2 成長
敵の大将は、北の大国の第2王子だった。
父王は、その第2王子を人質に、北の大国と交渉を行い、多額の賠償金と新領土、そして有利な交易条件を勝ち取った。
私は、父王に命じられ、身分を隠して外交使節の一人として交渉に参加した。両国の手に汗握る真剣な交渉に、私は感銘を受け、両国の交渉術を必死に学んだ。
また、私は、父王に命じられ、人質となった北の第2王子の話し相手となった。
初めはお互いに罵り合うだけだった。しかし、お互いの主張を繰り返すうちに、相手の主張に一理あることを内心理解するようになった。
北の大国が占領した村々の一部は、過去に我が国が北の大国から奪い取った領土だった。私と北の第2王子は、お互いの正当性とその裏にある弱点を意識しながら、議論を交わすようになった。
私と北の第2王子は、徐々に打ち解けていった。
「なあ、お前には許嫁はいるのか?」
ある日、お茶の時間に、北の第2王子が私に聞いてきた。国内の王族の動向を伝えて良いものか一瞬悩んだが、私は正直に答えた。
「ああ、王国内の大貴族の長女と将来結婚することになってるよ」
「そいつは可愛いのかい?」
「ま、まあ、美しい方だとは思うけど……」
私は頬を赤らめた。事実、私の許嫁は美しく、私は許嫁に好意を持っていた。
「なんだよ、お前、許嫁のことが好きみたいだな。いいよなあ……俺の許嫁、性格がキツくてさあ。帰国したら、また怒られるんだろうなあ」
北の第2王子は、羨ましそうな顔をして笑った。
お互いに王族の王子。他人に言えない様々な悩みがあった。それをお互いに相談し、慰め合い、一緒に考えるようになった。
半年後、北の第2王子が自国へ帰るときには、私と彼は、親友とも呼べる間柄になっていた。
北の第2王子は、帰国時には我が国と北の大国との間で講和が結ばれたことにより、賓客として見送られることになった。
北の第2王子は王都を離れる際に私にこう言った。
「色々あったけど、俺はお前のこと嫌いじゃないぜ」
「ははは、私も同じだよ」
私は笑いながらそう言うと、彼と握手をした。
† † †
北の第2王子が帰国し、国内の戦後処理が落ち着いた頃、私は父王に尋ねたことがあった。
「父上、伝説の宝剣は、何故生涯に一度しか抜くことが許されないのでしょうか? あれを毎回使えば、我が国は無敵ではありませんか」
父王は珍しく威厳のある顔を綻ばせると、笑いながら私に言った。
「ははは、それは、お前が王になればきっと分かる。その時まで待つがよい」
私は、はぐらかされたような気分だったが、久々に父王の笑顔を見れたのが嬉しくて、それ以上何も聞かなかった。
† † †
あれから長い年月が経った。様々なことがあった。
私が20歳になった頃、北の大国の王が病に倒れ、第1王子と第2王子の間で後継者争いの内乱が勃発した。
私は、父王の命を受け、少数精鋭の軍を率いて第2王子の応援に向かった。文字どおりの死闘の末、第2王子は王座を手に入れた。
私と第2王子、すなわち北の大国の新国王は、死線を共にした盟友となった。
我が国と北の大国は同盟を結んだ。それからしばらくして、父王は病に倒れた。
私は、父王の死の間際、父王の寝室に呼ばれた。人払いがなされ、私は父王と2人きりになった。
「これを」
父王は、痩せ細った上半身を必死に起き上がらせると、枕元に飾られていた伝説の宝剣を手に取り、私に渡した。
鞘に収められた宝剣は、思ったよりも重く、厚みがあった。
父王は、穏やかな表情で私に言った。
「聡明なお前であれば、いずれ分かるだろう。この宝剣は、敵を斬るものではない。国家の存亡を決する戦いにおいて、王自らの命を賭してはじめて真価を発揮する」
「使いどころを誤るでないぞ。国家存亡の危機、お主の全てを投げ打って戦うとき。そのときに剣を抜くのだ。さすれば、この宝剣はお前を、この国を救うだろう」
剣なのに人を斬るものではない。王自らの命を賭してはじめて真価を発揮する……何かそういった魔法がかけられているのだろうか。
残念ながら私には父王の言葉はよく理解できなかったが、父王を心配させないよう、無言で頷いた。
「息子よ、この国を頼む……宝剣を抜く日が来ないことを祈る」
父王は私の手を取り、真剣な眼差しで言った。私は父王の手を握り返し、何度も頷いた。
それから少しして、父王は崩御し、私は玉座を継いだ。その重責に、私は内心震えた。
私は、父王と同様、小国なりに国富を増大させることに注力することとし、国内の農商工の振興、交易の強化に努めた。
西の強国から度々侵攻を受け、何度か戦争になった。勝つこともあれば、負けることもあった。大敗を喫し、かなりの賠償金を支払ったこともあったが、私は伝説の宝剣を抜くことはなかった。
伝説の宝剣は、何度も我が国の危機を救い、強敵を屠ってきた。逆に言うと、国家の危機、国家存亡の時でなければ、この宝剣を抜くことは出来なかった。抜く訳にはいかなかったのだ。
玉座を継ぎ、王としての日々を過ごすうちに、私は少しずつ「伝説の宝剣」の意義を理解し始めていた。宝剣を抜かずに済むよう、日夜努力した。
そんなある日、息子の15歳の誕生日を祝う会の席、血相を変えた伝令兵が私の下へ走って来た。
西の強国が、更に西の帝国に滅ぼされたという報だった。それを聞いた会場の一同は、静まり返った。
続きは明日投稿予定です。
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