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ブラッドアンドハント  作者: アルミさん
29/33

代償

体育館に篭城してすでに約一日と半日経過している。

窓の外の闇は厚く、外から聴こえてくるのは魔物が出す音だけだった。

人々は椅子や跳び箱に寄りかかり、毛布にくるまって座るか、そのまま床に倒れ込んでいる。

唇は乾き、目の周りは血走っている。子どもたちは眠れずに震え、教師や年配の避難民は必死に笑顔を作ってそれを隠していた。

勝樹は体育館の中央、体育マットで半ば座り込むようにしていた。

身体は鉛のように重く、手にしていた金属バットは凹みが沢山ついている。

視界の端に見えるのは、バリケードに寄りかかる優斗の背中、綾の膝に手を置く看護師の姿、そして何よりも、誰もが同じ一点を見つめるその目だ。

終わりを待つような、諦めを含んだ一点。

外からは断続的に衝撃が伝わる。

扉が叩かれる。格子の隙間から伸びる獣の爪。時折、悲鳴が裂ける。

言葉にならない疲労が、体育館の空気を押し潰していた。勝樹は、自分たちの終わりを、身体の芯で感じていた。

何もできないのではない。

何をしても届かないような絶望が、静かに広がっている。

そのとき小さな声が聞こえた。

始まりは些細だった。

誰かの息遣いが乱れ、次に小さな咳払い。

振り向くと、入口近くで一人の学生が膝をついていた。

大河内恒一。

顔は血と汗で汚れて、呼吸は荒い。

「恒一、大丈夫か?」誰かが声をかける。

声は掠れていた。

恒一はうめき声をげた。

指先から、まずは淡い赤い光が漏れた。

それはすぐに炎になった。

炎は熱を帯びているが、不思議なことに空気を焼く臭いがしない。

彼のシャツは燃えない。

周囲の人々が息を飲む。

子どもが目を大きく見開き、皆本能で後ずさる。

恒一は自分でも驚いたように、手のひらを見つめた。焦りと恐怖が混ざるが、その目に小さな光が宿る。

彼は低く、しかし確かな声で言った。

「……魔法?」

次の瞬間、入口の扉が激しく揺れ、ゴブリンの一群が突進してきた。

彼らは鉄の破片を掴み、歯を剥いていた。

バリケードがきしむ。誰かが叫ぶ。

「押される!」

恒一は立ち上がり、ぐっと踏ん張った。

掌から炎が渦を描くように膨らみ、彼は拳を突き出した。

炎の塊が一つ、扉に直撃する。

木材が弾け、ゴブリンの何体かが吹き飛ぶ。

焼け焦げた臭いが辺りに漂う。

体育館の中にいた人間たちは勝樹を含め、ただその光景に釘付けになった。

静寂が一瞬訪れ、次の瞬間に起きたのは――変化の連鎖だった。

入口付近で、手当てを行なっていた女性の掌から淡い緑の光が漏れ、縫合が必要だった腕の裂傷がふさがっていく。

バリケードの最前線にいた高校生が鉄パイプを振るうと風が渦を巻き、打撃が風による斬撃となる。

「おまえら……何が、起こってる?」

勝樹の声は震えていたが、震えの中に驚きが混ざる。

周囲の人々も同じ顔をしている。

だが驚きはすぐに希望に変わる。

恒一は汗混じりに荒い呼吸を整え、もう一度拳を振るう。

彼の周りを囲むように、小さな炎の輪が幾つも飛び交い、接近してきた魔犬の群れの一体が焼き飛ばされた。

吠え声が体育館の外へと消えた。

それを見て、別の者が立ち上がる。

優斗だ。

彼はこれまで何度も勝樹と共に戦ってきたが、ここでぽつりと言った。

「俺も、いける?」

優斗はゴブリンが持っていた包丁を拾い上げる。

両手に、獣のような濃い緑の紋様が浮かび上がる。

「ハンタービジョン!ホーミングショット!」

優斗は包丁を投げた。

投げられた包丁は様々な軌道を描き、ゴブリンの心臓を貫いた。

勝樹は何が起こったのか分からなかった。

炎、水、雷などを扱う人間が次々に現れる。

「なんだよ、これ。」

皆が皆、その力を得られたわけではない。

力が現れなかった者は勝樹と同様にその姿を眺めていた。

振ったバットは、もはやただの鉄ではなく、鋭利な刃に。

ゴブリンの身体が斬られ、焼かれる。

傷が回復した者たちが次々に前線へ戻り、バリケードを押し戻す力を得る。

体育館の中は、たちまち戦場へと戻った。

だが以前とは違う。

人間側には、新たに芽生えた能力がある。

炎、治癒、風、雷――それらは統一されたものではなく、出現の仕方も幅がある。

だが共通していたのは「守る」という目的だ。

誰もが見知らぬ力を恐れつつ、それを命を守るために使っている。

優斗が声を張り上げた。

「右側を抑えろ。恒一、炎で扉を塞げ。ナイフでも包丁でもいい!俺によこせ!全員で生き残るぞ!」

指示は短く、確実だった。

人々はそれに従う。

炎は扉の破片を焼き尽くして風穴を塞ぎ、回復の手は倒れた者を起き上がらせる。

風は飛び散る破片を払う。

それは軍隊のような完成度ではない。

だが、そこには「生き残る」という意思で団結していた。

外の闇で何匹かの魔物がうなり、再び押し寄せてくるだろう。

だが今、体育館の中には希望が灯っていた。

今激しく燃えている。

勝樹はその光を見つめるだけだった。

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