手の平にコンドーム
――『オルタナ』の結成から3年が経ちました。皆さんの冒険に変化はありましたか?
木雨雪:ここ半年ほど、コーチの下でコンビネーションの強化に取り組んできました。新入隊のソノ(注:園田京一郎氏)のバックアップも増えて牽制がスムーズになったこともあり、戦闘に集中しやすくなりました。今まではスピードアタッカーとして連携などはあまり気にせずやらせてもらっていたのですが、深層のモンスターとなるとやはりチームメイトとのコンビネーション攻撃の必要性を感じてきています。
――チームの紅一点である木雨雪さんですが、コンビネーション強化のために日頃からメンバーとコミュニケーションを増やしたりなどされましたか?
木雨雪:コンビネーション攻撃はいわゆるフォーメーションやサインプレーですので、タイミングが合うまで何度も練習するだけです。反復練習だけがコンビネーションにつながります。
――オフの日など、チームメンバーと遊びに行ったりはされますか?
木雨雪:木雨雪流剣術では稽古百編といって、一分一秒でも多く稽古をするための生活をしています。なので、私は本業が鍛錬でダンジョンには集金に行っていると思っています。冗談です。瀬黒(注:瀬黒熊楠氏)がよく誘うらしく他のメンバー同士で遊びにいくこともあるようですが、たぶんインタビュアーさんの方がご存知ではないでしょうか。チームのアカウントに写真が上がっていると聞きます。
――特にリーダーの泉水さんとは付き合いが長いと聞きます。木雨雪さんにしか見せない泉水さんの意外な一面などはありますか?
木雨雪:新(注:泉水新氏)はオルタナ結成当初から支え合ってきた大切な仲間です。冒険や戦いに向き合うストイックさは彼からたくさん教わりましたが、意外な一面……はごめんなさい。皆さんが知っているガチ勢冒険者である彼しか知らないかもしれないですね。
――ズバリ、チーム内恋愛などはあるんでしょうか?
木雨雪:よくは知らないです。チームスタッフともプライベートのことはあまり話さないですし、近頃は男性同士の恋愛も認められる社会になっているので、私の知らないところでメンバー同士の恋愛があるのかもしれませんね。
――ありがとうございました。
木雨雪:ありがとうございました。
※ 当インタビューは昨年12月に行われたものです。
☆
ファッション雑誌『ラナンシー』を開きながら、はあ~とため息をつく。
それは、日本五大ギルドの一つである“オルタナ”のセカンドアタッカー、木雨雪 羽純のクソつまらんインタビュー記事だった。ろくろを回すポーズのスーツ姿の女の写真からは、どうにもティーン向けファッション誌っぽさからかけ離れた無骨さがにじみ出ている。
半年前、私はこの女に命を助けられた。木雨雪 羽純が間に合わなかったら、私は今頃赤ちゃんアリのご飯として人生を終えていただろう。私が運営するマミミンダンジョンTVの登録者数が1500人に増えたりすることもなかったはずだ。
そんな私の命の恩人であるガチ勢最強パーティーの紅一点・木雨雪 羽純のインタビューは、やたら事務的で、無骨で、ちっとも面白くないものだった。
立ち読みを終える。夜中の高円寺のコンビニだ。純情商店街には3月の強い雨が降っていて、人けは全くない。この辺りもダンジョンができる前には飲み屋街としてもっと賑わっていたらしいが、モンスターが流出するようになってからは随分閑散とした町になってしまった。そろそろ帰るか、ぼんやり平積みの雑誌を見つめていたそのときだった。
コンビニの入店音が鳴ると同時に、レジの店員さんの「うわっ」という声が響く。私が顔を上げると、そこにはぐっしょりと濡れた女が佇んでいた。
パーカーのフードを目深に被った、幽鬼めいた背の高い女だった。ゆっくりと歩くと、濡れたスニーカーのギュッ、ギュッという不快な音が店内に響く。
「何じゃあれ……」
思わずドン引きの声を上げてしまう私だった。来店客というより、迷い込んできた動物と表現する方が正しいように思える。あだ名を付けるならば、妖怪・ビチャビチャ巨大貞子だ。髪の毛で顔が隠れていて一切表情は見えないが、異様に姿勢が良く背筋がぴんと伸びていて、まるで天井から糸で吊られているかのようだった。
ギュッ、ギュッ、ギュッ。女は大股でゆっくり歩きながら私の視界を通り過ぎていく。何気なく後を追う。妙に気になって商品棚の陰から女を覗き込むと、ビチョビチョ女はやおら座り込み、その箱を手に取ったのだった。
コンドームだった。
「…………」
“驚異の薄々0.001ミリ 超絶フィット感ラブラブ愛情スキン12枚入”を手にした女は、唐突にぐるんとこっちを向く。顔を覆う前髪の向こうからギラギラ光った両の目が覗いていて、じっと私を見つめている。
動けない、蛇に睨まれた蛙。ぞくり、と背筋に悪寒が走る。女はゆらりと立ち上がって、ぽたぽた水滴を垂らしながら私の方へと近づいてくる。
ギュッ、と音を立てて目の前で足が止まり、影がぬうっと私を覆う。そうして女は、私の顔を覗き込みながら低い声で告げるのだった。
「失礼だったらすまない。売春? というもののやり方を御存知ないだろうか」
「は……?」
「これがあればできる、と聞いたんだ」
女はコンドームの箱を私に見せる。私は差し出されたそれを見つめ、何を聞かれているかピンとこないまま顔を上げる。垂れ下がった髪の隙間から、切れ長の目が私を見据えている。そんなビチョビチョ女はじっと私の答えを待っていて……というか、あれ……まさか……。この顔、ついさっきまで『ラナンシー』で……。
「あんた、木雨雪 羽純!?」
私が声を裏返してそう叫ぶと、目の前の妖怪ビチョビチョ女こと木雨雪 羽純は一拍置いてこくりと頷くのだった。




