表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4 宝剣の力

 王都を出発して数日後の夕方、我が国の西部国境近くの荒野で、両軍は対峙した。


 我が国と北の大国の「東方連合軍」は、かなりの軍勢だったが、それでも帝国の大軍勢の半数に満たなかった。


 間諜から、帝国軍が北の大国の国境にも侵攻する準備を進めているとの情報がもたらされ、我々は短期決戦を迫られることになった。


 我々は、明日の朝にも戦端を開くことにした。


 その夜、陣幕の中。我が国の参謀と北の大国の参謀が共に知恵を絞って軍議を重ねたが、戦力差が大き過ぎることもあり、帝国軍を撃破する妙案は残念ながら出なかった。


 私は軍議で疲れきった参謀達を前にこう言った。


「皆、種々検討してくれてありがとう。これはどうみても勝ち目のない戦だが、避けることのできない戦だ。全員が死兵となり、あの大軍勢を討ち破り、何とか講和に持って行く必要がある」


 静まり返った一同に、私は静かに言った。


「敵兵の多くは、帝国に滅ぼされた西の強国から徴兵された者だ。士気は高くない。敵の大将を討ち取り、指揮命令系統を破壊すれば、敵は自然と瓦解するはずだ。私が先頭に立ち、敵陣を一点突破する」


 我が国の参謀が一斉に反対した。一点突破はまだしも、せめて王は後方に下がって欲しいと食い下がった。


 しかし、私は先頭に立つことに(こだわ)った。この一戦で我が国の存亡が決まる。強大な敵に寡兵で立ち向かうのだ。こちらの士気を極限まで高めるためにも、私が先陣を切る他ない。


 私の説得を聞いて我が国の参謀が渋々同意した直後、北の国王が口を開いた。


「一点突破には俺も賛成だ。俺も先頭に立つ」


 今度は北の大国の参謀達が一斉に反対した。私も、援軍である北の国王には後方にいて欲しい旨を伝えた。


 北の国王は、私を見て笑った。


「俺とお前の国は一蓮托生だと言ったろ? この戦いに負けてお前の国が滅びれば、俺の国は西と南から帝国軍に襲われることになる。流石(さすが)に二正面作戦は不可能だ」


「俺の国の命運もこの戦いに懸かってる。この戦いは死んでも負けられん。俺は、誰が何と言おうとお前と一緒に先陣を切る。死なば諸共(もろとも)さ」


 北の大国の参謀達が押し黙った。私は北の国王に歩み寄り、無言で手を取った。北の国王も無言で手を握り返した。


 私の横に()(りつ)していた息子は、私の言動から少しでも学びを得ようと、必死に私や北の国王を見つめていた。そんな息子に、私は内心で声援を送った。



† † †



 翌朝、日の出前から両軍は陣形を整え始めた。


 帝国軍は、横陣で布陣した。先陣に槍兵の列を並べ、両翼に騎兵を配置し、槍兵の壁を攻めあぐねた我々を両翼から挟撃しようという考えのようだった。


 我が国と北の大国の参謀は、夜を徹して、私の初陣の際に父王が採った(やじり)の形の陣形を改良した一点突破の陣形を立案した。私と北の大国の国王は、即座に承認した。


 私は、馬で陣形の先頭へ向かった。私のすぐ後ろには息子が、私の右隣には北の国王がそれぞれ馬を並べた。


 私は馬上で後ろを振り返ると、息子に言った。


「私の傍から決して離れるなよ」


「はい、父上!」


 息子が緊張した面持ちで答えた。必死に隠そうとしていたが、息子の体が震えているのが分かった。


 私は、息子の震えに気づかない振りをして、笑顔で(うなず)いた。


 私の周りに集まった精鋭には、私よりも王子たる息子を守るように厳命していた。


 おそらく、私の初陣の際、父王は私と同じように命じていたのだろう。そうでなければ、未熟な私が敵陣の中無事に父王の後ろを付いて行くことは出来なかったはずだ。


 王となり、父となり、そして当時と似た状況となり、初陣の時には気づかなかったことが色々と見えてきた。


「さっさと降伏しろ。そうすれば苦しまずに殺してやるぞ!」


 敵陣から嘲笑の声が聞こえてきた。どこか諦めた顔をしていた息子や自軍の将兵の顔に、怒りの表情が浮かんだ。


 勝ち目のない戦だが、戦う前から気持ちで負ける訳にはいかない。この怒りを戦いに最大限活用しなければならない。


 私は一瞬で悟った。今が伝説の宝剣を抜くときだ。


 ちょうどその時、太陽が東、自軍後方のなだらかな丘から顔を出した。日の出だった。


 私は馬首を自軍に向けると、宝剣の(つか)に手をかけ、ゆっくりと抜き、その刀身を天に掲げた。


 宝剣は、日の出の光を受け、恐ろしいほどに光り輝いた。


 抜刀して初めて分かったのだが、宝剣の刀身は、巨大な水晶のような透明な鉱石を削り出したものだった。表面が様々な角度でカットされるなど、美しく輝くよう工夫されていた。


 そして、宝剣の刃は研がれていなかった。宝剣は、輝くことに特化した、なまくらの刀だったのだ。


『この宝剣は、敵を切るものではない。国家の存亡を決する戦いにおいて、王自らの命を賭してはじめて真価を発揮する』


 私は、父王の言葉を思い出した。


 ……父上、私は今、ようやく父上の仰る意味を、その()()を理解することができました……


 私は、天に掲げた宝剣を微妙に動かして輝かせながら、自軍に向かって声を張り上げた。


「この戦いで、我らの存亡が決まる。敵は多い。だが、我らは必ず勝つ。この伝説の宝剣が我らを必ず勝利へ導くからだ!!」


 私に続いて、北の国王が叫んだ。


「この宝剣の強さは俺が保証しよう。何せ、連戦連勝だった俺が戦で唯一負けたのは、この宝剣を突き付けられた時だったのだからな」


 自軍内に笑い声が広がった。北の国王が話を続けた。


「だが、今回は宝剣が味方だ。この戦いは必ず勝つ! 者共、今宵の勝利の宴で何を飲み何を食べるか考えておけ!!」


 自軍から「絶対に勝つぞ!」「俺たちは必ず勝つんだ!」「我々には宝剣の御加護があるんだ!」といった声が次々と聞こえた。


 私は、北の国王と目を合わせ、(うなず)き合うと、馬を敵陣の方へ向けた。


 敵軍は、こちらの大歓声と輝く宝剣に驚いているようだった。


 敵陣から「あれが有名な宝剣か」といった声が上がった。少なくとも、帝国に滅ぼされた西の強国から徴兵された兵は、この宝剣の噂を耳にしているようだった。


 この宝剣は、単に光り輝くだけの、なまくらの剣だ。しかし、この宝剣とともに命を懸けて戦った歴代の王が、宝剣に「力」を与えていた。


 そして、今、自らの命を懸けて自分の家族を、大切な者を、故郷を、国を守ろうと気力を奮い立たせる将兵に、その「力」を分け与えていた。


 私は後ろに控える息子を(かえり)みた。息子は気力を(みなぎ)らせた表情で、私が掲げる宝剣を見つめていた。


 心の中で、私は息子の無事を祈った。そして、宝剣の「力」が、その噂を知らない帝国の将兵にも通じることを祈った。


 私は敵陣へ向き直ると、宝剣がより強く輝くよう光の反射に気をつけながら、宝剣を敵陣に向かって振り下ろした。


「全軍突撃!!」


 私は馬を駆った。隣を盟友が、後ろを息子が、そして多くの仲間が駆ける。


 敵陣から一斉に矢が放たれた。何騎かが倒れた。しかし、敵は逆光の中で矢を放っていたため、照準が定まらず、大した被害は出なかった。


 矢をくぐり抜けると、敵陣がみるみる迫ってきた。敵が槍を構えるのが見えた。


「放て!」


 北の国王が叫んだ。北の国王のすぐ横を駆ける側近が、馬上から鏑矢(かぶやら)を放った。


 北の大国の将兵は、馬上の弓を得意とする。鏑矢による合図の直後、私の左右を、馬上からほぼ水平に放たれた複数の矢が一瞬で追い越していった。近距離で放たれた矢を避けきれず、敵の先陣の槍兵が次々と倒れる。


 それから少し遅れて、自陣後方に配置された我が国の長弓兵が一斉に放った多数の矢が、大きく孤を描きながら、敵陣両翼の騎兵に向かって飛んでいくのが見えた。これだけの長距離を矢が飛んでくると思っていなかった敵の騎兵が、慌てて進軍を止め防御に徹した。


 私の横を駆ける北の国王が、私に向かって叫んだ。


「あそこだ! 俺が切り開く。後は頼むぞ!!」


 北の国王が指差した先は、かなりの槍兵が矢傷を負い、陣形が乱れていた。


 北の国王が「野郎共、(えぐ)り取り、食い破れ!」と叫びながら、側近達と一緒に槍を振り回し敵陣に突入した。あっという間に敵の槍兵の列の一部が完全に崩れた。


 やはり、敵兵の多くは士気が低い。一部の敵兵が慌てて逃げ出した。私はそこから敵陣へ飛び込んだ。敵陣両翼の騎兵は、我々の突入があまりにも早かったため、挟撃に間に合わなかった。


「この宝剣の光に命を奪われたくなければ、道を開けろ!!」


 私は大声で叫び、宝剣を高らかに掲げた。敵の雑兵が宝剣の輝きに恐れをなして逃げ惑う。


 私の前には、敵の本営と思われる場所へ続く道が現れた。


「うおおおお!!」


 私は、宝剣を振り上げたまま、自らの全てを懸けて、その道を全力で駆け抜けた。


 北の国王と側近、精鋭達が、私の周りで援護してくれた。息子は、精鋭によるさりげない援護を受けながら、私の後ろをがむしゃらに付いてきた。


 向こうに、帝国軍の総大将と思われる華美な金色の鎧を着込んだ男が見えてきた。


 その男は、まさか我々がここまで来るとは思っていなかったようで、慌てて金色の兜を被り、剣を抜いた。その男の周りで、側近と思われる少数の将兵が守りを固めようと慌ただしく動き出した。


「あの金色の鎧兜の男を討ち取れ!!」


 私は叫び、宝剣を振り下ろし、宝剣でその男を指し示した。輝く宝剣を見て、その男は呆気にとられているようだった。


 私の周りの精鋭が雄叫びを上げながら、その男へ向かって殺到した。


 宝剣の美しい(きら)めきが辺りを照らす中、勝敗は決した。


 私は、涙を(こら)え、盟友と、息子と、そして仲間達と一緒に勝鬨(かちどき)を上げた。



† † †



 その日、帝国軍は、寡兵の東方連合軍に予想外の大敗を喫した。開戦してすぐに総大将を討ち取られ、指揮命令系統が破壊された帝国軍は、組織的な戦闘を継続出来ず、散り散りに西へ逃げて行った。


 帝国軍の敗残兵は「敵軍は恐ろしい魔力を持つ宝剣を有しており、攻略には更なる増援を要す」旨を本国へ報告した。


 帝国にとって、東方侵攻は優先順位が低かった。


 帝国の皇帝は「宝剣」に興味を持ち、その奪取を望んだものの、臣下の諫言を受け入れ、最終的には東方連合軍の2国と講和を結ぶことに決めた。


 帝国は、東方連合軍の2国と相互不可侵の誓いを立てると、敗残兵を再編制し、南方へ転進させた。


 東方連合軍の2国は、その後も永きにわたり独立を保った。帝国軍との戦いを最後に、宝剣が抜かれることはなかったという。

最後までお読みいただき誠にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸甚です。


また何かお話を思い付いたら投稿させていただきます。


今後とも何卒よろしくお願いいたします。


5/10誤字を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最初はエクスカリバー的な何かを想像していたのですが、 最後まで読んで、「なるほどー」と思いました。 読ませていただきありがとうございます。
2024/05/10 16:03 退会済み
管理
[良い点] 王道で奇をてらってない感じですが、最後になるほどと思いました。 あえて人名を出さないのも、雰囲気があって良いですね。 読後感も良かったです。
2024/05/10 14:25 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ