第百十話 リズ様、孤軍奮闘・前編
長くなったので二分割に。今回、ついに一話から登場していたあの人が!
およそ、古今東西世の中の『君主』という称号を持つ人間を『良い君主』と『悪い君主』の二つに区分けするのであれば、フレイム王国第五十二代国王、エリザベート・オーレンフェルト・フレイム、通称『リズ』は間違いなく『良い君主』に分類される君主である。
フレイム帝国時代より千年続く高貴な家柄に加え、それを笠に着て威張り散らす事のない穏やかな性格。自身が年若く、国家の元首として未熟である事を良く知っているため、自身よりも身分の低い、例えば平民出身のロッテの様な人間であっても、それが必要な事であると思えば頭を垂れて教えを乞う事をも厭わないその国家運営に対する真摯な姿勢は好意的に映っているのである。特に、『何の能力も無い癖に家柄や年齢で威張り散らす』上司なんてモノを頂いている王府の若手官僚達に取ってリズは、殆どアイドル並な扱いすら受けていた。
無論、リズの容姿が『下手な劇団の主演女優よりもチャーミング』という点もそれに拍車をかけているのは議論の余地もない。母親譲りの美しく、豊かな金髪に整った顔立ちだ。『リズ様の笑顔を見た日は、王府の仕事が二割増しに捗る』なんて噂がまことしやかに流れているのである。
「……」
「……」
「……え……っと……」
が、そんな評判の笑顔は今は見られない。何時もの笑顔を太陽と評するなら、今のリズの張り付いたような笑顔は、良く言って曇り空であろう。
「……そ、その……こ、近衛の意見としてはどうでしょうか?」
「……その様な議案を認める訳には行きません。再考を願います」
「あ、あはは……そ、そうですよね?」
「恐れながら陛下」
「な、なんでしょうか? スタークル将軍」
「ウェストリア方面の守備は予断を許しません。現状のままではいずれ、大きな災いを招くことになります。早急にこの議案を承認下さい。国家の大事ですぞ、これは」
「そ、そうですね。確かにウェストリア方面の守りは厚いに越した事はないですね。スタークル将軍の仰ることですし、確かに増設は必要なのかも知れません」
「恐れながら、陛下」
「――は、はい? ファーバー副団長? 今度はなんですか?」
「『千里眼』と呼ばれたスタークル将軍の貴重なご意見、私も穿った見方をするつもりはありません。仮想敵国であるウェストリアに対する守りを厚くするのも分からないでもない。が、何故、そのウェストリア方面軍の守りを厚くする為に近衛の予算を削らなければならないのですか? その点に関しての説明を求めているのです、私は」
「む、無論、近衛の意見も分かります。分かりますが、我が国も財政に左程余裕がある訳では御座いません。他の公共事業も正直な所、筒一杯で回しています。そうなれば必然、『軍事予算』という枠の中で、増設分の費用を捻出するのが常識的な判断だと思いますが? その……近衛的にはそう思いませんか?」
「いえ、それは私共も重々承知しておりますし、私もウェストリア方面の人員を増員する為に、何もアレックス大街道の整備費用を削れ、と申すつもりはありません。軍人の財布の中でやりくりをする事ぐらいは分かっております。分かっておりますが」
そう言ってぐるりと長机を――フレイム王国を守護する、各軍の司令官・副司令官クラスが並ぶ長机を見渡す。
「――だからと言って、『近衛』を削らなければならない道理はありますまい。他の軍の予算を削れば宜しいのでは?」
暗に『俺たち以外にも無駄飯ぐらいはいるだろうが』と言わんばかりのその発言に、部屋の温度が二度程上がる。元々軍人ばかりの集まり、気の長い……まあ、ぶっちゃけ、普通の一般人よりは血の気の多い人間ばかりが集まっているのだ。既に椅子を蹴倒し、腕まくりまでしている人間だっている。先程、リズの笑顔は曇りと言ったが、今では既に土砂降りである。
「せ、静粛に! 各々方、静粛に! 女王陛下の御前であるぞ!」
進行役であるフレイム王国王府の内務局員の言葉に、不承不承に各軍の司令官は再び椅子に腰を降ろす。あくまで不満そうな顔を見せる者、我関せずと高みの見物を貫く者、まるで射殺せそうな視線を向ける者に、それを飄々と受け流す者。種々様々な視線が乱れ飛ぶその一室の空気の中、リズは一つ咳払いをして口を開く。
「――内務局の言う通りです。私の『御前』ですよ?」
先程までの泣きそうな顔ではない、意思の籠った瞳と決して大きくは無いながらも威厳と品位の宿った言葉に、室内の全員が息をのんで背筋を正す。
「……宜しい」
ぐるりと室内を見渡した後、リズは視線を『近衛騎士団代表』に固定し、言葉を続けた。先程までの泣きそうな表情ではなく。
「何も『近衛の予算を削れ』と命令しているのではありませんし、命令であるのであればわざわざ皆を呼ぶ必要などありません。私は皆の意見を聞くために召集したのですよ? この私が、『フレイム王国女王』である私が、命令ではなく、意見を聞くために、です。建設的な意見であるのであればともかく、いたずらに場を乱す発言は許しません」
――『女王陛下』の顔で。
「……」
「おや? 返事が聞こえませんが?」
「……はい」
「宜しい。それと、各軍の代表者についても同様です。仮にもフレイム王国を守護する、その指導者であるべき人間が一つの言で愚かしくも席を蹴倒すなど呆れてモノも言えません。今回は見逃しましょう。ですが、此処が『私の』前である事を忘れない様に」
「……」
「返事は?」
「「「は、はい」」」
「宜しい。それでは」
そう言ってパンっと手を打つリズ。先程までの威厳に溢れた顔は何処へやら、愛らしい笑みを浮かべて長机を見渡すリズの姿に、男盛りの二十五歳、まだ年若い内務局員の顔が赤らんだ。彼は思う。『リズ様、マジ天使』と。
「続けましょうか。では……貴方の意見を聞かせて下さい?」
リズは笑顔のまま、心の中で叫ぶ。大声で、切実に。
「――ファーバー副団長?」
――帰りたい、と。
◆◇◆◇◆
フレイム王国では戦時中などの有事を除いて、定例で各軍の司令官や副司令官クラスが集まったミーティングが開かれる事になっている。女王陛下の召集の下、『御前会議』と呼ばれるこの会議は、各軍の現状報告と予算配分、合同演習や軍内部での人材の相互派遣の摺合せを行う為のモノだ。
――建前は、だが。実際は会議終了後の夜会がメインである。
フレイム王城勤務であればともかく、最前線で戦う軍隊は何時だって死と隣り合わせだ。司令官・副司令官クラスであれば自身のみならず、方面軍全体の命を預かっているのである。これは存外ストレスが溜まるモノであるし、平和なときの『息抜き』を兼ねて、という側面が強い会議だ。敢えて『司令官』に限定していないのも、副司令官クラスも息抜きが出来る様に、という配慮からだ。良い仕事の一番の要因は、良い息抜きを、というアレックス帝の思想に基づいた方針である。アレックス帝にサボり癖があったかどうかまでは言及するつもりはない。ちなみに、この御前会議の後はフレイム王国から恩賜金と酒がフレイム全軍の将兵に配られる事になっている。言わば、ボーナスの様なモノだ。
まあ要するに、そんな大した事はこの会議では決まらないのである。軍事予算自体は年の初めにあらかた決定しているし、現状報告だって月一で使者がフレイム王城まで持ってくるのだ。あくまで夜会までの各軍の代表者の交流会の域を出ないのである、本当は。
そういう訳で、今回この会議にはロッテは不参加である。ロッテが抱える仕事は山ほどあるのに、ロッテの体は一つしかないのだ。優先順位の低い会議であればロッテが出る必要もない。
「……帰りたい、です」
誰にも聞かれない様、口の中でモゴモゴと言葉を発すリズ。こんなハズでは無かったのだ、とリズは胸中で嘆きながら、今朝のロッテとの会話を思い出していた。
『あれ? ロッテ、今日の会議は出席しないのですか?』
『やる事は山の様にありますし。それに、慰問を兼ねての会議です。私の様な老骨がわざわざ出張った所で誰の『慰問』にもなりますまい。陛下の様な若くて見目麗しい方が出席為されていれば各指導者の士気も上がりましょう』
『……』
『不敬でしたかな?』
『不敬ではありません。ありませんが……その、もう一回、言って貰ってイイです? 特に後半辺りを』
『見目麗しい、ですか?』
『……もう一回』
『……見目麗しい』
『も、もう一回!』
『……面倒くさいですな』
『え? え? な、なんて?』
『陛下の様なうら若い乙女が出席するべき、と申し上げました。士気も上がりましょう』
『わ、私が参加したぐらいで士気があがりますかね? こう、『陛下、カワイイ!』とか思って貰えますかね? 『今日も影が薄いな、陛下』とか『やっぱり貧相だよな』とか思われませんか? 『姉妹揃って残念だよな』とか、そんな事思われませんかね!?』
『……不憫な』
『へ?』
『陛下。陛下はもう少し自らの容姿に自覚と自信を持って下さい。大丈夫です。陛下は見目麗しいですから。よ! オルケナ一の美少女君主!』
『び、美少女なんて……え、えへへ……で、でも、本当にそう思っていますか? ロッテ、私が女王だからって遠慮してません? そ、その、気を使って貰っても嬉しくないですよ?』
『何を仰いますか。このロッテ、陛下に遠慮した事など一度も御座いませんぞ? 本心に御座います』
『そ、そうですか! そうですよね! 貴方は何時だって私に遠慮などしませんものね! ……って、あれ? なんかおかしくないですか?』
――なんて、チョロザベートさんな会話があったりしたが……まあ、参加までは概ね上機嫌だったのだ。『笑顔! 笑顔です、リズ!』なんて自分で自分を励ましていたのだ。少なくとも、会議室の扉を開けるまでは。
『……ふぁ、ファーバー卿?』
『陛下の御尊顔を拝し、恐悦至極に御座います』
『えっと……か、カール団長は?』
『本日は『腰が痛い』との事で、私が代理で参加させて頂きました』
『………………え? 今回、貴方が参加ですか?』
『宰相閣下にもその旨はお伝えしておりましたが?』
『ろ、ロッテはファーバーが参加する事、知っていたんですか?』
『直接ご報告申し上げましたので』
『き、聞いてないですよ! 私、そんな事聞いてません!』
『……そうですか。ですが、陛下? 私も仮にも近衛の副団長職を拝命しております。御前会議に侍る資格はあるかと存じますが……なにか不都合でも御座いますかな?』
『へ? ふ、不都合?』
『私が参加するとあまり都合が宜しくない、と?』
『そそそそそそんな事はありませんよ!? 今日はよろしくお願いしますね、ファーバー!』
副団長であるファーバーには当然、会議の参加資格がある。あるが、まあ『あんな事』があった後だ。ファーバーには随分と『我慢』もして貰っているし、解決策だって順調に進んでいるとは言い難く、また『私、女王ですよ? なんか文句ありますか?』と開き直れる程、リズは面の皮が厚い訳でも――まあ、ぶっちゃけ、可能であればリズだって顔を合わせたくなかったのである。
「近衛の予算を削る必要性が分かりません。不要と言うのであれば、ライム方面軍にしても、ラルキア方面軍にしても同じでしょう?」
そんなリズの回想を遮る様、静かだが有無を言わせないファーバーの言葉が室内に響く。標的にされたライム方面軍の司令官は先程のリズの注意を忘れたかの様、顔を真っ赤にして席を蹴った。
「何だと! 我らライム方面軍が不要というか!」
「不要とまでは言いませんが、ライム都市国家同盟は先の戦争で貧窮しております。今更、我が国に戦争を仕掛ける事などあり得ないでしょう? まさか閣下、貴方は世界情勢も読めないのですかな?」
「そ、それは……」
言葉に詰まるライム方面軍司令官を一瞥し、ファーバーは視線をラルキア方面副司令官に向けた。
「ラルキア王国にしたってそう。そもそも、ラルキア王国は我がフレイム王国と同根国家で、最大の友好国です。ラルキア王国建国以来、かの国と戦争など一度として無かったではないですか。私の歴史認識に違いがありますか?」
「今まではそうでも、これからは違うかも知れませんが?」
「然り。ですが、今後もラルキア王国とより良い関係性を築くため、方面軍の縮小も視野に入れても良いのでは? 今の軍備の『多さ』では要らぬ誤解を招くのでは?」
「……なるほど。ファーバー卿は武器も持たずに両手を広げてハグでも待て、と?」
「背中に武器を隠し持ったままでは握手も出来ませんぞ?」
室内の空気が徐々に重く、苦しくなる。先程までの威厳は何処へやら、リズ、既に涙目である。
「そもそも、ファーバー卿? その言はそれこそ近衛に当てはまるのではないですかね? 有史以来、近衛が『戦争』をしたなど聞いたことも無いですが?」
「仰る通りです。我が近衛は有史以来、一度も対外戦を経験した事のない軍です」
「ほら? ならば、近衛こそ予算を削るべきではないですか?」
「前提条件が違います。貴方達方面軍は『剣』でしょうが、我々近衛は『盾』です。盾が切り付けた事がないから不要、という理屈は如何なモノかと思いますが? それならば、一度も斬ったことが無い剣こそ不要でしょう? 剣の役割を果たしておられないのですからな」
「……ほう。それは暗に『なまくら刀』と言っていますか? それに、近衛は『陛下の剣にして、盾』なのでは無かったですかな? その観点から行けば、近衛こそ『なまくら』では無いのですか?」
「理念の問題ですよ、それは。近衛は斬りかけられれば斬りかかりますが、自ら斬ってかかる様な事は致しません」
「斬りかかって来られた時に巧く斬る事が出来れば良いですがな?」
「……言っておきますが、我ら近衛が『戦う』という事は、フレイム王国に取っては不幸以外の何物でもないですぞ? 王都ラルキアまで攻め込まれ、城下の誓いをさせられかねない状況とは、貴方がたが散々に打ち破られた後、という訳ですからな?」
そこまで喋り、ファーバーはラルキア方面軍司令官から視線を切り、その視線をスタークルに向けた。
「……そもそも、我ら近衛は先だってウェストリア方面軍に人材を提供している筈ですが? 近衛の人員の半分を供出しているのですぞ? それでもまだ、我らに身を切れ、と? 他に無傷の軍があるにも関わらず? おかしな話だと思われませんか、スタークル将軍?」
そんなファーバーの視線を受け、心底バカにした様にスタークル将軍が手を左右に振って見せる。
「ふん! 近衛の人員などいつでも返してやる。所詮は『おもちゃの兵隊』、なんの役にも立たねーよ!」
「……ほう。我らから人員を借用しておいてその様な事を言いますか? 吐いた唾は飲めませんぞ?」
「吐いた唾と来たか、ファーバー。実戦経験の無い貴族のボンボンの足手まといを寄越しといて、良くもまあそんな偉そうなことが言えるな? これだから近衛っつうのは……『貴族』って奴は嫌いなんだよ!」
「もう一度言う。吐いた唾は飲めんぞ、スタークル将軍」
「そもそもだな? お前らが寄越したあいつら、なんだよあれ? ウェストリアとの最前線に来たって自覚はねーのか? やれ訓練がキツイ、やれ飯が不味い、やれベッドが固い、終いには『夜会は開かないのですか?』だぞ? アホか! なーにが夜会だ、なにが! 最前線でダンスパーティーでもやるのが貴族サマの嗜みってか? ああ?」
声と同時、勢いよく机をバーンっと叩いて見せるスタークル。あまりと言えばあまりのその話に会議参加者が眉をひそめる中、少しだけ表情を陰らせながらファーバーがフォローに入る。
「……近衛からの『出向』扱いで出している者ばかりであり、給金は近衛の予算から支払っている。一度戦闘状態になれば方面軍への指揮権を移譲するが、平時であれば近衛に居た時と同様の待遇を主張する権利がある事は、人員を供出する時に確認した筈だ」
非常に苦しいフォロー。勿論、そんな言葉でスタークルが止まるはずもない。
「んな言い訳通じると思ってんのかよ! 百歩譲ってそうだとしても、ソレにしたって限度ってもんがあるだろうが! こっちに来た以上はこっちのルールにもある程度従って貰わなくちゃ困るんだよ! 士気にかかわるんだ!」
「それでも、当初はそういう約束で人員を出しているのだ。近衛の、貴族としての尊厳を踏みにじられる筋合いは無い。我々は奴隷ではないのでな」
「ほう! 奴隷と来ましたか! なんだ? 俺らウェストリア方面軍は奴隷って事か?」
「言葉尻を捉えて一々噛みつくな。ウェストリア方面軍が奴隷だなどと言うつもりは毛頭ない。私が言っているのは近衛と各方面軍は同等の立ち位置である筈だ、という事だ。どちらが上でも下でもない。それに関わらず、なんでもかんでも近衛にしわ寄せを持ってくるなと、そう言っているだけだ!」
「同等? はん! そうか? 近衛の連中はよく言っているぞ? 『平民なんかと一緒に戦えるか』ってな!」
「……我々はそんな事は思ってはおらん」
「はん! どうだかな?」
ふん、と鼻を鳴らし腕を組み――その後、なにかを思い出したかの様、スタークルがにやっと口の端を吊り上げて見せる。
「……ああ、そうそう。ファーバー、アイリス嬢は元気か?」
「……どういう意味だ、スタークル?」
「いやな~? どうも、噂で聞いたんだけどよ? お前の所のアイリスと、ロートの倅、駆け落ちしたっていうじゃねーか?」
「……それが、どうした? 何が言いたいんだ、お前は?」
「ん~? 別に、何が言いたいって訳じゃねーけどな? ただ、お前んところの若造ども貴族の誇り、貴族の誇りってうるせーけどよ? 平民『風情』と駆け落ちするのが、お前さんらのいう貴族の誇りなのかなってな? 一緒に戦うのはイヤだけど、一緒に愛に生きるのはアリなんでーすってか? これはまた、随分とご立派な『尊厳』だな?」
完全に、馬鹿にしきったスタークルの言葉に、室内のいたる所から嘲笑が上がる。その嘲笑を一身に受け、静かにファーバーが口を開いた。
「吐いた唾は飲めん、と言ったはずだぞスタークル」
「……お? なんだ、その眼は? 俺とやろうってのか? 『おもちゃ』の副団長風情が?」
「喋るな。吠えるな。囀るな。息すらするな。不愉快だ」
「不愉快か。不愉快なら言ったらどうだ、ホラ? 貴族サマお得意の『平民風情が!』ってな!」
「――表に出ろ、スタークル。『平民風情』が軽口を叩けなくしてやる!」
「上等だ! お前こそ――」
「――静粛に」
ガタン、と音を立てて席を立ち一瞬即発の空気を醸し出す二人。そんな二人に割って入ったのはリズの声。ヒートアップしていた二人だが、リズの短い言葉に自らの失態を気付いたか、押し黙って見せる。そんな姿を見て、ゆっくりとリズは口を開いた。
「……近衛とウェストリア方面軍の仲が良好で無い事については私も宰相ロッテも把握しております。しかしながら、近衛にしてもウェストリア方面軍にしても同じく我がフレイム王国を守護する武人達です。仲違いをしてどうなりますか」
「……」
「確かに、実戦経験の豊富なウェストリア方面軍に比べれば実戦経験が無い分、練度の面で近衛が少しばかり劣る面もあるでしょう。ですが、スタークル将軍? 千里眼と呼ばれ、状況把握に優れた、自身も歴戦の勇士である貴方の手腕をもってすれば、必ずや近衛騎士団の実力の底上げにもなると私は認識しているのですが? 貴方の仕事は文句をいう事ですか? それとも、兵士を鍛え上げる事ですか?」
「……後者に御座います」
「私は貴方に槍働き『だけ』を望んでいる訳ではありませんし、貴方であれば必ずやこの難しい問題を解決できると信じておりますが? 私の眼を節穴にしたいのですか?」
「……勿体ないお言葉に御座います。誠心誠意、務め上げる所存に御座います」
「宜しい。それと……ファーバー副団長」
「はい」
「確かに私は近衛騎士団のウェストリア方面軍への派遣に際し、近衛騎士団時代同様の待遇を認める裁可を行っております。ですが、それは翻って何をしても良いという事になりません」
「……陛下のお言葉通りに御座います」
「今の近衛は、ウェストリア方面軍で従軍経験のあるカール団長が鍛え上げた精鋭揃いであるというのが私の認識でしたが……スタークル将軍の話を聞く限り、どうもそうではないようですね? 私の目は節穴でしたか? それとも、皆に揶揄される通り、近衛は『おもちゃの兵隊』ですか?」
「その様な事は……大変、申し訳ございません。事実関係を調査の上、然るべき処置を取らせて頂きます」
「宜しい。是非、そうしなさい」
そう言って、一息。睨みつける様な、鋭い視線をリズはスタークル将軍に向けた。
「――それと、スタークル? 先程のファーバーに対する発言は、如何な意図があっての事でしょうか?」
諭すターンは此処まで。
「……意図、と申されましても」
今度は、攻めるターン。
「アイリスとロート商会のニーザとの関係を、この御前会議の席上で話題にする必要がありますか? 確かに、この御前会議はセレモニーの側面もあります。アレックス帝以来、千年続く会議形式であり、私も異を唱えるつもりはありません。ですが、最低限の礼儀は心得なさい。軽々に下世話な話を持ち出すのは止めなさい。何か、反論は?」
「……ありません」
「では、なぜ?」
「……大変、申し訳ございません」
「謝罪ではなく、理由を」
「……」
「返答も出来ませんか? では、ファーバー」
「……はい」
「『『平民風情』が軽口を叩けなくしてやる!』とは一体、どういった意味でしょうか?」
「……」
「スタークル将軍は私が勅命を持ってウェストリア方面軍司令官を任じています。それはつまり、スタークル将軍は私の代理としてウェストリア方面軍を統括しているという事です。わかりますか?」
「……はい」
「貴方がた二人の個人での席の話であれば私もとやかく言うつもりも、またその権利もありません。しかし、御前会議の席上においてスタークル将軍の立場は『ウェストリア方面軍司令官』です。私の代理であるスタークル将軍に無礼を働くという事は、それはそのまま私に対して反旗を翻したのも同様です。ファーバー? 貴方は私に対して謀反の意思があるのですか?」
「滅相も御座いません!」
「では、なぜ? なぜ、あのような言動が出てくるのですか?」
「……それは……」
「結構。即答できないのであれば宜しい」
そう言ってリズはぐるりと室内を見渡す。
「……皆もそう。この御前会議自体、あまり肩肘ばった会議を目指している訳ではありません。日頃粉塵に塗れて王国を守護する皆に、ささやかではあるが感謝の意味を込めての会議である事は私も承知しております。ですが、何をしても、何を言っても良い訳ではありません。節度を守った会議を行いなさい。分かりましたか?」
「「「……」」」
「返事」
「「「は、はい!」」」
「宜しい」
そう言ってリズは席を立つ。一種、神々しさすら見せるリズの姿をぼーっと見つめていた進行役の内務局員が慌てた様に声を上げた。
「へ、陛下! ど、どちらに!」
「この様な状態で会議など出来ないでしょう。時間を与えますので頭を冷やしなさい。会議の再開は……そうですね、五日後とします」
もう一度視線をファーバーとスタークルに向ける。
「――五日もあれば、会議を徒に紛糾させた『罪』に対する罰も決定するでしょう」
「ば、罰? 罰とは……」
「罰は罰ですよ?」
「お、恐れながら!」
「なんでしょうか?」
「そ、その……ファーバー卿も、スタークル将軍も、国家に対する貢献大なりなお二方に御座います! お、恩赦を賜れますれば」
言い淀む内務局員に溜息を一つ。
「国家に貢献すれば何をしても許される訳ではありません。ファーバー、スタークル、異論はありますか?」
「……ありません」
「私もに御座います」
「宜しい。二人がこう言っているのです。功には褒美を、罪には罰を、です」
話はこれまで、とばかりにリズは背を向けドア口へ向かって歩き――ドアの手前でその足を止める。
「――それでは皆、五日後にまた逢いましょう」
優雅に振り返り、リズはあの『王府の仕事が二割増しに捗る』と呼ばれた笑顔を浮かべて見せた。




