#51 お屋敷でお試し
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あれから屋敷の中をうろうろしてみたけど、すれ違う家人は誰も気がつかなかった。
目の前で手を振ったりもしたから、気がついていて声をかけなかったわけじゃなさそう。
いつもだとちゃんと挨拶とかしてくれるもんね。
「小紅さま、いましたよ」
文姫が、囁くように私を呼んだ。その間も、私たちの間を人が通り抜けていく。周りには聞こえてないみたい。
でも、私たち二人の間では、ちゃんと声が届いてる。あとでどれくらい離れても大丈夫か、試してみよう。
隣に行くと、蔡邕はお爺ちゃんの部屋で物書きをしていた。
お爺ちゃんは、お父さまと華雄を連れて、今は練兵場。今日もお父さまの肉体改造に余念がない。
こっちでの仕事はもう終わったって言っていたけれど、滞在中にも仕事は降ってくるようだ。
「ほんとだ。お仕事中みたいね」
「どうします?」
「まずは行ってみましょう」
そろそろと近づいていく私たち。隣まで来ても、蔡邕は気づいてない。
「気がつかないものね」
近くで手を振ってみても、「もしもし」と声をかけても振り向かない。
完全に認識を阻害できているみたいだ。
「軽く触れてみましょう。文姫、やってみて。でもすぐに手を離すのよ」
「おお! わかりました」
文姫が蔡邕の袖をちょいちょいと引っ張る。
「……?」
蔡邕は一瞬袖を見たが、机の角に引っ掛けたとでも思ったのか、すぐ書類に目を戻した。
「すごい。軽く触れてもやっぱり見えてないのね」
「はぁ〜、ちょっとドキドキしましたあ」
文姫は胸を押さえて緊張をほぐしている。次はどうしようか。
「じゃ、今度は何か音を立てましょうか。あの棚に置いてある適当な巻物を、一つ落としてみましょう」
「え。それは流石に気づくんじゃないですか?」
そう。多分これは間違いなく気づく。前に劉辯と一緒にお母さまから隠れた時も、音で気づかれそうになった。
でも、見えるかどうかを確かめるにはこれが一番。私たちの周りに意識を向けられても騙し切れるか。これはちゃんと知っておく必要がある。
二人で後ろの棚まで行って、手を伸ばす。でも、高すぎて届かない。
「ちょっと高いわ」
「じゃ、肩車しましょう。私が下になりますよ」
そう言って文姫がしゃがむ。私が肩に跨ると、棚に手を掛けながら「よいしょ」と声を出して立ち上がった。
「大丈夫? 重くない?」
「ええ。小紅さまは“羽”みたいです。こんなに軽いんですね〜」
私の両腿に文姫は頬をすりすりしてみせる。
「ちょっと、頭を擦り付けるのはやめて!」
やいやい言い合いながらも棚を見た。いくつも巻物が積んであるが、しっかり整理されている。
棚の区画ごとに“札”で分類が貼ってあり、政務や軍務の細かい業務内容に分けられているようだった。
「まあ、よくわからないから、どれでもいいわね」
その一つを抜き取り、文姫に声をかける。
「いい? 落とすわよ」
「はい! ぶつけないでくださいね」
こくりと頷いてから、私は巻物を文姫の足元に投げる。
──ゴトン
音が、私たちの耳にしっかり聞こえた。
もちろん、蔡邕にも聞こえたみたい。彼はくるりと振り返って巻物を見た。そして、私たちの方をぼんやりと見つめる。
「ふむ……?」
一瞬首を傾げた蔡邕だったが、その後鼻をすんすんと鳴らしながら近づいてきた。
文姫は私を床に下ろし、二人で身を寄せ合いながら蔡邕を見つめる。
蔡邕は巻物を拾い上げて棚に戻すと、左右を少し確認してから、また鼻を鳴らす。
そして、ゆっくり微笑むと優しく言った。
「これはこれは、おめでとうございます……。成功したのですね」
その目は私たちを捉えてはいない。でも、確かに蔡邕は私たちの存在に気がついている。
「お父さま!!」
再び嬉しさが込み上げてしまったのだろう。文姫が蔡邕に飛びついた。
いきなりのことで驚いたのか、はたまた文姫が見えていないからか。蔡邕は「おっと」と声を上げながらも、なんとか彼女を抱き留める。
「これは……。文姫だね。よく頑張った」
そう言って、手探りで文姫の頭を撫でる蔡邕。
文姫は嬉しそうに顔を胸に埋めている。
「あのね……あのね……」
文姫は何か喋ろうとしているが、このままじゃたぶん、蔡邕の耳には届かないだろう。
私はさっと印を組み、透過の術を解いた。身体に色が戻ってくる。そして音も。
顔を上げ、二人で見つめ合う親子。胸の奥が、じわりと熱くなった。
「ふふふ、まあいいわ。お試しの続きは、また今度」
蔡邕と文姫を少し二人にしてあげよう。
そう思って、私は二人を残し蔡邕の部屋を出た。
次は、お母さま。しっかり作戦を練って、本番に備える。
漢詩大会まで──あと五日。
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