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やさしいあなたを見つめてた

「どしたん?」

「……後つけられてる」


 駅からの帰り道、街灯の死んだ暗い住宅街。私が「えっ」と言う前に唐突に羽純が踵を返し走りだす。

 姿勢を低くした羽純がものすごい速さで暗闇を疾駆して、ガリッと音を立ててその足を止めた瞬間、高円寺の住宅街に「ぎゃああ」と女の汚い叫び声が響く。見れば、羽純が見下ろす街灯の裏に、尻餅をついた女の影があるのだった。私も慌ててその後を追い掛けてゆく。


「はあーっ! はあーっ! アッ本物っひひひ、はしゅみしゃ、はしゅっ、はしゅみひゃっ、ハヒューッ!」

「どしたどした。ん、誰よこれ?」

「あっ!? おっ、女ーっ! 女! 女ァ!」

「ハア?」


 辿り着くや、地面にへたり込んだ女が私を指差し、女、女と絶叫する。そりゃまあ私は男じゃねーけどもさ。

 見たことのない女だった。黒髪ロングヘアーで、オフィスカジュアルっぽいライムグリーンのカーディガンに白いフレアスカート。清楚系なナチュラルメイクだが、そばに落ちているビニールバッグには清楚な雰囲気には場違いなほど異様な数の缶バッジが敷き詰められていた。確か痛バとかいうやつだ。そして、その全ての缶バッジには光る刀を持ったスーツ姿の2等身の女のアニメキャラクターが描かれており、「HASUMI SASAMEYUKI」のロゴがあった。……ははーん。


「おい女たらし、これお前の元カノ?」

「何だよ女たらしって! そんなわけないだろ!? わ、悪いが知らない……はず、だ? いや、えーっと……あ、サイン会……」

「つかお前のファンだろこいつ。まあ誰でもいーや。何かの配信で特定されたか、電車からつけられてたんか知らねーけどさ。……ねえ〜あんたさあ、ウチら後つけられんの迷惑だからやめてくんね?」


 きっとよっぽどの大ファンなのだろう。私もその場にしゃがみ込んで、女のことを見据える。住んでる所まで突き止めてくるなんて、もうストーカーじゃん。まあでも、こんなことが起こるのを全く想像してなかったわけじゃないし、こんなことで怒り狂うほどガキでもない。場合によってはそのお高そうなおべべに羽純のサインを書かせてやってもいい。そんなわけで、清らかな仏心を見せて優しく言ってやったその瞬間だった。


「この……害虫ウィーチューバー女!」

「はぁ……?」

「わ、わ、私たちの羽純様にもう近づかないでっ! あんた、友達だなんて調子のいいこと言って、羽純様のこと何も知らないくせに! 羽純様でお金儲けしようって近付いただけのくせに!!」


 そう女が叫んだ瞬間、脳が一気に冷える感触がした。いつもならすらすら出てくる否定の言葉が、喉に引っ掛かって、詰まる。バカヤロウと叫んでやろうと思っても、声が出なかった。


 だってそれは、この女が言うことがあまりに真実だったからだ。

 私は木雨雪 羽純を客寄せパンダにして金儲けをしようとしている。友達だとも思っていない。だって、何者でもない私がこんなガチ勢冒険者と友達になれるはずがないのだから。私にはもう友達なんて一人もいないのだから。

 だから、こんな暴言を否定できない。こんな乱暴な中傷に反論できない。害虫なんて幼稚な悪口に怒ることもできない。そんなわけで……私は、言葉を飲み込んでしまって。


「君、やめなさいっ。訳なら聞くから落ち着いて……」

「こ、来ないでっ! 羽純様、そのっ、そのっ……これ見て、私のために目を覚まして! 裁天(サイテン)、顕現っ!」

「なっ……神器を!?」


 女が手を掲げ、神器を発動する。危ない! 地上ではスキルが発生しないとはいえ、神器は人間を殺すこともできる危険な武器だ。思わずバランスを崩し尻餅をつく。視界に羽純の背中が割り込んでくる。そして私は羽純に庇われるまま、咄嗟に目を閉じて……しかし、何か攻撃をされた気配はないのだった。


「天、秤……?」


 羽純の声がして目を開けると、女の手には金色の天秤が下げられていた。攻撃型の神器ではないようだ、ないにしても。


「っ、(なーに)してんだよあんたー! 街中で神器なんか出しやがって! おいてめー犯罪だぞ!? ジュートーホー! ホーリツイハン!」

「ほ、法律違反は攻撃型神器だけだから! 防御型とフレーバー型は周囲の安全を確認して発動するのは大丈夫だからあ!」

「確認してねーだろバカ! こっちは殺されるかと思ったぞ!?」


 マジで死ぬかと思った。心臓はバクバク鳴っている。ちょっと漏らしたかもしんないぐらいだ。震える足で羽純に縋り付くように立ち上がると、女は「羽純様に触った! 無料で羽純様に触った!」などとヒステリーを起こす。マジで何なんだこいつ。そうこうしているうちに、女はまた「覚悟なさいっ」と私を指差すのだった。


「マミミンダンジョンTV! 答えなさい! あんた、本当に羽純様を友達だと思ってるわけ!?」

「え……? あ、そ……そうっ、そうだよ! 当たり前だろ!? 配信でも言ってたじゃん!」

「言質取った! もう訂正できないからね! 聞きなさい、これは私の神器、裁天! 裁天には攻撃力はないっ、けどっ、し、使用者が稼いだ100万円でほとんど全ての物事の真偽を暴くことができるっ!」

「は!? な、何言って、お前……!」

「マミミンダンジョンTVぃ、今から私、紅花(べにはな) 小咲(こさき)がお前の嘘を暴いてやるわっ! 観念しなさい、羽純様を騙そうとしてる害虫女め!」

「ちょ、やめろって! おい! 急に出てきて何言って、やめろよ!? ちょっと!」

「いくわよぉ、なけなしの100万円課金! “裁天様、裁天様。お導きください。マミミンダンジョンTVが羽純様を友達だと思っていると言った言葉の正否をお暴きください”……!」

「やめろよおっ……!」


 瞬間、札束の置かれた天秤から眩い光が放たれる。札束は光の中で粒子となって消えゆき、天秤の歯車やら何やらが一人でに動き始めるのだった。

 終わった。あれは代償と引き換えに高精度な判断を下すことのできる超強力な神器だ。終わった。看破されたらもう逃げることはできない。終わった。私は目を瞑り、その場にしゃがみ込む。心臓の鼓動が激しく鳴り響き、キーンと耳鳴りがする。終わった。私の嘘がバレた、私が羽純を金づるとしか思っていないことが、羽純を騙していることがバレた。終わった、終わった、終わった……。


 ……そうして数秒の沈黙があって、ふと小さな小さな「何これ?」と言う声が辺りに響くのだった。それも羽純のアルトボイスではない、ストーカー女の声で。


「……え」


 顔を上げる。札束の消えた天秤は片側に傾いており、裁天の中央にある小窓には「正」の字が表示されていた。


「ま、真美華ぁ……なんだか、き、気恥ずかしいなっ。ははっ、こうもはっきり友達だと証明されてしまう、というのは、なんかむず痒くて……ふっ、あはは、は……」


 天秤を手に呆然と立ちすくむストーカー女と、真っ赤に紅潮した頬をぽりぽり掻きながら照れ笑いする羽純を見比べる。「正」の字を見やる。ストーカー女の反応と合わせると、つまり私の言葉に嘘がなかったと言うことだろう。

 何だこれ。頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くしてゆく。というか、いや、もう……受け入れるほかない。


 あろうことか私は、木雨雪 羽純のことをただの友達だと思い込んでしまっている。

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4話をお楽しみいただきありがとうございます。

感想やブックマークや評価など心よりお待ちしております。

あしたは全2回更新で、長めの配信画面があります。お楽しみに。

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