遠江妙士郎は物申したい
「お前のせいで到着が遅れた。“もぐらアパート”なんて普段は4、5時間で抜けられるのに6時間も使うなんて」
頭上から降り注いできた突然の罵倒に「あ゛あ゛あ゛〜ん?」と顔を上げると、そこにはスーツ姿(短パン)の美少年が私の顔を見下ろしていたのだった。さらさらのチャコールブラウンの短髪に実家の太さを感じさせる美形のショタ(中3)は私の咆吼めいた返事に一瞬たじろいだようだったが、すぐ非難するように私を睨みつけてくる。
遠江 妙士郎、巨大な鎧型神器・天月を操るオルタナの天才タンク少年サマであった。ちぇっ、と舌打ちが出てしまう。
「あーあー悪かったっすねー、でもウチゃあエンジョイ勢だからさあー」
「知ってるよ、お前らのせいで瀬黒と園田を警護に回さなきゃなんなかったんだ。迷惑だぜ、全く」
「へー、迷惑っすかー……あーのさあ! 文句言うならウチらを雇ったあんたらの上司に言ってくんね? こっちは頼まれて撮影に来てやってんだじぇー?」
「う……」
遠江は反論に窮して、悔しそうに私を睨みつけるのだった。まあ、やらせてくれって最終的に頭を下げたのは私なんだけど、そんなことはあえて言ってやらない。そうして私がニヤニヤしていたからだろう、遠江は「だ、大体な!」と私に指をさしてくる。
「お前、体力なさすぎなんだよ! 休憩多すぎるし……2層なんか、洞窟にビビって瀬黒におんぶしてもらってたじゃんか! 足手まといすぎだろ! このナマケモノ女!」
「なまけものおんな……」
まあ、それはそうだった。真っ暗な“もぐらアパート”では恐怖のあまりへっぴり腰になった私は、羽純の服にしがみついて引きずられるバカデカ無能ストラップちゃんと化し、最終的にヒンヒン泣きながら瀬黒さんにおんぶされるという醜態を晒してしまったのだった。ちゅーか何でみんなあんな歩きにくい真っ暗な洞窟でダッシュで移動できるんだよ。引くわ。
……とはいえ、言われっぱなしで引き下がる私ではないのである。
「はあーっ。……おいおい、いーのかよう? 気持ちよく好き放題言っちゃってくれちゃってさあー」
「な、何だよっ!」
「いやあさ、実は今のやりとり、ぜぇんぶ録画しちゃってたんだよねえ。せっかくの素材、どう使おうかにゃあ。一般エンジョイ勢のか弱い女の子に、オルタナの天才少年くんがわざわざ悪態つきにきちゃってさあ。いやあ大丈夫かな〜、昨今の炎上ってやばいからな〜。君だけじゃなく、お父さんお母さんももう働けなくなっちゃうかもしれないよね〜」
「お、お前っ……汚いぞ!」
「じゃー、ちゃんとカメラに向かってごめんなさいできるかなー? ヒェッヒェッヒェッヒェッ……」
「う……ぐう〜っ……!」
撮丸を向けられた遠江は、顔を真っ赤にしてぐぬぬと握り拳を震わせるのだった。気分が良くなった私も、思わず亀が速く泳ぐように笑ってしまう。そうこうしていると、突然私の頭が「こーら」と大きな手で優しく掴まれたのだった。
「大人気ないことをするなよ、真美華。録画のランプ光ってないじゃないか」
「ささっ、ささ姉!?」
「ネタバラシ早えーよ、ちえっ」
顔を上げると、やって来た羽純は心配そうに私たちの顔を見比べているのだった。まあ、もちろん録画なんかハナからしていなかった。んなことしたって私の株を下げるだけだしな。
羽純は「妙士郎、悪いな」と告げると、遠江は「性格わりーやつ……」と私に侮蔑の視線を向ける。
「しかし妙士郎の言うとおり、2層での真美華はお荷物だったな……」
「そりゃあんな暗くて狭くて敵出てくんだもん。こえーに決まってるだろがい」
「てか足も遅いし、こいつ神輿にでも乗せて担いだ方がいいまであるだろ」
「やだよそんな大谷吉継みたいなの!? もー次からちゃんと歩くから勘弁してくれよ〜」
なぜかツボに入ったのか、羽純はハッハッハと笑いながら私の頭をわしゃついていたが、やがてペトラに呼ばれて手を振り振り向こうに行ってしまうのだった。そうして私と遠江だけが取り残され、お互い顔を見合わせる。
「お坊ちゃんは行かなくていーのかよ」
「別に……戦い方のアドバイスもらいたいんだろ。ペトラ、ささ姉の映像参考にしてるって言ってたし」
「はへー、やっぱささ姉ってすげかったんだなあ」
「お前はささ姉って言うなよ!? くっそ、息をするように人をおちょくりやがってこいつ……」
「にひひ、腹黒マミカでやらしてもろてますぅ」
遠江はピースでカニカニしてる私のことを嫌そうに見下ろしていたが、やがて少年はぽつりと「一緒に住んでるって、本当かよ」と呟く。
「あにゃ?」
「だから、ささ姉と一緒に暮らしてるって噂、マジなのかよ」
どうしたのだろう、と顔を上げると、遠江は髪の毛をいじりながら前を見ているのだった。……ははーん?
「妙士郎くん、ささ姉が心配なんか〜?」
「う、うるせーな! ……仕方ないだろ。ささ姉って社会常識ないし、友達もいないし、なんか家もヤバいらしいって噂もあったし……わけわかんないうちにオルタナ辞めて音信不通になったら、誰だって心配になるだろ」
「あいつオルタナでもポンコツやってたんかよ……」
「ま、そだよ。家追い出されたその日に会って、ウチに寝泊まりさしてる」。そう言ってやると、遠江はふうと息をついて「何だよ、いいやつなのかよ」と呟く。そうして、さっきとは違った真面目な顔で私を見下ろすのだった。
「じゃあ、ちゃんと守るよ。お前は足手まといでカスだけど、でも……ささ姉の大事な友達なんだろ。ささ姉のために、ささ姉をきちんと送るために、僕はお前を守るよ」
そうきっぱり言って、遠江は私に手を差し出すのだった。私は男にしては華奢なその手を取り、引っ張り上げられるように立ち上がる。
「頼むぜお坊ちゃん、その分ちゃんとかっこいいとこ撮ってやんよ」
「馬鹿。……任せろ」
瀬黒が夕飯を作ったようで、キャンプファイヤーの方から私たちを呼ぶ声がする。
私たちは広場の真ん中に立ち上っている黒いモヤ……第4層への扉を横目に、そちらへ向かうのだった。
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第8話、お楽しみいただきましてありがとうございます。
渋谷ダンジョンの更に奥へ。明日は4回の更新となります。
引き続きどうぞよろしくお願いをいたします。




