やっばいおっさん
「インタビュー、ありがとうございました」
「いええ、そのう、佐々山の容態はどがんでしょうか」
「園田ー?」
羽純が救護しているオルタナの人たちに声をかけると、園田が頭のてっぺんでマルを作るのだった。
セーフゾーンは、壁や天井にぼんぼりやカラフルな旗が張り巡らされている薄暗い横穴だった。
ここは第4層“死出の祝祭”。荒野の谷底で、迷路のように張り巡らされた天然の通路を通っていく階層だ。外にもこの横穴のように、エベレストの全自動徳高まり機よろしく沢山のロープや旗が張り巡らされていて賑やかなのだが、一方でワイバーンや落石に擬態した巨大な虫が上から降ってくるかなり危険な階層として知られているらしい。羽純が後藤田に向き直る。
「あの様子だと、命だけはひとまず大丈夫だと思います。当分動かせないとは思いますが……」
「そうねぇ、よかと。親御さんにがばい申し訳なかけんど、命が何とかなるならあ、まあ」
どうやら峠は越えたようだった。私もほっと胸を撫で下ろし、撮丸をしまう。通路で偶然鉢合わせたときはみんな血まみれで、とんでもない大怪我だったもんな。何でもない私も気絶しそうになったぐらいだ。
しゃがんで壁に寄りかかる後藤田とかいうオッサンが、羽純からペットボトルの水を受け取り、口をつける。目の前にいるのは日本五大ギルドとも言われる冒険者チームの一つ、肥前ハイジア、そのリーダー・後藤田 稔。悪いけど、私からしてもオーラゼロのガリガリのオッサンにしか見えなかった。
やがて後藤田は遠慮ゼロに私たちの水を飲み干し、ぶはあと汚い声を上げる。
「あのう」
後藤田の声に、救護の様子を眺めていた羽純が振り返る。羽純は何も言わずに後藤田を見下ろしていたが、やがて後藤田はぽつりと呟くように尋ねるのだった。
「お嬢さんも、この先に行くとね?」
「……ええ」
「迷っとおなら、やめんしゃい。ここで、私らと残んしゃい」
優しくも冷たくも思える後藤田の言葉に、ひやりと背筋が寒くなる。羽純はしばしその言葉の真意を測りかねているようだったが、やがて羽純は「それでも、行かないと」と答えるのだった。唐突に後藤田が声を張り上げる。
「ミハル!」
「おわ!? おやっさん、何だよぅ! アタシいま治療受けてんだけどー!?」
「あれ出しんしゃい」
「あれ? あれって何? えー……なにー……あ! あーあー分かった分かった! なんで九州の男はこれで通じると思ってんだよ、まったく」
ミハルと呼ばれた鎧姿の赤髪の女の人が、羽純と後藤田のおっさんを見比べて頭を掻く。「仕方ねーな」、そう呟いたミハルはストレージから2本の長い袋を取り出すのだった。あれは……竹刀?
「神器抜きでやっとね、稽古つけたるばい」
「ありがとうございます、拝借します」
「はい?」という声が自分の口から自然に漏れ出ていた。こいつら、何を通じ合っているのだろう。突如として出てきたイミフな提案に、羽純はノータイムで頭を下げ、ミハルさんから袋を受け取り、竹刀を取り出す。
そうして、まだまだ怪我人の応急処置が行われている横で、2人は竹刀を手に向かい合うのだった。
「え、何してんの羽純……」
私がそう聞いたことすら耳に入っていないのだろう、羽純はふーっと静かに息を吐き、集中した表情で居合術のように刀を腰の位置に構えた。一方の後藤田のおっさんも、さっきのくたびれた雰囲気がどこかへ飛んでいってしまったようで、きびきびと礼をし、竹刀を構えたまま一瞬しゃがんでからゆっくりと立ち上がるのだった。……あれは、えっと。
「メェェェェェェン!」
突然のことだった。後藤田の奇声が響き、大上段から振り下ろしたあまりに速い一撃が羽純を襲う。羽純は半身でかわしながら、頭部への攻撃を受け流す。しかし羽純の横をすり抜けた後藤田は続けざまに「ドォォォォ!」と一撃を繰り出し、羽純はバックステップを使って紙一重でそれをかわすのだった。
「ちょ、ちょっとあれ、止めなくていいもんなの!?」
「ん、あんたオルタナの人? って、ジャージだし違うか。まー……えーと、逆に聞くけど、あれ止められる? っていう……」
「…………いやー」
ミハルが指差す先では、2人が全力で竹刀を振るい合って戦っていた。
人命救助が行われており、セーフゾーンとはいえいつモンスターが襲ってくるかも分からない修羅場である。そんな中、2人はまるで命の取り合いのように鬼気迫る様子でチャンバラをしているのだった。確かに、これを自分が止められるとは、思わないけれど。
「やーね、冒険者って頭のネジ外れてる人結構いっけど、おやっさんは特にイカれてんだよなあ。木雨雪 羽純も、多分そういう子なんだろ? アタシにゃー分かんないけどさ」
そう言ってミハルはため息交じりにそう言いながら、やれやれと戦いを見守るのだった。
大声を発しながら苛烈に攻める後藤田の攻撃を的確に受けた羽純は、唸り声を上げながら弾いてゆく。素人目にも、防戦一方の苦しい戦いに見える。
「あっ……!」
後藤田が力任せに振るった一撃を受けた瞬間、羽純の体はそのままショルダータックルで打ち据えられて地面に転がされる。羽純は仰向けになりながらも追撃を竹刀で返すが、しかし起き上がろうとする羽純の腹を非情な蹴りが捉え、ドズッと鈍い音が響く。
「羽純っ!?」
「だあっ!」
羽純は悲鳴も上げず、竹刀を横薙ぎに払って牽制してからネックスプリングで起き上がる。それを見計らった後藤田が羽純の顔目掛けて土を蹴り上げるが、しかし羽純はそれを物ともせず突進、お返しとばかりに後藤田の腹に前蹴りをぶち込んでゆくのだった。
そうして、後藤田はその奇襲の前に仰向けに倒れ、羽純が後藤田の喉元に竹刀を突きつけたのだった。良かった、勝負あり、だ。
「はあっ、はあっ、これで……一本……」
「まだまだァー!」
「えっ、あ、うわっ!?」
瞬間、なぜか後藤田は足で引き寄せるように羽純の足に絡み付くと、強引に地面に尻餅をつかせる。そのまま羽純の長い脚を小脇に抱え……。
「ダァーッ! ダァーッ!!」
「ぬわあああああ〜〜〜〜!?」
「うわ完全に極まってる!?」
「おい、あれはもうなんか違うだろ! 中止だ中止!」
「おやっさん! 女の子にヒールフックはやめろ! 大人げない! くっそ、我を忘れてるぞこのバカオヤジ!」
「羽純〜〜!?」
そうして羽純が悲鳴を上げながら必死に地面をバンバン叩く中、オルタナと肥前ハイジアのメンバー総出で後藤田の関節技を引き剥がしにいくのだった。
☆
「羽純、大丈び?」
「あ、ああ……しかし、ソノに貴重な《ヒール》を使わせてしまった……面目ない……」
「いやまさかあの流れから関節技食らうとは誰も思わんし……」
横穴の岩壁にもたれかかって蹲る羽純は、少ししょんぼりしているように見えた。
後藤田に誘われるがままに勝手に稽古を始め、怪我をしてしまった。園田が回復魔法を使うためのマジックポイントは有限で、そのマジックポイントを回復させるには私の撮丸のバッテリーのように睡眠を取るしかない。このあとのグランディン攻略のために少しでも節約しなければいけない状況で要らぬ怪我を負って後輩に迷惑をかけてしまったという事実は、やはり羽純も堪えるのだろう。
「ね、羽純さ。もしかして、ウチのことで迷ってんの?」
迷っているならこの先に行かないほうがいい、羽純に稽古をつける前の後藤田の言葉を思い出す。ウチの羽純に何言ってやがんだオッサン、と思わないでもないが、しかし、即座に剣で語り合いたくなるぐらいには羽純も何かに迷っていたのだろう。
羽純は私の顔をきょとんと見返していたが、すぐに「ううん」と首を振るのだった。
「違うよ、私の問題なんだ。やっぱり今のグランディンは明らかに普通じゃない。戦えない私では真美華を守り切れそうもないって、肥前ハイジアの皆さんを見たときに、もしも真美華がこうなったらって思ってしまったんだ。だから……」
「だからオルタナに守ってもらうって話だったじゃん? ウチも、羽純も」
「……」
「あのさ、ウチら、ダンジョンエンジョイ勢だじぇ? 契約書にも中断して引き返しても違約金はなしってなってたじゃん。羽純はすげーやつだよ、でも今は束だけ持ち歩いてて戦えないじゃん。だからさ、守ってもらおーよ。ダメそうになったらスタコラ逃げちゃってもいいしさ。だしょ? うぇい」
「……うぇい?」
「うぇーい」
私の手の形を見た羽純が、真似して「うぇい」とやる。それじゃあきつねさんじゃねーか。苦笑しつつ羽純の隣に座ると、羽純は「君はそう言ってくれるけれど……」と苦しそうに続けるのだった。
「私は君を守るつもりで付いてきたんだ、全力を注げば何かの力になれると信じて。しかし、後藤田さんに手合わせしてもらって思い知ったよ。私は稽古のつもりで、彼は私に戦いを挑んでいた。ここはダンジョンだから、命の取りあいをするのが当たり前だったはずなのに……いつのまにか、地上の理屈に囚われて、私は自分の弱さを見誤ってしまった」
「ちょっとは常識的になったんじゃねーの? だってオッサンも稽古だーっつってたし、そもそもあのオッサン、普通に頭おかしいよ」
「いや……まあ、そうとも言うか……」
「まーなんでもいーよ。そんでえ?」
「ん?」
「羽純は強くなりたいの? ウチを守れるようになりたいの?」
羽純は何か言いたげな様子で私の顔を見返していたが、結局そのまま言葉を飲み込んでしまうのだった。やがて、泉水の「目処がついた、先に向かう!」という声が響いて、私たち2人は立ち上がる。
「やっぱ迷いがあんなー」
「すまない……」
「いーよん」
「ちゃんと守ってね、相棒」、私が背中を叩いてやると羽純はこくりと頷くのだった。そうして、私たちは負傷した肥前ハイジアを置いて、レッサーワイバーンの群棲する狭い谷底を早足で駆け抜けてゆく。




