第9話:【嫉妬の炎】元婚約者、王太子がヒロインと共に仕掛ける罠
ゼフィール団長との夜が明けた。
彼は朝にはもう、冷酷な仮面を被り直していたが、私にだけは"夜の献身"の報酬として、普段より少しだけ優しい視線をくれた。
私の"悪女"としての評判は、ゼフィールとの婚約によって、さらに確固たるものになっていた。侯爵令嬢が愛を捨てて力に走った――と。
誰もが私を恐れる今、王太子との破滅ルートは完全に回避された。あとは、この強大なラスボスとの奇妙な契約関係を続けていけばいい。
「ふふっ…。これなら、穏やかな老後を迎えられそうだわ」
私は自室で、贅沢な紅茶を飲みながら、安堵していた。
しかし、この世界には、まだ私を破滅に追い込もうとする、シナリオ通りの存在が残っていた。
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一週間後、王宮の慈善舞踏会。
ゼフィールの妻として、私は彼の隣に立ち、社交界の冷たい視線を受け流していた。彼が隣にいるだけで、誰も私に近づくことはできない。
その時、一組の男女が、私たちの前に現れた。
王太子アルベールと、彼の新しい婚約者となった子爵令嬢リリアーナ。彼女こそ、ゲームの"可憐なヒロイン"だ。
「セシリア。お前がゼフィール団長の妻として、このような場に来るとはな」
アルベール殿下の声には、未だに私への憎悪が滲んでいた。彼は私を切り捨てたことで、私を"裏切り者の悪女"と完全に認識している。
そして、"ヒロイン"のリリアーナが、怯えたようにゼフィールを見上げた。
「ゼフィール団長……お噂はかねがね。セシリア様が、こんな恐ろしい方とご結婚されたなんて……」
リリアーナは、いかにもか弱いヒロインらしく、ゼフィールに恐怖を示し、私に同情を向ける演技をした。だが、その瞳の奥には、私への勝利者の優越感が宿っていた。
「私の夫は、私が選んだ最強の男ですわ。あなたは、殿下の隣で、愛という脆いものに縋っていればよろしいわ」
私は悪女らしく高慢に言い放った。
二人は怒りと屈辱で顔を引きつらせたが、ゼフィールという最強の盾を前に、何も言えずに立ち去った。
だが、その夜、事件が起こった。
舞踏会の最中、私が中庭で涼んでいると、一人の侍女が駆け寄ってきた。
「セシリア様、大変です!ゼフィール団長が、公務中に不正を行ったと、騎士団で告発が上がっています!」
「なんですって?」
侍女は続けた。
「証拠として、ゼフィール団長の印章とサインがある『軍事機密の横流し計画書』が、団長の私室から見つかったと……」
私は背筋が凍った。
ゼフィールが不正を働くはずがない。特に、騎士団の規律を重んじる彼が。
これは、罠だ。
そして、仕掛けたのが誰であるかは明白だった。王太子だ。
彼は、私がゼフィールと結婚したことに腹を立て、ゼフィールの地位を奪うことで、私を追い詰めようとしているのだ。
「あの愚かな王太子め……」
私は怒りに拳を握りしめた。ゲームのシナリオでは、王太子はヒロインに甘いだけの男だったはず。だが、私が彼を"愛のない悪女"として切り捨てたことで、彼のプライドが大きく傷つき、私への憎悪が、ゲームの展開を超えた陰謀を生み出しているのだ。
私はすぐにゼフィールの元へ向かおうとしたが、その瞬間、一人の騎士が私の前に立ちはだかった。
「セシリア様。王命により、団長の妻であるあなた様は、尋問室へとご案内させていただきます」
王太子が仕掛けた罠は、周到だった。ゼフィールを告発し、妻である私を拘束することで、彼が自力で動けないようにしたのだ。
私は観念したように、騎士に連れられて歩き始めた。しかし、私の心は恐怖に支配されてはいなかった。
「大丈夫。彼らは、私の悪女の"知識"を侮っている」
私は、ただの侯爵令嬢ではない。ゲームの裏設定まで知り尽くした、転生者だ。
私は尋問室に向かう途中、誰にも気づかれないように、懐に忍ばせていた一つの小さな紙片を、廊下の花瓶の陰に素早く落とした。
その紙片には、『黒竜城の地下、第三倉庫、鍵は私室の壁』とだけ書いてある。
これは、私がゼフィールに緊急時に連絡するために、彼しか知りえない情報を暗号として記した、私たち夫婦の"共犯者"としての"秘密の約束"だ。
もし彼がこれを見つけ、私の危機に気づけば、必ず動いてくれる。
私は尋問室の冷たい扉の前で、静かに微笑んだ。
「王太子殿下、ヒロインのリリアーナ。あなたたちは、私を罠に嵌めたつもりでしょうが……。私の夫は、ラスボスですよ」
ハラハラとドキドキが最高潮に達する中、私は扉の中へと進んだ。ここから、悪役令嬢による、愛する夫を守るための逆襲劇が始まるのだ。
(第9話・了)
(次話予告:【逆襲開始】悪女の知識で陰謀を打ち砕け!〜団長への秘密のメッセージ〜)




