#50 成功
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漢詩大会まであと5日。
あれから私と文姫は少しずつ五行の循環を感じ取れるようになっていた。
五行とは何か──その理解を深めたことが、習得の速さに影響しているようだ。
「文姫……どんな感じ?」
「ええと、あとちょっと。もう少しで“満ち”ます」
真剣な、でも落ち着いた表情で答える文姫。
私の左手から、少しずつ五行の波が文姫の中に流れ込んでいくのがわかる。漏れ出している感じはない。
手を結んでも、文姫は赤面しなくなった。もちろん、あの変な巻物を読ませなくなったのもあるけれど、たぶんそれだけじゃない。上達を感じてるんだと思う。この娘は元々一生懸命で努力家だから、それが何よりの奮発剤になってる。今度こそ──
その時、文姫の水色の髪がふわりと舞い上がる。細めていた目を、彼女は少し開いてから言った。
「“満ちました”」
その声は、確かな自信に溢れている。
よし。それと同時、私は術言を詠唱した。
『光で紡がれし糸──陽炎の羽織』
唱え始めた瞬間、人差し指に熱。でも、熱くない。
丁寧に、でも素早く、私は空に印を切る。文姫も遅れずついてくる。
『静謐を満つ檻──凪の揺籠』
親指に柔らかい風。いや、今ならはっきりわかる。これは私が風と感じているだけ。本当は五行、そのものだ。
二人で空に置くように。ゆっくりと印を描いていく。
『汝らの真名──朱雀と青龍の導きに従いて』
文姫の左手が、私の右手と合わさった瞬間──
遠雷のような青龍の鳴き声。視界の端に舞う、朱雀の羽。
『我を抱け──我が身を隠せ──』
両手が熱い。一気に力が流れ込む。
『──透過の術』
────。
……
瞬間、音が止んだ。この前のように、意識が飛ぶことはなかった。
ただ静かに、少しずつ色が抜けていく。身体が背景に透けていく。
私は思わず文姫を見た。彼女は祈るように目を閉じていたけれど、やがて目を細く開いた。
「しょ、小紅さま……? えっこれって、もしかして……」
ぱちぱちと目を瞬かせ、文姫もこっちを見て笑う。
「ええ。文姫……“成功”よ」
私も大きく一回息を吸ってから、そう答えた。
「や……やったあ! やりましたあ!」
弾むような声。やっと辿り着いた“入り口”。
私たちは二人で抱き合って、初めての成功を喜んだ。
「すごいすごいすごい。透けてます! 私たち、本当に消えちゃったんですね!」
文姫が自分の手足を伸ばしてまじまじと見つめている。二人で術を発動させただけあって、効果はそれぞれに適用されているらしい。手足を伸ばしたくらいでは色が戻ることはなかった。
「ええ。でも、効果は確かめておかないと。どれくらいの間効果があるのか。私たちがどれくらい離れていても大丈夫なのか……。あと最後に一番大事なのは、“誰の目から、消えているのか”」
そう。慎重にならないといけない。だって、漢詩大会には中華全土から多くの識者たちが集まってくる。
何百人もの目を騙せなければ、この作戦の成功はない。バレたら“終わり”──その意識は常に持っておかなければならない。
「じゃあ、どうします?」
「そうね……まずは蔡邕から」
蔡邕は少なくとも、五行と仙術に対する知識を有した人物だ。
彼の目でも“消えている”と認識されるようであれば、術の効果にかなりの信憑性がつく。
「お父さまからですか〜。ふふふ。何しちゃおっかな〜」
文姫は何か悪戯を企んでいるような顔で笑う。
「嬉しそうね?」
「ええ〜だって、お父さまいつも構ってくれないんですもん! お仕事ばっかりで、あんまり私を見てくれないんです〜」
文姫は頬を膨らませている。蔡邕が構ってくれないのは文姫自身が年齢以上にしっかりしていることもあると思うけれど、やっぱり年相応に親肌が恋しいのだなと少し可愛かった。
「ふふ、わかったわ。じゃあ、今日は目を凝らして“見て”もらいましょう」
「やったー! お父さまと隠れんぼです〜」
まずはこの効果を董家の全員で試す。最初は、蔡邕から──
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