悪魔の棲家
「おい、ちょっと……ここ駄目だ、嫌な予感がする!」
私の隣を歩いていた園田が唐突にそう叫んだ。全員の足並みが止まり、神器を持つ者は辺りを見回し身構える。私も思わず羽純の顔を見上げてカメラを構えるポーズを取るが、羽純は首を振るのだった。今は撮影すべきではないらしい。
渋谷ダンジョン第5層“パンデモニウム”に進入し、歩きだしてすぐのことだった。園田は辺りをきょろきょろ見回しつつ、尋常ならざる様子で「なんかヤバい、なんかヤバいここ」と震えながら繰り返していた。
「ソノのカナリヤが始まりやがった。マジで何かあるぞ」
「何があるって言われてもだけど……!」
妙士郎が苦々しく呟く。
園田 京一郎は第六感が鋭いらしい。それをオルタナのメンバーは承知しており、羽純も含めて重要な指針としているのだそうだ。羽純や私の神器を見ていたときも、確かに占いみたいなことをやっていたなと思い出す。
だけど、たとえこの階層に異常があるのだとしてもオルタナは行かなくてはならない。第8層の階層主、グランディンは予測よりスピードを速め、すでにこの第5層のどこかに隠れ潜んでいるのだ。
「グランディンが近いのかもしれない。とにかく開けたところを探した方がいい」
「羽純の言うとおりだ。ここでの接敵は不利すぎる」
泉水はふうと一息ついて、「進むぞ」と呟く。私は震える手をぎゅっと握り締め、いつでも撮丸を出せるようにしながらそろそろと通路を歩くのだった。
第5層、悪魔の棲家“パンデモニウム”。ここは真っ赤な絨毯が目に眩しい魔王城めいた石造の城の中だ。異様に強い武装した骸骨だとか、逃げ出すところか殺意マシマシで金属の体をちぎって投げつけてくるメタリックスライムなど、相当危ないモンスターがどかどか襲ってくるかなりの危険地帯だという。セーフエリアもほぼなく、たとえオルタナであっても厳しい戦いの連続となるらしい。私にできることは戦闘が起こるたびに《隠密》で息を殺して人陰に隠れることだけだ。
「真美華、平気か」
「震えパない、すげーこわい。そら5層だべ?」
「ん……」
「でも、ま覚悟してっし。それに、何かあっても羽純が助けてくれるっしょ?」
「真美華……」
「後ろだあーっ!」
刹那、園田の叫び声が響いて、私たちは振り返るのだった。
私たちが歩いてきた廊下が途中から途切れ、野花の咲き乱れる原っぱになっている。水彩画のような色合いのその世界で、頭部のないのっぺりした少女たちがかけっこをしている。遠景に、同じように頭部がない巨大な妖精らしい羽の生えた少女も見える。そして何よりも存在感を放つのは、その非現実の王国とこの世界の境目に小柄な老人が立っていることだった。頭部がなく、しかし王様のような深紅のローブを纏った老人が、指輪だらけのふしくれだった手でこちらを指差している。……まさか、あれが、グランディン。
そんな突然の出来事に恐怖してしまったからか、私は《隠密》を出すのが一瞬遅れてしまったらしかった。
「構えろっ、うああああっ!?」
「身を低くっ、真美華!?」
瞬間、ごうと風が吹いた。何が起きたかも分からず叫び声も上げられなかった。私の体は背後から来た何かに持ち上げられ、そのままものすごいスピードで運ばれていく。顔を上げる。両肩を掴むのは巨大なバッタの脚だった。夥しい数現れたそいつらは通路の反対側から一気に私たちの頭上を飛び抜けていっていて、私だけを誘拐して、結界の中へ飛び込んでいく……。




