#79 裏切り者の孫と悲劇の皇子
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李杏の自己紹介に、劉辯が付け加える。
「李杏と李儒は、余の“護衛”だ。物心ついた頃からずっとな。ここにいる李杏は、余の“仙術”の師匠でもある。“李”一族は、代々皇室に仕える宮廷仙人の血統なのだ。表向きは、ただの“文官”だがな」
劉辯はどうだ、すごいだろうとでも言いたげに誇らしい顔をしている。
けれどその言い方は、二人にとって少しだけ“軽過ぎた”のかもしれない。
李儒は目を伏せ、李杏の微笑みが硬まった。
ほんの一瞬だけ、空気が変わったのがわかる。
でも、劉辯がそれに気がつかないくらい自然に、李杏がフォローする。
「李儒は“表”から、私は“裏”から劉辯さまをお支えしているの。
李儒はね、とっても強いのよ。後宮に持ち込めるものって、ほら。限られているでしょう?
でも李儒は、“無手”の戦いではその辺りの男じゃ相手にもならないわ。本当に、すごいんだから」
にこにこと微笑みながら言う李杏。
その言葉は“本心”だろう。李杏の顔に“嘘”はない。
李儒が言った。
「姉さまは買い被り過ぎです。私は“仙術が使えません”ので」
無表情に、淡々と。でも少しだけ低い声だ。
「そう言うな李儒。李杏の言ってることは本当だ。二人がおったからこそ、余は“まだ”ここにいられる」
劉辯は二人の背を押してそう言った。
「なんか……本当に陛下のお姉さんみたいですね」
私は思わず笑ってしまった。
李儒は無表情のまま少しだけ目を細め、李杏は嬉しそうに笑う。
「あら、嬉しいわ。そうそう、お姉さんと言えば……劉辯さまがね。この前言っていたの。『董白は、何だか“妹”みたいで放っておけないんだ』って。じゃあ、私たちも姉妹ってことになるのかしら?」
「こら李杏! それは……」
劉辯が慌てて遮ろうとするが、李杏のお喋りは止まらない。
「夜会の何日か前にも、貴女の様子を見て来てほしいって頼まれて見に行ったわ。“仙術”、上手だったわよ」
「あ……」
私には思い当たることがあった。
文姫と蔡邕と三人で、お母さまに初めて仙術を披露した日──。
天井から感じた誰かの視線。あれは、李杏だったのだろうか。
「おい、待て待て、いったいどこまで話すつもりなんだお前は!」
途中で劉辯が飛び出して、李杏の口に両手で蓋をする。
でも、ここまで聞いた感じ。劉辯は李杏を通じてずっと私の様子を心配してくれていたようだ。
「陛下……改めてお礼を言わせてください。これまでのことも、それに、あの夜のご助力も……大変助かりました。李儒にも、とてもお世話になったわ」
「あら、私もいたけど?」
李杏がふふふと笑って手を上げる。
「わ、わわ……私もいましたあ!」
背後から、文姫も負けじと手を上げる。
「うん、知ってる。すごく綺麗な詩を書いたのは、貴女でしょう? その年で、立派だわ」
「ええええ!? ……って、あ。そうか。陛下の陰から見ていたのなら、私の“お役目”も知ってたんですね!」
李杏の返答に、文姫がえへへと嬉しそうにしながら頭を掻く。
それを見た皆んなが笑った。李儒の口角も、心なしか少しだけ上がった様な気がする。
「もう……文姫ったら。いまはお礼を言ってるのに。……なんか、変な感じになっちゃったじゃない」
「ああ! そうでした。すみません」
文姫が慌てて頭を下げた。
でも、劉辯はにこやかに首を振る。
「気にするな。余も其方たちの頑張り。そして機転には驚かされた。まさか父上の要求をあんな風に躱すなんてな。褒めこそすれ、何も謝ることはない。それで……“願い”は果たせたか?」
劉辯の質問は当然、私たちの“肯定”を予想して放たれたものだったのだろう。
でも、その答えは半分イエスで、もう半分はノーだ。
「それが……」
私は一旦言葉を飲み込む。
ここから先は、また無理なお願いになるからだ。
言葉を探す私に、劉辯は眉を寄せる。
「まだ……“終わらないのか”」
李杏の肩がぴくりと震える。
それを見た時、私は悟った。
劉辯は──もう“知っている”。
李儒が扉に近づいて言った。
「大丈夫。“気配”はありません」
劉辯はこくりと頷いてから、私たちを手招きして椅子を指す。
文姫と私はそれに腰を下ろすと、改めて劉辯に向き直って尋ねる。
「いつから……。いえ、どこまで……ご存知ですか?」
「……」
劉辯はしばらく黙り込んでいたけれど、やがて口を開いた。
「其方たちが持つ“予言”の竹簡──その“二つ目”の内容までだ」
苦々しい顔をした劉辯から返ってきた言葉は、予想通りだった。
李杏が私たちの周りを見張っていたのだとしたら、当然あの竹簡の中身だって見ただろう。
もちろん、厳重に隠してはいた。いや、そのつもりだった。
でも姿と気配を消し、音もなく近づく“仙術”の達人が相手では、私たちに気づけないのも無理はないと思った。だって私たちは、何度もあの竹簡を開いて二人で中身を見たのだから。
肩越しにその内容を読むことくらい、李杏には簡単にできたろう。
「これまで黙っていて、申し訳ありません」
頭を下げた私に、劉辯は言う。
「よい。約束したであろう。
余も、其方が言うまでその秘密について尋ねる気はなかった。しかし知ってしまった以上、尋ねないわけにもいくまい。
李杏が嘘をついているとは思わないが……余は、ちゃんとお前たちの口から聞きたいのだ。
董白……その竹簡の予言は、“いつか本当に起きること”なのか?」
銀の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
予言書の第二巻・『毒』の最後には、“この予言は回避された”と確かに書き加えられていた。
でも、第一巻は別だ。
何も変わっていない。
一文字たりとも。
そしてその最後には、間も無く“漢王朝は滅亡する”と、しっかり記されたままだ。
「私は“未来”を見てきました。漢王朝の滅亡は、もうすぐそこにまで迫っています」
劉辯がひゅっと息を呑む。
「冷夏を止めなければいけないの。劉辯さま。どうかお力をお貸しください」
劉辯の前に跪いた瞬間、胸の奥にどうしようもない痛みが走った。
“裏切り者”の孫が、あろうことかその被害者──“悲劇の皇子”に救いを求める。
未来の人が見たら、なんて言うだろう。
笑い話? ありえない?
でも、そんな歴史は繰り返させない。そんな未来はやって来ない。
私が、いいえ。私たちが──ここから未来を変えるんだ。
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