スタンピードの真実
「すみません、待たせちゃいましたか?」
「ぜえんぜん! 散らかしちゃってごめんなさいね、いま片付けちゃうワ。この席でいいのよね?」
「はい、ありがとうございます」
小咲はテーブルの上のデザイン案をかき集める甚八の向かいに座り、店員を呼び止めてブレンドを注文する。「ケーキはいいの?」という甚八の声に、小咲は苦笑しながら「やっぱりケーキセットで」と付け加えるのだった。
渋谷ダンジョンからオルタナが帰還してから、10日が経っていた。
オルタナの活躍によりグランディンは第8層へと引き返し、重傷者こそ出たがスタンピードは停止、最悪のダンジョンブレイクを防ぐことにも成功した。現在は東京からの一時避難を選んでいた人々も多く帰宅し、東京はこのカフェの店内のようにまたつつがない日常を取り戻していたのだった。
「すみません甚八さん、急にお呼び立てしてしまい……」
「いーのよん、早い方がいい話なんでしょ? オルタナさんとのお話どうだったの?」
「はい」
レディススーツに身を包んだ小咲が「色々と、分かったことがありまして」とお絞りで手を拭く。甚八はメガネを外し、丁寧に眼鏡ケースに仕舞いながら小咲に向き合うのだった。
「話は先日の渋谷ダンジョンのスタンピードについて……それと、マネジメントの提案というか、抱き込みというか……」
「大企業ねえ。どうするの?」
「もちろんお断りしました、羽純様はオルタナに戻ることを望んでいないので」
「ふふ、でしょうね」
「それより……本題は、真美華さんの方です」
「うん」と甚八が答え、じっと小咲を見つめる。小咲はというと、そのさなかに店員が並べたケーキセットに手を合わせてからもう一度「真美華さんの方です」と仕切り直すのだった。店員が去るのを横目に見送りながら、小咲は話し始める。
「真美華さん、ダンジョンに魅入られているみたいです。目をつけられているというか……そういう状態だと言われました」
「魅入られている……ねえ、それって」
「はい。“今回の渋谷スタンピードの原因は、真美華さんです”」
午後の喫茶店は賑やかな会話に包まれていたが、しかしこのテーブルだけは緊張した静寂に支配されていた。小咲はチョコレートケーキをフォークで切り分けながら続ける。
「グランディンが上昇を開始した時期と、真美華さんがダンジョンインフルエンザにかかって寝込んでいた時期……つまり配信をお休みしていた時期がほぼ合致します。オルタナの研究班は、真美華さんが配信をしなくなったことがきっかけでグランディンが活動を開始した、と考えているようです」
「そんなの、それじゃあ……」
「ダンジョンは自然現象じゃない、知性がある。そういうことになってしまいます」
「弱ったわね、アタシたち消されちゃうかしら」と甚八が自嘲するが、小咲は平然と「まあ似たような推論は今までもありましたし」とチョコレートケーキをヒョイパクするのだった。甚八はため息をつき、「続けてちょうだい」とコーヒーカップに口を着ける。
「グランディン、いや、渋谷ダンジョンはグランディンを使って真美華さんを探しにきた、とオルタナは考えていました。真美華さんは、多くの視聴者に結界を見せにきたのだと考えているようですが」
「何か、そう思うに足る理由はあるんでしょうね?」
「はい、園田氏が撮丸に対して言っていた“呪われてる”という評価も大きいのですが……この席を取ってもらったのは、実はこの資料を見せるためなんです」
「ン」
声のトーンを落とした小咲は辺りを見渡し、ちゃんと物陰になっていることを確認してから鞄の中のクリアファイル(ちみキャラの木雨雪 羽純がプリントされている)を甚八に手渡す。甚八はその中のホチキス留めされた書類を取り出し、「機密情報」「取扱注意」の判が捺された1ページ目をめくるのだった。
目に飛び込んできたのは、「(^v^)」の顔文字。
「ええ……?」
「顔文字さん、と研究班で呼称されている存在です。毎回配信に現れ、100円のスーパーチャットと共に顔文字、そして平仮名数文字のコメントを残していく。コメントをするタイミングは主に配信開始直後か、終了直前。ただし、ダンジョンの外で配信を行ったときには書き込みを行わないという特徴があるようです。……真美華さんがマミミンダンジョンTVをやっていた頃からコメントを残している、古参の視聴者のアカウントです」
「……それで?」
「WeTube社と協力してこのコメントのグローバルIPアドレスを追ったところ、いずれのコメントもダンジョン内部から書き込まれているらしいということが判明しました。プロフィール欄は全て空欄で、どうやってスーパーチャット代を払っているかも不明なようです。つまりこのダンジョン内部にいる謎の知性体……顔文字さんが、今回グランディンを操ってスタンピードを起こさせたのではないか、というのがオルタナが出した仮説です」
「あの子たち……はこのことを」
「知りませんし、今は伝えないつもりです。知ったところであの2人がやることは変わりませんし」
「配信はしていくものねえ」
「ああ、それと全然話は変わっちゃうんですが、今回の報酬の話があって見積もりが出たのでお二人に説明しようと……今日って家にいましたっけ」
小咲がそう尋ねた瞬間、2人それぞれのスマートフォンからピロンと通知音が響くのだった。2人がスマートフォンの画面を確認すると、ふふと同時に口元を緩めるのだった。
「今日は2人とも、帰り少し遅くなるかもね」
スマートフォンには『【ご報告】東高円寺ダンジョンで喋るよ が始まりました』と書かれた通知が表示されている。




