#47 さよなら
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劉辯の体調を考慮して、結局その日は解散することになった。
いつものように「門まで送ろう」と劉辯が申し出たので、私は軽く断った。でも、今日の劉辯は少々頑固だ。
門までついていくと譲らない。そこまで言うならと、文姫と三人で部屋を出る。
劉辯は左右を確認してから、緊張したような顔で私たちを先導した。……まるで誰かを警戒しているみたいに。
門まで来ると、劉辯はほっとしたように胸を撫で下ろす。「どうかした?」と尋ねたが、なんでもないという風に彼は首を振った。
文姫は待たせていた馬車を呼びに、一足先に門を出ていく。
「董白、実は伝えておきたいことがある……」
別れ際、私は劉辯に呼び止められた。
「なに?」
振り返ると、劉辯は一瞬だけ下を向いて言い淀む。銀の眼差しが不安そうに揺れた。
体調が悪いのかと手を伸ばしかけたけど、彼はその腕をそっと押さえる。
「最近、妙な動きがあってな。余の周りを嗅ぎ回っている者がいる。宮中の者だと思うが……誰の手引きまでかはわからん。いまは大丈夫だが、其方に万一があっては困る。しばらく、ここには顔を出さない方がいい」
疲れの中に不安が混じっている。しかしその表情は真剣で、それが単なる“提案”ではなく“命令”であることを、私は静かに悟った。
「でっ、でも……」
“仙術の修行はどうする”。そう言いかけた私に、劉辯は細長い包みを差し出す。私にはすぐそれが何かわかった──あの巻物だ。
「これを……ここに全て書いてある。“反転”ではなく“正”の方だが、お前たち二人でやる分にはこちらで問題ないはずだ」
さっきは軽く目を通しただけなのでしっかりと見れてないが、これは相当重要なもの。王家に伝わる“奥義”の一つが、詳細に説明されているのだから。でも、そんなものを私に渡すなんて。
「こんなこと。もしバレたらあなたが困るんじゃ……」
「ああ、だから其方に託す。余の周りには置いておけない。持ち帰らないというなら、燃やすだけだ」
有無を言わせぬ“皇子”としての圧。私は思わず視線を逸らす。
だけど、劉辯なしで文姫に仙術を教えるには他に方法はない。私だって、まだ彼抜きで仙術を発動できるわけじゃないのだから。成功したのは、まだたったの一回きり。
「其方の理論は正しかった。あの娘……文姫にも素質があることがわかった。だからあとは、其方たちだけでも十分できる」
私の不安を言い当てるように、劉辯は頭を撫でてくれた。
そこにさっきまでの圧はない。ただ“友達”として、私の身を案じる優しさがあった。
「まさか、こんなに早く会えなくなるなんて、思いもしなかった……」
思わず口から本音が漏れ出す。彼と目を合わせるのが辛い。喉の奥が、きゅっと鳴った。
正直、まだ少し勘違いしていたのかもしれない。彼は皇子で、私はただの“臣下の孫娘”。本来、こんなに気軽に会うことのできる相手ではないのだ。特別な関係だったのは、すべて彼の厚意によるもの。それを、いまになって痛いほど思い出した。
「ふふ、心配するな。また会えるさ。ああ、そうだ──」
そう言って、劉辯は笑う。
「漢詩大会、此度の特別枠は確か、其方の母だったか」
心臓を掴まれたような錯覚。劉辯には、まだ何も話していないはずだ。
「な、なんで?」
思わず彼を見た。驚きが、はっきりと顔に出ていただろう。それでも劉辯は、笑みを崩さない。
「いや、実は余もその大会に呼ばれていてな。もしかして──其方も来るのではないか、と」
銀の瞳がきらりと光る。その目は、きっと何かに気がついている。
思えば最初に私が顔を出した時から、彼の行動や言葉の端々には、まるで私のやろうとしていることを見透かされているような感覚があった。「また何か、困っているんじゃないのか?」そう尋ねた時の彼は、悪戯好きのする少年の顔をしていた。
「あ、いや……私たちは……」
「私……“たち”?」
しまった! つい変なことを……!
「え、いや。あのあのあの、私は……!」
なんて言い訳をしようか考えていた私の額を、とんと細い指が叩く。
「何をするつもりかは知らんが、気をつけろよ」
優しく細められた銀の瞳。でも、その奥に見えたのは本音。やっぱり、彼は気づいてる。
「……ごめんなさい。騙すような真似をして」
私は頭を下げて謝った。
「いいさ、誰にだって言えぬことはある。それに、言わぬことも強さだと……余は思っている」
そう言って、劉辯は自嘲気味に笑う。
いつか私に秘密を打ち明けてくれた時、彼は相当悩んでいた。皇子としての責務と、自身のルーツに。
「うん。そうかもしれない。けど私、教えてもらったの。打ち明けることは弱さかもしれない。でも、誰かと一緒だからこそ。乗り越えられるものもあるって」
そう言って、最後にもう一度彼の手を握る。
「必ず果たすわ。私の願いを」
「……ああ。頑張れよ」
そうして、お互いを見て笑った。
まだ教えてもらいたいことは山ほどある。打ち明けたい秘密も、山ほど。
でも、今の私たちはこの距離でいい。この距離が──心地いい。
「小紅さま〜、馬車の用意が……って、あ! うわっと!」
その時、馬車を呼びに行った文姫が帰ってきて、私たちを見て盛大に転んだ。
「ちょっと、大丈夫!?」
思わず駆け寄って抱き起こす。
「ぐすん……やっぱり私はお邪魔ですかぁ?」
鼻から血を垂らしつつ、寂しそうに私たちに尋ねる文姫。
「何言ってるの。そんなわけないじゃない」
その血を拭って、私は言う。
「そうだ文姫。董白を頼んだぞ。お前の頑張りが全てだ」
劉辯も、私の言葉につなげた。
二人一緒に声をかけられた文姫は私たちを交互に見つめ、やがて元気に返事をする。
「はい! お任せください!」
にこりと笑うその顔は、信頼されることへの喜びに満ちていた。
劉辯は劉辯の。文姫は文姫の。そして、私は私のやるべきことをしよう。
私たちはお互いをしっかりと見つめ、頷き合った。
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