第百二十七話 幸せな一日は続くよ、何処までも
お、終わらない……
フレイム王国――というより、オルケナ大陸に暮らす人間に取って『ギャンブル』というモノは所謂『悪いモノ』とは捉えられていない。偉大なる建国帝アレックスが『人々の生活の糧となるのであれば、多少の遊興は構わぬ』という方針であったからであり、実際アレックス帝の考案したカードゲーム等もある……どころか、パルセナで『ブラックジャック』と『ポーカー』は人気のゲームの双璧でもある。アレックス帝が『オルケナギャンブルの産みの親』と評される所以でもあり、歴史家達はアレックス帝の先見の明を称える一事の一つとしているが、楽屋裏を明かせば、まだ唯の商人であったユメリアに素寒貧にされたアレックス帝ことマコトが余りの悔しさに、現代日本のカードゲームルールで勝負をした、というのが真相だったりする。ちなみに、その勝負でマコトは惨敗していたりする。
「……では……そうですね、『ヒット』で」
その例に漏れず、エミリも『ギャンブル』自体は決して嫌いではない。むしろ『へへーん。それじゃ心して掛かって来なさい! 今月こそお小遣い全部、巻き上げてやんよ!』という王妃アンジェリカの教育方針で徹底的に鍛え上げられただけあって、エミリとエリカ、それにリズはそこそこ強かったりするのだ。ちなみにこの四人で『武者修行』と称してお忍びのギャンブル旅行にローラまで赴きロッテにバレて大目玉を喰らったまである。そんな懐かしい記憶を思い出したエミリが懐かしそうに眼を細めて。
「……あの時は何故か私が一番怒られましたね。『貴方がアンジェリカ様を止めないでどうするのですか!』と」
後、苦笑を浮かべる。感謝も、尊敬も、勿論思慕の情もあるが、出来ればもう少し落ち着いていて欲しかった、というのがエミリの嘘偽らざる本心だったりもするのだ。
「……はい、『21』です」
そんな思い出を思い出しながら、エミリはテーブルの上のカードを捲りディーラーに数字を告げた。その言葉に、テーブルの周りに集まった人々から感嘆とも称賛とも取れる溜息が漏れる。勝ち続けている、という訳では無く勝ったり負けたりを繰り返してはいるが、ここぞという時の勝負強さもあって、エミリの目の前に置かれたチップ――この店のみで流通するコイン――は堆い山という程では無いにしろ、そこそこの小山を築いていた。この店がお金を賭ける店ではなく……この店がどれ程の規模かは知りはしないが、『お金』を賭ける店でない以上、レベルも精々『その程度』だろうと当たりを付け、当たり通りに勝ち続け――
「……なんですかね、アレ」
――まあ、要は自信があったのだ。エリカから、パルセナでの浩太のある意味『華々しい戦績』も聞いていいる。そもそも負ける勝負を甘んじて受けるタイプではなく、『負けた方がなんでも言う事を聞く』という餌まである以上、エミリは盤石の態勢で持って受け入れたのだ。受け入れたのだが。
「……えっと……ああ……『21』です、かね?」
エミリの隣、並び合ってスツールに腰を落とした浩太がにこやかな――と言うには幾分引き攣った笑みを浮かべる。そんな浩太の宣言に、周りの客が先程のエミリ以上にどっと沸いた。
「……すげーな、あの兄ちゃん」
「……ああ」
「俺、ずっと見てるけどよ? あの兄ちゃん……一遍も負けてねーんだ」
「マジかよ! スゲーな、あの兄ちゃん。連れてる姉ちゃんも美人だし……あやかりてぇな!」
そんな声が周りから聞こえてくる事に『あの兄ちゃん』こと浩太の顔にタラりと一筋冷汗が垂れる。そんな浩太に『どうぞ』とハンカチを差し出しながら、エミリが浩太の耳元で囁いた。
「……ギャンブル、お強いのですね?」
「……へ? ああ、いえ! 全然です! いえ、本当に……何が何やら分からないのですが……トンデモナイ事になっていますね……」
そう言って目の前に、今度こそ堆く積まれたチップのタワーを見て浩太が小さく溜息を吐く。ギャンブルの女神さまは浩太の薄い醤油顔はお気に召さなかったのだろうが、今回はギャンブルの女神さまの管轄外の、言ってみれば『お遊戯』。きっとお遊戯の女神さまの好みどストライクだったのだろう、浩太は勝ちに勝ちまくっていた。浩太の周りの女性に鑑みる限り、きっとお遊戯の女神さまは色んな意味で面倒くさいに違いない。
「……出ましょうか、コータ様」
「……そうですね。流石に周りの目が痛いですし」
二人で溜息を吐きつつ、浩太とエミリが席を立つ。チップの枚数が書かれた紙をディーラーから受け取ると、二人で連れ立ってテーブルを後にして店を出た。注目の的という居心地の悪さから逃れた安心感か、肩の力を抜いたエミリが少しだけすっきりした様な笑みを浮かべて浩太を見やって口を開く。
「……勝負に関しては……まあ、言うまでもありませんね。コータ様の勝ちです」
「……」
「コータ様? どうされましたか?」
「あー……いえ、正直私はギャンブル関係には全く自信が無かったんですよね。間違いなく負けるだろうと思ってたりしたのですが……」
まさか勝つとは、である。そもそも、今回のこの『デート』にしたって――まあ、浩太自身、決してイヤな訳では無いにしろエミリに楽しんで貰う為と言うのが第一であるのだ。
「……負ける事が分かって『勝負』と?」
「あー……まあ」
「手を抜かれるおつもりだったのですか? いえ、不満を申し上げるつもりは御座いませんが、出来れば本気の勝負の方が面白いかと」
不満を申し上げるつもりはない、と言いながら暗に『不満です』という顔を浮かべる――珍しく、『子供っぽい』エミリに少しだけ微笑んで浩太は首を左右に振った。
「手を抜くつもりはありませんでしたよ? 遊びに何を、と言われるかも知れませんが、遊びこそ本気でやった方が面白いですし」
「では」
「ただ、本気でやっても勝てるとは思っていなかっただけです」
浩太、自身のギャンブル運の無さには全幅の信頼を置いていたりする。それでも負ける勝負でレートを上げる辺りは、浩太もエミリがあまり無茶を言わないであろう、という目算もあったりするのだ。綾乃やシオンにはない、エミリへの信頼であるが――エミリの脳内妄想お花畑を知れば、きっと顔を青褪めさせたであろう。無知は罪だが、救いでもある。
「むー……なんだか納得が行きませんが……まあ、勝負は勝負です。それではコータ様、なにか一つ……その…………ご、『ご命令』を」
頬を膨らませるという、普段の彼女らしからぬ行動に浩太は小さく手を振って見せた。
「ご命令って。いや、言う事を聞くとは言いましたがその様な畏まったモノではありませんよ。精々『お願い』ですかね」
「そ、そうですか。失礼いたしました。そ、それで? その『お願い』とは? もう決まっておられるのですか?」
「ええ。少しだけ気恥ずかしかったり……それに、エミリさんに『だ、ダメです!』と言われそうなのでどう『お願い』しようか躊躇していたのですが……丁度良いですね。後で使わせて頂きましょうか」
「あ、後ですか?」
少しだけ困惑するエミリにええ、と頷き。
「――今、此処では、難しそうですからね? 私の『お願い』は」
そう言って、ニヤリと笑って見せる浩太。そんな浩太の言葉がエミリの耳から脳髄を駆け巡り、彼女の頬を『ぼっ!』と燃え上がらせるのにさして時間は掛からなかった。
「い、今、此処では難しい、と!? こ、コータ様? そ、それは……」
「ええ。もう少し……そうですね、遅くなってからですかね?」
「お、遅くですかっ! え、ええっと、そ、それは、その……え、えっと……」
「ああ、それでもそんなに遅くなりませんし……それに、きっとエミリさんにも満足して……あまり自信は無いですが、満足頂けるかと」
「ま、満足! ま、満足ですか!?」
「あまり期待されても困りますが。まあ、私も……ある程度、勉強しましたので」
「べ、勉強!」
敢えてエミリが何を想像しているかの説明はしない。しないが、おぼこいエミリのボキャブラリーが著しく減っている辺りで是非、察して欲しい。
「まあ、それはともかく……折角です、エミリさん。『これ』、使いませんか?」
全くともかかない。そう思いながら、それでもエミリは浩太が自身の目の前でヒラヒラとさせるモノに視線をやり、同じものが自身の手にあった事を思い出す。
「そう言えば……持ち出してしまいましたが、この『紙』は?」
「先程も申した通り、この紙に書いているチップの枚数で景品と交換出来るんですよ。そして、その景品の交換所と言うのが……」
そう言って浩太が通りを挟んで向かい側の、広い敷地を持つ二階建ての建物を指差す。
「あれ、ですね」
「……交換所、ですか? 私には店舗に見えるのですが」
「『流石、王都ラルキア! と言える程の品揃えだ』との事ですね。日用雑貨からアクセサリーまでなんでも置いているらしいですよ」
「……下手な商会より大きいのでは?」
「そうですね。私の知識ではパチンコ――まあ、こういう遊技場ではお菓子や煙草のイメージですが」
品揃えが悪いよりは良いでしょう、と、浩太はエミリの背中を押すように目の前の店に歩みを進める。そのまま押される様に店内に続く扉をエミリが押し開けて。
「――う……わぁ……」
少しだけ呆けた様なエミリの声を聞き、浩太の頬が緩む。ついで、瞳に『キラキラ』と形容したくなる光を宿して振り返るエミリにますます笑みを強くする浩太。
「す、凄いですっ!」
新築の店舗内に、所狭しと並べられた商品の数々。テラは勿論、ラルキアでも一か所にこれだけの種類と量の商品は並ばないだろうと思える商品達に、テンションが上がったエミリが少しだけ上擦った声で浩太に告げた。
「流石、王都ラルキア、ですかね?」
「ラルキアでもこれ程の品揃えはそうそうありませんよ! こ、コータ様!」
「ええ」
お預けを喰った犬の様にうずうずし出すエミリに、苦笑を浮かべて浩太がゴーのサインを出して見せる。その言葉に嬉しそうに笑んで見せて、エミリは浩太の手を掴んだ。
「……へ? え、エミリさん?」
「さあ、行きましょうコータ様! 此処なら何でも揃いそうです!」
興奮からか、自身の『しでかした』――具体的には浩太の手を自分から繋ぐという行為に気付きもしないのか、そのまま浩太を引き摺るように連れ歩こうとするエミリ。『え、エミリさん? その……手が』と喉元まで出掛けた言葉を飲み込み、浩太はエミリに引き摺られるままに歩く。お菓子やアクセサリー、書物まで並べてある広い店内を歩き、さてエミリが何に興味があるのかと浩太が思い浮かんだ所で。
「――っ! ありました!」
「なにかお目当てのモノ――え? エミリさん?」
「コレです! これ、いつもエリカ様が好まれている紅茶の銘柄です! これだけ品揃えが良ければ『もしや』と思っていたのですが……まさか、本当にあるとは思いませんでした!」
「……ええっと……」
「あまり贅沢を申されないエリカ様ですが、紅茶の銘柄だけは好みがあるのです。結構良い値段がしますので中々手が出ないのですが……『いいのよ、エミリ。紅茶なんて飲めれば良いんだから』とエリカ様は仰っておられますが、この紅茶をお出しした時はいつもより味わって飲んでおられるのですよ!」
「……はあ」
「言ってしまえば『泡銭』ですので。少しぐらいは贅沢をしても良いでしょう。きっと、エリカ様もお喜びになります!」
そう言って、紅茶の茶葉が入った袋を抱きしめて嬉しそうに微笑むエミリ。と、その視線が何かを発見したのか、紅茶の袋を持ったままエミリが場所移動を始めた。
「ちょ、エミリさん!?」
「こ、これは……コータ様! これ! これです!」
「これって……え? お酒?」
「そうです! これはローレントの方で造られているお酒なのですが、雪深いローレントからの輸入になりますので流通量も少なく、テラの方では中々手に入らないのですよ! これもエリカ様のお好きなお酒で……しかも、値段が安いです!」
「いえ、チップなのでタダの様なモノですが……」
「チップを銅貨換算すれば、の話に御座います。ああ……どうしましょう、コータ様! 此処は天国ですか!」
嬉しさからか、浩太比二割増しの弾けんばかりの笑顔を浮かべるエミリ。その姿は美しいものがあり、浩太も見惚れるモノがあるのは事実だ。事実だが。
「……その、エミリさん?」
「はい!」
「紅茶とお酒は私のチップで購入しますので、エミリさんは『エミリさんの』好きなモノを買いませんか?」
「わ、私の好きなモノ……に御座いますか?」
「ええ。折角ですので、エミリさんの好きなモノを買いましょうよ。まあ、買うと言うか交換ですが……ともかく、エリカさんの事だけではなく。今の姿はまるで――」
――ディスカウントストアに来て、テンションが上がって日用品を買い溜めする主婦みたい。
「――まあ、ともかく」
流石にこのセリフは不味いと思い、浩太は胸中でのみ呟くに留める。
「麗しい主従愛だとは思いますし、エミリさんがエリカさんの事を第一に考えているのは分かりますが……なにか無いですか? 好きなモノとか」
「で、ですが……その……す、好きなモノと仰られても……その……」
エミリは多芸・多才のメイドではあるが、決して多趣味ではない。乞われれば縫物も編物もするし、本だって読まない訳ではないが、それは必要に迫られてやっているに過ぎず、結局エミリの一番好きなモノと言えば。
「………………『エリカ様』、でしょうか?」
「……エミリさん」
「あ、いえ! ちょ、ちょっと待ってください! 今のは無しです! 考えます! 考えますので!」
出来ればハートマークでも飛ばして『コータ様!』とか言いたい所ではあるが、流石のエミリもそれは自重。うんうんと唸って好きなモノを考えるエミリに小さく溜息を吐き、浩太はエミリから紅茶の袋と陳列台のお酒を手に取ってエミリの背中を押した。
「それでは……そうですね、店内を見回ってからゆっくり決めましょうか。時間はたっぷりありますし」
「あ、で、ですが……その、コータ様だって、見たいモノが――」
言い掛けたエミリを手で制す。その後、わざとらしくやれやれと首を振って浩太はエミリの前で人差し指を立てて見せた。
「イイですか、エミリさん? これは『デート』ですよ?」
「……はぅ」
「……赤くならないで貰えると助かります、言った私も照れますので。ともかく、私はエミリさんをエスコートしたいのです。人の事をまず考えるというのは確かにエミリさんの美点ですが……出来れば、もう少し我儘を言って貰えませんかね? 折角の『デート』ですので」
デートという言葉を強調する浩太。ちょっとずるいかな、と自身でも思いながら、それでもおずおずと頷いたエミリにこちらもうん、と一つ頷き浩太がエミリの背中を押した所で。
「……その……コータ様?」
「はい?」
「私のチップとコータ様のチップを併せて、紅茶とお酒を沢山購入――済みません、冗談です。冗談ですので、こ、怖い顔しないで下さいっ!」
そんな浩太に『我儘、言ったのに……』と少しだけ釈然としないモノを覚えながら、エミリは押されるがまま浩太と共に店内散策の旅に出た。
◇◆◇◆◇
「……」
「……」
「……そ、その……コータ様?」
「……はい?」
「も、申し訳ありません!」
「っ! あ、頭を上げてください! いえ、決してエミリさんが悪い訳では無いですから!」
力一杯頭を下げるエミリに、慌てた様に浩太がそう声を掛ける。その声に、頭を上げたエミリの顔には疲れ切った表情が浮かんでいた。
「……なんと申しましょうか……こう、自分が情けないと申しましょうか……」
「……いえ、そんな事は……」
ありません、と言い掛けて浩太も思わず口籠る。あれから一時間程、店内を見て回ったのだが。
『あ! あのお帽子!』
『気に入りましたか?』
『い、いえ……エリカ様によくお似合いだろう、と……あ!』
『良いのがありましたか!』
『す、済みません! その……お、お野菜が……わ、分かっています! そういう日常的なモノでは――あ、あのコート! これから寒くなりますし、きっと重宝します!』
『私はレディースは詳しくないのですが……あれ、エミリさんには丈が短すぎませんか?』
『……』
『……』
『……そ、その……え、エリカ様に……』
『……』
『……』
と、こんな感じである。流石に浩太もフォロー仕切れない。
「……本当に、申し訳御座いません」
「……いえ」
「その……言い訳をする訳ではないのですが……わ、私は幼い頃よりエリカ様と一緒に過ごしておりますし……その、不敬ながら一番大事な『妹』の様に思っております。テラにご一緒させて頂いてからは、昼夜問わずに過ごさせて頂いております」
「……」
「こう……ですので、仕事と休暇の境が曖昧と申しましょうか、一人でする様な趣味に使う時間などなく、いつもエリカ様と一緒でしたので、その……エリカ様がお喜びになる事が一番嬉しいと申しましょうか……」
もう一度、済みませんと頭を下げるエミリ。そんな姿に苦笑を浮かべ、浩太は首を左右に振って見せた。
「いえ、こちらこそ申し訳御座いません。そうですね、エミリさんとエリカさんの仲ですものね」
なんせ、エミリだ。よく出来たテラ公爵家のメイドさんが、自身を優先してエリカを蔑ろにする姿なんて……まあ、趣味を持つ事イコール蔑ろではないが、そんな姿は想像が付かない。
「……エミリさん、ですものね」
そして、それが間違いなくエミリの『美点』でもあるのだ。だから、浩太はそんなエミリになんだか微笑ましいモノを覚えて心から笑んで見せた。
「済みませんでした。我儘を言って下さい、と言ったのに私の方が我儘でしたね」
「い、いえ! そんな事は……その、ありません」
「ですが……そうですね、少しだけ嫉妬してしまいそうです」
「嫉妬?」
「ホラ、よく言うじゃないですか。『私と居る時に他の女の事を考えないで』と」
「……それは、私の台詞の様な気がしますが……ですが、はい。大変申し訳御座いません」
浩太の冗談に、エミリが少しだけ晴れやかな笑みを浮かべて謝罪を口にする。
「それでは、戻りましょうか」
「戻る、とは?」
「紅茶とお酒、ですよ。買うんでしょ?」
浩太の言葉にエミリが満面の笑みを浮かべる。その姿に幾分の苦笑を浮かべて、浩太が紅茶とお酒が置いてあったコーナーへ歩みを進めた。
「……エミリさん?」
進めたのは、二歩。ついてこないエミリに少しだけ訝しげな表情を浮かべた浩太が、なにかに憑りつかれた様に一点を見つめるエミリの視線を捉え、その視線を追うように自身もそちらに眼を向けて。
「……でか」
浩太の腰ほどはありそうな、クマのぬいぐるみ。なんとなく、眠たそうな眼をしてふてぶてしい態度をしているそのぬいぐるみにエミリの視線は釘付けになっていた。
「……エミリさん?」
「……」
「エミリさーん?」
「……はっ! す、済みません!」
「いえ、構いませんが……」
そう言って浩太ももう一度クマのぬいぐるみに視線をやる。見れば見るほど『ふてぶてしい』態度を浮かべたソレを見やり、エミリに視線を戻した。
「……気に入ったんですか、あれ?」
「あ、そ、その……」
モジモジとスカートの端を握った後、こくんと頷いて見せるエミリ。
「……あれ、購入します?」
「え? い、いえ! その、値札を見た所、私のチップでは少し足が出てしまいますので」
エミリの言葉に、浩太も眼を凝らしてもう一度ぬいぐるみに視線を向ける。なるほどエミリの言う通り、エミリの『勝ち分』では少し足が出る金額がそこには書いてあった。
「……なるほど」
「はい。ですので、あれは――」
「では、買いましょうか」
「――あきらめ……こ、コータ様?」
「私が買って差し上げますよ」
そう、エミリの勝ち分では、だ。浩太の勝ち分では余裕がある。
「で、ですが! それは申し訳ないです! コータ様はご自身の欲しいモノを買って頂ければ!」
「イイんです……と、いうかエミリさんが言います、それ? 散々エリカさんの事ばかり言ってたのに」
「あ、あう……で、ですが……」
「イイですよ。『デート』ですから。どうです、エミリさん? 私に購入させていただけませんか?」
そう言ってにこやかに微笑む浩太に、葛藤は一瞬。おずおずと、でもはっきりとエミリは言葉を口にする。
「……その……本当に、『甘えて』宜しいのですか?」
「勿論」
エミリの返答を受けた浩太がそのぬいぐるみを手に取る……というより、抱える。
「エミリさんは紅茶とお酒をお願いできますか?」
「わ、分かりました!」
エミリが自身のチップで交換できるだけの紅茶とお酒を持って来たのを確認し、レジへ向かう。王都と言えど観光の街の側面もあるラルキア、荷物を預かって貰えるとの事なので有り難く荷物を預かって貰って店を出る。
「ありがとうございました~」
店員の声を背に受けて店を出て、浩太は隣の――大きなクマのぬいぐるみを抱えるエミリに視線を向ける。
「……宜しかったのですか、それは預かって貰わなくて」
「はい!」
クマのぬいぐるみを抱きしめたまま、満面の笑みを浮かべるエミリ。クール系の彼女には似つかわしく無く、それでも抜群に素晴らしい笑顔に一瞬浩太は見惚れるも、なんだか少しだけ気恥ずかしくて視線をクマのぬいぐるみに向けた。
「エミリさんが宜しければ良いですが……持ちましょうか?」
「構いません。『コータ様』は私が持ちますので」
「……はい?」
「このぬいぐるみの名前です。『コータ様』と命名させて頂きました」
「……」
「なんだか、ちょっとだけ目の辺りがコータ様に似ている気がしましたので」
いけませんか? と問うエミリに黙って首を横に振る。
「……そんなふてぶてしい顔してますかね、私。まあ、先程も言いましたがエミリさんが宜しければ良いですが……重いでしょう? 私が持ちますよ」
「構いません」
「いえ、ですが――」
「私が持ちたい理由が四つありますが……聞きますか?」
「――拝聴しましょう」
「一つ。私は『コータ様』の抱き心地が気に入っております。見た目ほど重くありませんし、持ち歩きたいです」
「なるほど」
「二つ。そうは言っても見た目は可愛らしいぬいぐるみです。テラならいざ知らず、人通りの多いラルキアで成人男性であるコータ様が持ち歩くには些か抵抗があるかと」
「可愛らしいかどうかはともかく……まあ、否定はしませんよ。私が人形を持って歩いていたら変でしょうね、確かに」
「三つ。大変失礼ながら……恐らく、私の方がコータ様より運動は得意です。『コータ様』を持って動いても歩行に支障はありませんが、視界の隠れる『コータ様』をコータ様が持って歩くという事は、コータ様が障害物などで足を取られますと、『コータ様』を落とす可能性があるという事に御座います」
「コータ様がゲシュタルト崩壊。簡潔に言うと?」
「『コータ様』が汚れます。そんなの、イヤです」
そう言ってペロっと舌を出して見せるエミリ。仰る通りではあるので肩を竦めかけて。
「……四つ目は?」
「決まってるじゃないですか」
浩太の言葉に、頬を染めて笑んで見せるエミリ。
「――コータ様に買って頂いたんですよ? 私が持っていたいのですよ」
照れ臭いのか、言った後に誤魔化すようにぬいぐるみの鼻に自身の鼻を押し付けて『ねー、コータ様ぁ』なんて言って見せる。何時にない童女の様なエミリの姿に、浩太も照れ臭くなって瞳を逸らした。
「さ、さあ! それではそろそろ行きましょうか!」
「あ、は、はい! えっと……次は、どちらに?」
「次は……まあ、言ってみれば分かりますよ。ほら」
そう言って、手を差し出す浩太。今更、と思いながらも頬を赤らめてエミリはその手を握った。しっかりと握られた手に一つ頷くと、浩太はそのまま歩みを進める。
「……コータ様?」
歩く事、しばし。来た道を戻るかのように聖王通りを王城に向けてエミリの手を握ったまま歩いた浩太がその歩みを止めた。しっかりと浩太の手を握っていたエミリが不意に歩みを止めた浩太に視線をやる。
「着きました」
「着きましたか……って、え? こ、此処ですか?」
浩太の指差す先に堂々と鎮座する、ラルキアでも一、二を争う有名なその『場所』に、思わずエミリが息を呑む。そのまま、理解が追い付きませんと言わんばかりに浩太に視線をやった。
「こ、コータ様? こ、此処は!」
「さあ、入りましょう」
エミリの言葉に答える事をせず、浩太はドアを押し開く。と、室内からはまるで波に乗るかの様な『いらっしゃいませ』の声が響いた。
「――お待ちしておりましたよ、コータさん」
「お待たせしました。準備の方は?」
「大丈夫、出来ています。出来ていますが……伝言が」
「伝言?」
「『作らねーとはいわねーけど、出来ればもっと前から言って来い』との事です。ああ、ご心配なく。そう言いながら、気合の入ったモノを作っていましたから」
「それは重畳。それと……以後、気を付けます」
その言葉に苦笑を浮かべ、浩太は後ろにいるエミリを振り返る。未だにポカンとしたままのエミリの手を引いて、自身の隣に並ばせた。
「では、お願いできますか?」
「分かりました。それでは」
咳払いを一つ。姿勢を正し、丁寧に腰を折って。
「――コータ・マツシロ様、並びにエミリ・ノーツフィルト様。本日は当ロート商会に足をお運び頂きまして、誠にありがとうございます。直ぐにご準備いたしますので、しばしお待ちくださいませ」
そう言って、ニーザ・ロートが上げた顔にはにこやかな笑みが浮かんでいた。




