代償
勝樹の誤算は、静かに、しかし確実に牙を剥いた。
大河内恒一が駆け込んできてから、つづけて学生、教員、事務の人、子どもを抱えた母親、ありとあらゆる人が体育館の床に横たわりバリケードの向こう側へ押し込まれていった。
助けを求める声が増え、空間は人の熱で満ちていく。
だが人の数が増せば増すほど、外の魔物たちの嗅覚は鋭く反応する。
気配が濃くなり、音が高くなる。
群れは自然とそこへ引き寄せられるのだ。
「これでいいのか……」
勝樹は心の底で問いかける。
優斗と綾を、今度こそ守るために代償と引き換えにこの時間を得た。
自分の選択が二人を危険にさらしているのではないか。
だが、もう遅い。
後戻りはできない。
「運動できるやつ、武器を持って戦うぞ。」
頷く者もいれば顔をしかめる者もいる。
ある父親は自分の荷物を抱えたまま立ち去ろうとした。
ある若い女子は震えながら「戦えない」と押し黙る。
賛同は完全ではない。
だが人は残る。
生き残るため、誰かが盾になり、誰かが包帯を巻き、誰かが子どもを抱えた。
戦う決意をしたものは各々手に持つ。
武器にしては頼りない、箒を持つ者までいる。
ここでうずくまっても事態は解決しない。
自分の命を守れるのは自分だけ。
守るべきものがある人は自分を犠牲にする覚悟もして立ち上がる。
立ち上がったものに魔物は容赦なく襲う。
2階の窓が割れ夜鴉が中に侵入してきた。
一段と悲鳴が大きくなる。
「2階の窓にネットを張れ!バレー用とか何か有るだろ!」
優斗は叫びながらネットをつかみ、2階に駆け上がる。
その後を追うように数十人が駆け上がる。
入り口の防衛をしていた勝樹の横にもいつの間にか武器を持った人々が集まり始める。
拙いながらも連携を取り始める。
ここに居る人達はただ命を守るために協力し始めた。
網で夜鴉を落とす。
網に絡まった鳥を足で押さえ、バットで停止させる。
ゴブリンは縄で足を取られ、二人がかりで後頭部を打つ。
魔犬は数人が投げたマットに飛び込み、脚を取られて起き上がれなくなる。
誰かが放った消火器の噴霧が一帯の視界を奪い、混乱を作って敵の突進を散らす。
二人組で魔犬の足を取って動きを封じ、その隙に致命の一撃を与える。
戦術は次々に生まれ、次々に試される。
戦いは終わりなく続いく。
ゴブリンの群れが押し寄せ、魔犬がバリケードを飛び越えてくる。
床には血、毛の束、壊れた網。
それらが散乱する。
人間にも犠牲は当然出る。
誰かが倒れて動かなくなるたびに、鳴き声が響く。
罵声と涙、止まらない出血、そして休めない体。
交代要員が不足し、同じ顔ぶれが何度も前線に戻る。
もう一つの入り口から大きな音が響く。
魔犬がまとまって突進してきて、バリケードの一つが崩れる。
ゴブリンがそこへ一斉に滑り込む。
前線の一角が裂け、数人が転倒していた。
「くそ!」
悪態をつきながら勝樹は反対側に走り出す。
中に入り込んだ魔物に勝樹はバットを振り回す。
皮肉にも塔の事を思い出す。
塔のゴブリンは肌が紫色で再生してくる奴らだったがコイツらは再生しない。
そして勝樹は殺す事に迷いも躊躇もない。
だが、体力に自信があるわけではない。
直に息が上がる。
眼の前で無力の市民たちが襲われている。
喉が渇く。
それでも力を振り絞りバットを振るう。
2階から優斗が飛び降りてきた。
「勝樹!行けるか?」
「行かなきゃなんねーだろ。」
空いた穴から魔物が入り込んでいる。
塞がなければ奴らのお腹の中にはいるだけだ。
「穴を塞ぐぞ!」
優斗は走り出す。
それに続く勝樹。
優斗は勇敢にも正面から穴を塞ぐために突っ込んでいく。
勝樹は周りで苦戦している人たちに一人一人加勢して助ける。
「助かりましたありがとうございます!」
「そんなのいいから、優斗に続け!」
助けた人達を、優斗の応援に行かせる。
周りを見渡し、ボールがいっぱい入ったボールキャリーを発見する。
「おい!手を貸せ。」
怯えているおじさんに声をかける。
おじさんは無言で首を振る。
「何をするんですか?」
大河内、そして綾が駆け寄る。
「あれで、あそこに突っ込むぞ!」
ボールキャリーを指さす。
使えるものは何でも使う。
消化器を一つ持ち、3人で勢いよく魔物が開けた穴に突っ込む。
「オラオラオラオラ!どけー!」
鈍い衝撃が何度も加わるが3人で無理やり突っ込む。
優斗はそれに気づき、ボールキャリーが通るであろう場所にいる魔物を追い払う。
強い衝撃とともに空いた穴に突っ込んだ。
つかさずボールキャリーのスキマから消化器を噴射する。
跳び箱やマットを重ねバリケードを再度構築した。




