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◆ガルベア暦四十九年 十月 クロスバード

◆ガルベア暦四十九年 十月 クロスバード


 ガルベア連合王国、国家守護隊。

 二千万を越える人員と鍛え上げられた戦闘能力を持つ。その職業への期待度は高く、セントラルアカデミーを卒業した、実に四十三パーセントもの人間が国家守護隊に就職を希望するという。

 国家守護隊、十三番隊隊長。ジオン・テイストは、新たに配属されるメンバーを左から順番に確認していった。

 皆、覇気のない顔をしている。――新人が給料と勤務時間の事しか考えないことは、長い守護隊人生の中で学んできた事だったが。いっその事、セントラルアカデミーから人を取るのを辞めるべきなのではないか、とさえ思う。


「ヴィアトリフ!!」


 ジオンは強くそう言うと、横並びに立っている新人達に向かい、両足を揃えて姿勢を正した。皆一様にジオンの真似をして、欠伸を噛み殺しながら決まり文句を口にする。

 守護隊の訓練施設。リノリウムの廊下に整列した新人達は、全く仕事をする価値を理解していないようだ。


「「ヴィアトリフ!!」」


 ――やれやれ。少し、活を入れなければならないだろうか。

 どうして、今年の新人教育が自分に任されているのか――南方での戦争はどうなったのだろう。早くカタを付けなければ、死人が増えるだけではなく、経済的にも大きな影響を及ぼすのではないだろうか。

 国家守護隊の中でも、戦争経験者は全体の三十パーセントにも満たない。隣国は既にガルベア連合王国という巨大な機関に対して戦う事を諦めているのがほとんどだし、連合王国も戦争は放棄してきた。

 よって、現在では戦争をしなければならない事はほぼ無くなり、友好条約を結ぶことで解決している場合がほとんどだ。

 それは、分かっているが。

 ジオンは眉根を寄せると、ずい、と新人を左から右まで見渡し、険しい表情になった。


「さて、『ヴィアトリフ』というのが、かってガルベアの英雄――現在の国王だな――が、戦場で視た雷神だと言うことは、アカデミー卒業生なら誰もが知っている事だと思うが。まさか、知らないということはないよな?」

「「サー!!」」


 ジオンは新人一同の前に立ち、左右に歩きながら、それぞれの姿勢を確認しながら話す。


「ヴィアトリフは言った。この世界は戦う事ではない反映を、新たな時代にもたらしていく必要がある、と。英雄はそれを視た。それまで小さな隣国は戦争続きで、いかにして領土を争うかという問題に終始してきた。当時最も大きな国だった『帝都ガルベア』が戦いを辞める事で、各国は条約を結び、今では『ガルベア連合王国』という、巨大な国となった」


 ――既に、話を聞いていない者がいる。

 左から三番目、眠そうな瞼を必死で持ち上げ、どうにか立っている男。名前を、シルフィード・クラックスと言っただろうか。

 小さな炭鉱で働く家族などは、セントラルアカデミーに通う事が出来ない場合も多い。富民街であるダイヤモンド・シティからのし上がる人間のほとんどが、セントラルアカデミーで働く事もなく、この世の偉大なる歴史がどうなどという授業に溺れ、そして就職していく。

 その無駄なルートから最も多くの守護隊が形成されるというのだから、ふざけた話である。

 教授のうんちくを小耳に挟む程度の意識で大人になった者達よりは、金がなく飢餓に苦しんだ、働く事を知っている若者の方が、絶対に将来役に立つ。

 キリイチロウ・タンバの産んだ研究施設を始めとする、先人達の偉大な功績を何だと思っているのか。


「だから、我々の挨拶は『ヴィアトリフ』となっている訳だが――では、聞こう。守護隊の三大勤務とは、防衛、監視、あと一つは何だ? ……シルフィード・クラックス」


 ジオンはじろりと、眠そうな若者を見た。シルフィードは急に名前を呼ばれたことで驚き、ジオンの言葉の意味を反芻しているようだった。


「……えっと、……はい」


 ジオンはシルフィードに向かい、足を進める。ようやくジオンが怒りを覚えている事に気付いたのか、リノリウムの廊下には緊迫した空気が訪れていた。

 シルフィードを指差すと、ジオンは厳しい顔で言う。


「『鍛錬』だ。戦争をしなくなった筈のガルベア連合王国が、何故鍛錬をしなければならないか。ガルベア連合王国は、平和のために武器を捨てる者ではない。あえて最も巨大な武器を構え、『戦わない』と主張することで、強制的に戦争を終えるという手段を取った」

「サー、ジオン隊長」


 シルフィードは脂汗を垂らしながら、ジオンに向かい、苦笑した。ジオンは溜め息を付いて、シルフィードから目を逸らした。

 一瞬、確かな安堵に、シルフィードが姿勢を崩す様子が見えた。

 ジオンは怒りを露わにし、シルフィードに詰め寄った。


「――隣国は今、新たな生産業として、エレクトロニクスに興味を抱いている。ガルベアもその流れに付いて行く。機械革命だ。我々は常に最高峰の兵力を持たなければいけない。――勤務中の怠慢! 意識力の低下! 生活の乱れ! アカデミー時代ならば通用したかもしれないが、今そんな事をまだ続けようとしている者は、戦時中に食料を忘れて戦いに行くようなものだと言う事を」


 ジオンはシルフィードの胸倉を掴むと、鷹のように鋭い眼光でシルフィードを見た。


「――――知っておけ」

「……サ、サー、ジオン隊長」

「勘違いするなよ。国家守護隊ってのはな、新人教育の期間を過ぎると、個々の小隊に配属されるんだ。どこかで取って貰えれば良いが、あまりに新人教育中の態度が悪いと、評価が下がる。小隊のほとんどから拒否された場合、お前――」


 ジオンは不敵に笑うと、シルフィードに対して、まるで兎を見付けた猛獣のように殺気を放った。


「金持ちのボンボンから、一転して貧民に格下げだぞ。覚悟しておけよ」

「……うう」



 ◆



 ジオン・テイストは、こと昨今の新人教育という項目においては、あまり新人達から支持を得られない人物であった。

 飲みかけのビターチョコレート・ドリンクをテーブルに置くと、ジオンは深い溜め息を付いた。

 オープンテラスも備わっている小洒落たカフェ、『赤い甘味』。様々な甘味系の飲料ばかりを売っている喫茶店だが、疲れ切った脳にはこれほど良いものはない。


「溜め息付くと幸せが逃げるっスよ、ジオンさん」


 茶色の短髪を綺麗に揃え、ジオンと同じ迷彩柄のシャツを着た細身の青年が、ジオンの向かい側に座った。そのトレイには、ハンバーガーと二人分のフライド・ポテトが乗せられている。

 ジオンはそれを横目に見ると、言った。


「ジャンクフードなんか食ってんじゃねえよ。米を食え、米を」

「あはは、飯の規定まで守護隊のメニューにあったっスかねえ」

「……ちっ。三年目の癖に生意気な」


 ジオンが悪態をつくと、青年はにやにやと笑いながらジオンを見ていた。気味が悪いと思い、ジオンはビターチョコレート・ドリンクをテーブルに置き、肘を付いて身を乗り出した。


「……なんだよ」

「いえいえ。どうでした? 新人達は」

「あー! 駄目だよ駄目!! どいつもこいつも、アカデミー上がりの腰抜けばっかだよ。あんな奴等を勝手に採用して、教育だけ押し付けやがって。新人採用部は何をやってるんだ」


 ジオンの言葉に、青年は腹を抱えて笑った。彼の様子を見て、ジオンの気分が更に悪くなる。


「笑うな!!」

「いやー、ジオンさんらしいっスねえ。結局最終的には、『皆放って置けねえ!! 俺が面倒見る!!』ってなるんでしょ」

「ならねえよ」

「いやー、なりますね絶対。脳味噌筋肉で出来てるんで」

「――んだとコラ」

「冗談ですよ、冗談」


 一回りも歳が離れているというのに、いつしか仲良くなってしまった青年。カク・ターヌ=コームは、悪戯染みた笑みを浮かべて胸の前で指を組み、その上に顎を乗せた。

 カクの言う事もまた、正しいかもしれない。そんな事は分かっていたが、面倒事を押し付けられているのだ。今のうちは文句の一つも言わせて貰いたい。

 ジオンは元々、貴族の護衛上がりで守護隊になった。他のメンバーとは、ルートも経験も一風変わっていた。

 何度かに分けて事を起こしている、先の南方戦争にも、一度出向いて生きて帰って来ている。

 それ以前に、ガルベアの英雄が隣国同士の争いを止めるために戦った――アカデミーでは『英雄の守護』と呼ばれる戦争にも、若くして参加していた人間だ。

 現、ガルベア国王ともそれなりに密接な繋がりを持っている。

 あの地獄のような時期が終わったからこそ、今のガルベア連合王国というものは成り立っているのだ。

 それを考えると、新人守護隊を名乗るボンボン息子共の事が頭から離れなくなりそうだったので、ジオンはそこで考えるのをやめた。

 不意に、カクが気迫のある瞳でジオンを見た。何事かとジオンは眉を上げて、双眸をカクに向ける。


「……どした?」

「ジオンさん。『黒いシルクハット』の噂、知ってますか」


 カクは至って真剣な顔で、ジオンに聞いた。

 何を言い出したかと思えば、根も葉もない噂の事か。ジオンは少し面白くなってしまい、思わず吹き出した。


「ちょっと、真面目に聞いてくださいよ!!」


 カクは少し慌てた様子で、テーブルを両手で叩いてジオンを見る。その態度がまた面白くなってしまい、ジオンは笑った。


「マジな顔して何を言い出すかと思えば、黒い、シルクハット。――あれだろ、ホラー映画になる感じのやつだろ」


 カクが言っているのは、怪奇現象が次々と発生するという、得体の知れない噂のことだ。

 きっかけも不明、症例も不明だが、幻覚や幻聴などが聞こえるようになるという。黒いシルクハットを見た者は何者も信用出来なくなり、恐怖に怯え、最終的に人間には実現不可能な形で殺される、というものだ。

 如何せん、作り話にしても出来の悪い噂で、一部の恐怖体験マニアの間で盛り上がっているくらいで、普通は話題にもならない。

 だが、カクはジオンの態度に溜め息を付くと、言った。


「別に俺だって、B級ホラーの話がしたい訳じゃねっスよ。――死人が出たらしいです」


 瞬間、ジオンの表情が固まる。


「――――なんだと?」


 カクはジオンの態度が変わった事に満足すると、両手を引いて腕を組んだ。


「恐らく、『黒いシルクハット』の逸話に見せかけた殺人。今日の夜にでも、守護隊の下に話は来ると思うんですが、腹から腰にかけて――ただ胴体が『真っ二つ』になっていて、凶器も犯人も捕まっていないそうです。何よりも奇怪なのが」


 カクは人差し指を立てると、ジオンに向けた。


「『斬られた』痕跡が無えんですよ。刃物なら、こう斬られたとか、何かしらの痕が残る筈じゃねっスか。それが無くて、ぱっくり割れたみたいになっているんだと。それを見て、『黒いシルクハット』の話だと言い出す奴がいて」


 ジオンは唇に左手の人差し指を当てて、カクを見た。


「何でお前、そんな情報」

「実は事件があったのは昨日なんですが、たまたま事件現場を通り掛かったんスよ。警備隊の守護隊――何番隊か分かりませんが、そいつらが調査していて。まあ、俺ら軍事隊には届き難い情報かもしれませんが」


 ――そんな、出来事が。不可解な事件。まだ、公にはなっていないといった所だろうか。

 だが、何れにしても人の胴をを一刀両断できるような剣士が主犯だとしたら、これは厄介な事件だ。かなりの手練であることは間違いがないだろうし、それが警備隊の対応範疇かと言われると、不明だ。

 何れ、自分達の所に対応依頼が来る可能性もある。


「……分かった。俺の方でも、少し情報を集めてみる」

「事件があったの、ここなんですよ。セントラル・シティ。気を付けてくださいね。夜中、急に襲われたりする事があるかも」


 カクの言葉に、ジオンは笑った。


「ああ、気を付けるよ。でも俺は大丈夫だ、お前は自分の心配だけしてりゃいいよ」


 しかし、早く事件は解決させなければいけないか。ジオンは立ち上がり、国王の下へ向かうべきかと考えた。今日の訓練も、もうじき終わるだろうし――南方戦争も解決に向かおうとしているのか、国家守護隊の軍事隊は現在異様なほど仕事が少ない。何か、裏で大きなものが動いているようにも感じるが――……


「もう行きますか、ジオンさん」

「おう。ちょっと、調べてみようと思ってな」


 カクはジオンの事を、ことさらに心配しているようだった。


「どうした?」

「……いや、奥さんみたいに、ならねえでくださいね」


 カクに言われ、ジオンは過去の出来事を思い出す。

 唐突にその姿を消してしまった、ジオンの妻。ソプラノ・テイストは悩んでいる姿をあまり人に見せない、活発な女性だった。

 ――今でも、美しいブロンドの長髪とワインレッドの瞳を鮮明に思い描く事ができる。


「――――ああ、大丈夫だ」


 勝手に、消えたりしない。ジオンには、そう分かっていた。

 目に見えない大きなものより、目先の小さな問題だ。ジオンはそう思う事にして、ひとまずは警備隊に事情を聞いてみるべきだと考えた。



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