第4話:【王宮激震】元婚約者、王太子アルベール殿下を公開で切り捨てる
ゼフィール・クロムウェル団長との婚約は、翌日の朝には王宮に届けられた。
その報は瞬く間に宮廷中に広がり、小さな嵐を引き起こした。誰もが"冷血漢のラスボス"と"高慢な悪役令嬢"の組み合わせに戦慄し、この政略結婚が何を意味するのか、憶測した。
私の侯爵邸にも、王太子アルベール殿下からの召集状が届いた。それは、怒りに満ちた一対一の面会要求だった。
「セシリア!一体どういうつもりだ!私を裏切り、あのゼフィールなどという野蛮な男と婚約するとは!」
王宮の謁見室。私を呼び出した殿下は、顔を真っ赤にして私を詰問した。
私は隣に立つゼフィールを見上げた。彼は終始無言で、顔の仮面の下で何を考えているのかわからないが、その威圧感だけで、殿下の怒りを上回る冷気を放っている。
「裏切り? 殿下、わたくしたちの関係は政略でございます」
私は冷たく言い放った。
「あなたの愛は、王位継承者としての地位を強固にするものではない。わたくしが必要とするのは、揺るぎない力です」
「私の力では足りぬというのか!」
「ええ、足りませんわ」
私はきっぱりと断言した。
「あなた様は優しすぎます。甘い愛を囁くばかりで、この国の影に潜む汚泥を払う強硬な手腕をお持ちではない。ですが、ゼフィール団長は違う」
私はゼフィールの黒い軍服に覆われた腕に、そっと手を添えた。
「ゼフィール団長は、この国で最も忌み嫌われ、同時に最も恐れられる"力"を持っています。わたくしは愛のない王妃になるよりも、最強の男を夫にする道を選びました。これが、ローゼンタール侯爵家を永遠に繁栄させる、最も確実な選択です」
そして、私は最高の悪女の笑顔を浮かべた。
「わたくしの目当ては、あなた様の愛ではなく、団長の力と地位。殿下、どうかご安心を。わたくしの愛は、もう二度とあなた様を煩わせません」
アルベール殿下は、憎悪と屈辱で全身を震わせた。
「お前……お前という女は!そこまで冷酷な女だとは思わなかったぞ!婚約破棄だ!今すぐお前との婚約を破棄する!王家とローゼンタール侯爵家の関係は、ゼフィールとの婚約をもって解消とする!」
「それは誠に光栄に存じますわ」
私は優雅に一礼した。計画通りだ。王太子自らが、怒りによって私を切り捨てた。これならば、私が"断罪"される筋書きは消滅した。
その瞬間、隣で静かに立っていたゼフィールが、一歩前に出た。その威圧感に、アルベール殿下は思わずのけぞった。
「王太子殿下」
ゼフィールの声は、氷のように冷たかった。
「ローゼンタール侯爵令嬢との婚約は、本日をもって正式に解消されました。彼女は今より、私、ゼフィール・クロムウェルが命を懸けて守る妻です」
彼の言葉には、一切の隙がない。そして、その力強い宣言は、同時に「セシリアはすでに自分の所有物だ」という独占欲も滲ませていた。
「今後、私的な感情によって、彼女に不当な言動を仕掛けることは、黒の竜騎士団への敵対行為と見なします」
それは、王太子への明確な警告だった。
ゼフィールの冷徹な眼差しに、アルベール殿下はただ立ち尽くすことしかできない。彼は、感情に任せて婚約を破棄した結果、最も恐ろしい男を敵に回すことになったのだ。
私は、屈辱に打ちひしがれる元婚約者を一瞥し、内心でほくそ笑んだ。
(ざまぁ、完了)
__________
王宮を後にし、ゼフィールと共に侯爵邸へ戻る馬車の中。
重い沈黙が続いていた。私は安堵と緊張で、背中に冷や汗をかいていた。
「……団長、本日はお見事な威圧でございました。王太子殿下も、これ以上、わたくしに手出しはできないでしょう」
私が話しかけると、ゼフィールは仮面の下で、かすかに口元を緩めたように見えた。
「お前が見事に"金と権力に飢えた悪女"を演じきったからだ。王太子は、感情に流され、己の地位に不可欠だった後ろ盾を、自らの手で切り捨てた。愚かな男だ」
彼はそう言うと、私の手を掴み、自らの膝の上に引き寄せた。
「きゃっ!」
私は突然の行動に驚き、仮面越しに見上げる。狭い馬車の中、二人の距離は異常に近かった。
「契約通り、俺の妻となったのだ」
ゼフィールは、私の手に自分の分厚く、硬い指を絡ませる。その手は、冷血漢と呼ばれる彼のイメージとは裏腹に、驚くほど熱を持っていた。
「お前はもう、誰にも渡さない」
彼の碧色の瞳が、夜の闇の中で、私だけを見つめていた。そこには、愛はないはずなのに、強烈な独占欲と執着だけが渦巻いていた。
――私は、史上最悪の"破滅フラグ"を回避した。だが、最強の男に、文字通り"所有物"として捕らえられてしまったのだ。
この冷たい契約結婚の先に、本当に幸せはあるのだろうか?
私の手は、彼の熱い掌の上で震え続けていた。
(第4話・了)
(次話予告:【新居生活】黒の竜騎士団長の屋敷へ〜秘密の病と、初めての甘い誘惑〜)
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