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◆ガルベア暦四十九年 十二月 クロスバード 1

◆ガルベア暦四十九年 十二月 クロスバード


 警備隊に事情を聞いてみたのだが、よく分からない説明が交差する。

 刃物で殺害された証拠はない、犯人は居ない可能性もある、黒いシルクハットの噂は本当だったのではないかなど、事件の真相を突き止めるための手掛かりにならない話ばかりを聞いた。

 そもそも胴体が上半身と下半身に分割される現象など、刃物でなければ何で起こるというのだ。犯人と思わしき人間は居なかったという。調査が甘かっただけではないのか。

 本来ならば、他に似たような事件が起こっていないか、同じ場所で死亡事件が相次いでいないか、辺りを真っ先に気にしなければいけない所だろう。

 まして、「黒いシルクハットを見た」と言い出す男まで居るのだから、収拾が付かなかった。

 カクから事情を知らされた明日の正午。すっかり打つ手を無くして、ジオンは溜め息を付いていた。


「こんにちは」


 ふと声を掛けられ、ジオンは眉をひそめた。商業都市スターランド、昨日と同じ『赤い甘味』のテラス席。甘くない飲み物はダージリンティーしかないので、仕方なくジオンはダージリンを注文していた。

 既に常連客となってしまった老舗の喫茶店、『貴族の庭』に行ければ良いのだが。

 いかんせんスターランドのはずれにあるせいで、特別な用事でもなければ早々足を運ぶことの出来る場所でもないのだ。

 あの場所はスターランドに訪れる人間の中でもひときわ特殊な、主に金のない者達が集まる通りという事もある。


「……軍事隊なので取り分け熱を持った案件はないが、一応これでも守護隊の勤務時間内だ。大した用でなければ、他を当たってくれないか」


 ジオンは顔も見ずに、そう言った。ジオンが広げられた新聞には、ようやくというのか、昨日ジオンが聞いた死亡事件について取り上げられている。それも、原因不明で守護隊が目下調査中というステータス付きだった。

 何が調査中だ、警備隊は何も動こうとはしていないし、特別な調査班が構成された訳でもない。守護隊は至って普通、このまま有耶無耶にして揉み消すつもりなことは明らかだ。

 ガルベア国王の耳に届いていたとしても、恐らく現状ではまだ、大した事件だとは思われていないだろう。


「存じております、ジオン・テイスト十三番隊隊長。ガルベア国王が、『貴族の庭』で貴方をお待ちですよ」


 ジオンは、顔を上げた。

 やたらと目の細い、青い髪の男だった。前髪が長く、一目見ただけでは目の位置さえも分からない――少し、不気味な印象だった。

 何者だろう、この男は?

 あろうことか、葬式でもないだろうに黒いスーツに黒いネクタイを合わせ、血の色のように真っ赤なピアスをしていた。腰に据えられた、妙に刃幅が狭く切っ先も片面にしかない、奇妙な剣も異彩を放っていた。あまり、売っている所を目にしたことはない類のものだった。


「……これは、失礼しました。恐縮ですが、貴方の身分をご教示頂いても?」

「おっと、これはこれは。センジュ・アルクォート。国家守護隊、A二番隊に所属しております」


 ――アルファベット?

 ジオンの知る限りでは、隊番号にアルファベットを用いた守護隊は、今迄に聞いたことがない。近日、新しく編成されたのだろうか。

 いや、守護隊を新規に編成するなどという、大きく今後の業務に関わるような情報が守護隊に、ましてジオンに即開示されない状態には早々ならない筈だ。

 かといって、目の前の男が嘘を付いているようには見えない。

 考えていても、埒が明かないか。丁度、ガルベア国王直々に話もあるようだ。

 ジオンは思い直し、席を立った。


「了解。『貴族の庭』ですね。……『貴族の庭』?」

「ええ。そのように申しておりました」

「本部ではなく? ……喫茶店? 馬鹿な」

「私は言伝を承っただけですので、詳細までは」

「……ああ。ああ、そうでしょうね。分かりました、どうもありがとう」


 ジオンはセンジュ・アルクォートと名乗る青年に敬礼し、背を向けた。代金を『赤い甘味』に支払うと、アルバイトの笑顔を横目に店を出る。

 そのまま、『貴族の庭』へと歩き出した。

 何か、不気味な感覚を覚える。連合王国本部ではなく、あえて商業都市スターランドの外れを選ぶ理由。……分からない。ジオンの知らない国の裏側で、何か大きなものが動いているのだろうか。

 あるいは、『黒いシルクハット』――……


『『斬られた』痕跡が無えんですよ。刃物なら、こう斬られたとか、何かしらの痕が残る筈じゃねっスか。それが無くて、ぱっくり割れたみたいになっているんだと。それを見て、『黒いシルクハット』の話だと言い出す奴がいて』


 ――何を、馬鹿なことを。お粗末にも程がある。

 商人、貴族、奴隷、あるいは使用人。あるいは守護隊――様々な面々を拝むことができるのが、商業都市スターランドならではの光景だ。服装も様々で、遠方から来たような独特の衣装を着ている人間もいる。

 道中何度か通り過ぎる、噎せ返るような排気ガスを出して乱暴に走る商用自動車と、まるで裕福であることを誇示するために作られたかのような、下品に装飾された馬車を眺めながら、ジオンは歩いた。


 先の殺人事件と、ガルベア国王の不審な挙動に関する共通点。


 ……考えた所で、答えなど出る筈もない。


 そもそも斬られた痕跡がない、とは一体何を指してそう言っているのだろうか。ならば、断面はどのようになっていた? ……今思えば、カクの話を鵜呑みにするのではなく、もっと色々聞いておくべきだった。

 人の意見というものは、往々にして後から疑問が湧いてくるものだということは、ジオンにも分かっている事だったが。


 雑踏を抜け、路地へと入る頃には、大都市となってしまったスターランドにもいくらかの寂しさが垣間見えるようになる。少し歩くと荒野になっており、そこから先は人の足で向かうような土地ではなくなる。遠目に見える線路は、ダイヤモンド・シティへと繋がる機関車が走っている。農地と荒野しか見当たらないような場所まで辿り着くと、ジオンはその一歩手前にある、『貴族の庭』へと入った。

 ……クローズ?

 表の標識に、まず疑問を覚える。

 重たい木製のドアを開くと、ドアベルが静かに音を立てた。


「いらっしゃい」

「こんにちは、マスター」


 一目見て驚いたのは、いつも数名は居るはずの客が、今日は一人も居なかったことだ。

 そして、左から右までをじろりと見渡すと、そこには二人の男が見える。

 片方は、ガルベア国王。

 もう片方は、……金髪の、蒼眼の男だった。

 店内は何故か照明が落とされており、男の詳細な表情を確認することは出来ない。既に日は傾きかけているので、橙色の光が小さな窓を通じて店内に入り込んでいるくらいで、他にジオンの視界を良好にするものは何もない。

 これではお世辞にも開店している店とは思えない。

 いや、閉まっているのだったか。

 その異様な光景に、ジオンは思わず生唾を飲み込んだ。


「ジオン。こちらへ」

「……はい」


 ガルベア国王は、椅子に座っている。隣に居る金髪の男は、国王の隣に立っていた。

 なんだ、これは。想像していたよりも、ずっと……

 ジオンの中で、得体の知れない懐疑心が渦を巻いた。マスターは何も言わず、店の奥に消えた。

 まるで測ったようなタイミングだった。


「座りなさい」

「……はい」


 そうして、ジオンは国王の対面にぎこちなく腰を下ろした。

 座り慣れた木製の、味も素っ気もない固い椅子だったが、状況が違うとこうまでにその固さを意識することになるとは思わなかった。

 西日にガルベア国王の眼光が照らされ、赤い光を帯びる。


「ジオン。新人教育はどうだ」

「はい、どうだ、と言われてもまだ二回しかやっていませんが。……まだ学生上がりの人間らしさが抜けませんが、次第に慣れていくとは思っております」

「そうか」


 そんな話は、いつもなら本部で行う。いや、そんな話なら本部ですら行う必要はない。『貴族の庭』は確かに商業都市スターランドの外れという、あまり人が来ない場所に位置するが、とはいえ人が来ないかと言えば、そんな事はない。

 ――本部では話すことが出来ない理由が、あるのか。


「ジオン・テイスト。唐突ですまないが、新人教育は警備隊のメリッサ・ゴードンに一時任せる事とし、ジオンは単独勤務に当たって貰いたい」

「……単独? 十三番隊ではなく、ですか?」

「十三番隊は一時的に誰か、他の人間を隊長にして欲しい。君には、極秘の任務を請け負ってもらう」


 本部で話すことが出来ないのは、本部の人間に知られてはいけないからか。

 国王が『貴族の庭』のマスターと知り合いだということには、少し驚きもしたが。この異様な場に対する回答を手に入れた気がして、ジオンは少し表情を緩めた。


「はい。して、その任務とは?」


 国王は言った。


「ある人間を――探すことだ」



 ◆



 カク・ターヌ=コームは三年目だが、今の若手ばかりが目立つ十三番隊にとっては貴重な戦力だった。ジオンはカク・ターヌ=コームに一時的に十三番隊を任せる事とし、すぐに調査を開始する事に決めた。

 ガルベア国王が指名してきたジオンへの依頼とは、実に突拍子もないものだった。だが、ジオンはその言葉を聞いて、どういう訳か先の殺人事件――奇妙な遺体との接点を見付けてしまったのだ。


『奇妙な能力を持った人間が、連合王国をうろついているらしい。彼らは殺人を躊躇せず、あちらこちらで事件を起こしているらしいのだ。その能力者を集め、本部まで連行して欲しい』


 何故、ガルベア国王が自分だけにその依頼をしたのか、何故本部に聞かれてはいけなかったのか。それはジオンには分からない事だったが、国王はどうも、何かを隠しているように思えた。

 そうでなければ、『貴族の庭』で会議など――

 ……考えても、仕方の無い事ではあるのだが。ジオンは連合王国本部で手続きを済ませ、早々に戻るつもりだった。まずは情報を集めなければどうにもならないが、手掛かりはある。

 カクが言った、奇妙な死に方をした遺体。あれが不可思議な能力を持った――『能力者』による殺人だとするなら、まずはそこから情報を集めてみるべきだ。


「……なんとも、幻の珍獣を探せと言われているみたいで、どうもな」


 ジオンは本部を出ると、帝都ガルベアの大通りを歩いた。ジオンが手続きを終える頃には既に日は暮れていた。ここからジオンの自宅まで歩くとなると、家に着く頃にはすっかり夜も更けているだろうか。

 何しろ、帝都ガルベアを通り過ぎて、商業都市スターランドの外れに家を構えているのだから、ジオンが悪いと言えばそうなのだが。

 寮はどうにも居心地が悪いのだ。


「……良いから、こっち来いやコラ!!」


 小路へと続く道の辺りに差し掛かった時、ジオンは溜め息を付かざるを得ない声を聞いた。

 商業都市スターランドの夜は物騒で、昼間とは打って変わって柄の悪い連中が徘徊している事が多い。まだ深夜と呼ぶには早い時間帯だが、いつもより今日は人通りが少なかった。だからだろうか。

 既に声は、小路の奥の方から聞こえてくる。あの道の先は行き止まりになっているから、女性が逃げる事は出来ないだろう。ジオンは、辺りを見回した。近くに警備隊が居る様子もなければ、人の気配もない。

 スターランドの端ともなれば、車通りも随分少なくなる。まして、この時間だ。

 ――自分がやるしかないだろうか。

 小路を通り過ぎた辺りで、ジオンは再度溜め息を付いて道を引き返した。


「おーい。守護隊の軍事隊だぞー。馬鹿な真似はよせー」


 間の抜けた声を小路に向かって放ち、ジオンは暗がりの中へと入って行った。ジオンほどの大男になれば、ほとんどの相手は戦う事無く逃げて行く。姿を見せれば、事件は解決するのではないだろうか。

 暫く進んで、ジオンは眉をひそめた。

 ――先程まで声を張り上げていた、男の声が無くなった。

 呆けていたジオンは少しばかり顎を引き、姿勢を整えた。腰に構えたピストルを、いつでも抜くことが出来るようにしておく。

 辺りの気配を感じながら、ジオンは歩いた――……


「……何者だ。出て来い」


 ふと、ジオンは何かを蹴ってしまった。うう、とそれは呻き声を上げた。

 ジオンは下を見る。

 ――これは、まさか。先程まで、声を張り上げていた男ではないだろうか。

 ジオンはすぐに、前を向いた。

 その男は、左腕を失っていた。

 自然と、ジオンは喉を鳴らした。


「――ったく。今日は、訳が分からないぜ」


 国王から直々に任務を受けたかと思えば、この事態。ジオンはピストルを構え、前に歩いた――……

 ジオンに向かい、何者かが歩いて近付いて来る。

 姿は分からないが、形は人型だ。

 ――ならば、言葉は通じるだろうか。


「ガルベア連合王国、守護隊だ! 何もしなければ、攻撃はしない。馬鹿な真似はよせ!!」


 それは、ある意味では自分の防衛のために言っただろうか。それほどに、そろりそろりと近付いて来る何かは不気味な殺気を放っていた。

 ジオンの下顎から、汗が垂れる。

 やがて、その姿は月明かりに浮かんだ。


 ジオンは、目を見開いた。


 痩せ細った身体は一糸纏わぬ姿で、女性の形をしていた。ジオンの息が止まる。月明かりに照らされた長い金髪は腰まであり、蒼い瞳がジオンの顔を見ていた。

 ふらふらと覇気はなく、先程まで感じていた殺気をジオンは受けなかった。それでも、ジオンは何も言う事が出来なかった。

 ――似ている。

 あまりにも。

 そのような思いが交差してしまったからなのか、ジオンはピストルを構えたまま震え、覚束ない口で、その名前を口にした。



「――――ソプラノ」


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