まだ、
三題噺もどき―ななひゃくはちじゅうさん。
ヒュゥ―と、フルートを鳴らしたような甲高い音が部屋の外から聞こえた。
それだけなのに、体がびくりと跳ねて何とも情けない。
もう、アレはここにはいないのに。
「……」
おそらく、風が強く吹いただけだろう。
昨日あたりからどうにも強風が続いているようだし……何かの隙間を風が走ったのだろう。甲高い音が聞こえた後も、ごうごうと唸り声のような風音が聞こえてくる。
台風か何かでもきているのかと思う程に、激しい風だ。
「……」
きっと外はものすごく寒いのだろう。
風がこれだけ吹いている上に、今は誰もが眠る夜の時間だ。
ただでさえ12月に入り、一気に冷え込んでいるのにこんな悪条件の中外に出る奴なんてそうそう居ないだろう。
「……」
まぁ、去年は私も出てはいたのだけど。
日課の散歩のためだし、雪や雨さえ降らなければ問題はないからな。
今はまぁ、まだ様子見だ。
「……」
そろそろ公園にも行ってやりたいところではあるのだけど。
こんなに長期間いかなかったことがそうないから、変な心配をかけているかもしれない。彼らにとって、話せる相手というのはそれなりに嬉しいらしい。その話し相手がいないんじゃぁ、つまらないのも無理はない。
「……」
あそこに住み着いた犬も気にはなるし。
いい加減あそこに居座るのはやめたとは思いたいが……やけに頑固な犬だったから。本当に満足するまで還ることがなさそうなんだよなぁ。
「……」
墓場の子供の事も気がかりではある。
公園のブランコ程幼くはないし、あそこには他の大人もいるようだから心配はないのだろうけど。あの子はあの子で、よくない環境に居たような感じがするから、どうにも放ってはおけない。
「……、」
また、ヒュゥ―と音が鳴る。
跳ねることはなかったものの、思わず身構えるのは許してほしい。
ほとんど脊髄反射的に動いているだけなのだ。
「……」
ただでさえ、寒さというモノが私にとってはマイナスのものでしかない。
室内は暖房がついているから、それなりに温かくはあるが……この状況で散歩に行っていたあの頃がまぁまぁおかしいのだろう。意地のようなものではあったがな。
でもアレの事がなければ、今でも普通に散歩には行っていたと思う。
「……」
あれこれと気がかりなこともあるし、外に出ることは気分転換でもある。
ちょっとした運動も兼ねているから、それがなくなった今はどうにも重いような気もしなくはない。気のせいだろうけど。
「……はぁ」
思わず漏れた溜息は、なんの溜息なのだろう。
自分の弱さ、自分の情けなさ、自分への呆れ。
あの手紙から、思うようにいっているようで、思うようにはまだ動けていないような、何とも中途半端な日々。
「……」
仕事だって、それなりにしているけれど、どうにも集中が細切れになる。
今だって、目の前には仕事が広がっているのに、風の音で手が止まる。
視線が自然と外に向き、何もいないことも分かっているのに、つい見てしまう。
「……」
いっそ、いた方が対処のしようがあるのに。
なんて思ってしまう。
「……」
「ご主人」
「……、」
視界を、影が覆った。
それはよく見れば、少し小さな掌で、視界を完全に覆うには物足りない。
けれど、意識をそらすには丁度いい。
「……」
「……」
くるりと後ろを振り向けば、いつの間にそこに立っていたのか、すぐ真後ろに、エプロンを身に着けた小柄な青年が立っていた。
どこか小さな不安を顔に滲ませながら、それを見せまいと。
「……休憩にしましょう」
そう、聞き慣れたセリフを口にした。
「……あぁ、」
私は。
何度。
コイツに。
掬われるのだろう。
「……今日は寒いな」
「外はあの有様ですからね」
「ん、これうまいな」
「それはよかったです」
お題:雪・フルート・公園




