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董卓の孫娘はお爺ちゃんを救いたい!〜悪役令嬢、竹簡の予言で滅亡回避〜大悪党の董卓ファミリーが闇堕ちする前に、私が全部救います!  作者: 雨咲 しゆみ
第二章──毒の予言と夜宴の蝶

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#48 万物

 ***


 劉辯に会わなくなり、文姫と二人で仙術の練習をすること数日。

 あの日、彼と一緒に術を成功させた時の感覚を思い出しながら、私たちは今日もお互いの手を握る。


「んん〜。なんかちょっと違うんだよなぁ」

「ぅぅ……不出来な侍女で申し訳ないです」


 まだ透過の術は成功できていない。

 正しい手順をなぞっているはずだが、五行がうまく身体を通っていかない。文姫と繋いだ左手から、何かがこぼれ落ちていくような感覚。まだ“輪”になってない。

 漢詩大会まで、あとちょうど一週間後。そろそろ成功させないと間に合わない。そんな焦りが、私たちの動きをますます固くする。


「五行は身体に宿ってる?」


 まずは基礎的なところから。五指に意識を集中させて、自身の身体に五行を宿す。

 文姫にこれができなければ、いくら私の仙力が強くても途中で五行の“輪”は切れてしまう。


「小紅さまから教えてもらった不思議な感覚っていうのは、正直まだ感じ取れていません……」

「そう……」


 少し俯いて答える。焦ってはダメだ。

 “印の組み方”に“術言”、そうした目に見える“正解”を覚えることにかけて、文姫は天才だった。でも、五行を感じるにはセンスがいる。

 私の仙力は五感でも感じられるほど大きかったから、感覚を掴むのにそれほど苦労はなかった。ただ──“反転の手相”という落とし穴にはまっただけで。もし最初から正しい手順を踏めていれば、すぐにだって感じ取れたかもしれない。


 でも、文姫は違う。仙力を持ってはいても、たぶんその力はそこまで強くない。

 『五行を理解し、その身に宿すことが、仙術発動の絶対条件になる』──そう劉辯は言っていた。

 五行の理解……そもそも五行ってなに? なんとなくはわかるけど、なんとなくしかわかんない。

 私はちゃんと……理解してるのかな? その“五行”ってやつを……。

 文姫にちゃんと教えてあげられないのが、ただ、すごくもどかしかった。


「小紅さま、文姫。頑張っておいでですな。さあ、そろそろお茶にしましょう」


 後ろから優しい声がかかる。蔡邕だ。


「蔡邕ぅ〜〜。ダメだ私……。全然文姫にうまく教えてあげられないや」

「はて……? そうですか? 私には少しずつですが上達しているように見えますが……」


「ん〜。そうかなぁ?」

「そ、そうです! 小紅さまは全然下手なんかじゃありません! 私の才能がないんです!」


 蔡邕は微笑み、文姫も私をフォローしてくれる。なんていい家臣たちだろう。でも、仙術を使えるようにならないと意味がない。その優しさに甘えてはいられない。


 私は茶をぐいっと飲み干す。まだ少し熱すぎたのか、喉が勝手に拒否した。

「う……ごほっごほっ」

「だ、大丈夫ですか!?」


 文姫が優しく背中をさすってくれる。

 それを見ていた蔡邕が、そっと前に歩み出て空を見上げた。


「文姫……五行はうまく意識できているかい?」


 背を向けたまま、蔡邕は話しかける。

 その言葉は、なぜか妙に核心をついていた。


「お父さま……、少し難しいです」

「はは、そうか」


 くるりと振り返った蔡邕は、右手を見せながら左手で親指をそっと触る。


「では、木とは何かな?」

「……木? うう〜ん。あの木ですか? 梅とか、桃の……」


「じゃあ、火は?」

 次に、人差し指を立てて蔡邕は続けた。

「火はわかります。お料理で使う釜戸の……あの火ですよね?」


「土は?」

「土は簡単です。いま立っているここが、その土の上です」

 文姫は嬉々として答える。


「……ふむ。その感じだと、金は金。水は水だって思っているだろう?」


 優しく、でも少しだけ意地悪な顔をして彼は微笑んだ。

 え? 違うの?


「はは。その顔だと、小紅さまもまだ五行をよくご存じないようですね」


 そう言って、蔡邕は手を広げた。


「五行とは“万物”です。自ずから然り。すなわち、全てのものがその交わりによって形を成している。つまり木は木でなく、火は火でなく、土は土でなく……金も水もまた、五行“そのもの”ではありません」


 蔡邕の言葉は難しい。それって……どういうこと?


「じゃあ、わかりやすいものに例えましょうか。先ほど小紅さまが飲んだお茶。文姫、あれはなんだろうね?」


「お茶……? 五行で言えば、“水”……でしょうか?」


「三十点……と、言ったところですね」

 そう言って、蔡邕はこちらを向いた。私は答えを探す。


「お茶は……茶葉を温めた水で蒸らし、抽出したもの。その中には、たぶん“木”の五行も含まれているわ」

 絞り出した答えに、蔡邕は満足そうに頷く。


「六十点。まだ、いけそうですね」

「はい! 温めた水には、“火”も入ってると思います!」

 文姫が手を挙げて答えた。


「そう、これで八十点。あとは……?」

「え……まだ五行が入ってるの?」


 思わず尋ねた。その問いに、蔡邕はそっと両手を前にして首を振る。


「“入っている”……という言い方は、実はあまり正しくはありません。“茶”もまた、五行“そのもの”なのです。茶碗は土を焼いたもの、湯を沸かした器は金属……全ての交わりが満ちて、いま茶は“茶”としてそこにある」


 蔡邕の言葉に、私たちは静かに茶の入った急須(きゅうす)を見つめる。


「誤った理解のまま飲み干そうとすると、喉を詰まらせる……。大切なのは、“(めぐ)り”です」

「巡り……?」


 また難しい言葉が出てきた。もう頭がこんがらがりそうだ。私と文姫は思わず首を傾げる。


「はは。なに、茶はいつまでも同じ茶ではありません。という意味です。さあほら、もう一杯どうぞ」


 蔡邕は急須から茶を注ぐ。私は茶碗を受け取り、そっと口をつけた。

 もう熱くない。するりと喉を通って、優しく胸の奥に溶けていく。


「……ね。これが、“自ずから然り”です」


 蔡邕は静かに微笑んだ。


 そうか……五行は巡るもの。無理に形を変えるものじゃない。自ずから然り。満ちるのを待って、流すんだ。


「文姫、わかったかもしれない!」

 自然と、言葉が弾む。

「ええ!? ずるいです! 教えてください!」


「“待つ”の。焦るんじゃなくて、ゆっくりゆっくり……私たちの五行が巡るまで」

「待つ……」


「どうやら……正解にたどり着いたようですな」

 その答えを聞いて、ようやく蔡邕はしっかりと頷いた。


 ***

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