#5 第一巻・破滅
***
「……未来?」
文姫に問い直す。
「はい。未来です」
文姫は転がり落ちた竹簡を手に取ると、震える手で私にそれを差し出した。
わたしはゆっくりとそれを開いて……
(よ、読めん……)
見事に漢字ばかりである。現代漢字と同じような文字もあるし、全く意味がわからないということはない。
『予言の巻』──竹簡の最初には、そう書かれている。たぶん。
こちらに来てから会話は自然に出来ていたし、そもそも『小紅』が書いたものなのだから、いつかはちゃんと読めるようになるだろう。でもこれは……うわぁ、勉強しなきゃだめだなぁ……
「文姫、読みなさい」
私は竹簡を巻き上げると、改めて文姫に返した。
「ええ!? わたしが読み上げるんですか!?」
文姫はそんな!? という顔でこちらを見返すが、読めないものは読めないのだから仕方がない。
「だって、ちょっとまだクラクラするんだもの。ほら、それより昨日も読んでたんだから、まさか文字がわからない。なんてことはないでしょう?」
「ええもちろんそれはそうですけど、なんか性格戻ってませんか!? 昨日は優しかったのに……」
「うるさいわね。いいから早く読みなさい」
「はひぃ! わかりましたぁ!!」
文姫はもうやけだと言う感じで、一つ目の竹簡を声に出して読み始めた。
***
『予言の巻──第一巻・破滅。
私は董白、董卓の孫娘。母は董璃、父は董輔。
信じられないことだけれど、ここに私が見たことを記しておく。高熱を出したあの夜、私は夢を見た。それは、どこか知らない異国の地。
段々と記憶と意識が曖昧になってきている気がする。だから全てが消え去る前に、覚えている限りのことをここに書く』
なるほど……高熱で見た夢ね。
『そこでは馬の引かない荷車が街を走り、空を飛ぶ巨大な鉄の鳥や、大勢の人たちを乗せて走る鉄の百足がいる。
人々は笑い、語り、学び、歌を聴いたり、動く絵を見て過ごしている。そして誰もが、その手に小さな魔法の本を持っている』
これは……自動車や飛行機、最後のはたぶん電車かな? 魔法の本は、“スマホ”のことだ。……たぶん。
『はじめはここが天界か仙界かとも思ったが、どうやら違う。この世界はどうやら、私が生きている時代よりもずっとずっと先の時代の様だ。未来──という言葉がある。たぶん、ここがそうなのだろう。
石と鉄と硝子でできた建物が、無数に天まで伸びている。夜の街には炎をあげない蝋燭が灯り、それらは昼間のように家々を明るく照らす。王宮と比べても巨大すぎる建物が、実は単なる商店だったと知った時には驚いた。そこには食べ物や服、見たことのない道具が並べられ、見目の良い服装に身を包んだ者たちが、魔法の本を翳して買い物をする。街を歩いても、どこにも、飢えた貧しい者や、裸の子どもは見当たらない』
ふむふむ。これは本当に、私の住んでいた東京の街そのものだ。まあ、貧しい人はいるんだけど……この時代のそれに比べたらずいぶんマシなんだろう。
『そこで私は、小紅と呼ばれていた』
(……!!)
そこまで読んで、やっとその一文が出てきた。やっぱり、これは私だ。どういうわけか、この娘──董白は私と入れ替わってしまったらしい。
でも、董白は一度この身体に帰ってきた?
それってつまり、いつか私も元の世界に戻れるってこと!?
『あの夜──わたしは目覚めると白い部屋にいた。天井の灯りが眩しかったが、それが夜の部屋の中だと知って驚いた。側には、友がいた。召使いではない。名を文姫という。どこかあの口の悪い召使い……蔡琰に似ていた。だが文姫は私のことを心配していた。どうやら、“萌え剣”? というものの演劇を見て倒れたらしい。そんなに過激な内容だったのだろうか』
やっぱり! あの後だ! いいえ、ちょっとしたロマンスはありましたけど、ゲームほどエッ○ではありませんよ! R指定はございませんのでご安心を!
私はここで理解した。やっぱり私たちは、なぜか魂が入れ替わってしまったのだ。
『私は、文姫に自分の名が董白であることを伝え、ここはどこかと尋ねた。はじめこそ驚いた風に見えたが、彼女は全く動じていなかった。さらに彼女はこうも言った。この時を待っていた──と。あとは、早口すぎてなんだかよくわからなかった』
(え。文姫は董白が来るのを知っていた? どういうこと?)
それともあれか? 厨二病ムーブ……ってやつか? なんかその場のノリにあわせて訳知り顔で一芝居やったのかも。文姫のことだ、やりかねない。
私たち、コスプレイベントで“推し”になり切ってよく遊んだりしたもんね……。いや、でもこれガチなんよ。気づいてくれ文姫! オタ女してる場合じゃないんだ!
『そして、文姫は魔法の本の使い方を教えてくれた。まるで身体が覚えているかのように、私はすぐにそれを使いこなすことができた。文姫に言われるまま、私はそれで私たちの未来を見た──』
文姫の竹簡をひろげる手が震えていた。わたしもごくりと喉を鳴らす。
でも、私はもう……この続きを知っている。
『まもなくこの漢王朝と、董一族は滅亡する。戦乱の中でお爺さまは、部下の裏切りによって死ぬ。そして、一族郎党──お母さま、お父さま、そして当然……私も──みんな処刑される。どうにかしてこの悲劇を止めなければならない』
一つ目の竹簡の終わりには、はっきりそう書いてあった。ドクンと心臓が高鳴る。
幼い小紅は、未来でそれを知ったのだ。そして、この竹簡を残した。
「ふぇぇ。小紅さまぁ」
文姫が情けない声をあげてこちらを見る。
わたしの額にも、汗が一筋流れた。
……え、ちょま。もしかして、それって私が止めるんですか?
***
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