第百二十三話 ノーツフィルトという『家』
最後、書籍版未読の方には分かりにくい所があるかも知れませんが大丈夫です! 話の本筋には全く関係ありません。『じゃあ書くなよ』という声が聞こえてきそうなのですが……まあ、アレです。こういうのもたまには良いかなと。
エミリの乾いた声が応接間に落ちると同時、室内を満たしたのは沈黙だった。入って来た男――もとは綺麗な金髪だったのであろうその髪に少しだけ白髪を混ぜ、それでも品の良い笑顔を浮かべていたエミリ――と言うより、アロイスによく似たその男は部屋の中央で慌てた様に立ち上がった『黒髪』を見つめて一瞬驚いた様な表情を浮かべた後、その顔に能面を張り付けた。
「あ……お、とうさま。ごぶさた……」
少しだけ掠れた声。それでも、それでもそれではいけないと思い直し、エミリは殊更に表情に笑みを浮かべて見せる。
「――ご無沙汰しております、お父様。お変わりありませんか?」
本当に、本当に素晴らしい笑顔を。その表情の変化に、金髪の男性は能面の上から笑顔を張り付けてそれに応じて見せた。
「――ああ、エミリか。久しぶりだな。なんだ? ラルキアに来ていたのか?」
「ええ。先日、エリカ様と。お父様もでしょうか? 領地の方は問題ないのでしょうか?」
「ノーツフィルト子爵位をクラフトに譲ってもう三年になる。いつまでも私の力を頼って貰っても困るさ。たまには孫の顔でも見ようかと思ってな」
「まあ、そうでございますか! それは宜しい事で。エリザもきっと喜びます」
ねえ、エリザ? と、張り付いた笑みのまま後ろのエリザを振り返るエミリ。その、余りにも綺麗な笑顔に思わずエリザが『ひぅ』と後ずさり、浩太の後ろにその身を隠す。そんなエリザの行動でその存在に初めて気付いたのか、金髪の男が浩太に視線を向けた。
「……君は?」
「初めまして。私、ロンド・デ・テラ領の――そうですね、食客とでも言いましょうか。ともかく、テラで御厄介になっております、松代浩太と申します。失礼ですが……」
見つめた光景に、少しだけの違和感と――敢えて言えば『気持ち悪い』感覚を覚えながら、それでも浩太は笑みを浮かべて頭を下げる。そんな浩太の姿に、眼前の男は自身の行動を非礼と取ったか、苦笑を浮かべて見せた。
「ああ、これは済まない。私はフランツ・ノーツフィルト、ノーツフィルト家の前当主で、エミリの父だ」
「エミリさんのお父上でしたか。これはこれは……いつもエミリさんにはお世話になっております、ノーツフィルト卿」
「フランツで構わん。『ノーツフィルト子爵家』は既に息子に譲った身だ。今は楽隠居をさせて貰っている。それより……ふむ、君がロンド・デ・テラの『魔王』か」
そう言って、少しだけ興味深げに視線を浩太に送りかけて――その視線を止める。そのまま、止めた視線をエミリに向けた。
「……それで? エミリ、なぜ此処に?」
「私も久しぶりにお義姉様とエリザにお逢いしたいと思いまして、お邪魔した次第です」
「そうか」
「ですが、そろそろお暇しようかと思っていた所に御座います。お父様もエリザとは久しいのでしょう? 存分に遊んであげて下さい」
そう言って、腰を折ってエリザに視線を合わせて茶目っ気たっぷりに微笑んで見せる。
「さあ、エリザ? お祖父ちゃんに一杯『おねだり』しなさい。きっと、なんでも買ってくれますよ?」
強張るエリザの頭を一撫で、エミリは折っていた腰を戻し、今度はビアンカに向かって頭を下げて見せた。
「お邪魔しました、お義姉様」
「あ……う、うん。その……うん! ぜーんぜんお邪魔じゃないよ、エミリ! 是非また遊びに来てね!」
「ありがとうございます。それではお父様、お先に失礼します」
「ああ。気を付けて帰れ」
「ええ。それではコータ様? 戻りましょうか?」
そのまま、浩太の手を引きドアの方に。予想以上の力に思わずたたらを踏んだ浩太の視界の先に、小さく手を合わせ『ごめん!』と言わんばかりに頭を下げるビアンカの姿が映った。
「ちょ、ちょっと! エミリさん!」
ドアを抜け、玄関の扉を開けてそのまま戸外へ。『ちょっと!』という浩太の声にエミリがその足を止めたのはベッカー邸の別宅から幾分歩き、既にベッカー邸が遠くに小さく見える距離まで歩いてからだった。
「……エミリさん?」
「……申し訳御座いません、コータ様。『ベッカー邸に滞在し、承諾を取り付ける』という職務を放棄してしまいました」
振り返りはせず、背中を向けたままでそう喋るエミリに、見えないとは知りつつも浩太は首を左右に振って言葉を発した。
「いえ、それは構いませんが……その……」
どう声を掛ければいいのか、分からない。そう思い、言い淀み、そんな浩太の気持ちを慮ったのか、エミリが振り返り。
「――っ! エミリさん?」
振り返ったエミリの表情に、思わず浩太が息を呑む。
「大変、申し訳御座いませんでした。以後、この様な事が無いように気を付けます」
腰を折ったエミリの表情に、綺麗な綺麗な笑顔が浮かんでいたから。
◆◇◆◇◆
「どうぞ、エリカ様。コータ様も。温かい内にお召し上がりください」
「ありがとうございます、エミリさん」
「ありがと、エミリ。下がっていいわよ」
「ですが……」
「いいから。貴方、アロイスの所から帰って来て碌に休んでないでしょ? 休むのも仕事よ?」
シルバーを持ったまま、なにかを言いたげに立ち尽くしたエミリであったが、紅茶のカップを掲げて『ね?』と首を傾けるエリカの姿に諦めた様に溜息を一つ。
「……分かりました。それではなにか御座いましたらお呼びくださいませ」
そう言って丁寧に頭を下げ、エミリがラルキア王城内に与えられたエリカの部屋を後にする。その姿が室内から消えるのを確かめて、エリカが浩太に視線を向けた。
「……で?」
「『で?』とは?」
「恍けないで。エミリの事よ」
王城内で与えられた部屋で海上保険の書類について精査している浩太に、エリカからお茶のお誘いがあったのはベッカー家での邂逅より二日後の事だ。一緒に仕事をしながらお茶を飲むことはあっても、わざわざエリカからお茶の誘いがあるなど滅多にない事、なにか話があるのだろうと予想を付け――そして、言ってしまえば『予想通り』のその問いに浩太は小さく肩を竦めて見せた。
「……恍けている訳では無いのですが……エミリさんの事、ですか」
「そうよ」
そう言ってジト目を向けて来るエリカ。その視線にちょっとだけ耐え兼ね、浩太が口を開きかけて。
「……まさか貴方、エミリを押し倒したり――」
「そんな事はしてませんから!」
なんだか最近、どんどん『シオン化』してくるエリカにお返しとばかりにジト目を向ける。今度はエリカが視線を逸らす番だ。
「……だって、エミリよ? エミリが浩太の出した命令……っていうか、『お願い』か。お願いを破って勝手にベッカー家から帰ってくるなんて……なにかあったのかなって」
言い難そうに、それでも言葉を紡ぐエリカ。その言葉に溜息を吐き、浩太が今度こそ口を開いた。
「流石に私が押し倒してたら、エミリさんがニコニコしながら紅茶を淹れてくれる事は無いと思いますが」
「そう? 逆にニコニコして紅茶を淹れそうだけど」
「……エリカさん?」
「あ! ご、ごめん! 話の腰折ったわね。続けて?」
「……全く。ともかく、別に私がエミリさんに何かをした訳ではないと思います。ただ……そうですね、先日ベッカー家にお邪魔した際に、フランツさんにお逢いしました」
「フランツ? フラ――っ! ふ、フランツ! まさか、フランツ・ノーツフィルト!?」
「はい」
浩太の言葉に、『あちゃー』と声を出して右手を額に当ててエリカが天を仰いだ。
「……それ、最悪の展開ね」
「申し訳御座いません」
「なんでコータが謝るのよ。別にコータが悪い訳じゃないでしょう」
もう一度大きく天を仰いだ後、エリカが紅茶を呷る。温かい紅茶がエリカの喉を潤していくも、エリカの顔は一向に冴えないままだ。
「……本当に、最悪。まさかフランツがラルキアに来ているなんて」
「その……言い難い事であれば結構なのですが、エミリさんとフランツさんの仲は……こう、良好とは言えない関係なのでしょうか?」
「あー……うー……まあ……」
浩太のそんな問いに、奥歯に物が挟まったようにあーとかうーとか言って見せるエリカ。が、それも数瞬、諦めた様に口を開いた。
「……そうね。本当は私の口からいう事じゃないんだろうけど……でもまあ、いつかはコータも知る事だろうし、それなら誤解の無いように私の口から言っておいた方が良いか。変な先入観を持つよりはマシでしょうし」
「お願いできるのであれば」
「コータがどんな場面を見て『エミリとフランツが仲が悪いのか』って聞いたのか分からないけど……ねえ、コータ? 前に私がパルセナで言ったこと、覚えてる?」
「『ノーツフィルト家も色々ある』、ですか? 細かい……かどうかはともかく、事情の方はアロイスさんから少しだけ伺いました」
「エミリの黒髪、黒眼が原因って事も?」
「ええ」
「なら話は早いわ。エミリとフランツ……というか、ノーツフィルト家の仲は決して良好じゃないわ。いえ、良好じゃないって言うと語弊があるんだけど……こう……」
どう表現したら良いか、言い淀むエリカ。促す事をせず、浩太は紅茶を飲みながらエリカの言葉の続きを待った。
「……他人より、他人っぽいって……意味が分からないか、これじゃ……ええっと……」
「ああ、いえ」
一瞬驚いた様なエミリの顔と、その後に見せた張り付いた様な笑顔。その二つの表情が浩太の頭に浮かび、エリカの言に頷いて見せる。あの時に感じた違和感というか独特の座りの悪い、『気持ち悪い』その感覚は、確かに身内で見せる気安さとは別種のモノだ。
「なんとなく分かる気がしますね、それ。なるほど、私が感じたあの『感覚』はそれが一番近いかも知れないです。他人行儀ではなく、仲は良さそうなのですが……言い方は悪いですが、『うすっぺらい』と言いましょうか……」
その言に力を得たか、エリカが言葉を続けた。
「分かる? こう……なんというか、よそよそしいっていうか……とにかく、努めて平然に振る舞うのよ、エミリとフランツは。全然事情を知らない第三者から見れば、仲が悪いと言うよりは、むしろ仲が良くすら見える。見えるんだけど……」
「確かに。会話の流れではそんな印象を受けてもおかしくないですね」
「でも、事情を知っている人間から見れば『奇異』な印象しか受けないのよね、あの親子。まあ、エミリもフランツもいい大人だし、お互い人格者な所もあるからそりゃいきなり殴り合いや掴み合いの喧嘩をする事もないんでしょうけど……でも、なんていうのかな? こう……まるで、出来の悪い茶番劇を見ているような……なんとなく、微妙な感じなのよね」
そう言って、もう一度大きく溜息を吐く。
「……そっか。だからエミリは『ああ』なのね」
「『ああ』とは?」
「フランツと逢った後はエミリ、必ず仕事をするのよ」
「……意味が分かりかねるのですが? 仕事をする?」
エミリが『仕事』をするなんて、今に始まった事ではない。というか、エミリは真面目な部類であり、浩太の頭の中では仕事をしていないエミリなんて想像がつかない。そんな考えが表情に出ていたのか、苦笑を浮かべてエリカは首を左右に振って見せた。
「普通に仕事をするんじゃなくて、自分を追い込む様に、体を壊すんじゃないかって心配になるほど……こう、我武者羅に仕事をするって意味よ。本当に必要な仕事は勿論、それ以外の雑務を……そうね、三年前にフランツに逢った時は公爵屋敷の大掃除をしていたわ。毎日毎日、なにかに憑りつかれたかの様に屋敷を隅から隅まで掃除するエミリの姿はちょっと鬼気迫るものがあったわね」
「……」
「……まあ、実際にエミリが大掃除してくれたお陰で屋敷は随分使い勝手がよくなったの。エミリの性格知っているからコータも分かると思うけどあの子、大掃除をしているからといって通常の仕事を手抜きする訳じゃないし、どころかいつもより料理とか豪華だった気がするのよ。別に悪い事をしている訳じゃないし、体を壊したりもしていないのよね」
そう言って、眉をへの字に曲げて見せる。
「だから……こう、注意も出来ないのよ。『あの』エミリが尋常じゃないって分かるんだけど……嫌な言い方だけど、倒れてくれた方が良いって思ったこともあるわ」
一切仕事の手抜きをせず、ばかりか何時もより効率よく、クオリティの高い仕事をするのだ。余分な事をしてまで、である。注意するのもお門違いであり……まあ、だからこそ『性質』が悪いとも言える。言い方は悪いが。
「それで、解決策は?」
「無いわね。強いて言うなら時間が解決、って所かしら。今回はラルキア王城だからまだマシよ。編み物してるもん、エミリ。そろそろ寒くなるから、私達に厚手の靴下プレゼントしてくれるらしいわよ?」
そう言って、疲れた様な笑みを浮かべた後にエリカは大きく肩を落とす。
「……何かをしていないと落ち着かないんでしょうね、きっと。なんとかしてあげたいけど……こればかりは、ね」
「難しいですか?」
「私とエミリは姉妹同然に育ってきたけど、そうは言ってもエミリの問題はノーツフィルト家の問題、他所の『家』の事でしょ? 軽々と踏み込めない所もあるのよ」
「……立場上、下手な口出しも出来ないと?」
「テラ公爵としても、フレイム王国女王陛下の姉としても。唯でさえ独立独歩の気風があるから、フレイム王国には。他所の貴族の家の事に他所から嘴挟むなんて出来る事じゃないし……そうじゃなくても、デリケートな問題だしね」
「まあ……そうでしょうね」
「お母様もずっと心配してたけど、お母様の立場じゃもっと口出し出来ないのよね。エミリは小さい頃から我慢ばっかりしていたし、私も何とかしたいけど……こればっかりは」
そう言って、エリカはもう一度大きく溜息を吐き、その後笑顔を浮かべて見せた。
「……まあ、とにかく事情は分かったわ。フランツとあった事が原因なら、心配……は心配だけど、そこまで無茶はしないハズだし……変な言い方だけど、エミリが納得するまでエミリのしたい様にさせてあげましょうか」
「宜しいのですか?」
「宜しい、宜しくないじゃなくて……仕方ない、かな? どうしようも無いから」
そう言って苦笑をして見せた後、エリカは残った紅茶を飲み干す様にカップを傾けて見せた。
◆◇◆◇◆
「……」
エリカの部屋から帰ってからこっち、浩太は机に齧りついて海上保険の精査にかかっていた。ニーザの上げて来た資料自体は中々に素晴らしいモノでもあったし、だからこそ浩太的にも資料の精査に余念はない。此処で手を抜く事は許されず、他の事は一切考えずにしっかりと取組べき案件である以上、浩太の頭の中はこれで占められているのである。
「……全然、頭に入りませんね」
本来であれば。
「時間以外に解決方法がない、ですか」
まあ、考えても見て欲しい。魔王だなんだと言われてはいるも、浩太自身は現代日本で育ったごく平均的な日本人であり、ごく平均的な『善人』なのだ。困った人が居れば手を差し延べる程度の事はするし、それが憎からず思い、憎からず想われている相手であれば尚の事その思いは強い。『仕事は仕事、プライベートは別』と考えるべきではあろうが、エミリが『常態』では無い事は仕事に差し支える事は事実であり――それを除いても、そんな風に割り切れないから浩太は浩太なのだ。
「……今日はこのぐらいにしておきますか」
回らない頭でこれ以上の仕事をしても、百害あって一利なし。少し早いが、そろそろ寝ようかと思い浩太が席を立ったところで部屋のドアをノックする音が室内に響いた。
「はい?」
「夜分遅くに失礼します、松代様。その……松代様にお逢いしたいと云う方をお連れしたのですが……」
ドアの外から聞こえる聴き慣れない声。恐らく、王城付のメイドであろうと当たりをつけ、それでも小さく首を捻る浩太。
「……逢いたい、ですか?」
ラルキアに浩太の知り合いはさして多くはない。エリカやエミリ、或いはソニアや綾乃であればわざわざメイドを通さずに自分で声を掛けてくる。シオン? シオンはノックなんかしない。
「あ、あの~……や、やっぱり失礼ですよね、こんな時間に訪ねて来るのは。いや、私もそう思ったんですよ? でもですね? こう、『どうしても! 逢いたいのだ』とか言われちゃってですね? いやね? ぶっちゃけ私も『折角私の仕事、終わったのに! こんな時間に面倒くさいな~』とか思ったんですよ? 思ったんですけどホラ、私はしがない王城付女官ですし? 貴族の方から『逢いたい』とか言われると、幾ら田舎貴族とは言えども通さない訳には行きませんし、こう、私を助けると思ってこのドア開けてくれませんかね? っていうかぶっちゃけ、私もそろそろ眠たいんですよぉ~」
浩太の無言の時間を否定と捉えたのか、ドア前から少しだけ焦った――というか、浩太が『本当に王城付のメイドなのか?』と疑う様な声が聞こえてくる。ともあれ、貴族、という言葉に、最後の心当たりであったクラウスの可能性を排除し、そうなると余計に分からなくなって来た浩太が首を捻った所で。
「――え? い、イヤですね~! い、田舎貴族は言葉のアヤですよ、アヤ! いえ、本当に田舎とかって思っている訳じゃなくてですね! こ、こう……い、良い所だと思ってますよ! ええ、本当に良い所で、私も一度は行ってみたいなって! アレですよね? 凄く紅葉の綺麗な山が――え? 領内は海沿いで山なんかない? あ、アハハ! これは私とした事が間違えちゃった様で! いや、お恥ずかし……す、済みませんでしたぁ! アレですか? 土下座ですか? 土下座したら許してくれますか! っていうか、ま、松代様ぁ! お願いです! 開けて! 早く開けて下さい! お取り潰しは! お家お取り潰しはぁーーー!」
今度は完全に焦った声でガンガンと扉を叩く音が室内に響く。十分『夜』の括りに入る時間、あからさまに迷惑この上ない行為に少しだけ慌てた様に浩太は扉を押し開けた。
「あ、開きまし――へぶぅ!」
ドアに齧りついていた王城付のメイドの鼻に、ドアがクリティカルヒット。『鼻がぁ! 鼻がぁー!』と転がりまわるメイド服を来た女性に唖然とした表情を浩太は浮かべて。
「……夜分遅くに失礼する。コータ・マツシロ殿」
聞こえた声の方に視線をやり、もう一度、先程よりも深い唖然とした表情を浮かべて見せる。
「……ノーツフィルト卿?」
浩太の、少しだけ掠れた呟きにノーツフィルト卿――フランツ・ノーツフィルトはふんっと鼻を鳴らし。
「フランツで結構、と言ったはずだが?」
そんな事をのたまった。




