プロローグ ~召喚はコーヒータイムの後で~
初めまして、どうも疎陀です。異世界トリップモノです。異世界モノですが……剣でドーン!!!魔法がゴーン!!!必殺技ドーン!!! ……みたいな話ではございませんのであしからず……
松代浩太という人間は、自分の事を『普通の人』だと思っている。
浩太自身――これは特筆すべき事だが――周りの子供が『俺、将来はパイロット!』『私は女優!』『俺は……何だかわかんないけど、すげー人!』なんて夢を見るであろう幼少の砌から、自分自身が普通の人である事を理解していた。中堅の商社に勤める父親と、近所のスーパーでレジ打ちのパートに勤しむ母親の間に生まれた、中肉中背の薄い醤油顔。取り立てて目立つ運動も出来ず、何かしらの才能がある訳でも無い以上、『くくく……これは俺の仮初の姿』なんてのたまう様なビョーキに罹患しようも無い。いや、むしろそういった人こそこの病気には罹りやすいのであろうが……とにかく、浩太は罹患しなかった。辛うじて勉強は人より出来たが、それすらも決して要領が良かったり、特別な閃きがあった訳ではなく、ただただ、愚直なまでに努力をした結果に過ぎない。
『そんなに勉強しなくてもいいんじゃない?』と、口を揃えて言う同級生に苦笑で返しながら、浩太は勉強に励んだ。誰よりもいい大学に……なんて大それた事を思った訳ではなく、単に二倍努力しないと人に追い付けない事を知っていたからに過ぎないからだ。『努力は裏切らない』という言葉を体現するように、浩太は『超』こそつかないものの、そこそこ有名な大学にストレートで合格を果たす。
『おい、少しは合コンでも行こうぜ?』なんて言う同級生達に、高校時代同様に苦笑で返しながら浩太は勉強に励んだ。誰よりもいい就職先を……なんて、今回も大それたことを考えていた訳ではない。日経平均は連日安値を更新し、巷で大企業と呼ばれる東証一部上場企業でさえ青息吐息の今の経済情勢で、取り立てて取り柄の無い自分が一生安泰と思える会社に就職できるとは思えなかったからだ。法改正などの妙もあり、難関と呼ばれる資格を幾つか取得した浩太は順調に学年を重ね、卒業。そこそこに有名な会社に見事入社を果たした。
入社した会社は実績重視で、過酷なノルマを課す厳しい会社ではあったが、学生時代に取得した幾つかの資格から来る専門知識と、彼の属する『業界』特有の、大上段からモノを言う姿勢とはおよそ無縁の謙虚さと、こちらもこの『業界』では珍しい……と言うより、『バカ』と形容されそうな程に誠実で、裏表の無い性格は顧客の信頼を勝ち取るのにうってつけであった。『松代さんがそう言うなら……』という顧客の言葉と共に営業成績を伸ばした浩太は、やがて上司からの信頼も勝ち取る事に成功。一人称が『僕』から『私』に変わり、その違和感にも慣れ始めた社会人3年目の最初の転勤にして、本部に栄転を果たす。
松代浩太は、普通の人間である。
周りの評価は『ジミハデ(地味だけど派手)』であったとしても、『自己評価が低すぎる』と言われても、所謂『一般人』の範疇からは決して漏れないと、そう堅く、堅く信じていた。
……信じていた、筈なのに。
「……もう一度、問います」
英国発祥の某魔法学校にでも出てきそうな古めかしい塔の一室。床にはご丁寧に魔法陣まで書かれているその部屋で、腰まで届く金髪に、明らかに身分の高そうな身形をした美少女に問いかけられ。
「……」
片手には通勤用の鞄、片手にはセイレーンのマークでお馴染みの、有名コーヒーショップのテイクアウト用の紙コップを持ち、スーツにネクタイ姿の浩太に、眼前の美女は少しの希望と……ソレ以上の大きな諦観を持って浩太に再度話しかけた。
「……貴方が……『勇者』、ですか?」
美女の言葉が耳朶を打ち、その意味を理解するにあたって、浩太は手に持ったコーヒーに口を付ける。はい、熱くて苦いですね。という事は、コレは夢ではないという事でしょうか?
「その……どう、なんでしょうか?」
いきなり目の前で紙コップに口を付けた浩太に、美少女が訝しげに声をかける。
「……いいえ」
その言葉に、浩太はそう返答し……自己紹介としては不都合と考え、そこに言葉をつけたす。
「住越銀行総合企画部の松代浩太と申します。勇者の基準が曖昧で、何を持って勇者と指すかによると思いますが……」
そこで、いったん言葉を切って。
「……少なくとも、今の私は『普通の』銀行員です」
……これは『普通の』銀行員が、召喚された異世界の王国、フレイム王国において、少しの智恵と、さして大きく無い勇気、多大な謙虚さと誠実な人柄、某宝くじのCM並の運要素で生き残り、後世の学者たちに『何処が普通だよ、おい!』と総ツッコミを受ける事になる、松代浩太@二十六歳の物語である。