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ガラスの骸

白「これは、あたしのはじまりの物語」

白「あたしがみっつの能力を得て、「戦い」に参加した理由」

白「まあ、なんてことはない、ありきたりなきっかけなのよ」

白「あたしは愛が欲しい。ただ、それだけ」

 あたしは、いつからか“そこ”にいた。

 月光がやけに明るく、白く、けれどステンドグラスを通して鮮やかな色となってあたしを照らしている。

 ここは「戦い」の舞台となる予定の太刀川市の、街のはずれ。人の出入りがなくなって久しい、廃れた教会。確か、そうあたしのパートナーの実行委員から聞いた。

 ……気付いた時から、ずっとここにいるんだ。外のことなんかわからない。今のあたしにとって、この屋内こそが生きる世界の境界だった。

 「目を、覚ましたのかい。ハクリ」

 声が掛かる。気弱そうな男性の声だ。あたしは、その声の主を見やると、安堵に頬が緩む。

 「……おはよ、ガード」

 「うん、おはようハクリ。お腹はすいていないかい?」

 「……うん。今は、平気」

 「そうか」

 声を交わすと、あたしがそうだったように相手も柔らかな笑顔を見せてくれる。

 実行委員ガード。あたしのパートナーである。

 長い金の前髪の奥から覗く深紅の瞳は、あたしの瞳と似た色を灯していて。あたしがただひとりの、孤独な化け物でないことを思わせてくれる。あたしと同じ、出自も思い出せない、けれど不思議な能力を持ち「戦い」に挑もうとしている「普通じゃない」ヒト。その存在を肯定してくれる彼に、あたしは安らぎを感じていた。

 彼は実行委員の役目として、あたしがこの教会から逃げ出さないことを監視している、ただの看守なのに。

 「腕や首は痛まないかい?」

 「そう気に掛けてくれるなら、外してくれたっていいじゃない」

 「ははは……残念だけど、決まりだから。勘弁してよ」

 「もう。ひどーい」

 じゃらじゃらと床と壁に擦れる金属音を響かせ、まるで仲睦まじい男女の他愛ない世間話をするように、あたしとガードは言葉を重ねる。

 あたしの首と、腕と、足。それぞれに鉛と鎖が繋がれ、教壇の後ろに磔にされているのが今のあたしの状態。そんな変な状態で寝ていたものだから、身体中が痛くて、痛くて。

 それでもこんなかわいそうなあたしを、優しそうに気弱そうに、繊細そうに振る舞いながらガードは見逃してくれない。あたしとガードは、そんな距離での会話がたまらなく楽しかった。

 「ハクリ。今日は焼き鳥を用意したよ。塩とタレと。バリエーションを増やしてもらったんだ」

 「ハクリ。今日はレバ刺しってモノを見つけてきたよ。君の能力は血を媒介に使うから、探してみたんだ」

 鎖に繋がれて、監禁されているあたしに、単身での食事の手段はない。だからこうして、街に下りたガードが街の商店街でお土産を買ってきてくれる。焼いた動物の肉ばかりなのは、彼の好みなのかもしれない。あたしも好きだから、構わないけれど。



 そうやって、目を覚ましたらいつも近くに居て、代り映えの薄い話を繰り返して、命を長らえるうえで必要な介護をしてくれる彼と、何度目かも数えきれない暦を繰り返したとある日の朝。

 「ハクリ。君の「射哮血」、仕上がりはどうだい?」

 その日、ガードは目覚めたあたしにいつもの挨拶も掛けずに実行委員としての仕事を始めていた。

 「今日はちょっとね。それより、どうなんだい?」

 「……そんなに見たいなら、どうぞお好きに。怪我だけはしないでね、ガード」

 あたしは伸びた指先の爪で指の腹の皮を裂き、血を床へ垂らす。血の雫、自分から零れ落ちるその液体に、意識を集中させる。

 「射哮血」、発射(てェー)……!

 瞬間、血が急速に沸騰したかと思えば、床に垂れる血の一滴一滴が火薬となり、零れ落ちる度に床に穴を開けていく。小さいとはいえ足元で爆発が連続するので、飛び散る床の破片や爆風、爆熱が晒された素足を焼いていく。

 痛い。熱い。痺れる。壊れる。怖い。

 あたしの身体の全身を巡る血液が、何故今あたしの中で火薬となって爆発しないのか。いつか爆発するんじゃないか。怖い。

 頭を、胸を、どこからか爆発が起こり内側から爆ぜるのではないか。今なお壊れていく足元から、爪先から、あっという間に導火線を焼き尽くして粉微塵と砕けるのではないか。怖い。

 それによって、すぐ近くであたしを見下ろしている彼を巻き込んでしまうのではないか。とっても、怖い。

 「……それくらいでいいよ、ハクリ。能力の使用を止めて」

 永遠とも取れた恐怖の逡巡の果てに、ガードが声をかけてくれる。だから、我に返ることができて、同時に能力の使用を中断できた。

 あっという間に、あたしの周囲は黒焦げのクレーターだらけだ。全身煤だらけで、きっと生まれつき白い肌や髪も人並みに黒く焼けたんじゃないかって思う。

 「ありがとうハクリ。君のチカラは使用の期間を空けても威力が変わらないね。きっと、もう十分身体に能力が馴染んでいるんだ」

 淡々と紙に結果を記録していくガード。きっと他の実行委員や、「戦い」を取りまとめている存在に、あたしの能力者としての出来を評価されているんだろう。

 別に構わない。あたしはただ、ガードに見てもらえれば。あたしという存在を、認めてくれる存在がいてくれるのなら。それが取り繕っただけの薄汚い人間じゃない、あたしと同じ身の上である化け物であるのなら。

 「ハクリ。君の他にも参加者の契約が始まったんだ。いよいよ世界を手に入れるための「戦い」が始まる。君の「調整」は、次の段階に進むことになった」

 記録を終えたガードは、新たな作業に移るようだ。書類を置き、あたしのすぐ近くに近付いてくる。歩きづらいだろうに、わざわざあたしの目の前まで。

 あんまり近くに来られると、心拍が上がる。他の実行委員があたしを検査する時と同じ近さなのに、こんな気持ちは彼の時にしか顔を出さない。なんか、気になっちゃう。どうしよう、全身煤だらけなのに。足とか、変な方向に曲がっているのに。身を纏う防寒の布も焼けて破れて、肌がところどころ見えてしまっているのに。

 ガードはあたしの前に立つと、さっきまでの淡々とした仕事の雰囲気から、いつも雑談をしている時の気弱そうな雰囲気に戻る。深呼吸なんてして。どうしたんだろう。

 「ハクリ。僕は今から、君に新しい「能力」を与える。君に、二つ目の、獣を飼わせることになるんだ」

 彼の言葉の意味を、あたしは知らない。知らないまま、あたしは、彼の絡めてくる指に逆らうことなく、繋がった。

 あたしとガードの境界が曖昧になり、ひとつに混ざり合う錯覚。永遠のような一瞬。全身を駆け巡る激痛。ああ、あたしは今、愛を教えられている。彼から、(のうりょく)を、受け取っている。

 か細い囁きが彼の吐息と共に聞こえた気がしたけれど、今のあたしには理解する余裕はなかった。



 やがて、彼の身体があたしから離れると。彼はそのまま、離れた勢いのまま後ろに倒れ込み、教壇に身体を打ち付けて、なんの抵抗もなくそのままあたしの足元に倒れ込んだ。

 同時に、教会の扉が力強く開け放たれる。そして、十数人ほどか、武装した人間が雪崩れ込んできてはあたしを取り囲んで銃を向けた。

 「実行委員ガード、もう遅かったか!」

 「何故こんなことをしたんだ! クリエイター能力を既に能力を宿しているモノに使用するなど!」

 「あいつは、手を付けられない化け物を生み出すつもりだったのか!」

 有象無象が何かを喚いている。けれど、あたしには理解できない。

 ひとつだけ、確かなことを直感している。今、こうして目の前で臥せている実行委員ガード。あたしに愛を授けた人は、もうすでに死んでしまっている。

 あたしが、奪ったんだとわかった。彼が(のうりょく)を与えている儀式・術式、そのさなかに“あたしが求めすぎた”んだ。

 一人に対して一度しか行使できない実行委員のクリエイター能力。対象に「星の意志」の力を与え、超常の能力を引き出す、化け物を目覚めさせるチカラ。その行使には相当の負荷がかかるに違いない。

 あたしはその中で、彼の愛を深く求めてしまったのだ。彼の全霊を込めたオペを、邪魔するでもなく大成功させてしまった。彼のまさに全霊そのモノを、そのままあたしのチカラの一部として喰らい尽くして、飲み干し尽くしてしまったんだ。

 だから、空っぽに干からびた抜け殻だけの(にくたい)が、こうして力なく臥している。彼の愛は、間違いなく全て、あたしの中に注がれている。

 「これでは「戦い」を終えたあとの処理のしようがない!」

 「不死の力など、最も与えてはいけない存在(ばけもの)に!」

 「こんな最悪な状況をファミリアが知ってしまったら!」

 「いや、まだ能力は発現していない! 今のうちに処分してしまえば!」

 騒めく羽音は耳に入らない。けれど、少しずつ感覚が戻ってきて……先ほど彼の愛を貪った時に、彼が囁いた言葉が蘇ってきた。色が着くように、記憶の中に現れてきた。

 『ごめんよ、ハクリ。知らぬ愛を求める獣。君は、一度死ななくてはならないんだ』

 「発射(てェ)ー!!」

 彼の声と、犇めくヒトの号令が重なった。同時に、四方八方を塞いだ肉の壁が放つ無数の銃弾の暴風雨が、あたしの身体と、倒れる彼の身体と、壁の上方に飾られたステンドグラスを砕いていく。

 用意していた弾丸を全て費やすつもりか。それともこの教会の壁を砕くつもりか。発砲は何分も何分も続き、やがて何も見えなくなって硝煙と土煙が晴れるまで死体を確認できなくしてしまった。

 ステンドグラスが割れ、雨となり降り注ぎ、色硝子があった場所は外気を取り込む孔となって、風を運ぶ。

 再び晴れたそこには、かろうじて人だったモノが、今は見るに堪えない肉塊が転がっていた。身体の至る部分が離れ離れになり、飛び散り、アルビノの肌や髪の白も、血の赤すらも見えなくなるほど黒く染まっている。

 銃を構えていた実行委員たちは、自分たちの脅威になる前に化け物を退治できたと安堵した。「戦い」の参加者は事故により消耗した以上、全員が揃う前に新たな一人を見つけることで数合わせとしようなどと話していた。

 『ハクリ。君は綺麗な髪をしているね。その眼も……僕と同じ、普通の人じゃない、化け物と虐げられた存在のモノだ』

 その“異常”に、最初に気付いたモノはただの見間違いだと思った。風か、振動の余波か、少なくとも「身体の一部と思われる肉塊が自ら動くことなど有り得ない」と。

 『ああ。ハクリ。僕は君が好きだ。愛している。まさか、こんな感情を抱く相手が現れるなんて思わなかったけど。そうだね、“化け物”同士なら当然だ。人じゃないのだから、人じゃないモノに惹かれるなんて当然のことだった』

 次にその“異常”に気付いたモノは、有り得ないことながらも状況を有るがままに理解してしまった。「銃弾の雨に晒され命を絶たれたはずのモノが飛び散った互いを求めるように蠢いている」と。

 『僕は君を自由にしたい。けれどどうしたらいいのだろう。君が愛するモノだけを見ながら生きていける手段が、今の世界には存在しない。けれど、こんなことを君が【絶対】に願うことだけはあってはならない。命の限りは、化け物であれど必要なんだ。愛は、有限なのだから』

 もう、その場にいる全員が“異常”を認め、戦慄し、絶望した。「赤々とした血肉が活発的に蠢き骨を伸ばし人型を象り、鎖から解き放たれた獣が復活し復元されていく」と。

 『ハクリ。僕は君に酷いことをする。今の世界に君を幸せにする手段がないなら、君が幸せになるための手段が現れるまでは生きていてほしいと、愚かな願いを抱いてしまった僕を許してほしい。君はこのまま本当の愛を知らず、有限の美を求めるだけで美しさに到達しない醜さだけで寿命を全うしてしまうことが僕には耐えられないんだ。君は本当に美しいから。だから、その存在の歴史そのモノも美しくあってほしい。それが僕の君への愛だ』

 「……ガード。あたし、化け物だけれど。愛を見つけるまでは、生きていていいのかな」

 ついに、声を発せられるまで回復しきった。身体の機能が、十全に働いている。

 「じゃあ、これはやっぱり貴方からの愛なのね。ガード。わかったわ、あたし。「戦い」を生き、【絶対】を手にして、貴方の言う「本当の愛」ってモノを探してみる」

 さっきまで曲がっていた足も、きちんと立てる。指先の傷もない。代わりに、彼の触れた感覚も忘れてしまったけれど。

 骸となったあたしが再び生人の真似事ができる程度に回帰する。「回帰骸」が、ガードのくれた、あたしの中に産まれた(ちから)。なんて、なんて心地が良いのだろう。

 怯え、教会から逃げ出していく有象無象。その波の中で、一人こちらに歩み寄る影がある。

 その影は桜のようなピンクの髪色をしていた。少女だった。

 「……河水樹白里。実行委員ガードに代わり、これからの「戦い」のサポートは私が行う」

 「へえ? 貴女はあたしを見て逃げないのね。あたし、化け物よ?」

 「構わない。私も同じ。それに、貴女はきっと、私の与える力が欲しいはず」

 すっかり教会内には二人だけになった。その中で実行委員の少女は私の手を取ると、先刻も感じたような能力の覚醒の儀式・術式を執り行う。

 今度は痛みや、混濁する時間の感覚を覚えなかった。あたしはさっき、十分すぎるくらいの痛みを受けたから。もう、痛くなかった。痛みの入口に立つそばから、その痛みが引いていく。きっと、あたしの中のガードが、痛みを忘れさせてくれるのだ。きっと、愛によって。

 少女が手を放す。能力の覚醒が完了したのだ。あたしは、すぐにもその能力がどんな特徴であるか、どんな力を持つものなのかを想像した。直感した。

 あたしが手を前方に払う。すると、さっきあたしを取り囲んだ有象無象が装備していた銃火器の“コピー”が実体を伴って出現する。

 「もう、使いこなせるのね」

 「ええ。貴女のくれた力と彼がくれた力。これがあればあたしが最も疎んでいた最初の力を、納得して振るうことができそう。ありがとう、あたしの友達ね、貴女」

 「…………」

 「じゃあ、ちょっと試運転してくるから。あとで貴女のこと、「戦い」のこと、改めて聞かせてね」

 あたしが歩けば、創り出したコピーの銃火器たちは連動して付いてくる。そういう風に動けばいいなと“想像”し“創造”したのだから、当然だ。

 少女がくれた(ちから)は、あたしの想像力から産まれるモノを限りなく正確に象った模造品を現実に創り出す「創造心」。まあ、同じモノを作りすぎると「こうあればいいのに」と考えることで初めて機能する効果が「もともとこういうモノだ」と認識してしまってスペックを落とすようだから、創り方は常から工夫しておかないといけないみたいだけれど。今は、それでもやりたいことには十分適ってくれる。

 試しに、今のあたしの姿を変えてみる。回帰骸で肉塊から復活したばかりだから、傷ひとつないけれど身に着けるモノもない生まれ変わったままの姿だったからだ。

 あたしのアルビノの白を、彼は美しいと言ってくれた。だから、身に着けるモノも白くしよう。

 白いセーラーとワンピース。あとは……そうだ、いつか彼が商店街で売っているのを見たというアクセサリーに、麦わら帽子なんてモノがあったっけ。

 服を身に着けて教会を出たあたしは、逃げ出した有象無象に追いつくことは考えない。ただ、ここから全てを一掃することだけを考えた。

 すると教会の前にずらっと、創造心の能力でバズーカ砲を無数に並べる。この付近一帯まるごと、屠ってもあたしは構わない。

 創造心で作り出すモノはただのハリボテ。なら、火力なんて出ない。そのままでは。

 だから、ここから発射する弾丸だけは、あたしの最初の能力を併用する。あたしの体内に流れる血液を火薬に変え、爆発させる「射哮血」の能力を組み合わせる。

 さあ、準備は万端。どこに逃げ回ろうと追跡するように弾丸への想像も完璧。あとは、全てを着火させるだけ。これが、ガードのくれたあたしの「戦い」。あたしの生。あたしのこれから出会う愛への祝砲。

 「華麗に……着火(イグニッション)!」

 起動コード、のつもりで高らかに宣言する。その一言で無数のバズーカが火を吹き、有象無象を周囲の景色ごとまっさらに塗り替えていく。



 これが、あたしのはじまり。河水樹白里の、世界を手に入れる「戦い」への参加表明。

 さあ、ここから始めよう。あたしの本当の「戦い」を。本当の愛を、知るために。

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