原点にして
ヤマはゆっくり立ち上がり、玉座のそばにあった普通の槍を手に取った。
特別な装飾はなく、ただ長い棒先に鋭い穂がついた狩りの道具にも見えるような槍だ。
彼女はそれを勝樹の前に放り投げる。
「ソレを拾いなさい。」
勝樹はその槍を取った。
重さは想像していたよりもずっとある。
握り方すら知らない手が、滑らかな木の感触を捉える。
ゲーム内の操作感とは違う。
これは実物だと叫ぶ本能とソレを否定して夢の中だと主張するもう一人の自分。
自分は何をやっているのか。
思考は千々に乱れ、恐怖が芯から冷たく溶け込む投げた。
「さて、始めましょう。ついてきなさい。」
ヤマは城の奥へと歩き出した。廊下を抜け、階段を昇り、やがて外へ出る。月を越えるほど高く聳える塔の姿が視界に入ると、勝樹は息を呑んだ。
先端は雲の彼方に消え、頂は見えない。
塔の石壁は古びて苔むし、窓は細長く冷たい光を吐いている。
彼女は淡々と言った。
「中に入って。」
その言葉に含まれる冷淡さに、勝樹の胃がきゅっと縮んだ。
確かに姿形はヤマだが得体のしれない存在だと本能が訴える。
故に従うしか無かった。
そして夢の中なのだから何が起きても朝を迎えられる。
たが、そんな希望は無残にも打ち砕かれることになる。
力を込め扉を開ける。
塔の扉は重く軋み、内部は螺旋の階段が続いていた。
意を決して階段を上る。
光は少なく、足音だけが吸い込まれるように消える。
第一階層の扉を開けたとたん、湿った空気と獣の臭いが押し寄せた。
そこには、紫色の肌をした一体のゴブリンがいた。瞳は血のように赤く、手には大きなこん棒。獰猛な笑みを浮かべ、歯をむき出して近づいてくる。
勝樹の心臓は凍り付いた。
いま手に持ち触れている槍を何故彼女が持てと言ったのか瞬時に理解した。
動物を殺したことすらない自分がこの魔物を殺さなければならない事に身体中の血を凍らせる。
ゴブリンの目が赤く光り、こん棒を振るう。
勝樹は本能的に槍を振り上げ、突こうとした。
だがその動作はぎこちなく、重心がぶれる。
棒が腕をはたき、先端は空を切る。
ゴブリンは笑ったように咆哮し、追撃の一撃が勝樹の胸を捉えた。
力はなく吹き飛ばされ、石の床に叩きつけられる。
息が抜け、視界が歪む。
体のどこかが砕けるような痛みが走った。
勝樹は必死に這い上がり槍を振るう。
その姿は、ゲームの中で見たような英雄の姿ではなく、ぶさまで情けなくそしてぎこちない正しく雑魚。
皮膚をかすり、僅かに出血するもゴブリンは異様な力で再生する。
勝樹が一度、思い切り槍を振り抜き、相手の頭を貫いた、と彼は確信した。
目に見えて頭部が裂け、相手の叫びが響いた。
だがその瞬間、裂けたはずの肉がぬるりと戻り、赤い瞳が一瞬光った後、また笑った。
勝樹は耳を塞ぎたくなるような、嗜虐的な笑いを聞いた。
「なんで死なないんだよ!」
虚しい叫び。
鼓動は早まり、手の震えは止まらない。
体力は尽きつつある。
ゴブリンは舌舐めずりをし、這い寄るように勝樹へと覆いかぶさった。
勝樹は必死に槍を突き立てるが、相手の皮膚は粘り、骨を砕くような力で彼を押し潰した。
生の熱に満ちた何かが彼の喉へ押し寄せる感触だった。
叫びは出るが空気が振動しない。視界は赤黒く滲み、その中で勝樹の意識は切れていった。
身体が裂かれる、引きちぎられる、彼は「食べられている」と理解した。
生きたまま、喰われていく。
最後に浮かんだのは、あの玉座の少女の顔。
ヤマは無表情に座っている。
彼女の片方の目がぼんやりと光り、もう片方が冷たく赤く燃えている。




