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決意

 これは『木雨雪羽純チャンネル』のTubuyaiter(つぶやいたー)アカウントだ。

 もともとは『マミミンダンジョンTV公式』として動画の告知をしたり、あとは私のネイルや食ったもんを自慢したりする用のアカウントだった。しかし、私が裏方スタッフになってからは正式に羽純の宣伝用アカウントへとなったのである。

 現状はフォロワー数8万ぐらい。もともと750人ぐらいだったことを考えると、ずいぶん増えたものだ。動画の告知が主だが、たまに羽純の写真を上げたりしてインプを稼いだりしている。

 そして、もうこの規模になると私の手には負えないので、今は小咲にアカウントを運用してもらっている状態だ。ちなみに、新しく作った私のネイルや食ったもんを自慢する用のアカウントは現状フォロワー数458人だ。……世間、私に興味がなさすぎるだろ。

 さて、『木雨雪羽純チャンネル』のアカウントには基本通知がきっぱなしである。半分がスパムだが、もう半分は動画の感想やファンレター、そしてごくたまに何がしかの案件が届いていたりする。例えばそれは他のWeTuberからのコラボ依頼であったり、ウェブ雑誌の取材の依頼だったりする。企業からはイベント出演やCMなんかの依頼、もしくは配信の中で商品の宣伝をしてほしいみたいなのも結構来ているようだ。羽純はやっぱり広く認知されている冒険者だから、無所属フリーで配信活動をしていてアクセスがしやすいともなると世間はやっぱり放ってはおかないのだろう。

 でも、羽純はそうしたものに関わるつもりはないようで、小咲には一律で断りを入れるように頼んであった。それは何より、羽純が今の自分をお休み中に位置づけていることが大きいように思う。私もそれで構わなかった。私だってお金は欲しいけれど、羽純は絶刀を使えない自分を広告塔にしたいとは思わないだろう。


「でも、これは見てもらわないといけないと思いまして」


 そう言って小咲が私たちに見せたタブレットには、公式マーク付きの『ホライゾンジャパン』のアカウントから送られてきたダイレクトメールが表示されていたのだった。



「私たちが求めているのは、須野原さんの撮丸が持つ生配信をする能力です。今回は特別に、その能力で当社の冒険者パーティー・オルタナの撮影をしていただきたいと思っております」


 中央公園、背の低いガキ用ブランコをぼんやりと漕ぐ。頭の中で、ホライゾン社の広報の女の人が言ってた言葉がぼんやりと巡っている。時間は夜の11時を回っていて、辺りはかなり真っ暗だ。たまに出現するモンスターのせいで街灯が死んでいて、少し遠くの煌々と光る自動販売機しか光源がないくらいここはうら寂れていた。


「少々早いですが、出発は10日後を予定しています。目的地は渋谷ダンジョン第6層“スピードボール・トルネード”、深層の一歩手前、中層の最下部です。……というのも、現在渋谷ダンジョンにはスタンピードの予兆が疑われています。こちらのデータをご覧ください。1週間ほど前、第8層“851”のボスモンスター・グランディンが5層“パンデモニウム”まで進出したことが観測されました。その後グランディンは第7層まで引き返しましたが、活動予測では約2週間後には大規模な上昇を行い、その際に渋谷ダンジョンは大規模なダンジョンブレイクを引き起こすと見られています」


 スタンピードとは、下層のボスモンスターが上昇し、それから逃げるようにモンスターたちが上層へと押し出されていく現象だ。ちょうどロケットペンシルみたく、モンスターたちが順繰りに押し出されて、最後は私たちの生活圏へと溢れ出してしまう……つまり、ダンジョンブレイクが起こってしまうらしい。

 モンスターは自分のいるべき階層へ留まる本能が強いため本来は起こらないことだが、本当にたまに、何らかの不確定要因が重なって発生してしまう……と羽純が教えてくれた。


「オルタナのミッションは第6層まで上がってきたグランディンを待ち伏せ、撃退、もしくは討伐してスタンピードを阻止することです。須野原さんにはその模様をご自身のチャンネルで中継をしていただきます。オルタナの広報活動のためが一点、そしてもう一つは当社で用意した専門家チームにモニターしてもらいながらコメントで指示を与えられるようにするためです。ご協力を願えませんでしょうか」


 「お断りします」、と私が悩む間もなく羽純は即答した。お前が決めんな、と声を上げようとしたときの私を見る羽純の目がまだ脳にこびり付いている。

 それは、親が子供に向けるような……護るべき者に対する慈愛を帯びた眼差しだった。“心配ないよ、私に任せてくれ”なんて思っているのがありありと分かるぐらい、虫唾が走る頼もしい微笑みで、自己完結した満足感が透けて見えて最悪だった。

 そのあと私はもう何も言えなくなってしまって、羽純が私の身の安全について淡々と語る様子をただ眺めていることしかできなかった。


「……そりゃあさあ。……身の丈に合ってるとは、思ってねーけどさあ」


 中層とはいえ、第6層の難易度は深層と遜色がない。高校時代のダンジョン概論の授業を思い出してしまう。

 私は冒険者になれなかったザコで、自分で自分の身を守ることもできないのだ。だから私がいることでパーティーの戦力は半減するし、もしかしたら私がいるせいで渋谷スタンピードの阻止に失敗するかもしれない。……そんな危険性を、羽純はホライゾンの社員さんに言葉を選びながら淡々と告げた。そのとおりだと思った。ガチ勢パーティーに私がいるメリットは、私のいるデメリットを上回ることはないだろう。

 報われない努力なんかしないと決めてきたはずだ。本気になんかならないと決めたはずだ。淡い期待なんか持たずに、賢く、腹黒く生きようと決めたはずなんだ。だから、あいつが勝手に選んだ正解は、私にとっても文句をつけようのない正解のはずなんだ。


 だってのに、どうして涙が込み上げるほど悔しくなってるんだよ。


「……」


 ブランコから下りる。ふと傍らを見るとブランコに連結されている子供用の滑り台が置かれていた。小さく息を吐いて、私はその滑り台の端に立つ。両手を伸ばし、スロープのてっぺんに指を掛ける。

 気付けば、私は両腕に力を込めていた。ネイルがバキンと割れる音と、情けない唸り声がしんとした闇夜に響く。

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