代償
周囲が喧騒に包まれる中、天城綾は一人取り残されていた。まるで体が氷で縛られたかのように、筋肉が動かない。
周囲の空気が凍りついたように冷たく、本能がただ一つの命令を繰り返す。
(逃げろ)
冷や汗が流れる。
(振り向くな、逃げろ)
本能が強く訴えた。
それでも綾はゆっくりと後ろを振り向く。
空間に穴が空いていた。
石畳の道。
ボロボロの城壁。
以前は栄華を極めていただろう古城が空間に空いた穴から見えた。
(あれから逃げなきゃ)
心拍数、呼吸が乱れる。
「嫌ー!来ないで!」
何故か分からないが恐怖だけが彼女を染め上げ、涙を流しながら大声を上げた。
それを皮切りに氷点下の寒さは消え、日向のような暖かさが彼女を包み込んだ。
「大丈夫ですか?」
澄み切った女性の声。
ゆっくりとそちらを見ると3人の人が立っていた。
1人の女性が声をかけた。
「私は光の神、名前はルミナリア。」
ヒゲを生やした男。
「俺は正義の神、アストラルだ。」
他の二人に比べて幼さが残る女性。
「わたしは希望を司る神、エスペリア。」
綾は理解が追いつかず3人を見つめ次に周りを見渡した。
白、光に満たされた神殿のような場所。
僅かに水の流れる音が聞こえた。
「天城綾さんですね?」
ルミナリアが声をかけた。
慌ててルミナリアを見る。
「はい。」
「貴女は護りたい人は居ますか?」
アストラルが続けて声をかけた。
「力が無ければ全てを失う。」
エスペリアは綾の肩に手を添える。
「綾が立ち向かう勇気があるなら、私たちのスキル、加護を与えるよ。」
綾の脳裏に魔物が人を襲う姿が蘇る。
体育館の光景――叫び、血、倒れる人々。
何もできなかった無力が、かすかな声になった。
「私も戦いたい。」
三柱の神は微笑みを浮かべ頷いた。
「では授けましょう。」
手を重ね一つの光の玉が出現。
綾の胸のなかに入っていった。
体の中から力が湧き出てくる。
力が身体を満たす感覚。
「さて、俺たちはこれで引く。」
「またね〜」
エスペリアは手を振りながら消えて行く。
「綾、私の巫女になりなさい。より強い力を授けましょう。」
ルミナリアは手を差し伸べた。
綾は戸惑いながらその手を握る。
更に強い力の流れが手を伝い綾に流れ込んできた。
温かい優しい力の流れ。
「ルミナリア様、後は私にお任せください。」
黒髪の青年がいつの間にか綾の後ろにいた。
フルプレートの鎧を身にまとう男性。
「そうですね。綾、その者は貴女の先輩に当たります。歴代最強の光の戦士と言ったところでしょうか。今は訳あって魂だけの存在ですが、今の貴女には学ぶことが山のようにあります。それでは任せましたよ。」
「お任せください。」
青年は頭を下げてから綾を見つめる。
「時間が惜しい、直に始めるぞ。1週間程、お前を鍛えてやる。」
訓練は容赦なく続いた。
剣の素振り、重心の入れ方、魔力の糸を筋肉に通す方法や魔法の使い方。
綾は何度も倒れ、何度も立ち上がった。
ヤマは玉座に座ったまま目を閉じ小さくつぶやく。
「そちらに行くか」




