第2話:【ラスボス接近】黒の竜騎士団長は、私の「悪女」ぶりをどう評価する?
王宮庭園から侯爵邸へ戻った私は、ようやく安堵のため息をついた。
「よし。これで第一段階は成功ね」
冷酷で強欲な悪女を演じ、王太子アルベール殿下から確実に嫌われること。それが破滅回避のための、私の最重要課題だった。今日の私の演技は完璧だったはずだ。殿下の顔に浮かんだのは、愛ではなく、純粋な怒りと嫌悪だったから。
あとは時間が解決してくれるだろう。殿下がゲームのヒロインと出会い、私への嫌悪が募れば、いずれ婚約解消を要求してくる。
私は満足げに自室のソファに腰掛けた。しかし、次の瞬間、新たな不安が胸をよぎる。
ゼフィール・クロムウェル団長。
庭園の隅にいた、あの仮面の男だ。黒い軍服、顔の半分を覆う仮面、そして見る者を凍らせる碧色の瞳。彼は間違いなく、黒の竜騎士団長ゼフィールだった。
彼はゲームの攻略対象ではない。ゲームのシナリオには名前すら出てこない、裏世界の存在――人々からは"ラスボス"、"血塗れの冷血漢"と恐れられている。その実態は、強大すぎる竜の血を引く異能者であり、国の裏の汚れ仕事を一手に引き受ける人物だ。
「まさか、あんなところにいたなんて……。私の芝居、見られてたわよね」
冷酷な彼が、愛のない婚約者と王太子の口論をどう解釈したか。私の"悪女"としての評判を、さらに悪くする可能性は高い。だが、それは今の私の目的と一致する。
「よし、どうせなら、徹底的に嫌われる悪女を演じておこう」
私の侯爵令嬢としての地位は、破滅回避のための切り札だ。その地位を揺るがすことなく、周囲に"セシリアには関わるな"と思わせるほどの嫌悪感を植え付ける必要がある。
私はすぐに次の手を打つことにした。ターゲットは、屋敷の雑務を取り仕切る老執事だ。彼は、ゲームのシナリオで、悪役令嬢セシリアの命令に忠実だったが、そのワガママに心底疲弊していた。
「執事を辞めさせよう。代わりに、口の堅い者を新しく雇う」
私は老執事を呼び出し、いつもの傲慢な"セシリア"の声で言い放った。
「あなた、今日で辞めてくださる?」
老執事の顔が、一瞬で青ざめた。
「セ、セシリア様……なぜでございますか? 長年ローゼンタール家に尽くしてまいりましたのに……」
「忠誠心? ふふ、そんなもの、わたくしの目には見えませんことよ。あなたは最近、わたくしへの献金が足りていませんわね。この侯爵家を支える執事として、わたくしの期待に応えられない者は不要です」
これは真っ赤な嘘だ。執事は献金などしていない。だが、そう告げることで、私が"金に汚く、薄情な悪女"であることを周囲に知らしめることができる。
「わたくし、お金に目がないの。王太子妃の座だって、愛ではなく、権力と富のために手に入れるつもりです。あなたのような、しがない男の感傷に付き合うほど暇ではありませんのよ」
「ひ、ひどい……」
老執事は顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
私は無関心を装い、その場を離れた。胸が痛むが、これは未来の破滅からこの家を守るため。悪女になると決めた私の、最初の犠牲だった。
「ごめんね、執事。これは、あなたのためでもあるのよ」
__________
その夜。
私は、自室で次なる計画を練っていた。王太子の愛を完全に断ち切り、穏やかな辺境での生活を送るために、手に入れられる富を計算する。
コンコン。
突然、部屋の扉がノックされた。夜も遅い時間だ。
「どちら様?」
侍女はすでに下がらせてある。こんな時間に私の部屋を訪れる者はいないはずだ。
「ゼフィール・クロムウェルだ。開けろ」
心臓が飛び跳ねた。
"ラスボス"。なぜ、彼がここに? 騎士団長は、滅多に王宮以外で姿を見せないはずだ。
「ゼフィール団長……? 侯爵邸に何の御用でございますか? 面会の予約は取られていないはずですが」
冷静を装い尋ねるが、声が震えるのを止められない。
「用件は、そちらの"悪女"にだ」
「……っ!」
彼は私の行動を、まさか、王太子への反逆になると警告しに来たのだろうか? だとしたら、私の計画は開始直後で破綻してしまう。
観念し、私は重い扉を開けた。
そこに立っていたのは、噂通りの威圧感。身長は二メートル近いだろうか。全身を黒い鎧と軍服に包み、顔の半分は冷たい金属の仮面に覆われている。
部屋の明かりが、彼の仮面の下から覗く、鋭い碧色の瞳を、異様に光らせていた。
「どうしてここに……」
「先日の庭園での、悪魔のような振る舞いに興味を持った」
彼の低く、凍てつくような声が、私を貫く。やはり、見られていたのだ。
「その冷酷さ。金銭への執着。そして、王太子すら見捨てたという、高慢なまでの強欲さ」
ゼフィールは一歩、部屋の中へ踏み込んだ。その一歩だけで、侯爵令嬢の豪華な部屋が、たちまち冷たい戦場に変わったように感じた。
「侯爵令嬢セシリア。お前は、その高慢な美しさに見合う、真の悪女のようだ」
その言葉は、批判や非難ではなかった。むしろ、評価、あるいは、称賛に近い響きがあった。私の演じる"悪女"が、彼の冷徹な心に刺さったというの?
ゼフィールは、私に向かって、ゆっくりと、仮面の下の口元をわずかに歪ませたように見えた。
「王太子の元で腐るには惜しい。俺の妻になれ」
その言葉は、命令だった。
私の破滅ルートを遠ざけるための、計画外の、新たなラスボスとの契約が、この夜、唐突に始まろうとしていた。
(第2話・了)
(次話予告:【契約】ラスボス団長との政略結婚〜愛はないが、地位と命は守られる?〜)
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