My New Gear…
「社長、木雨雪様がお見えです」
「あらァ! いらっしゃい、出発あしたなのにわざわざ来てもらっちゃってごめんねえ。ご迷惑じゃなかった?」
「いや、別件で出掛ける用事があったんだ。こちらこそ、お邪魔でなければ」
「まあまあ、座って座って!」
オフィスの最奥、パーテーションで区切られたスペース。羽純は身バレ防止用のサングラスを外し、一礼をする。この雑居ビルの2階から4階を占有する“エヴァンズフルーリー”、その社長であり真美華の兄である須野原 甚八は「コーヒー飲める?」と羽純にソファを勧めながらポットの湯を沸かすのだった。
「あらそう、バカ妹は結局来ないって?」
「ええ、寝溜めをするとか何とか言っていて……」
「まーお馬鹿な言い訳。遠慮してるのよあの子、ここに来たら社長の妹だからね。社員が緊張すると思ってる。はい、どうぞ。ミルク要る?」
「ありがとう、ストレートで」と答える羽純の前に座った甚八は「さあて」と手をパンパンと叩くのだった。
「今日はねえ、明日渋谷ダンジョンに向かうあなたに受け取って欲しいものがあって」
「私に?」
「ええ、前から開発してたんだけど、やっーと届いて。間に合って良かったわ」
「社長、お持ちしました」
羽純を案内していた女性社員が、ビニールに包まれたそれを抱えて部屋に入ってくる。壁際に立てられたハンガーラックにそれを吊り下げた瞬間、羽純は「えっ」と声を上げた。
「プレゼントするわ、羽純ちゃん。あなたの勝負服よ」
それは、空色の襟なし長袖シャツと白のロングパンツのセットアップであった。しかもそのタグにはダンジョン装備の基準を満たしていることを示す認定マークが描かれている。
「これは……」
「ワイヤースパイダーの糸を8%、さらにサラマンドラの鱗とエルダーリッチの衣の合成糸が4%でプレートキャリア並みの防御力と《炎耐性》、《即死耐性》を付与。さらにリキッドスネイル粘液から抽出した特殊な染料で《自動洗浄》も付けられたわ。着心地や伸縮性、あとは何よりエレガンスを追求してここまで仕上げられたの、私の自信作よ」
甚八は重ねて「ウン百万よォン」などと戯けてみせるのだった。「こんなにいいものを……」と羽純が呆然としていると、甚八はソファの背に腕を回して胸を張る。
「ぜひ貰ってちょうだい。17年見守ってきた妹を任せるんですもの。あなたに半端なものは作れないわ」
「……ありがとうございます。本当に、真美華を大事に思っているんだな……」
「フフ、そうねえ。家族ですもの」
そう言う甚八の視線の先には、部屋の隅で三脚に乗ったビデオカメラが置かれていた。真美華の動画配信の師である甚八が普段WeTube用の動画を撮影するためのものだ。
「あ、試着室あるわよ。念のため一度袖通してもらってみていいかしら?」
やがてパーテーションの外の試着ブースで着替えた羽純が「問題なさそうだ」と出てくると、遠巻きにしていた社員たちがパチパチと拍手で迎えるのだった。羽純は、反応が大袈裟すぎやしないだろうかと振り返るが、しかし近頃よく着ているようなカジュアルな服装とはまた違ったデザインの自分を鏡の中に見て、少し照れくささを覚えるのだった。
「でぇ、そのう……お願いなんだけど、このジャージ、バカ妹に持っていってくれないかしら? あのね、学校指定のジャージでオルタナに付いてかれると、身内として見すぼらしくって」
「ふふ、了解した。……ジャージはジャージのままなのかい?」
「あんな妹ジャージで十分よ。まあでも、武士の情けで少しはカワイクしといたわ」
「武士の情け……くくく」
羽純が受け取った紙袋を開くと肩口に花の刺繍がされたピンク色のガーリーなジャージが入っており、また羽純のセットアップに付いていたのと同じタグが付いていたのだった。羽純は口元に笑みを浮かべる。そうして、「せっかくだしこのまま帰ろうかな」と呟いた羽純に、甚八は「あら?」と声を上げる。
「なになに、それ? ペンダントかと思ったら素敵なリングじゃない。可愛いわね、ずいぶん良いものなんじゃないの」
「え? ああ」
羽純は胸に乗ったチェーンを持ち上げる。それは、カットされたダイヤモンドの付いた指輪をペンダントにしたものであった。
「そうだね。普段は服の下に入れていたけれど、今日の服なら合うかなと思って」
「ええ、上品で素敵よ。いいじゃない。お洒落を楽しんでね」
「ああ。……何から何まで、今日はありがとうございました」
甚八の部下が畳んだ服を受け取った羽純は、そうしてスタッフたちにもぺこり、ぺこりと頭を下げていく。甚八が「元気で帰ってきてね」と手を振り、羽純は「それは、必ず」と強く頷くのだった。




