原点にして
「……終わった、んだよな……」
震える声でそう呟いた。
一階を踏破した。
生きて、勝った。
もう十分だろう。
夢ならとっくに覚めている。
普通ならそうだ。
青白い光が足元に輝き、やがて視界を覆う。
(目覚められた)
だが、目の前にあるのは見慣れた石造りの空間だった。
円形の広間。
灰色の床。
冷たい空気。
そして――
中央に、二つの影。
紫色の肌。
赤い眼。
醜く歪んだ口。
ゴブリン二匹。
「……は?」
声が、ひどく間抜けに響いた。
どちらも武器を持っていない。
棍棒も、刃物もない、素手だ。
だが、それが何だというのか。
一匹は背を丸め、獣のように低い姿勢を取っている。
もう一匹は、首を不自然な角度に傾け、じっと勝樹を見ていた。
赤い瞳が、同時に細められる。
「……っ」
喉の奥が、ひくりと鳴った。
勝樹は、理解してしまった。
一階は終わりじゃない。
あれは始まりだった。
「……冗談だろ……。」
後ろに下がる。
背中が硬いものに触れた。
後ろを確認すると背後には扉しかない。
閉ざされた石の扉。
逃げ場はない。
一匹のゴブリンが、音もなく走り出した。
「――っ!」
勝樹はあせりながら槍を拾う。
慌てて槍を構える。
だが、相手は真正面から来ない。
床を蹴り、横へ跳び、低い姿勢のまま滑り込む。
もう一匹が同時に動いた。
左右。
挟撃。
「く……!」
勝樹は一匹目へ槍を突き出す。
腹を貫いた。
手応えはあった。
普通の生き物なら確実に重症だ。
だがすぐに、肉が蠢き、穴が塞がる。
「……っ」
再生。
分かっていた。
分かっていたはずなのに、心が拒否する。
背後から、強烈な衝撃。
肩を掴まれ、床へ叩きつけられた。
「がっ……!」
息ができない。
腹の上に重みが乗る。
もう一匹だ。
顔が近い。
唾液の混じった息が、頬にかかる。
爪が、胸元に食い込んだ。
「やめ……!」
必死に槍を振る。
一本目を突き刺す。
次にもう一匹の首元へ。
だが、二匹同時には止められない。
腹を裂かれた。
熱い。
焼けるような痛み。
指が内臓に触れる感覚。
「ぁ……あ……」
声にならない音が漏れる。
視界が揺れる。
頭を持ち上げようとした瞬間、喉に牙が突き立てられた。
噛みちぎられる。
息が抜ける。
音が遠くなる。
最後に見えたのは、二つの赤い目だった。
感情のない、獣の瞳。
そして闇が訪れる。
勝樹は、謁見の間で目を覚ました。
天井が高い。
赤い絨毯。
玉座。
そこに、ヤマがいる。
いつもと同じ姿。
いつもと同じ、無表情。
「……二階、失敗」
淡々とした声。
勝樹は、声を出せなかった。
身体は無傷なのに、喉が裂けた感覚が残っている。
腹を抉られた感触が、まだそこにある。
心臓が、狂ったように鳴る。
「……終わりじゃ……なかった……」
絞り出すように言った。
ヤマは首を傾げる。
「何が?」
「……一階で……終わりだと……」
言葉が、震える。
ヤマは少し考える素振りをしてから、静かに答えた。
「そんな約束、してないわ」
それだけだった。




