が真っ赤に染まった。

「愚か? 私の事を愚か者扱いしているのですか、シオン様!」

「愚か者扱いしている? 言葉は正しく使いたまえ、エミリ・ノーツフィルト。私は正真正銘、徹頭徹尾、上下左右全方向から君は『愚か』だと言っているのだ」

「――っ! 貴方に、貴方に!」

「なにが分かる、などと二度も言うなよ? 先程も言ったが、別に私は君の不幸など何もわかっちゃいない。ただ、アホの様な事で悩んでいるとそう思っただけの話だ。君の……なんだったかな? その『両親と仲良く出来ない』というだけの、ただそれだけの不幸が世界で一番不幸だと言わんばかりの、悲劇のヒロインを演じる姿が滑稽だと言っているだけだ」

「こ、滑稽ですって! 取り消して下さい、シオン様! 私は――私がどれだけ悩んでいると、哀しかったと、辛かったと、それが、それが貴方に――」

 言い掛けたエミリの言葉を手で制すシオン。不満げに、それでも言葉を止めるエミリから視線を切って。

「同じ台詞を、今ここで、もう一度」

 視線をエリカに向ける。


「――エリカ嬢相手に、言ってみろ」


 え? という顔を浮かべたのがエリカで。

「――っ!」

 息を呑み、目を丸くしたのが、エミリ。

「……なるほど、愚かといえども流石は『聡明』なエミリ・ノーツフィルトだ。気付いたか?」

 その二人を面白そうに見やり、シオンは言葉を続けた。

「どうやら私の言わんとしている事が分かった様だな、エミリ・ノーツフィルト? そうだ。本人を前にこう言うのはなんだが、エリカ嬢が――『エリカ・オーレンフェルト・ファン・フレイム』が、真の意味で良好な家族関係が築けていたと、本当にそう思っているのか、君は? 先代陛下の第一子としてこの世に生を受けたにも関わらず、側室の子という事で輝く王冠をその頭上に煌めかせる事が叶わず、周りの顔色を窺う様に生き、実の母親とも決して良好とは言い難い関係だったエリカ嬢が、だ。君は本当に『幸福な家族』だったと、そう言えると思っているのか? その姿を一番傍で見続けたのは他ならぬ君だろう?」

「そ、それは……」

「リズ様――エリザベート・オーレンフェルト・フレイムにしてもそうだ。果たしてエミリ嬢、あのか細い腕でこのフレイム王国を支える女王陛下にしたって、真の意味で幸せな家族であったと言えると思うか?」

「――……」

「ソニア姫にしてもそうだな? 説明がいるか? 要らないだろう? そういう意味ではコータにしてもアヤノにしてもそうだ。いや、コータやアヤノの方が酷いだろう? 縁も所縁も無いオルケナ大陸で、依るべき身寄りの一人もいないのだぞ? どちらが酷だと思う? それに比べて君はどうだ? 君の関係を心配した主君を、君の為を思い行動した仲間を、君の為に考え、行動してくれた想い人を、君ともう一度関係を築こうと努力した君の親の手を振り払ったのだぞ? 純粋に善意で、ただ君を幸福にしてやろうと、幸福にしたいと思った皆の好意を土足で踏みにじった君が……はん! 何が『私の気持ちが分かるのですか!』だ。分かる訳が無いだろうが、この『愚か者』が」

 殆ど、衝動的。

「――っ!」

 パーンという音と共に振りぬかれた右手が、シオンの頬を張った。瞳に涙を浮かべたままでシオンを睨みつけるエミリに、張られた頬のままの体勢でシオンも右手を振り被り。

「甘えるのも――いい加減にしろっ!」

 先程同様、パーンという乾いた音が響いた。

「お前だけじゃないんだ、エミリ・ノーツフィルト! 皆、問題を抱えながらもそれでも前を向き生きているんだ! 君だけだ! 君だけが、拗ねて、嘆いて、悲しんで、涙を流して立ち止まっているだけだ! 動けるのに! 動くことが出来るのに! 逢えない人ではないのに! 手を伸ばしてくれているのに! その手を握ろうともせず、何が『私がどれだけ悲しんだか分かるか』だ! 甘えるな!」

「……るさ……」

「そんなひねた根性をしているから、『悲劇のヒロイン気取り』と言われるんだよ、私にな! 忘れるなよ、エミリ・ノーツフィルト! エリカ嬢は、リズ様は、コータは、アヤノは、皆、どれだけ望んでも手を伸ばしてくれる相手がいないんだぞ!」

「――うるさい!」

 絶叫。

「うるさい、うるさい、うるさい!」

「……ほう?」

「誰がどうとかじゃない! 何がどうとかじゃない! 私は――私は悲しかったのよ! 愛して欲しかったのよ! 私だって、甘えて見たかったのよ! ただただ、お父様に、お母様に、愛して欲しかったのよ! それが……それぐらい、私だって思ってもいいじゃない!」

「ふん。それが甘えだと言うのだ」

「そうだとしても! いいじゃない! 少しくらい――少しくらい、そう思ってもいいじゃない!」

 そう言って、ドア前のシオンを突き飛ばし、エミリは音を立ててドアを閉める。


「もう帰って! もう……誰にも、誰にも逢いたくない!」


◆◇◆◇


「……此処に居ましたか」

 少しだけ冷たい風が吹く、王城の中庭。庭園と呼べるほど豪奢では無いも、それでも十分に整備された草花を見るとは無しに見ていたシオンは後ろから掛かった声に視線をやり、その後気まずそうに視線を外した。

「……コータか」

 まるで拗ねた子供の様なその仕草に、浩太は含み笑いを一つ。その後、ゆっくりとシオンの隣に腰を降ろした。

「……なんの用だ?」

「用事は別段ありませんかね? ただ、なんとなくシオンさんの隣に座ってみようかと思っただけです」

 浩太の言葉に、少しだけ驚いた表情を見せるシオン。それも一瞬、先程同様に気まずそうに視線を逸らす。

「そ、その……」

「はい?」

「えっと……なんだ? あー……」

 言い淀むシオン。何時にないシオンのその珍しい姿に、浩太はせかす事なく言葉の続きをまった。

「その……」

 やがて。

「………………済まなかったな」

 ポツリと漏れた懺悔の言葉。その言葉に、浩太は満面の笑みを浮かべて。


「なにが?」


 言い切る。浩太の予想外の返答にシオンはびっくりした様にポカンと口を開けて見せ、その後マシンガンの様に捲し立てた。

「な、なにがって……いや、だってな? 私が色々エミリ嬢に言ったから、エミリ嬢が拗ねてしまったんだぞ? もう顔も見たくないって、閉じこもってしまったんだぞ? こう、もうちょっと巧くするやり方もあっただろうに、それを――」

「ストップ」

「――こわし……なんだ?」

 マシンガントークを手で制す。そんな浩太に訝し気な表情を見せるシオンに浩太は先程と同様に笑顔を浮かべたままで言葉を続けた。

「決して間違った事は言ってないでしょう?」

「……だが……そ、その……言い方というモノがある」

 歯切れの悪いシオンの言葉に浩太が苦笑を浮かべる。不満そうに頬を膨らませるシオンに浩太は失礼と頭を下げて、言葉を続けた。

「まあ……確かに、もう少しオブラートに包んだ言い方もあったかと思いますよ? なんでしょう? あそこまで『バッサリ』斬ってしまわずとも、シオンさんの言う通り、もう少し巧いやり方もあったのかな、とは思います」

「だ、だろ? そうだ! 仮にも主任研究員であり、才女の誉れ高い私なら、もう少し言葉を選んだやり方もあったのに、感情の赴くままにバッサリやったんだ。ホレ! 責める所はあるぞ、私にも!」

 さあ、責めろ! と言わんばかりのシオンの言葉に浩太は苦笑の色をますます強くする。なにかを喋りかけ、不意に吹き抜けた風が木々を揺らしてざわざわと鳴る音が止むのを待って、浩太は口を開いた。

「シオンさんは何時だってそうですね」

「……なに?」

「テラで私が『参って』しまった時も、ああやって私に発破を掛けて下さったな、と」

「……」

「エリカさんも言っていましたよ? 『シオンに愚痴を聞いて貰った』って。綾乃も、『シオンに胸を貸して貰った』って言ってましたし……なんというか、何時でもシオンさんに『損』な役回りを押し付けているな、と思いまして」

「そ、損な訳では……」

 言い淀むシオン。そんなシオンの言葉に被せるよう、浩太は言葉を続ける。

「貴方はあまり『愚痴』を――まあ、言わない訳ではないでしょうが、『自分』の事を言いたがりませんからね。今までの『恩』もあるので、偶には借りを返して置こうかと思ったんですよ。どうです? 折角ですので、話をしてみませんか? なぜ、貴方がそう思ったのか……その、貴方の『想い』を」

 役者が足りていませんかね? と笑顔を浮かべる浩太をポカンと見つめるシオン。それも数瞬、やれやれと首を左右に振って見せた。

「……私に構っている暇があるのなら、エミリ嬢の傍に居てやれ。それがきっと、エミリ嬢も一番喜ぶだろう」

「エミリさんの傍にはエリカさんやソニアさんが付いていますので。私一人が欠けても問題ないでしょう」

「そういう訳は無いと思うが……」

 今度はシオンが苦笑を浮かべる番。やがて、諦めた様に諦観の溜息を吐いた。

「……私がリズ様の教育指南役を受けたのは、リズ様が十歳の時だ。その……なんだ。当時のリズ様は随分……そうだな、『荒んで』いてな」

「荒んでいる?」

「まあ、そうは言っても王女殿下だ。暴れまわったり物を壊したりとかは無いのだが……子供らしくない目をしていてな? 世の中全てが『敵』と言わんばかりに……なんだろう? なにもかも恨んでいる様な目をしていた。後から聞いたが、エリカ嬢がテラに旅立ったのが丁度その頃だったらしいな」

「……ああ」

「きっと、リズ様は『怒って』いたんだろうな。大事な『姉』を僻地に飛ばした『父』にも、それを是とした『母』にも、むしろ進んで送り出した『母の様な人』にも……自らを捨てた、『姉』にも」

「……捨てた訳では無いと思いますよ、エリカさんは」

「分かっているさ」

 そう言って、溜息を一つ。

「……複雑とまでは行かんが、それでもフレイム王家の血筋は単純ではない。政争に発展するのを防ぐためにエリカ嬢をテラに送ったのは間違いではないだろうし、エリカ嬢自身が望んだとも聞いてはいる。聞いてはいるが……それを、十歳の子供に全て悟って納得しろと言うのは無理な話だろう?」

「……そうですね」

「或いは時間が解決したかも知れんが……先代陛下とアンジェリカ様が亡くなられたのはその直ぐ後だ。後を追う様に、リーゼロッテ様も逝かれた。リズ様には……『両親』と仲直りする時間も与えられなかった。そして、彼女は永久にその『時間』を失ったんだ」

「……」

「そして、それはエリカ嬢にも言えるし……もっと言えば、クリス殿下やソニア姫にも言える事だ。誰だって決して、『幸福な家族』であったとは言えまい。無論、エミリ嬢の家庭環境が優れていたという訳ではない。十分同情に値するし、上から目線ではあろうが、何とかしてやりたいと心から思う環境だと、そうも思う。だがな? 私だって――」

 そこまで喋り、言い淀む。


「――私だって、そうだ。まあ、リズ様やエリカ嬢、或いはエミリ嬢に比べればちっぽけな悩みだろうが……アリアとの距離感を計りかねたからな」


「……そう、ですか」

「今は巧くやっているが、当時はアリアにどう接していいか悩んだ事もあった。アリア自身、自分の才を隠し……そうだな、私より『愚か』であろうと振る舞っていたから余計にだ。あの子が私を立てれば立てる程、『私はあの子の姉で良いのだろうか』と思ったさ。目の上のたん瘤が無ければ、私の事を気に掛けなければ……彼女はもっと高みに昇れるのではないか、とな」

「シオンさんが、ですか?」

「我儘放題な私には似合わない考え方だろう?」

 そう言って寂しそうに笑い。

「……まあ、エミリ嬢にあんな風に偉そうに言ってみたが……なんの事はない、ただの八つ当たりみたいなモノだ。あれだけ皆が色々と動いてくれているのに、駄々を捏ね、拗ね、もう知らないと手を振り解く姿に純粋に腹が立っただけだ。だから別段、『損』な役回りをしている訳じゃないんだ。いつも通り、シオン・バウムガルデンは好き放題、我儘放題しているだけに過ぎんさ」

 シニカルな笑みを浮かべて見せる。いつも通り、傲岸不遜を地で行く、『主任研究員シオン・バウムガルデン』の姿を披露して。

「……なんだ?」


 ――なぜ、だろうか。


「まあ……なんとなく?」

 そんな姿が少しだけ、ほんの少しだけ痛々しく見えて、浩太はシオンの頭に手を置いた。

「……私には撫でられて喜ぶ趣味は無いぞ?」

「いえ……」

 一息。

「…………ああ、そうでしょうね。シオンさんですし」

「……自分で言って置いてなんだが、どういう意味だ?」

 口ではそう言いながらも、頭の上の手を除けようとはせずにシオンは上目遣いで浩太を睨む。その姿に苦笑を浮かべ、浩太は言葉を続けた。

「……貴方は、損な役回りばかりをしている気がしましたので。先程も申しましたが、シオンさんがエミリさんに仰った事は間違ってはないんですよ。確かにエミリさんの環境は幸運では無かったかも知れませんが……それはエリカさんやソニアさんにも言えるし、私や綾乃だって似た様なモノと言えば似た様なモノです。いえ、エリカさんは関係を修復すべき母親が鬼籍に入っておられるし、ソニアさんだってどれだけソニアさんが手を伸ばしても、カルロス一世が無条件でソニアさんを愛する事は無いでしょう。私や綾乃にしたって、そう簡単に両親に会える訳でもありませんし」

「……まあな。君とアヤノについては申し訳ないと思っている」

「お気に為されず。それはともかく、そういう意味ではエミリさんは恵まれているとも言えます。ご両親はご健在ですし、そのご両親はエミリさんとの関係の再構築を望んでおられる。言ってみればエミリさんが『我儘』を言わなければ良いと……まあ、そういう事でしょう」

「そうだ」

「中々難しいですけどね、それ」

「血が濃い分、それが難しいのは十分に分かってはいる。だが、『難しい』だけで『出来ない』訳ではない。ようはエミリ嬢の気持ち一つだ」

「です。そして……それを、貴方がエミリさんに諭して下さった」

「……私じゃなくてもいいさ。誰でも出来る事だ。難しい事ではないだろう?」

「そうですね。確かに、難しい事ではありません。誰でも言える事かも知れませんが……ですが、それは『貴方が言った理由』にはならないでしょう? 貴方は何も言わずに、私達と同じように動揺していても良かったでしょ? 頬を張られる必要も、責任を感じる必要も、エミリさんに恨まれる必要も。ただ、私達と同じように眺めているだけでも良かったのに」

 敢えて『憎まれ役』を買って出る必要は無かったでしょ? と言葉を継ぎ。

「……ふん」

「……」

「……」

「……」

「……わ、私は」

「はい?」

「…………私は、エリカ嬢やエミリ嬢より年も上だからな。リズ様の指南役を務めていたし、言ってみれば教師の様なモノだ。だ、だから……まあ、アレだ。年少者を導くのも教育者の務めだ」

 照れたようにソッポを向くシオンの頭を撫でながら。

「お疲れさまでした、シオンさん」

 浩太も優しい笑みを浮かべる。照れ臭そうな、擽ったそうな表情を浮かべたままシオンが視線を向けた。

「……初めてかも知れないな、頭を撫でて貰うのは」

「初めて、ですか? いや、そんな事は無いでしょう? 子供の頃は撫でて貰っていたのでは? 流石のシオンさんでも」

「『流石のシオンさん』というのがどう、流石なのか問い詰めたい処だが……まあ、物心ついてから、という意味でだ。私は小さな頃から小賢しい子供だったから……当時は褒めて、頭を撫でて貰う事が『恥ずかしい』とすら思っていたな。大人に見られたがって、折角のばしてくれた手を振りほどく子供だったからな」

「今は?」

「この年になると、誰も頭など撫でてくれんさ」

 そう言って肩を竦めて。

「だから……照れ臭いし、少しだけ気恥ずかしい」

「……やめましょうか?」

「何を言っている」

「はい?」

「照れ臭いし、気恥ずかしいが――」


 イヤだ、とは言ってないだろう、と。


「……了解しました」

「……ふん」

 頬を真っ赤に染め、『ん!』と頭を出すシオンを浩太は優しく撫でる。まるで猫の様、気持ちよさそうにシオンが目を細め、頭上に乗る浩太の手を堪能する。その姿がなんだかおかしくて、口の端を笑みのカタチに変えた浩太はシオンが納得するまで頭を撫で続けていた。


◆◇◆◇


 泣き出しそうな気持のまま、エミリは自室に備え付けられたベッドに顔を伏せる。最初に感じたのは、怒りの感情だった。


 ――何故、シオン・バウムガルデンにあそこまで言われなければならないのか。


 そもそもシオンの家、バウムガルデン家は幸せな家ではないか。両親も揃ってはいるし、妹だっている。エミリの様に両親に邪険にされた事も、妹から粗末に扱われた事も――詳細を知っている訳ではないが、広い様で狭く噂好きの社交界だ。バウムガルデン家程の名士で、シオン個人としての美貌と知性を備えていれば、話題に登らない筈がない。にも関わらず、そういった話が一切聞こえてこないのは自身が『忌子』として社交界の噂の的になっていたエミリからして見れば、無かったと断じても間違ってはいない。

「……私は」

 私は、エミリ・ノーツフィルトは不幸なのだ、とエミリは思う。この髪が黒いのも、この瞳が黒いのも、エミリのせいではない。望んでこの髪に、この瞳に生まれた訳ではない。可愛がって貰おうと、愛して貰おうと振る舞っても全く目を掛けて貰えず、話し掛けて貰えず、伸ばした手を振り解かれたのはエミリのせいではない。だから、悪いのは自分ではなく、自分には拗ねて、泣いて、引き籠る権利があると思い、そう思って――


『同じ台詞を、今ここで、もう一度――エリカ嬢相手に、言ってみろ』


「……」

 シオンの言葉が、反芻される。

 シオンの言う通り、エリカとて決して幸せな家庭環境ではない。だが、エリカはその環境を受け入れ、消化し、既に『墓参り』という形ではあれ昇華しているのである。自身の仕える主であり、不敬と知りながらも『妹』の様に思っているこの敬愛する主人は、そうやって前を向いて生きている。その事実に、ある種の情けなさを感じてエミリは枕に自身の顔を先程よりも強く、強く埋める。

「……何をしてるんだろう、私」

 呟いた声に返答はない。

「――エミリ?」

 否。

「……エリカ様?」

 ドアの外から聞こえる、エリカの声。少しだけ戸惑った様な、語り掛けるのを躊躇う様なそんな声に、エミリが埋めていた枕から顔を上げる。エミリの声が聞こえたか、ドアの外から聞こえるエリカの声に若干の安堵が混じった。安堵そのまま、エリカが言葉を続けて。


「そ、その……と、取り敢えず御飯、作って来たから」


 その、エリカの言葉を聞いて。


「あ! だ、大丈夫! ちゃんと料理長にお願いして作って貰ったから! 私の手作りじゃないから安心して! その……た、食べたくないかも知れないけど、体にも悪いし……ちゃ、ちゃんと食べて?」


 ――ああ、と。


「し、シオンが言ったことは気にしないでイイからね! わ、私はホラ、そうは言ってもお父様にもお母様にも可愛がって貰ったから! そ、そりゃちょっとは……って、ち、違うから! きっと、エミリの方が不幸――って、ああ、これもなんかおかしい!」


 ――なんと、私は『恵まれている』と。


「だ、だから! べ、別にエミリが拗ねて――じゃなくて、こう、いじけて――でもなくて、えっと……悩んで……悩んで! うん、悩んで部屋に閉じ籠っても大丈夫だから! 無理しないで、気持ちが落ち着くまで居てくれていいから!」


 御飯を作ってくれ、心配してくれ、案じてくれ、怒ってくれ――愛してくれる『仲間』がいる事を嬉しく思い――同時に、先程までの自分自身がとても、とても恥ずかしくなる。

「……何をやっているのでしょうか、私は」

 これだけして貰って、ただ部屋で拗ねているだけ?

「……それでいいのですか、エミリ・ノーツフィルト?」

 これだけ心配して貰って、ただ部屋でいじけているだけ?


「――いい訳がないでしょう、エミリ・ノーツフィルト!」


 自身を励ます様、エミリが両手の頬をパチンと叩く。心持強めに叩いてせいか、部屋の外まで漏れたその音に『え、エミリ!?』なんて驚いたエリカの声が聞こえてくる。その声に少しの安堵と――それ以上の嬉しさを込めて、エミリはベッドから立ち上がると歩みをドアの入り口に向けた。

「え、エミリ! え、えっと……だ、大丈夫?」

 ギギギと音をさせて開いたドア。そのドア前で、シルバーに乗せられた湯気の出る料理たちを手に持ったままのエリカの姿に目を細め、そして一礼。

「……ご迷惑をお掛けしました、エリカ様」

「へ? あ、ああ! ううん、全然いいの! 全然いいんだけど! エミリ、だいじょ――」

「ご迷惑ついでにもう一つ、お願いをさせて頂いても宜しいでしょうか?」

「――うぶ……『お願い』? う、うん! なんでも言って!」

 嬉しそうに顔を綻ばすエリカに、エミリも頬を緩める。が、それも一瞬。エミリは緩んだ頬を引き締めてエリカに視線を向ける。

「……本当に、身勝手なお願いだと、自分でも重々承知しております。おりますが――」

 ――迷惑を掛けた。

 ――心配も掛けた。

 怒らせもしたし、色々動いても貰った。これだけ良くして貰っておいて、今更どの口が言うかと自分でも思いながら――もう少し、あと少しだけこの『優しさ』に甘えさせて貰おうとエミリは決意の籠った瞳を。


「もう一度。あと一度だけ――私に、『チャンス』を頂けないでしょうか?」


 ――過去と戦う『決意』を籠った瞳を、エリカに向けた。


来週はお休みします。楽しみにして下さっている方、申し訳御座いません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。