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対決!電撃男

「おし、録画切れたべ。で? なーんかあった……」


 そこまで言いさして、私は言葉を失ってしまうのだった。撮丸をしまって振り返ると、そこには羽純ともう一人、Tシャツ姿の男が立っていた。

 大きい、と思った。チーターのように細く頑強な肉体で、ギリシャ彫刻のように凛々しい顔整いだ。私はこの男に会ったことがある。王子ダンジョンで「エンジョイ勢は群れて歩け」などと私に言い捨てた男。今ちょうど渋谷の大型ビジョンに出演していて、かつては羽純との熱愛報道が出ていた……!


「泉水 新……!」

「呼び捨てか? やはりWeTuberに社会常識は期待できそうもないな」


 オルタナのリーダーでありメインアタッカー、泉水 新がそこに立っていたのだった。


「な、何でこんなとこにいるんだよ!?」

「その……小咲にアポ取ってもらったあと、渋谷区からホライゾンへ念のため確認があったそうだ。そこから強引に情報を得たとか言ってて……」

「おいこいつもストーカーじゃねーか! こえーよ現代人!」


 小咲の一件があったばかりだからマジで最悪だった。うげげという気持ちで泉水 新を見やると泉水はこれっぽっちも気にしていない様子で、悪びれずに腕なんか組んじゃって堂々としているのだった。

 世界5位の冒険者、羽純の元チームメートで、背中を預けて戦っていた男。熱愛はあくまで噂にしろ、信頼関係にあったとは言っていた。そんな男が、どうして今更……。


「何なんだよあんた、待ち伏せみたいなことしやがって」

「別件もあるが……いや、そうじゃないな。羽純に用があったのは確かだ」

「ん、私にか?」

「ああ。羽純、オルタナに帰って来い」

「は……!?」


 素っ頓狂な声を上げたのは私だった。オルタナに帰って来いって、いまこいつそう言ったのか? そんな申し出を受けて、羽純は怪訝そうな顔をして泉水を見返す。泉水は続ける。


「また共にダンジョンを攻略しよう。機能喪失の身の上とはいえ、俺はお前のスキルや生存能力は高く信頼している。それは今の俺たちに必要な能力だ」

「私はもう戦えないぞ」

「戦う必要はない。暫定だが、“監督”というポストを用意させた。後方支援で、ソノに近い立ち回りになる。パーティーを先導し、状況に瞬時に対処し、指示を出し統率する役割だ。広い視野と未来視並みの予測能力を持つお前にはそれができる。俺たちの上に立ち、俺たちを導いてくれ、羽純」


 その申し出はあまりに身勝手で、だというのに羽純の将来を見据えたときにあまりにも良い話に聞こえてしまうのだった。

 こいつの言う羽純の生存能力には、私もこの1ヶ月でいたく思い知らされた。ダンジョンへの深い理解と、子供の頃から培ってきた経験とスキルによる超人的な判断力。神器を使わずにモンスターの討伐をするなんて、人間技じゃない身体能力さえ持っている。監督というポジションは、そんな羽純の能力を発揮するのに最も適したものだろう。羽純もそれを特におかしな話だとは思っていない様子なのか、真面目な顔で俯き、しみじみと呟くのだった。


「そうか、随分……動いてくれたんだな、私のためなんかに」

「何を言っている。そもそもコーチとしての誘いや移籍の話もあったのに、役に立てないなどと言って意地を張ったのはお前だ。お前が満足できる居場所を作るのに時間はかかったが、ようやく準備ができた。俺はお前とこれからも……いわゆるガチ勢として、俺はダンジョンで戦い続けたいと思っている」

「ああ、それは……うん。私も、そうだったな」


 羽純の肯定の言葉を聞いた瞬間、私の心臓がどくんと跳ねたのが分かった。背筋に冷たい汗が浮かぶ。

 戦闘能力を抜いても羽純には未だ実力がある、それもダンジョン攻略の最先端で通用するほどに。第1層でうんちくを披露しながら歩き回る仕事に押し留めて良いわけがない才能だと私だって分かっているつもりだ。だから、羽純の背中を押してやるのが、羽純のことを思うのならば一番良いはずだ。……だけど。


「ふッざけんなよ」

「真美華?」

「んなもん……ウチは全ッ然気に入らねー!」


 気付けば私は癇癪を起こした子供のように、2人の会話に割って入り、喚き散らしてしまっていた。


「お、おい真美華……」

「触んなバカ! いいかあ、俺様バカ野郎! そりゃあ羽純はオルタナに戻りゃ、どんな形でも活躍できるだろーよ! 何なら最前線でさあ、日本五大ガチパだろーがトップメタだろーが十分役に立つよ! そんなこと嫌というほど知ってるよ! ダンジョンの中が大好きなのも、この場所に来ると生き生きしてるのも! 第2層から先に本当は行きたいことだって! でもさあ、オルタナにいたこいつは……クソつまんねーやつだったんだ!」

「ク、クソつまんねーやつ!?」


 唇が震える、涙が勝手にボロボロ溢れてきて視界が滲む。おろおろする様子の羽純を一瞥し、泉水を睨む。威圧感に怯みそうになる。私より圧倒的に地位があって、価値があって、金があって、頭も力もある男だ。怖い、でも……感情が舌を突き動かして止まらない。


「こいつはなあ、ずっとダチもいなくて! 金の使い方も分かんなくて! ファンとも口を聞けなくて! スーパー銭湯が楽しいことも、テレビゲームにハマることも、この国のメシが美味いことさえ知らなくて! 家じゃあ虐待みたいな修業させられながらでさあ、男をまともに好きになったこともねーんだ! オルタナに戻るってことは、またその生活に戻るってことだろ!? 第1層なんか数十分で通り過ぎて、景色を見る暇すら無くなるってことだろ!? たんぽぽのうんちくをひけらかすことだって二度とないんだろ!? そりゃあんたらはいいんだろーけど! クソつまんねーよ、そんなの!」

「真美華……」

「だから、ほっとけねーんだよ! もう友達になっちゃったんだから!!」


 戦う力もない、金もない、性格もクソで羽純の役になんか一切立たない。この癇癪は大切な金づるをさらわれそうになった私の腹黒コンピュータが弾き出した最後の足掻きなのかもしれない。そんなことは百も承知で、それでも私はもうみっともなく喚き散らすことしかできなかった。

 ずぶ濡れで体の売り方を聞いて回る哀れな木雨雪 羽純を見てしまったから、そんな女とドタバタしながら笑って過ごしてしまったから……この不器用な女をオルタナに戻すなんてことをもう許すことができなかったのだ。そして。


「真美華」

「は、すみぃ……?」

「大丈夫だよ」


 その場に蹲る私の肩を叩いた羽純が、私の顔を覗き込む。それはいつもの……穏やかで頼もしい、ダンジョンで私の側に居てくれるの顔だった。羽純が前を向く。


「新。そんなに私のことを買ってくれていたなんて嬉しいよ。しかし、悪いが私はオルタナに戻ることはできない」

「情に絆されたか?」

「いいや? さっきも言っただろう、私もそう“だった”と。過去形なんだ。今の私はな、人生お休み中だ」

「は、馬鹿か? お前はWeTuberなんて虚業をするために努力してきたわけじゃあないだろう」

「確かにそうだ。しかし、それは冒険者も同じことだよ。私は冒険者になりたかったことなんて、一度もない」

「あ……」


 羽純が私の手を取り、目を細めて微笑む。硬い手のひらが、私の手首をがしりと掴む。泉水は眉根を寄せたまま微動だにしない。穏やかなため息を一つして、羽純は告げる。


「冒険者になりたかったわけじゃない、ダンジョンにあるための手段が冒険者だっただけだ。私は、私ができる範囲でダンジョンを突き詰めたい。それはお前も分かってくれるだろ? 長い間パートナーだったじゃないか」

「……ぬ」

「それになあ、穴を埋めるつもりなら戦闘員よりスカウトを雇え、いなきゃ育てろって随分言っただろ。コーチに相談してないのか? 監督とは言うが、新が言うそれは指揮系統の付いたスカウトだ。そもそも指揮は新の方が得意じゃないか。私、あんまり統率の自信はないぞ」


 うわあ……と喉元まで出かかって慌てて飲み込んでしまうほどの羽純のマジレス攻撃だった。泉水は憮然とした様子で口を閉ざしている。やがて、「そういうわけだ」と羽純が切り上げる。


「新、私はもうオルタナで随分良くしてもらったよ。いい仲間たちに恵まれて、ガチ勢冒険者として随分経験させてもらった。楽しかった、感謝もしている。それに、私はこれからもダンジョンにいるんだ。いつか一緒に潜る機会もきっとあるさ。人生、何があるかわからないからな」

「……ああ」

「ただな、今の私は、趣味の友達と趣味でダンジョンを冒険してみたいんだ」


 羽純のがっしりした指が、私の指の間に滑り込んだ。ぎゅっと手のひらを合わせるように握られ、ぐいと手を引かれて歩きだす。呆然とする私をよそに、羽純は嬉しそうに振り返る。


「じゃあな、新。またいつか、どこかのダンジョンで」

「……くそ。ああ、また」

「奥さんにもよろしく言っておいてくれー!」

「声が大きい……」


 あははという羽純の悪戯っぽい笑い声が響いて、羽純は走りだしたのだった。私は引きずられるように羽純に手を引かれてゆく。

 ちらと後ろを見ると、泉水は頭痛に苦しむように指で額を押さえていた。私はしばし思考を停止させたまま草原を引きずられるように走っていたが、やがて解き放たれた子犬のように幸せそうに駆けだす羽純の後ろ姿を見つめながら私は声を上げる。


「ね、ねえっ!」

「あははははっ、なんだー?」

「あ、あいつっ、妻帯者だったんっ!?」

「そーだぞー! 公表してないから内緒だー!」


 あはっ、と思わず声をあげてしまう私だった。じゃか熱愛なんかいよいよ嘘っぱちじゃねーか。けらけら笑う羽純の背中に向けて「そーなのかよー!」と叫びながら、私は息を切らしつつ坂を駆け降りてゆく。涙で滲む視界、熱く汗ばんだ手を握り合う。

 ざまーみやがれなんて高揚感の中、まるで無限に広がっているかのような景色の中を私たちは夢中で走り続けてゆく。

2/2


5話をお楽しみいただきありがとうございます。

ブックマークや評価、コメントなどいただけるととても嬉しいです。

あしたは全3回更新。羽純さんの配信をお待ちください。

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