Chapter1-6
さっきのパニック状態からそこまで時間も経っておらず、俺は冷えた頭でさっきのことを反芻していた。
俺は家族の顔を覚えていない。むしろ『知らない』。
俺は友人との馴れ初めが思い出せない。これもやはり『知らない』から。
俺は幼少時代の記憶が無い。恐らく・・・・・。
そして今になって引っかかることが一つ。
これは・・・・・。
少し話し合ったほうがいいだろう。
「なあ、小暮・・・・・。」
「何?」
「お前『は』この事に気が付いていたんだな?」
「・・・・・。」
確認を取ろうとしたが、目を反らされてしまった。
でもそれが、肯定以外の何物でも無いことを、悟ってしまった。
「・・・・・何時、気が付いたんだ?」
「あの時、パソコンを触ったときよ。」
「あの時か。やっぱりあのパスワードはゲームを指してたんじゃなくて・・・・・。」
「私達の『世界』を指していたんでしょうね。」
「な、わりにはお前、そこまで取り乱さなかったな。」
「気の逸れる様な事が二回も続いたのはある意味幸運よ。そのおかげである意味冷静に考えをまとめられたからよ。」
「具体的にはどうやったんだ?」
「まず親に電話したんだけど、それはいいわね?」
「ああ、問題はその後っぽいし。」
「続けるわね。その後、親が出てくれたのはいいわ。問題はその後よ。親にそれとなく質問をしていって、それで確信が持てたのよ。」
「しつこいかも知れんが、何を質問したんだ?」
「どっちかって言うと、鎌をかけたって言ったほうがいいわね。そういえば親戚がそろそろくる時期ね、とかそんな感じのちょっと変な質問をしちゃった感はあるけどね。」
「所でさ。」
「何かしら?」
「もう八時過ぎてるわ。ほれ。」
そういって小暮に携帯電話を見せる。
「それにしても、呼びつけといて来ないなんて、常識を疑われるわね。」
「来ねえとか思ってたんじゃね?メールの内容からして普通なら電波メールと思われても仕方ないし。」
「一理あるわね。」
「そろそろ帰るか?十分も過ぎたし。」
「そうね。」
まあ、待ってても来ないので、帰ることにした。
さて、伝票を取ってレジに向かおうかと思ったときちょっと躓いて小暮にもたれかかる形になってしまった。
「きゃっ!」
「す、すまんちょっと躓いた。」
まあ、背中からだからノーカンだよな。
ノーカンだよな。
前からだったら絶対折檻フルコース確定だけど。
たかのんが確信犯でやった時みたいに。
「気を付けなさいよ、ね・・・・・」
「悪かった悪かった・・・・・って小暮?」
「嘘、でしょ・・・・・?」
「小暮?」
「木下・・・・・?」
「どうした、小暮?お前顔が真っ青だぞ?」
「外見て、外!」
「ちょ、急かすな・・・・・よ・・・・・」
俺は窓の外を見て、言葉を失った。
動いてない。
『何一つ』動いて無い。
人も、車も、風も、鳥も、景色さえ何一つとして動いていない。
まるで、俺たち以外の時間が止まってしまったように。
「止まってる・・・・・。」
「時間停止とかの能力持ってたか?お前?」
「冗談言ってる場合じゃないわよ、木下・・・・・。」
「悪い悪い。にしてもここまで来ると、もう驚くのにも疲れてくるぞ?」
「驚く驚かない以前に普通はパニックに陥るはずでしょ・・・・・普通・・・・・。」
「この状況で落ち着いてる俺達も俺達だが。」
「どうする、ちょっと外に出てみる?」
小暮にそんな提案を出された。
「何にしろ外に出ないと何が起こってるのか分かんねえしな。代金はここ置いときゃいいか。」
「あ、そこは気にするのね。こんな時でも。」
千円札を置いて(これでもお釣りは出る。良心的な値段だ。)店を出ることになった。
「・・・・・誰も動いてる人はいないわね。まるで何かのアトラクションにでもいる気分になって来るわね。」
「ずいぶん余裕だな。」
「パニクって何とかなるなら世界の終りの如く狼狽えるわよ。」
「にしても此処まで静かな物なんだな、世界が止まると。」
「そうね・・・・・。っ!?」
「何だ!?」
此処まで静かだから気付けるんだろうな。
こういう、マンガみたいな演出。
コツコツ、とこちらに歩いてくる音。
「誰か来るな。」
「隠れる?」
「・・・・・。」
どうする?
どうする?
でも、もしかしたら・・・・・。
「小暮は隠れろ。俺だけ隠れないで様子を見る。」
「ちょっと、正気!?ってもう来た・・・・・あら?人?」
肉眼で確認できるほどの距離になった時、とりあえず人である事が確認できた。
その人は、何時か俺に強い印象を与えた人だった。
赤い髪で、不自然と自然が同居しているような人。
「やっぱりか・・・・・。」
「何がやっぱりなのよ?」
「多分だけど、俺にパソコンを渡した人だ、あの人。」
「え!?」
小暮が話についていけなさそうな顔をしている。
無理もないが。
「どうも。」
とりあえず普通に話ができるほどの距離にまで近づいてきたのでとりあえず挨拶をする。
「悪いな、ちょっとサーバーの掌握に手間取ってな・・・・・ん?お前だけを対象から外したつもりだったんだが・・・・・。」
「え?私?」
「どう言う事ですか?話を・・・・・。」
「すまんが時間が無い、すぐ移動させてもらうぞ。ついて来い。」
「ちょっと、待って!」
「ついていくしかないっぽいぞ?小暮・・・・。」
そのまま踵を返して駅の方に歩いて行くので、追いかける事になった。
「この状況だと駅に行っても電車が動いて無いんじゃないのかしら?」
「だよな、でも何で・・・・・?」
「ん?ああ、その事か。問題無い。」
駅のホームまで歩いてきたが、どうも俺たちの疑問を聞いていたらしい。
「・・・・・。」
その人の様子をうかがっていると、突如何もない空間にSFとかにありそうな映像状のキーボードの様な物が出現し、何か操作をしていたら、電車が来た。
「「!?」」
「ほらな。何も問題ない。入るぞ。」
そう言って入って行ってしまった。
つられて俺達が入ると、見計らったように扉が閉まり、電車が動き始めた。
座席に向かい合うように座る俺達。
言うまでも無いが、俺達二人と、名前を聞いていないのでとりあえずAさん(仮)と向かい合う形である。
「・・・・・ま、とりあえず何か聞きたい事とかあるんじゃ無いのか?」
「その前に貴方の名前をお聞きしたいのですが・・・・・って木下!こういう時ってあんたが言うんじゃ無いの!?」
「誰も居ねーのに動いてんのな。これ。あ、話し続けて。」
「その辺物色しても大した違いは無いぞ?」
「いやいや、あなたも礼儀に関して彼に突っ込むぐらいはしてあげて下さい。」
「いや、もう座るから。で、何だっけ?」
「・・・・・もういいわ。それで、あなたをどう呼べばいいのか分からないんですが・・・・・。」
「好きに呼べ。どうせもうじきこっちでの名前も意味を成さなくなるからな。」
「それはま、置いといてさ。さっきのは一体?」
「・・・・・。」
小暮が何とも言えない微妙な科顔をしていたが、どうでもいい。
「さっきのアレか?あれは・・・・・めんどくさい。それよりも、お前らは気付いてんだろ?」
「滅茶苦茶ね、この人。それで、気づいてるとは一体?」
「多分あのパスワードの言葉通りじゃね?でなきゃ何だって話になるし。」
「そりゃそうでしょうけど、もうちょっと話引っ張りなさいよ。」
「俺は、長い話嫌いだからそれで良いと思うが?」
「ですよねー。」
「二人で話まとめないで。」
「ってあんま大したこと話す前についたらしいな。」
電車のスピードが落ちて、どこかの駅に着いた。
駅名は、「暦坂」?
たしかここって・・・・・。
「すまんが、もうちょっと歩いてもらうぞ。」
「何やってんの木下?早くいかないと。」
何か思い出せそうだったのに・・・・・。
ま、いいや。そのうち思い出すだろう・・・・・し?
「ここって・・・・・。」
「ああ、知ってんのか。つーか知ってるわな。こっちだ。」
彼に案内されるようについて来た場所。
俺の・・・・・いや、俺達の日常が崩壊した『原因』。
「フロンティアハーツ・オンラインを開発した会社よね?ここ。」
「そうだ、こんなかなら説明しやすいんでな。お、あったあった。」
といって、恐らく子供が中に入るのか何かで開いた穴を通る。
しかし、何で焦げてるんだ。この穴。
「何で焼き切ったような跡があるのかしら・・・・・?」
「あ、これやったの俺。」
お前がやったのか。
「ま、そんなの些細なことだ。中に入るぞ。」
「些細・・・・・?」
小暮が半眼になってる。
って言うか小暮、さっきからツッコミしかやってね?
周りがボケキャラしかいないのも問題かもしれんが。
「また派手に玄関が壊れてるな。」
「俺じゃねえぞ。」
「じゃあ誰ですか。」
「誰だろうな?」
「あなたじゃないんですか?」
「と言うかあなただろう?」
「俺でした。」
「「やっぱりか・・・・・。」」
まるでロケランでも放ったような感じにぶっ壊れた玄関でこれまた下らない会話をしつつ、奥に入っていく。
ビルの中は薄暗く、非常灯の様な物しか点いていない。
それから少し歩き、エレベーターの中に入る。
エレベーターの操作を見る限り、どうやら地下に向かうようだ。
「着いたぞ。」
エレベーターの到着音とともにそんなことを言い、奥に入っていった。
「ここは・・・・・?」
小暮が何か聞いてる。
無理もないかも。俺も聞きたいし。
どうもここだけ明るいうえに無駄に広く、部屋の中央にあるマザーコンピューターの様な物が鎮座している。
「大体分かるだろ?制御室。」
「じゃあ、あれは・・・・・?」
「お前らがフロンティアハーツ・オンラインのマザーコンピューターだと思ってるやつだ。」
「思ってる?」
「まあ、待て。俺が知ってることを全部話す。」
そう言い、その人は語り始めた。
俺達の住む世界が、知らなかった事。
俺達が、知る必要が無かったこと。
俺が、
信じられないと、
嘘で覆った信じたく無い事を、
その現実から目を逸らしていた事を。