日常?
冬の空気がまだ透き通っている朝、大学の並木道は枝に張り付いた雪で薄く白く縁取られていた。
勝樹は厚手のパーカーにフードを深く被り、足早にキャンパス内を目指す。
キャンパスに着くと、綾はすでに構内のベンチに座っていた。
ダウンの襟を立て、手に持った保温マグから湯気がふわりと立つ。
彼女の髪は冬の光を受けて淡く輝き、通り過ぎる学生たちがちらりと視線を落とす。
勝樹の胸はいつも通り少しだけ早くなるが、彼は何食わぬ顔で近づき、壊れかけのイヤホンのことや次のゼミの資料のことなど、つまらない話題から会話を始めた。
「最近寝れてないの?顔酷いよ?ゲームのやりすぎは良くないよ?」
綾が訊く。
「あー、まぁ。最近寝つきが悪くて。」
講義は午後まで続いた。工学棟の内部は乾いた空気で満ち、暖房のせいで窓には薄い結露が生まれる。
計算の列と設計図の注釈が黒板に広がり、教授の声が淡々と教室を満たす。
綾はノートに丁寧な字を書く。
勝樹はその横で、設計の一部を自分なりに簡略化しながら、綾に小さな視線で確認を求める。彼女はそれに軽く頷き、二人だけのやりとり。
昼は学食で雑に済ませる。
窓際の席に座ると、外では生徒たちの一部が雪玉を投げ合っていた。
綾は食べながら、来週のサークルの忘年会の話題をする。
綾は毎年友人たちの調整役をするタイプだ。
勝樹はそれを聞きながら、どうして自分はこんなにも手際が悪いのかと思う一方で、やはり彼女は優秀だと思う。
午後のゼミは少人数で、テーマは「実験データの可視化」。
綾が発表に立ち、話し方は穏やかだが力強く聞く者を自然に引き込む。
勝樹は彼女の説明を聞きながら、傍らのラップトップでメモを取りつつ、時折小さな修正を書き加える。
夕方、図書館に寄る。
冬の入り口にかかる薄暗い図書館は静けさで満たされ、ページをめくる音さえ雑音に聞こえる。
勝樹は参考資料を探し、綾は彼の隣で静かに本を閉じる。
外ではもう日が落ち始め、イルミネーションが校門の並木を縁取り始める。
帰り道、二人は自然と歩幅を合わせ、商店街の小さなカフェに立ち寄る。
カフェの中は暖かく、コーヒーの香りが冬の冷たさを溶かす。
「来週は試験だね」
彼女の声にはわずかな緊張が混じる。
勝樹は「そうだね」とだけ答え、苦笑いを浮かべる。
夜道を歩くころ、雪がまた静かに降り始めた。
街灯に照らされた雪片が淡く輝き、世界が少しだけ柔らかくなった気がする。
綾の家の前で別れる時、綾はふと立ち止まる。
「ゲームばかりしてないで勉強しなよ?」
「わかったよ。」
終わったんだ。
ヤマはあれから出てこない。
部屋にも扉は現れなかった。




