千葉豪雨から見る農業界隈における『人の不幸は蜜の味』
全国津々浦々、異常気象に見舞われる。
地震あり、豪雨あり、そして、常態化しつつある夏場の熱波。
農家の1人として、5、6年くらい前の気候に戻って欲しいと切実に思う。
そして、特大の影響が現在出ているのが例の『千葉豪雨』である。
「鳥取県の農家がなぜに影響を?」と思われるかもしれない。
しかし、影響はある。
しかも、「個人的には儲けさせてもらっている」という良い意味での影響。
ネットやテレビに紙面に躍る豪雨の被害現場の映像は衝撃的であった。
濁流と化した道路、沈む車、散乱するゴミの山。
そりゃ1時間100mm超える雨が降ればああもなろうか。
ちなみに、自分が食らった5年前の境港の豪雨は73mmだった。
あれでも凄まじいなと思っていたが、上には上がいるとはこの事か。
そんな事を思いつつ、千葉での惨状を目の当たりにして、自分は思った。
「あ、これ、かなり儲けが出るな」
不謹慎ながらそう思い、頭の中では算盤をパチパチ弾いている自分がいる。
なぜ遠い関東の水害で、鳥取の白ねぎ農家が潤うのか?
理由は簡単。
千葉が白ねぎの『競合産地』であるからだ。
当たり前の話であるが、産地というものは全国各地に存在する。
その土地の特色を活かし、ブランド化され、そうした知名度の高さを武器にシェアを獲得する。
商売の鉄則『シェアを確保する』のは非常に有効な戦略である。
特産地のブランドを手にするには、特色と品質、そして、数量の出荷が必須だ。
どれほど高品質な作物を作ろうとも、量が無ければ店頭には並ばない。
そうしたハイエンドな作物は、料理店などとの直接契約が多い。
店先に並ぶブランドものの野菜は、“それなりの質”と“量販店に出せる数量”を両立できたものばかりである。
そのため、各ブランド産地は自身の産地の品を買ってもらおうと、あれこれ市場関係者にアピールして、買ってもらう必要がある。
自分が“白ねぎ料理研究会”の会長として、メディア露出しているのはその一環だ。
去年の全国放送で出演した時は、その反響は凄まじかった。
地元JA関係者から何度お礼を言われたのか、数えられないほどである。
そんなわけで、同じ作物を作る『競合産地』の動向は、割と気になるものだ。
「あそこの産地は今年は出来が良くて、かなり出して来るぞ」
「あそこ、台風でふっ飛ばされて、しばらく出荷できんぞ」
こんな感じである。
需要と供給によって値段が左右される以上、市場に存在する商品の絶対量によって、値段は大きく変わって来る。
騒がれていた『令和の米騒動』も、市場に出回っているコメの絶対量が需要に不釣り合いな供給しかなかったからこそ起こったのだ。
もっとも、市場に流さず倉庫に死蔵して、売るタイミングを逃した業者が泣きを見ているのは、ざまあみろとしか思わなかったが。
そして、今回の『千葉豪雨』において、白ねぎがそれに該当するのだ。
実のところ、千葉県は白ねぎの生産高が全国1位の“白ねぎの絶対王者”である。
有名なブランドとして、九十九里浜の“塩っ子ねぎ”なんかがある。
これは塩水をかけて育てる白ねぎで、「野菜に塩水かけて塩害とか出ないの!?」と思うかもしれないが、実は白ねぎは塩分に強い植物であったりする。
実際、平成中ごろに台風で海水を食らった沿岸部の畑が、白ねぎだけ無事だった事に着目し、塩水をかけて育てる新たな農法を編み出した。
結果、通常の白ねぎでは考えられないほどのミネラル豊富な甘い白ねぎが完成した、という誕生秘話があるのが“塩っ子ねぎ”だ。
他にも色々とブランドを抱えるまさに“白ねぎ王国・千葉”という絶対王者。
お隣の茨城県は全国2位で、千葉・茨城は不動の1位2位だったりする。
この2県で白ねぎの全国シェアの“25%”を占めていると言えば、どれほど巨大な産地かご理解いただけるだろう。
つまり、その巨大産地がコケたのである。
水没した畑、泥だらけで作業できず、途方に暮れる千葉の農家の方々。
水が引いても、水没した畑は作物が腐り、収穫できなくなる。
特に白ねぎは水に弱い。
白ねぎ畑を思い浮かべてもらえばよいが、白ねぎは成長するごとに土を被せていき、収穫直前は膝上にまで畝が高くなる。
その畝と畝の間に水が溜まり、上手く水の動線を考えて排水できるようにしておかないと、いつまでも水没したままだ。
そして、この時期の高温と重なり、自身の経験として、“夏場は丸1日、畝に水が張っていると腐る”というわけだ。
なので、さっさと水を抜かないといけないのだが、豪雨の際はそれが上手くいかない場合が多い。
なにしろ、水を逃がすべき水路や側溝が詰まっていたりして、むしろ畑に水が逆流してきたりする場合があるからだ。
ちなみに、去年、これに自分の畑がやられた。
50日に及ぶ渇水、旱魃によって白ねぎが弱り、ようやく雨が来たかと思えば、警報級の大雨で一気に畑の白ねぎが根腐れをおこした。
おかげで、去年の9月10月は例年の3分の1以下の出荷量となった。
それよりひどい状況が今回の『千葉豪雨』だ。
水害は水が引いた後も怖い。
どんな病気が迷い込んできたか分からないからだ。
当然、さっさと農薬を散布して消毒してしまいたいところであるが、畑が沼になり、思うように作業が進まない。
そうこうしている内に夏の暑さが畳みかけ、病害虫を加速度的に広める。
水は恵みであるが、同時に災いをもたらす。
実に気難しい隣人なのである。
しかし、所詮は他人事。
遠く離れた『競合産地』の災害は、他の産地にとっては恵みをもたらす。
需要と供給のバランスが崩れ、値段が高騰するためだ。
ちなみに、どれくらい値上がりしたのか具体的に言うと、“箱単価が+500円”にもなった。
この時期はお盆休みの長期休暇であり、食材の需要が上がる。
また、お盆期間中は卸市場も休業に入るので、小売店のバイヤーはそれを見越して多めに買うものだ。
そして、盆明けには通常に戻る。
ところが今年は別。
何度も言うが、『千葉豪雨』によって流通網に打撃が入り、同時に畑が水没して出荷も滞っている状態だ。
盆明けには本来、産地からの作物が入って来るが、白ねぎは来ない。
なぜなら“全国1位”が豪雨によって、出荷量が著しく低下しているためだ。
そして、ここで再び需要と供給の相関関係が入る。
盆明けの倉庫が空の状態で卸市場に仕入れに行くバイヤーであるが、そこには白ねぎがない。
当たり前だ。
全国1位の産地が出してこないのであるから、思っていたほどの白ねぎがない。
それでも欲しいと思うバイヤーがいれば、値段はどんどん吊り上がっていく。
結果、白ねぎの高騰である。
鳥取では1箱3kg単位で出荷される。
お盆前は1箱1000~1200円程度であったのが、盆明けの週は1箱1500~1600円になっていた。
自分の農場は1日100箱程度の出荷だ。
単価が“+500円”されれば、単純計算で1日5万円も稼ぎが違って来る。
自分が即座に『千葉豪雨』の惨状を見て、頭の中で算盤を弾いた理由がお分かりいただけるだろう。
これほどまでに『競合産地』がコケるのは大きいのだ。
ましてや、全国1位の千葉がコケたのである。
しかも大変なのはむしろこれからだ。
先程、昨年の自分を述べたが、夏場に畑の白ねぎを腐らせたという事は、“秋の白ねぎ”を失うのと同義である。
今、畑に埋まっている白ねぎが全滅となると、12月分までは危うい。
なお、市場のお盆休み中に自分は白ねぎの苗を畑に植えたので、これは年明けから3月くらいまでの出荷物になる。
畑に埋まっていた白ねぎは腐って全滅で、秋出荷は絶望。
年内出荷の冬ねぎも危うい。
多分、苗にも被害が出ていて、春ねぎにも影響が出る。
そう、水が引いた後の畑こそが、農家にとっての地獄なのだ。
水が引くと同時に現実が見えてくるからだ。
諦めざるを得ない現実がである。
しかし、他産地の農家は、自分のように口では災害地の苦労について同情を寄せながら、頭の中では算盤を弾く。
儲かるからだ。
白ねぎ全国1位の千葉県がコケた以上、市場はかなりの影響が長期間残る事が予想される。
稼げる、今年は、ガッツリと!
これが農業界隈の『他人の不幸は蜜の味』なのである。
今年の鳥取は去年に比べれば大人しい梅雨と夏場の熱波であったので、出来高は良い。
今年は間違いなく“当たり年”だ。
農家にとって最高の状態、それは「自分の所だけが豊作で他産地は凶作」になる事に他ならない。
今年はそれに該当する。
市場の流通量が減ったのに、自分の産地は出来高が良い。
これが農家が儲かる瞬間でもある。
このボーナスタイム、自分は6年前にも経験していた。
その年は梅雨が酷い有様で、各所で線状降水帯が発生。
“鳥取県以外の白ねぎの産地が壊滅的な状態になった”のだ。
あの時の市場関係者の悲鳴は、自分にとっては勝利のファンファーレ。
「とにかく、あるだけ白ねぎを送ってくれ!」と叫ばれ、本当にあるだけガンガン出荷したものだ。
その時は1箱単価が2000円を超え、凄まじい勢いで預金残高が膨れ上がった。
本当にウハウハだった。
何度も言おう、これが農業界隈の『人の不幸は蜜の味』 だ。
競合産地がコケると、それ以外の産地が潤う。
もちろん、災害はいつ自分に襲い掛かって来るか分からない。
実際、自分も壊滅的なダメージを負い、出荷が滞った場面にも遭遇してきた。
農業とは一種の博打である。
天候、市場動向を先読みし、“種”というチップを揃えて、実りを待つ。
もちろん、天候だけが全てではない。
リスクを回避する方法はある。
畑の癖を覚え、どの時期に植えるのが最適かを考えるのは各農家の仕事だ。
今年失敗しようとも、それを教訓として、来年に活かす。
自分もそれを繰り返し、気付けばもう脱サラからの農家暦9年である。
不謹慎ではあるが、この『他人の不幸』という蠱惑の蜜の味を知ってしまうと、止められない。
千葉の農家の方には申し訳ないが、こちらも手一杯なのだ。
儲けられる時に儲けておかないと、農業なんて続けられません。
しかし、この博打に勝たない事には人は生きられない。
水と食料なくして、生命の維持は不可能なのですから。
せめて儲けた余力分を募金するのがせいぜいである。
これをアコギと思わないでくれ。
年々、農家の数が減り、今回の熊本地震や千葉豪雨においても、再建できる体力や資金のない方は離農されるだろう。
自分もまだ40代半ばではあるが、とうとう今年、地元の白ねぎ部会の役員が回って来た。
ご年配の方が高齢で辞めてしまい、農業暦9年の43歳の“若造”が役員をやらねばならなくなったほどに人がいないのである。
異常気象が続けば、さらに離農者も増えていく事でしょう。
そして、それは食料の確保の難しさに繋がる。
世界情勢に翻弄され、物価は上がる一方だ。
だが、高い高いと嘆いてはいけませんよ。
なぜなら、燃料も肥料も人件費もどんどん上がっているのですから、店頭価格が上がっていくのは当然の事。
むしろ、これでも抑え込まれているレベルなのです。
誰も作らなくなったら、それこそ“詰み(罪)”ですよ。
どうです、皆様、まだ“若さ”がある内に、農業界隈にトライしてみませんか?
いざ進め、道なき道を!
常に屈さず、常に戦い、すべては勝利のために!
至難の日常、常在戦場ここにあり!
僅かな報酬とたらふく食える夢を追い求めよ!
暗い日々も預金残高が増えれば一気に吹き飛ぶ!
さあ、来たれい農業界隈に!
『人の不幸は蜜の味』、この甘美なる毒を味わうために!
いつでも畑を空けてお待ちします♪
必要なものは、気合と、根性と、精神力と、挫けぬ心です!
あと、必要な時に動き回れる体力もね♪
~ 終 ~




