第百二十五話 伝統と、今を生きる人々
「やほー、コータ君。夜遅くにごめんね~」
「いや、本当に済まないね。寝る時間だったかい?」
件のメイドを下がらせた浩太に向かって、片や嬉しそうに、片や申し訳無さそうに頭を下げるベッカー夫妻。どちらがどちらと敢えて言う必要も無かろうが、取り敢えずどちらも口で言う程気にした風もないその姿に、浩太も首を左右に振って見せた。
「まだ寝るには少し早いと思っていましたのでお気に為さらず。どうしましょう? 少し冷めていますが紅茶でも淹れましょうか?」
「あ、お願いできる?」
「私も頂いていいかな?」
異口同音に同じことを言う二人に小さく頷き、浩太は手元のポットから紅茶を三つカップに注ぐ。少しばかり冷めてはいるものの、まだ湯気の立つそれを二人がついた応接机代わりの丸机の上に置き、自身もその前に腰を降ろした。
「それで? 本日は一体、何のご用件でしょうか?」
座るなり、口を開く浩太。単刀直入なその物言いに、思わずアロイスとビアンカが二人して顔を見合わせる。そんな二人の態度に浩太が訝しんだように声を掛けた。
「どうかしましたか?」
「あー……ごめん、コータ君。今までの君の言動を思い出す限り、そんな風に急に話を切り出す感じには見えなくて」
「そうだよ! もうちょっとこう、ウィットに富んだトークを楽しもうとか思わないの? 折角二人で訪ねて来たのにさぁ~。あ! もしかして『こんな時間から訪ねて来やがって! もう寝るトコだったのに。常識で考えろよな!』とか怒ってたりする?」
「時間に関しては別に怒ってはおりませんよ。加えて……まあ、正直遅かれ早かれ何かしらアクションがあるとは思っていましたし」
「ほぇ? そうなの?」
「昨日、フランツさん……アロイスさんのご実父が訪ねて来られましたので。まあ、まさかその翌日に訪ねて来るとは思ってはいませんでしたが」
「私も父から昨晩聞いてね。それの侘びも含めてお邪魔した次第なんだよ。まあ、侘びと言いながらこんな時間に訪ねて来てる様じゃむしろ恥の上塗りに成りそうだけど……」
『ごめん』と、先程までと違い本心から申し訳無さそうな萎れた態度で頭を下げて見せるアロイス。常であれば、『頭を上げてください』ぐらいは言って見せる浩太であるが。
「そんな事は無いです。先程も言いましたが、時間については問題ありませんので態々頭を下げて頂く必要はありません」
コレである。木で鼻を括った様な、エリカあたりが見たら『えっと……こ、コータ? 機嫌悪い?』と思わず聞きたくなる様な浩太の態度。そんな態度に肩を竦めて溜息を吐いたのがアロイスで。
「――もう! じゃあ、さっきからなんなのさ! 言いたかないケド、コータ君! 感じ悪いよ! 今日の君は凄く感じ悪いよ!」
憤慨したのが、ビアンカ。勢いそのまま机を片手でバンと叩いて立ち上がるビアンカに冷めた視線を向けた。
「感じが悪い、と?」
「そだよ! すっごく感じがワルイ! なによ? 私達、なにか悪い事したの? アレか? こないだ通貨の件を断ったから根に持っているのかぁ!」
「とても残念に思ってはいます。ですが……まあ、私も修行中の身でまだまだ精進が必要でしょうが、少なくとも『商売』の話で逆恨みをする人間にだけは成りたくは無いと思っています。ですので、それは見当違いですね」
「じゃあ、なにさ! そんな態度じゃこっちだって真面目な話が出来ないし! 不満があるんだったらさっさと言ってよね!」
そう言って睨み付けるビアンカに溜息を一つ。そのまま視線をビアンカに――
「――真面目な話をしたいんだったら、部屋に入ってからずっと握り合っているその手を何とかして貰えませんかね!」
――怒りのままに立ち上がったビアンカと、その手をぎゅっと握られていた為に、引きずられるように一緒に立ち上がったアロイスに向けた。
「別にいいじゃん! 忙しくて私もアロイスに逢えなかったんだから! 二日振りなんだよ、アロイスに逢うの! 仲良き事は良い事じゃん!」
「否定はしませんよ? でもね? 殆ど真夜中って時間に二人して仲良く手を繋いで『のろけ』を見せられる方の身にもなって下さいよ! 惚気が見せたいなら別の人でお願いしますよ、本気で! 寝たいんですよ、私も! 後、二日逢えない程度ぐらいなら我慢して下さい!」
そう。この二人、浩太の部屋に入ってからこっち、ずっと手を繋ぎっぱなしである。しかも、指と指を絡ませあう『恋人つなぎ』のままで、だ。結構な深夜に『真面目な話』で訪ねて来た二人がいちゃついていたら、いかに温厚な人間であっても流石にこれはうんざりするであろう。
「まだ寝る時間じゃないって言ったじゃん!」
「私だってイイ大人ですから! 訪ねて来た方を前に『もう寝るので手短にお願いします』って言えるわけないでしょ!」
「言えばいいじゃん、言えば! イヤならイヤって言ってよね!」
「真面目な話ならいやじゃないんですよ! 目の前でいちゃつかれるのがイヤなんです!」
「だか――」
そこまで言い掛け、ビアンカが言葉を止める。一瞬後、ニヤッと笑って見せた。
「――ああ、なんだ? コータ君、嫉妬?」
「……え?」
「アロイスばっかり『愛する人』が近くに居るのが羨ましいんでしょ?」
「……は?」
「ははは~! 拗ねるな拗ねるな~。ねぇ、アロイスぅ~。私達、らぶらぶだもんね~」
そう言って手を繋いだままアロイスに『ごろにゃん』して見せるビアンカ。そんな姿に、浩太が砂を噛んだ表情をアロイスに向けた。
「……アロイスさん?」
「……あんまり聞きたくないけど……なに?」
甘えるビアンカの頭を繋いで無い方の手で撫でながら、そう聞くアロイスに浩太はにこやかな笑みを浮かべて。
「――奥さん、叩き出してもイイですかね?」
「……勘弁してよ、コータ君」
勘弁して欲しいのはこっちの方だ。そんな浩太の表情に気付いたか、少しだけ疲れた様な顔をして見せた後、『ほら、ビアンカ。手を離して』『えー! もうちょっと!』なんて会話を繰り広げる事しばし。親の仇を見る様な目でビアンカが浩太を睨みながら、アロイスの言を受けいれて不満そうに頬を膨らませて席に着いた。
「……ぶー。コータ君のケチ」
「ケチって」
「思ったより器がちっちゃいな~、コータ君。あーあ。なんだかガッカリ感が半端ないよ!」
「……アロイスさん?」
「……ビアンカ、少し黙ろう」
「……はーい。コータ君を怒らしてもイイ事ないし、黙りまーす」
「……アレでまだ怒られて無いと思うあたり、ビアンカさんも大物ですよね?」
ぷいっとソッポを向いたビアンカを半眼で睨みながら、声だけをアロイスに掛ける浩太。聞きように――寄らなくても嫌味以外の何物でもないそんな発言を受けながら、それでもアロイスは少しだけ嬉しそうに相好を崩した。
「でしょ? この天真爛漫さがビアンカの一番の魅力さ! あ! でも、コータ君にはあげないよ! ビアンカは私のモノだ!」
「あ、アロイス! 大丈夫! 私、アロイス一筋だから!」
「私もだよ、ビアンカ!」
「……何しに来たんですか、貴方達」
この嫁にして、この旦那あり。ある意味ではお似合いのバカップルに、出てくるのは溜息ぐらいしかない。
「失礼、失礼。私がどれほど熱く、情熱的にビアンカを愛しているかをコータ君に語りたくなってね。つい、暴走してしまったよ」
「暴走しかしていない気がしますよ、貴方は。先日の妹愛も含めて」
「それだよ」
「どれです?」
「答えが分かってて聞くのは若干趣味がワルイと思うよ、コータ君。父が訪ねた翌日に私とビアンカが訪ねて来るんだ。要件なんか一つしかないだろ? もちろん」
――エミリの事さ、と。
「……まあ、そうだろうとは思っていましたが」
「父は随分と君を気に入った様だ。父は酒が決して強くないし、年もイイ年だ。夜だってそんなに遅くまで起きている訳ではないのに、昨日は商会泊まりだった私をわざわざ訪ねて来て開口一番、『飲もう』だからね」
「お帰りも随分遅かったと記憶していますが?」
「お開きも随分遅かったさ。明日仕事だって言うのに、『いいじゃないか』とまあ……あの父にしては珍しく上機嫌で杯を重ねていたよ」
そこまで喋り、言葉をきる。そのままアロイスは視線を浩太の瞳に固定した。
「――『あの御仁であれば、エミリを幸せにしてくれるんじゃないか』」
アロイスのその視線を逸らす事はせず、それでも浩太は首を左右に振った。
「……返答に困ります。私個人の意見としては力不足な感は否めませんが」
「父も言っただろうけど、今すぐ答えを出して欲しいという訳では勿論ない。ただ……そうだね、前も言ったけどどうか前向きに検討して貰えれば嬉しいとは思っている」
そう言って、浩太に固定していた視線をビアンカに向ける。『ん?』という表情で可愛らしく首を傾げて見せるビアンカに微笑を浮かべてその頭を撫でると、視線をもう一度浩太に戻した。
「さっきの……そうだね、『いちゃいちゃ』を見て、コータ君はどう思ったかな? ああ、忌憚のない意見で――」
「ウザい、と思いました。今のやりとりも含めて」
「――いい……いや、忌憚のない意見って私が言ったんだけど、本当に忌憚のない意見を出してきたね。そんなキャラだっけ、コータ君?」
「失礼。ですが、夜も遅いですし……正直、お腹一杯で胸焼けしそうです」
ノータイムの返答に少しだけ頬をひくっとさせた後、アロイスはその表情に苦笑を浮かべて見せた。
「……確かに私とビアンカの仲は良好だ。いや、良好過ぎると言ってもイイんだけど……まあ、さっきのコータ君同様に眉を顰める人間だっているさ。エリザだって最近『お小言』が多くなって来たしね。人前では気を付けて下さいって」
「痛いほど分かりますよ、エリザさんの気持ち」
「まあ、それでも……それが私達家族のカタチだと思っているんだ。端から見たら面倒くさいほどいちゃいちゃしている夫婦に、それを呆れた様な表情で娘が見ていて、でもその娘も呆れながらも『仕方ないですね』って幸せそうに笑っているって言うのが……こう、理想の『家庭』なんだよ、私の中では。そして……『それ』は、『唯、仲の良い家族』というのは……どんなに願っても、エミリが手に出来なかったモノなんだ」
「……」
「だから、コータ君。今日はお願いに来たんだよ」
そう言って、アロイスは頭を下げた。
「どうか……どうか、エミリを『幸せ』にしてやって下さい」
頭を下げるアロイスの隣、同様にビアンカも頭を下げて見せる。
「どんな方法でも良い。どんな形でも良い。エミリが、哀れで可哀想な私の可愛い『妹』を……どうか、幸せにしてやってくれないか?」
二人も、それに浩太も一言も言葉を発しない、凪いだ湖面の様な時間が室内に流れた。
「……頭を上げてください」
そんな水上に一滴、浩太の言葉が落ちる。続け様、その言の葉を浩太の声が流れに任すように流した。
「やはりフランツさんと親子なのですね。言っている事が同じですよ」
「芸がないと笑うかい?」
「本当に愛の深い家庭だと思いました。無論、嫌味ではなく」
そう言って、浩太は小さく腕を組み瞑目する事しばし。
「……確認をしても?」
眼を開き、言葉を発した浩太に合わせる様に顔を上げたアロイスの瞳に。
「もし……私が『エミリさんを幸せにする』協力を依頼したら」
――全力で協力をしてくださいますか? と。
「……勿論だよ」
アロイスの瞳に映ったのは、真摯な瞳でアロイスを見つめる浩太の顔だった。
◆◇◆◇◆
「……と」
「大丈夫、アロイス?」
街灯などの便利な道具のない、月明かりだけが頼りのラルキアの街。少しだけ足元が覚束ない自身を支えてくれた愛妻に、アロイスは少しばかりの苦笑を浮かべて見せた。
「……ありがとう、ビアンカ。もう大丈夫」
「……ホント?」
「本当だって。ほら、もうこんなに元気さ」
そう言ってむん、と一息、腕に力瘤を作る真似をして見せるアロイス。そんなアロイスの姿をじっと見つめて、ビアンカは徐に溜息を吐いた。
「……無理しすぎ」
「……そう?」
「昨日だってお義父様との飲み会がお開きになったのは明け方でしょ? そのまま商会の仕事をして、終わったらその足でコータ君の所って……しかもこの後、このまま商会に戻るんでしょ? 体、壊すよ?」
「昔は大丈夫だったんだけどな~。もう若く無いからかな?」
「もう! 茶化さないの!」
ぷんぷんと擬音が付きそうな怒り方をしながら、それでも瞳の奥に真剣な色を宿すビアンカ。そんな視線に誤魔化しは無理と悟ったか、アロイスは小さく肩を竦めた。
「……まあ、此処は多少無理をしても頑張らないとイケないって思ったから、かな?」
「……分かるけど……」
「エミリの前では口が裂けても言えないけど……それでも、私も少しだけ悩んでいた時期もあったんだ。エミリに比べれば些細な、本当に取るに足らない事だけど……それでも、子供心に家の中がぎくしゃくしている姿を見るのは辛かったんだよ」
「……」
「母にしても父にしても、きっと思いは同じ筈だったんだ。それでも掛け違えたボタンを直す事をしないまま、此処まで来てしまった。もう直す事は無理かなって思ってたけど……」
「……コータ君、登場! って感じ?」
「わざわざ『忌子』を嫁に貰おうなんて酔狂な輩は出て来ないだろうし……仮に出て来たら、それは『ノーツフィルト』って家と、それに『ベッカー』って家の歓心を引く事が目的だろう。エミリを道具にしか見ていない、そんなヤツには絶対エミリを任してなんかやれない」
君には申し訳ないけど、と言うアロイスにビアンカが首を左右に振って見せる。その姿に少しばかり安堵した様に息を吐き、アロイスは言葉を続けた。
「もう無理かも知れないと思っていたエミリの『幸せ』が見えるんだ。コータ君には申し訳ないけど、どれだけ遅くとも絶対に私が頭を下げてお願いしたかったんだ。付き合わせて悪かったね、ビアンカ」
「むしろ付き合わせてくれなかったら、本気で怒っていたよ! だからそれはイイんだけど……」
そう言って、ビアンカは立ち止まり頭上を見上げる。その行動に合わす様、アロイスも視線を上に向ける。その仕草を横目でチラリと見た後、頭上に輝く玉響の月を見つめながらビアンカが口を開いた。
「……ちょっとだけ、意外だったかな~」
「なにが?」
「『エミリを幸せにするから、通貨発行権を認めろ』ってコータ君、言うのかと思ったから」
「……それはコータ君を過小評価しすぎじゃないかい? 彼はそんなタイプじゃないと思うんだけど」
「アロイスこそ、コータ君を過小評価しすぎじゃない? 使えるタイミングで、使えるカードがあるんだよ? 此処で切らずに後生大事に抱えておくのは愚の骨頂だと思うし……そして、コータ君はそこまで『バカ』じゃないと私は思うよ?」
「それは……まあ、そうだろうけど」
「出来る事があるのであれば、それをやるべきだと思うし……コータ君は、そういう事を躊躇なく出来る人間だと思ってた。こっち側っていうか……なんだろう? 『魔王』って呼ばれるくらいだし、それぐらいの事はして来るかな、って思ってたんだ」
「……ちなみに、そのカードを切って来てたらどうしてた?」
「机をたたいて席を立ったね!」
「……ビアンカ」
「だって、それは『ノーツフィルト』とか『ベッカー』の名前を利用する為にエミリを娶る行為と、一体どう違うの? 同じでしょ?」
「……まあね。確かに私もコータ君がそういう行動を取ったら憤慨していたかも知れない」
「でしょ? だから……なんだろう。私は逆にコータ君の評価が落ちて……そして、上がったって感じなのかなって。だから――」
――通貨発行権の話、受けてもいいかも、と。
「ビアンカ!」
「うわ! び、びっくりした。どうしたのよ、アロイス?」
「どうしたのはこっちの台詞だよ! 通貨発行権を受けるって……」
「あ、勿論『成功報酬』だよ? エミリが満面の笑みで『幸せです!』って言ったら、通貨発行権の王府への移譲については受けてもいいよ?」
「いや、で、でも!」
「なーに? アロイスだって今のコインの商いには限界感じているでしょ? 紙きれで取引できるんだったらそっちの方が良いじゃん。反対してるのだって、言ってみれば他所に恨まれるのと……伝統ぐらいのモノでしょ?」
「いや、そうだけど……でも……」
ビアンカの言葉に言い淀むアロイス。そんなアロイスをおかしそうに見つめ、ビアンカは静かに口を開いた。
「……アロイスは凄く、ベッカーの『伝統』を大事にしてくれている。確かに『伝統』は大事だよ? 私のお父さんの、そのまたお父さんの、ずっとずっと前のご先祖様が築いてくれた、大事な大事な『伝統』だからね。それに価値と敬意を感じて、アロイスが大事にしてくれるのはとても嬉しい事なんだけど……でもね、アロイス? アロイスはちょっと勘違いしているかも知れない」
「……勘違い?」
「『伝統』とか『誇り』っていうのは今を生きる私達が生きやすい為にあるものなんだよ? だから、今、生きている人を不幸にしてまで守るモノじゃないんだと私は思う。他所に恨まれるのだってそうよ。恨まれないに越したことは無いけど……エミリの為なら、喜んで恨まれてやんよ! お義姉さんとして!」
「……でも」
「でも?」
「その……エミリは、ベッカーの人間じゃないし」
「……えーい!」
「いた! ちょ、ビアンカ! なんで殴るのさ!」
『ごちん』と良い音が響き、ビアンカの拳骨がアロイスの頭に落とされた。自身も痛かったか、少しだけ涙目になりながらビアンカはアロイスを睨む。
「私にとってはエミリも大事な『家族』だよ!」
「……ビアンカ」
「その『家族』が幸せになれるんだったら、『伝統』なんか捨てちゃっても惜しくない。だからアロイス、間違ってもそんな事は言わないでくれる?」
睨み付けるビアンカの姿に息を呑み、『ごめん』と口にしかけ。
「……ありがとう」
出て来た言葉は、感謝。
「ん、宜しい。まあともかく。コータ君がエミリを利用しようって言うんだったら絶対に許さないけど、エミリを救ってくれるのならその恩は必ず返すって話だよ」
「……」
「そもそも、ベッカーの一番の『強み』は家族仲の良さなんだよ! 家族愛が無けりゃ、店を二度も潰したボンクラの御大にフレイア様が援助し続ける訳ないじゃん! 伝統だよ、伝統!」
そう言ってにっこり笑うビアンカ。
「……どうしたのさ、アロイス」
そんな姿が愛しくて。
「……おわ! 本当にどうしたのよ、アロイス!」
そんな事を言ってくれる事が、嬉しくて。
「……なんでもない」
「……もう! 甘えん坊さんだな、アロイスは。あ! それともさっきの拳骨が痛かったかな?」
ビアンカは自身の胸を濡らす熱いモノに触れる事をせず、アロイスの頭を撫で続けた。
◇◆◇◆◇
「……これぐらい、でしょうか?」
自身の手の中の『それ』に目を通し、うんと一つ頷くとエミリは膝の上に置いた編み物のセットをベッドの上に丁寧に置き、成果物を広げてにこやかにもう一度うん、と頷く。
「なかなか良い出来では無いでしょうか?」
同じフレイム国内ではあるが、海沿いに面して比較的暖かなテラに比べて、北に位置し内陸部にあるラルキアはテラよりもいくらか寒い。どれぐらいラルキアに居るかはわからないが、あればあったで便利厚手の『靴下』を編んでみたりしたのである。
「……悪い癖です、相変わらず」
エミリとて、自分が常時の状態ではない事はよくわかっている。自身でも情けないと思いながら、それでもどうしても無理なものは無理なのだ。
「……お父様とお逢いするといつもこうですね」
自分を愛してくれなかった。
自分を見てくれなかった。
自分を認めてくれなかった。
そして――――自分を『拒絶』した。
「っ!」
少しだけ零れた涙を拭い、誰に見られている訳でもないのに笑顔を作る。自身に課した思いそのままに笑顔を。辛いときに辛い顔をしても仕方がないし、何よりどんどん悪い方に気持ちが向かっていく。切り替えるようにパンと小さく頬を叩いて小さくぎゅっと拳を握る。さて、仕事を続けようかとそう思い。
「……はい?」
コンコンコンと扉をノックする音が室内に響いた。本日は誰も訪ねてくる予定は無かったはずと、エミリが首を捻る。
「エミリさん? その……少し、宜しいでしょうか?」
そんなエミリの思考と同時、ドア外から掛かる声がエミリの耳朶を打つ。その声の『主』をエミリの脳髄が正確に理解して。
「!?!?! こ、コータ様ぁ!?」
変な声が出た。焦りそのまま、バタバタとドア口に走り。
「――!? ひゃう!」
自身のスカートを踏んづけて、転んだ。漫画みたいに、びたーんと。
「え、エミリさん!? 大丈夫ですか? なんかすごい音がしたんですけど!」
「だ、大丈夫でし! で、ではなくて、大丈夫です! すぐに開けますので!」
自身でも呆れるほどの慌てっぷりに恥ずかしくなり、顔を赤く染めたままエミリが静かに部屋の扉を開ける。
「えっと……済みません。お取込み中でしたか?」
「い、いえ! なんの問題もありません!」
そう言って笑顔を浮かべるエミリ。その視線の先、ドアの外にいるいつもの眠たそうな――それでいて、人の好さがにじみ出ている笑みに先ほどとは違った意味で頬が赤くなり。
「えっと……エミリさん?」
「は、はい?」
「その……言い難いのですが……鼻の頭が少しその……赤くなっていまして」
赤くなったり青くなったり、今日のエミリの顔色は忙しい。先ほどの転倒でぶつけたのであろう鼻の頭を押さえて、浩太に背を向けた。
「す、すみません!」
「あ、いえ……なんでしょう、こっちの方が済みませんでした」
なんとなく、申し訳なくなって浩太が頭を下げる。そんな浩太の仕草に、慌てたようにエミリが両手を左右に振り、その後で慌てたように両手で自身の鼻を隠すように鼻を押さえる。そんなエミリの姿がおかしかったか、浩太が喉奥を鳴らした。
「わ、笑わないでください!」
「くっくく……失礼」
「も、もう! なんですか!」
少しだけ拗ねたようにソッポを向き――エミリは気付く。
――アレ? なんかコレ、いい感じじゃね? と。
「そ、それで、その、ど、どうされたのですか?」
幸せな妄想を振り払う様、エミリがそう言って言葉を継ぐ。そんなエミリの言に、思い出したかの様に浩太が手をポン、と打った。
「ああ、そうです。エミリさん、今日は何かご予定がございますか?」
「きょ、今日ですか? いえ……特段、何かがある訳では……」
今日の仕事は終わらせてある。まあ、終わらせてあるから編み物なんかしているわけで……暇っちゃ暇だ。
「そうですか。それは良かった」
「良かった? それは……ああ、なにかご用が御座いますか? なんなりとお申し付けくださいませ」
「まあ、用と言えば用なのですが……ああ、いえ、『用』と言うのもおかしいでしょうが」
歯切れの悪い浩太の言葉に、訝しげな表情を浮かべる。その表情そのまま、エミリが言葉を継ごうとして。
「エミリさん、お暇なら――『デート』、して頂けませんか?」
浩太の言葉を。
「……え?」
エミリの脳が正確に理解して。
「……え……えええええぇぇぇぇーーーーーー!!!!」
今日一番、エミリの顔色が変わった。
ドジっ子メイドエミリさん




