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なろうっぽい小説

あなたの心の置きどころ

作者: 伽藍
掲載日:2026/02/18

 平民出身でありながら伯爵夫人であり高位国家魔法士でもあるタマーラは、順風満帆な人生を歩んでいた。しかし次子である長女に魔法の才能が少ないと発覚したことで、タマーラは長女への苛烈な教育に傾倒していくことになる。

 タマーラ・キャナダイン伯爵夫人は才能に溢れた女性だった。


 貧しい農村の平民出身でありながら、魔法の才能を認められて王立学園への入学を果たした。学園では常に上位の成績を維持して、幼少期から厳しい教育を受けてきたはずの高位貴族のご令嬢たちにも負けず劣らず競り合うほどだった。

 特に才能を発揮したのは魔法戦闘の分野で、学園の模擬戦闘やたまにある魔物討伐の授業ではほとんど常に首位に近い成績を残した。隣国との国境に魔物生息地の森を抱えて常に魔物との生存競争を強いられているハナフォード王国では、これは敬われるべきことだった。


 学園卒業後のタマーラは、当たり前のように魔物討伐を主な任務とする王宮第三魔法師団に入団した。そこでも次々に戦果を重ねて、あっという間に高位貴族家の当主と同等の地位として認められる高位国家魔法士の地位を手に入れた。

 王宮第三魔法師団の副団長であり、次期キャナダイン伯爵でもある男性から求婚されたのはその頃だ。仕事に打ち込むあまりに女性と縁がなかったという次期伯爵からの求婚をタマーラは受け入れ、やがて夫が襲爵すると伯爵夫人になった。


 伯爵と伯爵夫人になっても、タマーラ夫妻は王宮魔法士の仕事を辞めなかった。二人の子どもを生んだタマーラも、子どもたちが乳飲み子の間はメイドたちに世話を任せて王宮に詰め続けて全国を回って魔物を討伐した。


 タマーラが子どもの存在を思い出したのは、生んだ息子が四歳、娘が二歳の頃だ。通常であれば子どもが初めて魔法を発現するのは十歳前後のことが多いが、四歳の息子が魔法を使ったのだ。


「あぁ、可愛いわたしのシミオン!」


 生まれて初めて息子を抱きしめて、タマーラは大喜びした。


「わたくしも四歳の頃に魔法が発現して、五歳の頃にはもうほとんど制御を覚えていたの。きっとこの子はとっても良い魔法士になるわ!」


 夫である伯爵にそう伝えて、それからは王宮魔法士の仕事を減らして子どもの教育にも力を入れるようになった。


 長男であるシミオンは、本当に才能に満ちていた。本来であれば覚えるのにひと月かかるような魔法をほんの数日で使いこなし、頭も非常に良かった。

 タマーラは自分だけではなく様々な魔法分野に長けた教師を呼び寄せて、熱心にシミオンを教育する日々を続けた。


 その一方で、二歳年下の妹であり長女のスージーの様子はあまり奮わなかった。タマーラが期待する四歳では魔法が発現しなかったのだ。

 出来損ないを生んでしまったと嘆くタマーラを、夫は慰めた。とはいえ夫自身も魔法に長けた家系に生まれているので、魔法を使えるようになったのは六歳の頃だった。


 スージーは五歳になり、六歳になっても魔法が使えなかった。そこで、タマーラは我慢の限界に達した。


「わたくしと旦那様の子どもがこんな出来損ないだなんて信じられない! きっと妖精に取り替えられたのだわ!」


 魔力そのものは兄のシミオンよりも大きいというのに、スージーは魔法の出力だけがいつまで経っても発現しないのだった。いくら大きな魔力を持っていても、魔法が使えないのであれば宝の持ち腐れに過ぎなかった。


「これだけ大きな魔力があれば、魔法が使えなくても嫁として欲しがる貴族家はあるかも知れないよ」


 そうやって宥める夫を、タマーラは撥ね除けた。


「いいえ、旦那様。わたくしどもは栄誉ある王宮魔法士なのです。その子どもが王宮魔法士になれないどころかまともに魔法すら使えないだなんて、とんでもないことですわ」


 そう言って、タマーラは自らスージーの教育を請け負うようになった。そのためにあれほど可愛がっていたシミオンの教育すら疎かにするほどで、シミオンの教育は専門の魔法士たちが行うことになった。


 タマーラによるスージーへの教育は苛烈を極めた。タマーラは人間が危機的な状況に陥ったときに防衛反応の一つとして魔法を発現することを知っていたので、スージーを過酷な状況に置くことを良しとしたのだ。


 スージーは熱い日も寒い日も、何時間も何時間も外で魔法の訓練を余技なくされることになった。


「どうしたの、スージー。何をやっているの! 反撃できなければ死ぬだけよ!」


 そう叫びながら、タマーラはスージーに攻撃魔法をぶつけ続けた。幼い少女の体がボロボロになるたびに治癒魔法できちんと治してやっていたので、タマーラはこの行為がスージーに対する正しい教育であり愛情によるものであると自分で信じて疑わなかった。


 熱い日には日差しを遮ることや水分補給も許されなかったので、スージーは熱中症による頭痛や吐き気を抱えながらの訓練になった。

 体力が尽きていよいよ重度の熱中症になれば、タマーラはスージーに治癒魔法をかけてたたき起こした。なのでスージーは、気絶や体調不良に逃げることすらできずに立ち続けることになった。


 寒い日にだって、温かいものを飲むどころか防寒具を着けることすら許されず、凍えるような日にほとんど寝間着のような薄着の服で戦うことになった。

 それどころかタマーラは、スージーを氷のように冷たい池に突き落としたり、煮えたぎる熱湯を浴びせることもあった。それでスージーが気を失えば、やっぱり治癒魔法で跡形もなく治してしまうのだった。


 またスージーは、明らかに幼い子どもには早い専門的な魔法書を読むことを強要されることになった。

 ただ読むだけではなく理解したと見なされなければ食事を貰うこともできず、それどころか寝ることも許されなかった。夜中にはタマーラの配下の監視がついて、勉学をサボって寝ていないかタマーラに報告された。それでサボっていると判断されれば、朝から鞭を受けることになるのだった。


 その一方で淑女として必要な文筆や作法の教育は軽んじられたので、スージーは同年代の令嬢たちから除け者にされることになった。それはある意味では当然のことで、スージーにはお茶会の作法が判らず、せっかく誘われたのに何度か粗相をしてしまっていたのだった。


 同年代の令嬢たちが話す素敵な小説や、人気の舞台俳優や、可愛らしい雑貨や、美味しいスイーツや、話題の遊興施設のことが、一つもスージーには判らなかった。同年代の令嬢たちは最初はスージーを輪に入れて話していたのに、スージーがどんな話題を振っても曖昧な返事しかしなかったので、やがて諦めて静かにスージーの前から去って行ったのだった。

 そうやってスージーの周りから遠ざかっていった令嬢たちを、タマーラは鼻で笑った。


「小説だのスイーツだの、くだらないことで盛り上がっているのね」


 そうしてふと思い出したように、猫なで声を出す。


「そんなくだらないことに時間を使うだなんて、時間の無駄よ。賢いスージーが相手にする価値もない、幼稚な令嬢たちというだけ」


 いつもいつもスージーを打ち据えるのと同じ美しい指先で、タマーラはスージーの手を優しく包み込んだ。


「可愛いスージーとくだらない令嬢たちでは、十年後二十年後に差が出るわ。あなたはいま一生懸命に努力をしているのだから、きっと十年後二十年後に報われる。そのときに、あのくだらない令嬢たちを鼻で笑ってやれば良いのよ。あなたたちは努力しなかったのだから、落ちぶれるのは自業自得だってね」


 当時次期伯爵に見初められるだけあって、タマーラはひどく美しかった。


「わたくしだってこんな酷いことはしたくないのよ、スージー。これはあなたのためなの。あなたを幸せにしたくって、あなたのために、わたくしは自分を犠牲にしているの。判ってくれるわよね、スージー」


 問いかけられて、スージーは頷いた。タマーラの言葉が本当なのか嘘なのかなど、そんなことを疑問に思うことすらスージーには許されなかった。


 それからもタマーラによるスージーへの教育は続いたが、スージーの魔法力は一向に開花しなかった。スージーが十歳になり、十一歳の誕生日が過ぎてしばらく経ったころに、思いついたようにタマーラは言った。


「今日はお出かけしましょうか、スージー」


 ただ機械的に、スージーは頷いた。スージーにタマーラからの提案を撥ね除けるという発想はなかった。


 タマーラは自慢の使い魔を呼び出して、護衛もつけずに二人っきりで空を駆けだした。

 時刻は夕暮れどきで、暮れかける日がひどく美しかった。けれどスージーは、そんな夕日を見ても美しいと感じる心すら持たなかった。


「魔法を使えないだなんて、スージーは可哀想だわ。魔法が使えなければ、女なんてものは男の振るう暴力の前に言いなりになるしかないのよ。そんな人生を送るハメになるだなんて、スージーは可哀想だわ。特に貴族は魔法が使えることが当たり前で、魔法が使えなければ軽んじられるのだから、スージーが可哀想だわ」


 愛情深く、タマーラは言った。


「わたくしはあなたを愛しているのよ、スージー。何もかもあなたのために行っているのだから、わたくしにあんまり酷いことをさせないで」


 スージーは理解しないまま頷いた。タマーラの使い魔に騎乗して、タマーラに後ろから支えられて、ちょっとバランスを崩しただけで真っ逆さまに落ちるような空の上を駆けているという状況に、頭が真っ白になっていた。


「わたくしはあなたに幸せになって欲しいのよ、スージー。何もかもぜーんぶあなたのためなの。判ってくれるわよね、スージー?」


 スージーは頷いた。自分が感じているのが恐怖だということすら理解できなかった。


 やがて、使い魔はとある森の中に降り立った。森の中でも、小高い丘になっている場所だった。

 それが隣国と接している多くの魔物が生息する森のど真ん中だということを、スージーは知らなかった。


「この森は国のちょうど東側にあるわ。だから、戻ろうと思えば西に向かえば良い」


 美しい指先が、燃えるような夕日を示した。


「いまは午後だから、太陽は西にあるの。だから、太陽を目指して歩けば良い。たったそれだけよ、簡単なことよね」


 よく判らないまま、スージーはこくこくと頷いた。


「逆に午前中は、太陽は東にあるものだから、太陽を背中にして歩くの。理解できるわね?」


 優しく問われてまた頷けば、タマーラはじゃらりと一つの懐中時計を手渡した。


「この懐中時計は魔動式だから、ネジを巻く必要はないわ。午前中は太陽から逃げるように歩いて、午後は太陽に向かって歩く。判ったわね?」


 タマーラはスージーに微笑んだ。


「わたくしだって、こんな酷いことはしたくないのよ。でも、魔法が使えないままだなんて、スージーが可哀想だから」


 ひどく優しく、美しく、微笑む。


「あなたのためなのよ。理解できるわね、スージー?」


 スージーは頷いた。


「じゃあ、頑張ってこの魔の森で生き延びるのよ。この森には魔物が大量にいて自然魔力が豊富だから魔法に目覚めやすいでしょうし、丸腰で魔物に襲われたら魔法で戦うしかない。この森を抜けられたときには、あなたはきっと魔法が使えるようになって、うんと強くなっているわ」


 たった十一歳になったばかりの少女に、タマーラはそう言い聞かせた。


「だって、せっかくこのわたくしの子どもとして生まれたのに役立たずだなんて、そんなのはスージーが可哀想だもの」


 懐中時計を持ったスージーの小さな手をそっと握りこんだあとに、タマーラはスージーを抱きしめた。


「愛しているわ、スージー。わたくしに酷いことをさせないでね。魔法が使えるようになったら、もっと愛してあげる」


 名残惜しげに、タマーラはスージーから離れた。使い魔に合図して、背を屈めた使い魔に騎乗する。

 ひらりと、タマーラは手を振った。


「じゃあ、わたくしはお屋敷で待っているわね。あなたが森を抜けられたらその懐中時計で判るようになっているから、迎えに来てあげる」


 悪意のない、あるいは悪意に満ちた愛情でそう言って、タマーラはあっさりと去って行く。そうして日のほとんど沈んだ、暗い森のど真ん中に、スージーは一人で取り残されることになったのだった。


「……」


 スージーは何も言わなかった。スージーは自分の感情を表現する方法をほとんど持たなかった。


 それからポトリと、その場に懐中時計を落とした。頭は真っ白で、何も考える余裕はなかった。

 そうして母親に言われたのとは逆に、夕日に背を向けて、ふらりふらりと歩き出したのだった。


***


 タマーラが愛する娘のスージーを不慮の事故で喪ってから、十年が経った。


 スージーを喪ったタマーラは悲しみに暮れたが、一方で生活は順調だった。息子のシミオンも第三魔法師団に入団し、夫の伯爵はようやく長年団長の座にいた侯爵家出身の魔法士が異動するとのことで、ほとんど次期団長を確実視されている。


 そんな中でタマーラは、隣国の第二皇子の婚姻式に出席する王太子夫妻の護衛として帯同することになった。

 本来であれば魔物討伐が主な任務である王宮第三魔法師団所属のタマーラにそういった護衛任務が回ってくることは少ないのだが、このところ立て続けに経験豊富な女性の高位国家魔法士が引退したのもあって、タマーラは女性としては国内で指折りの魔法士に上り詰めていた。王太子妃の護衛には女性もいるほうが望ましいので、最近はタマーラにも声がかかるようになったのだ。

 タマーラの夫であり王宮第三魔法師団の次期団長候補であるキャナダイン伯爵も、同じく隣国に帯同している。今後の更なる躍進のために、今回の任務は失敗するわけにはいかなかった。


 第二皇子の婚約者である女性は、帝国のとある縫製業に長けた侯爵家の養女であるという。この女性は珍しい能力を持っていて、手ずから施した刺繍に防御や能力向上の加護が付与されるのだそうだ。

 これによって帝国の魔物討伐分野に大きく貢献する中で魔法研究に長けた第二皇子と関わるようになり、やがて心を通わせたらしい。


 第二皇子と侯爵令嬢の馴れ初めの物語は小説や演劇になって、帝国どころか周辺諸国にまで流布されている。

 侯爵令嬢はかつて親に捨てられて国境の森を彷徨っていたところを妖精に保護されており、たまたま視察に訪れていた侯爵家の縁者が見つけたことでその才能を見初められて侯爵家に養子入りしたのだそうだ。


 大陸随一の権威を誇る帝国らしく、婚姻式は壮麗にして荘厳なものだった。第二皇子妃になる女性は美しく、その美しさに会場で抑えられてはいたが小さなざわめきが起きたほどだった。


 やがて王太子夫妻が挨拶のために第二皇子夫妻に近寄っていく。護衛であるタマーラも、不敬にならないだけの距離を開けてそれに続いた。


 第二皇子妃はタマーラと同じく、ピンクの長い髪を持っていた。

 この髪色は妖精や人魚にはありふれたものだそうだが、人間にはそれなりに珍しい。つい第二皇子妃を注視した。


 そこでタマーラは、気づくことになる。


「……スージー?」


 ぽつり、と場違いな発言にあたりが静まり返った。第二皇子妃がきょとんとして顔を上げる。

 それで確信を持って、タマーラは再び声を上げた。


「あなた、スージーじゃないの! あの森を生き延びていたのね! どうして戻って来なかったの、わたくしが旦那様に叱られたじゃない!」


 甲高い声が会場に響くのに、夫のキャナダイン伯爵が顔色を失った。

 タマーラは平民出身とはいえ、伯爵家に嫁入りするにあたってしっかりと教育されている。だからこんなとんでもない粗相は、本当に初めてのことだった。


「第二皇子に見初められるだなんて、さすがはわたくしの娘ね! 水くさいわ、教えてくれたら良かったのに」

「わたしどもの、娘に、何か用ですかな」


 娘、という言葉を強調してタマーラの眼前に立ったのは、一人の男性だった。スージーの養父であるシャフツベリー侯爵だった。


「スージーはわたくしの娘ですわ」

「すでに彼女はそのような名前ではありません。本人の希望により、ヴァージニアと名前を変えております」

「勝手に……! そのようなことを許した覚えはありません!」

「なぜ、名前を変えることに他人の同意が必要なのでしょうか。法律で認められたことですよ。まして養父であるわたしが、許可を出しております」


 黙ったままタマーラを眺めていた第二皇子妃が、徐々に顔色を失っていく。俯きかけた第二皇子妃を、隣の第二皇子が支えた。


「おい、誰かその女を追い出してくれ」


 刺々しい声でくだされた命令に、控えていた騎士たちがタマーラを囲もうとする。捕らえようとする腕を振り払って、タマーラは声を上げた。


「誘拐よ! わたくしの娘はその侯爵に誘拐されたのよ! 挙げ句に政略結婚の道具に使おうだなんて、なんて卑劣な国なの!」

「止めろ、タマーラ!」


 キャナダイン伯爵が声を上げる。穏やかに、シャフツベリー侯爵が言い返した。


「ヴァージニアからは、元母親から魔の森に置き去りにされたと聞いております。捨てられた子どもを保護したところで、責められるいわれはありませんな」

「そんなのは娘の嘘よ! 昔から嘘ばっかり吐いてたのよ!」

「では、当時は魔法もろくに使えなかった、十一歳の子どもが、どうやって、一人で魔の森に入ったというのですか。魔の森は国境近くにあり、貴国の王都からもキャナダイン伯爵領からも遠く、子ども一人の足で迷い込めるような場所ではない。誰か大人に運ばれた以外に考えられないのです」

「そん、……攫われたのです、ひと攫いに!」

「ですが、捜索願いは出されていなかったと存じます。ちょうど国境の森を彷徨っておりましたから、貴国の子どもである可能性も考えて、貴国の王宮にスージーの名前で問い合わせをしております。十年前のことですが、シャフツベリー侯爵家からの問い合わせですから、まだ王宮に記録が残っているはずですよ」


 何もかも言い返されて、タマーラは黙り込んだ。

 第二皇子妃を見やれば、ほとんど第二皇子に寄りかかるように、隠れるように立っている。そういえばスージーはいつも真っ白な顔でこちらを見上げていたと、タマーラは思い出した。


 昔のように、愛情をこめて、優しく微笑みかける。


「あなたなら判るでしょう、スージー。わたくしだって酷いことなんてしたくなかったわ、何もかもあなたのためだったのよ。いまそうやって第二皇子に愛されているのだって、あなたがわたくしの血を引いて豊富な魔力を持っていて、特別な魔法の才能があって、幼い頃から高度な教育を施してあげたからじゃないの。あなたはわたくしに感謝するべきだわ」


 ふるふると、ヴァージニアは首を振った。それはタマーラにとって天地がひっくり返るような、あり得ない出来事だった。


「あなたが本当は何を考えていたのか存じませんが、どうしても、どうしても、わたくしはあなたを愛せない。認められない。受け入れられない。あなたとわたくしがお話をすることは、きっとこれが本当に最後でしょう」

「あなたの功績はわたしどもも存じ上げているし、平民出身から逆境の中で這い上がったことは素直に賞賛するが……」


 口を挟んだのは第二皇子だった。賞賛すると口にしながら、タマーラを見る視線は冷えている。


「無力な子どもを愛する、ただそれだけのことが、あなたにはできなかったのだな。貴族夫人や、魔法士としてはともかく、母親としての才能はなかったようだ」


 そもそも、と第二皇子は口調を明るく切り替えた。


「別にヴァージニアとあなたに何の関係があってもなくても、あなたの功績は消えてなくなることはない。いちいちヴァージニアに構わず、今まで通りに生きていかれるがよろしい。むしろ、どうして今さら捨てたヴァージニアに声をかけたんだ、そちらのほうが理解できないな」


 ふふ、と嘲るように笑う。


「まるで、好きに虐げたあげくに捨てておいて、帝国の第二皇子妃になったヴァージニアに今さらすり寄ってお零れを貰おうとしているように見えるよ。あなたほどの者が、そのような振る舞いは見苦しいから止めたほうがよろしい」


 はっとして、タマーラは周囲を見回した。


 帝国の第二皇子の婚姻式ともなれば、大陸中の王侯貴族たちが集められている。各国の要人たちが、冷えた視線でタマーラを眺めている。


 キャナダイン伯爵は、ゴミか何かでも眺めるようにタマーラを見ていた。キャナダイン伯爵からそのような視線を受けるのは、初めてのことだった。


 そろりと、自国の王太子夫妻に視線を向ける。

 涼しい表情を崩さないまでも嫌悪を隠しきれない様子の王太子妃に対して、王太子は一瞬だけタマーラに視線を向けて、すぐに逸らした。もう興味もないようだった。


 王太子が丁寧に頭を下げる。


「当国の者が問題を起こしまして、申し訳ありません。キャナダイン伯爵家の者は、三代先まで貴国には足を踏み入れさせないとお約束致しましょう」

「あぁ、頼むよ」


 頷いてから、ぱっと第二皇子は表情をにこやかに切り替えた。


「ご来客の皆さま、おかしな余興をお見せいたしまして申し訳ございません。お詫びの代わりに、とびきりのワインを開けましょう。我が国で最も葡萄の栽培が盛んな地域の中でも、選び抜かれた品種から作られたワインなのです」


 その言葉を合図にしたように、場は一瞬前までの騒動を忘れたように元の空気に戻っていく。


 さらに何ごとかを騒ごうとしたタマーラを、後ろから複数人が押さえ込んだ。帝国ではなく、自国の騎士たちだった。


「いい加減にしろ、見苦しい」


 周囲に聞こえないように、小さく低い声で、王太子が言った。

 王太子の合図で、タマーラは会場から連れ出される。それまでの出来事など何もなかったかのように穏やかに美しい笑みで来賓の応対を続けるヴァージニアの姿を、タマーラは最後まで凝視し続けていた。






 その後、キャナダイン伯爵は次期団長の候補から外されるどころか、副団長の座をも失うことになる。キャナダイン伯爵夫人が帝国で起こした騒動が問題視されたのだった。

 その息子であるシミオンは将来を有望視されていたのが、騒動のあとは周囲から距離を置かれることになる。やがてシミオンは、居心地の悪さにひっそりと王宮第三魔法師団を辞めることになった。


「何もかも、スージーのためだったのよ。理解してくれるでしょう、シミオン」


 優しく、愛情深い声で、一つの迷いもなく、タマーラはそう言った。


「本当に、親不孝な子だわ。いま幸せになれたのは、誰のお陰だと思っているのかしら。あなたもそう思うでしょう、シミオン」


 自分の正しさを疑わない様子でそう言い続けるタマーラに、シミオンは疲れたような、曖昧な表情で、今日も頷き続けている。

 地獄みたいなお話を書いちゃったな、、(いつものことでは??)


 昨今では『強い女性』が持て囃される傾向にありますが、わたしはあんまりその流れに同調できなくてですね。何故かというと、強い生き物が弱い生き物を理解することは難しいと思っているからです

 弱い生き物が弱い生き物のまま踏みつけられることなく穏やかに生きられることこそ、本当の平和なのではないかなと思うわけでして。もちろん、それがとっても難しい理想論であることは理解しているのですが

 強くあることを突き詰めすぎるとこういうこともあるのかな、という気持ちで書きました


 これ別にわたしは母親のタマーラが100%悪いだなんて言うつもりはありません。娘のスージーの魔法力の発現が(両親の期待に対して相対的に)遅かったのは事実だし、特に『子どもを使って権力や勢力を拡大する』ことが目的の一つである貴族家であれば、才能のない子どもは扱いが悪くなることもあるでしょう

 タマーラは平民出身ではありましたが、伯爵家の当主夫人として、王宮第三魔法師団の高位国家魔法士として、自分にできることをしていただけです。タマーラは貴族夫人や魔法士としての才能には恵まれていましたが、何の才能がなくてもただ子どもを愛する『母親』の才能はなかったという、それだけのお話でした

 それが遅咲きのスージーとは、致命的に合わなかった。単なる巡り合わせと運の問題です


 スージーに苛烈な教育を施していたのが本当にただの愛情だったのか、自分の血を引きながら出来損ないである娘の存在が許せなかったのか、貴族として魔法士として役立たずの娘の存在を認めるわけにはいかなかったのか、あるいは単に無力な少女一人を甚振ることで嗜虐的な欲望を満たしていたのか、そこはまぁ うん 色々とあると思います。たぶんどれも本音なのじゃないかしら


【追記20260218】

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3585065/

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― 新着の感想 ―
これだけ年齢と立場と力の差がある関係で弱い方が一方的に暴力にさらされているのを「巡り合わせが悪かった」とは思えないですね。まして生粋の貴族である夫が使えなくとも魔力を有していれば一定の評価は受けられる…
文筆家の方が同じようなことをおっしゃっており、『シャアなら出世できるかもしれないが私たちは赤い彗星ではなく十把一絡げの汎用機、ザクでしかない。ザクでも幸せになれる世界でなければ平等ではない』と表現して…
色々考えさせられるお話でしたので、感想を書き始めたら思いの外、長くなってしまいました。申し訳ありません。 中高年の方と話すと、子供の頃、親から殴る蹴るのスパルタ式で育てられたと仰る方が結構いらっしゃ…
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