エンジョイ勢、女一匹
冒険者は2種類に分けられるらしい。
つまりは“ガチ勢”と“エンジョイ勢”だ。
厳しい試験のある甲種冒険者免許を取得し、パーティーを組み、高価な武装を身に着けてモンスターと渡り合い、ダンジョン踏破を目指し、金銀財宝を持ち帰るガチ勢。
そして、簡単な筆記試験だけで取れる丙種冒険者免許のみ取得し、モンスターの少ない浅瀬をハイキング気分で観光するエンジョイ勢。
須野原 真美華、17歳。
私は後者だ。
「マミミンダンジョンTV~、今日はね、八王子ダンジョンに来てるおー。えー、あ、いつもの人。あーっす、スパチャあざまーっす」
ほんのり明るい広々とした洞窟、私は空中で静止するドローンに向かって手を振る。ドローンの横にはスカスカのメッセージ欄があって、常連さんによる100円のスーパーチャットの青色が表示されているのが見えた。
これが私の神器、撮丸。ダンジョン内部からの動画の生配信を可能とする神器だ。もちろん非戦闘型神器の中でもフレーバー型と言われる、ダンジョン攻略において全然役に立たないものである。
私はもっぱらこの神器を使って、ダンジョンで生配信を行っている。
「八王子ダンジョンってえ、えー……4層のね、“逆巻きの滝”が有名っすよねー。絶景だっつって。まー、ウチ1人だしパーティーレベル的に1層までなんすけどぉー……まー、この1層のね、“冥府ヶ原”もね、綺麗だよねー……うん。あ、ほらお花ー、たんぽぽ。ね。……なんかー、こうー……心が、洗われるねー……的な?」
開始時に6人だった同接視聴者は、私が一般たんぽぽを紹介して振り返ったときには2人になっていた。あ、今また減って1人になった。コメント欄は石のように動く気配はない。
でも配信を途中でやめるわけにはいかない。視聴数は少ないがあとでアーカイブも上げるし1時間は平常運転の予定だ。……アーカイブ、再生回数100回いかないけどな。
そんな人気ゼロの不毛なダンジョン生配信を始めてから、もう半年になる。
30年前、この世界にダンジョンが現れるようになった。
原因はまだよく分かっていない。でも、ヘカトンケイル彗星がこの星スレスレをかすめるように近づいたことで別の世界への扉が開いたというのが有力な説だそうだ。
そして、世界にダンジョンが溢れると同時に、私たち人類は覚醒した。
“神器”、世界中のあらゆる人が手にしたダンジョンで生き残るための術。それは例えば武器であり、防具であり、また道具を象って私たちの魂に宿った。神器は幾つかのスキルを発揮し、ダンジョン内に限り持ち主に力を与えた。
そうして人々は神器を手に、ダンジョンへ挑むようになったのである。
……まあ、戦える神器を手にした者、に限るんだけど。
「あ、やばっ!? アリ来たアリ来たアリ来た! 逃げます!」
大型犬サイズのアリ型モンスター・オオクロオオアリが1匹向かってくるのが遠くに見えた。ごくたまに第1層まで迷い込んでくるやつで、捕まったら巣にお持ち帰りされて肉団子にされてしまう。私は踵を返して一目散に走りだす。
モンスターに地上の武装はほぼ通用しない。そのため、対抗するには神器を使うのが一般的だ。そして私に戦闘能力はない。故に、モンスターに出会ってしまったら逃げるの一択だ。
とにかく転移装置のある金網の向こうまで行けばセーフだ。息を切らしながら洞窟内を走る。ギチッ、ギチッという顎の威嚇音が迫ってくるのを感じる。アリは鈍足モンスターに分類されるはずだが、着実に距離を詰められているのが嫌というほど分かる。これは私が身体強化スキルを1個も持ってないせいか、運動神経がゴミなせいか。もっと足速くなりたい。
「あ!?」
何かのツルに足を取られて、前のめりに倒れる。だけど痛がっている場合じゃない。すぐに立ち上がろうとする、が、足にツルが絡まってしまっているらしい。引っ張っても抜けない。くそ、くそ!
「ひ……!」
振り返る。巨大アリはもうそこまで迫ってきている。人間の腕ぐらいなら簡単に噛み千切れてしまう大きな顎がギチギチ音を立てながら私を狙う。やべえ、これもう、駄目……!
「絶刀顕現!」
瞬間、女性の凜々しい声が洞窟に響き、黒い風が私の側を通り過ぎたのだった。見上げると、スーツ姿の背中の向こうで、切断されたアリの体が舞っている。
縛られた長い黒髪が、ふわりと広がっていた。あまりに美しい一撃だった。かち上げられた刀の神器が描く銀色の軌跡と、どさどさと落ちてくる裁断されたアリの体。
呆然としていると、神器の刀を消滅させたスーツの女がちらりとこちらに振り返った。
ばかみたいに整った顔で、無感情で冷たい目だった。そんな氷の女王めいた美女は感情の伴わない表情で私を一瞥し、視線を切ってそのまま歩き始める。私の危機なんて初めから無かったみたいに、事も無げに無言で立ち去ってゆく。私はその背中を呆然と見送ることしかできない。
「エンジョイ勢は群れて歩け。ここは遊び場じゃない」
「は……」
突然男の声がして振り返ると、男4人のスーツ姿の冒険者たちがいた。地面にしゃがみ込んだ私の脇をすり抜けるようにして、その4人も通り過ぎていく。うち1人、振り返りながらこっそり拝み手をしてくるバンダナの男がいたが、その男もすぐ前を向いて歩き去ってしまった。
その5人がホライゾン社所属の公式ガチ勢冒険者パーティー・オルタナであるということに気付いたのは、彼らの姿が見えなくなってからのことだった。




