#4 教えて文姫
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「私が……?」
文姫から告げられた事実に、私は思わず問い返した。
「はい。小紅さまが、です。覚えておられませんか?」
「ごめんなさい……まだ少し記憶が曖昧みたいで……」
「あ! いいえ、申し訳ありません!! なんか変なことを言ってしまって……その、忘れてください!!」
文姫はパタパタと手で顔を仰いでから、何事もなかったように私の着替えの準備を始めた。
しかし、私は後ろからその手を掴んで止める。
「待って」
文姫を振り向かせ、今度はしっかりとその目を覗き込む。そこにはどこか躊躇いのような、あるいは戸惑いのようなものが浮かんでいる。
「知りたいの。私が倒れる前のこと。……どうしても」
そう言ってしばらく見つめていると、ついに文姫は折れた。そして小さく息を吐き、再び口を開いた。
「小紅さまは、立て続けに二回も倒れられたのです。それは、覚えておられますか?」
「二回? ……いいえ、覚えてないわ」
そっと頭に触れてみる。昨日──この世界に来たときに倒れた感覚は、かすかに残っている。けれど、その前の一度目のことは、どうしても思い出せなかった。
文姫は続きを話す。
「一度目は、一週間ほど前でした。ひどい高熱を出されたんです。その時、私のことを“文姫”と……そう呼ばれたのです。私の名前は“文姫”ですよと何度も訂正したのですが、小紅さまは、『貴女はまだ何も知らないのね』──って」
声のトーンが少し落ちる。
どういうこと? 小紅は私の知っている文姫と会ったのだろうか? でも、いつ? どこで?
私の頭の中を色々な疑問が駆け巡る。
「そしてお身体もまだ十分回復しきっていないのに……病を押してそちらの竹簡を書き始められたのです」
文姫の視線の先には、机に積まれた竹簡。
それは全部で八巻あり、すべてが私──小紅によって書かれたものらしい。もしかして、ここに答えが書かれてる?
「貴女、昨日の晩にそれを読んでいたわね」
私がそう口にすると、なぜか一瞬だけ、びくりと文姫の肩が震えた。彼女はあわあわと誤魔化そうとしたが、私はそれを許さない。
「いいの、誤魔化さないで。私、見てたから」
「……すみません。いけないことだとはわかっていたんですけど……」
文姫は、悪事を白状する幼子のような、そんな表情を浮かべた。
「あの……」
「なにかしら?」
「わたし……殺されますか?」
少女の膝は震え、声には怯えが乗っている。とても昨晩、蔡邕や私に大口を吐いていた女の子には見えない。
え? なんで!? なんで殺されちゃうなんて思うの??
半ば混乱しながらも、私は精一杯の冷静さと優しさを込めて聞き返した。
「落ち着いて、誰もあなたを殺さないわ。けど、なぜそう思うの?」
「だって、秘密を……知ってしまったから」
ふるふると震えだした身体を自分で抱きしめるようにして、文姫は答える。
秘密──か。私は改めて竹簡の束に目を向ける。
この聡明な少女が死を覚悟するほどの内容だ。一体何が書かれているのか……。
「言いなさい。その竹簡には……何が書いてあったの?」
「ええっ! 知ってますよね? だって、ご自分で書かれたんじゃないですか!」
「いいから」
有無を言わせぬ圧を乗せ、私はもう一度文姫に命令する。
文姫は眉を下げてしばらく黙り込んでいたが、やがて観念したように口を開いた。
「……未来です。董一族の、そして……この国の」
その言葉と同時に、窓から強い風が吹きこんだ。
積み上げた竹簡が一つ転がって、ぱたりと解ける。
私は息を呑んで、それを見つめることしかできなかった。
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